第2話「学園案内」


 "ジリリリリ"


 目覚まし時計があらかじめ設定した時刻通りに自身の仕事を始めた。

 ちなみにこの目覚まし時計は仕事熱心なことに止めるまでは絶対に止まらないという鉄の意思を感じる匠の品という風に箱の裏の説明欄に書いてあった。

 その鉄の意思通りに何分たっても止まらない時計。

 そこまでの意思を見せられると反逆したくなる。

 てことで


「おやすみ」


「寝るな」



 場面は変わり、午前8時。始業まであと数十分ってところである。

 そんな時に俺は、学園長室に呼び出されていた。


「あの先輩。これってどういうことですか? 俺って正式なこの学園の生徒なんですよね?」


「ええそうよ。書類上はね。」


 何気なくさらっと告げられた微妙に衝撃的な真実。


「書類上って……」


「実はね。あなたが昨晩現れてから私の方であなたについて調べていたの。」


「その……結果は?」


「まあご想像の通りあなたは書類上はこの学園の生徒であってもそれ以外の情報のないの。だから、これからについて話し合うために学園長室ここに呼び出されたの。わかった?」


 途中からそんな気はしていたけど、あらためて堂々と言われるとやっぱりへこむ。

 記憶のない自分にとっては、この学園の存在が唯一の自分の記憶の手掛かりである。これが失われるとなるととてもキツい。


「どう? 絶望した?」


 結構焦っている俺を見てニヤニヤしている外道1人。


「とりあえずおばあ様と話をしてきなさい。話はそれからよ。」


 そう言って先輩は部屋の中に了解をとってからドアを開けた。

 俺は開けられた扉に向かって歩き出す中、先輩は部屋には入ろうとはしなかった。


「あの、先輩は入らないんですか?」


「いいのよ。今日の話のメインは貴方よ。部外者である私は中に入るわけにはいかないわ。私は廊下で待っているから、早く終わらせない。」


「わかりました。できるだけ頑張ります。」



 開かれた扉の先には、老齢の女性が1人いた。

 老齢であってもすっかり老けているのではなく、いわゆる元気なご老人ってやつだった。


「早速来ましたね。私はこの学園の理事長の六花院りっかいん春海かすみです。」


「どうも。枢意くるい遥希はるきです。」


 簡単に挨拶を済ませ、話は本題に入る。


「で、結局俺はどうなるんですか?」


 今日俺が呼び出された理由はこのことだというのは周知の事実であり、無駄に時間をかけるのも宜しくない。


「さっそく本題ですか……。まあいいでしょう。孫にも聞いたとは思いますが、この学園の生徒としては貴方は記録には残っている。しかしながら、この学園の職員方ほぼ全員に貴方について聞きましたが誰も覚えていませんでした。そこで、考えれられることは二つ。1つは、貴方が貴方も昨晩見たでしょう? あの獣に関係している。属する者であり我々の隙を狙っている。二つ目は、貴方が本当にこの学園の生徒であり、我々のあずかり知らぬところで異変がありこの現状に至ったってところですかね。まあ二つ目の方は信じられませんが。」


 学園長から言われた考察から察するに学園は俺を敵として考えている。その上、記憶のない俺は自身の潔白を証明出来ない。

 それも当然ではあることは理解できる。なにしろこの学園には明確な脅威が迫っており、夜な夜な相手取っている。そんな中で突然現れた記憶のない人間が怪しくないわけがない。


「冷やかしはそこまでにしておきましょうか。ごめんなさいね。とりあえずの貴方の立場を示しておいた方が貴方にとって良いと思いましてね。ここからは、これからについての話です。」


 一瞬和んだ空気が再び張り詰める。


「我々としては、なんであれ学ぼうとする者には門を開けるというスタンスですので、貴方が学ぼうとする限り邪険に扱う気はありません。ただ、そのためには貴方の運命を貴方に選んでいただきたいのです。」


「俺の運命を選ぶ? 記憶のない俺は何もできませんよ。せいぜい体を張って頑張ることしか……」


「だからです。今の貴方は学業の面ではさっぱりきっかり期待できません。なので、特別処置を用意しておきました。」


「はい?」


「まあ貴方の特別処置については置いておきまして、貴方はこの学園の校舎はもう見て回りましたか?」


 それからは内容の聞かされない特別処置に困惑している間に、ものすごいスピードでこの学園の案内を聞かされた。なんか理科室が3つ4つあって迷いやすいとか、基本的に自治は生徒会に任せているから、学園長は基本的に表に出ずに生徒と話さないからこうやって話ができるのが新鮮だ。とか散々聞かされた。


 "キーンコーンカーンコーン"


「おおっと。もう1時間目終わっちゃったの? 長話しちゃったわね。これでこの学園の案内を終わりますね。あとは孫に聞きなさい。ああ見えて素直でとってもいい子だからちゃんと助けてくれるはずよ。」


「は、はい。」


「元気は出てきたみたいね。最初は大変だと思うけど頑張りなさい。あと忘れていたけど、特別処置に関しては生徒会主導のものにしましたので詳しいことは生徒会室で放課後にでも行って直接聞いてくださいね。」



 学園長室から出てくると、廊下は休憩を謳歌する生徒達でごったがえしていた。

 その中で明らかに浮いている黒髪美女。学園長曰く素直でとってもいい子なあの人である。

 その浮き方は、いくらか特殊でただ周りの人から除け者にされているのに併せて自分から周囲に対して自らのテリトリーへの侵入の拒否を表明するかのようなオーラを放っている。

 そして、トドメに一時間近く廊下に放置されたことに対する怒り……。


「先輩? 怒ってます?」


「別に怒ってないから貴方は気にしなくても良いわよ。これは、おばあ様の長話をする癖を失念していた私の落ち度だから。」


「先輩すいませんでした。」


「なんで貴方が謝るのよ。まあいいわ。で、どうするの? 」


 こうやって怒りながらもちゃんと謝れば許してくれるんだから先輩は良い人だと思う。


「生徒会主導の特別処置を受けることになりました。」


「そう……。まあそうなるわね。だったら、放課後にでも生徒会室に行くことにしましょうか。」


「わかりました。」


「いきなり教室に行ってもお互いに困惑するだけだし。じゃあそれまで図書室で過ごしてね。昼は食堂で落ち合いましょう。今日ぐらいは奢ってあげるわ。」


 それからは、先輩に図書室まで案内され、先輩は授業に行き、俺は午前中読書タイムだった。


 そして昼。

 食堂は、空腹な学生にごった返していた。

 その人混みを先輩は持ち前のアンチピープル能力で掻き分け、二人分の昼食を購入。その間何も出来ない俺は端ではあるが席を二人分確保していた。


「隣良いかな?」


 振り向くとキッチリ制服を着込んだ大男とそれの取り巻き数人が立っていた。

 小さく手でどうぞと示すとありがとうと言って座り出す集団。

 すると大男は、俺の顔を見て


「見慣れない顔だね。この時期だと転校生かい? 」


「ええと。まあそんな感じです。」


 そうやって応対していると、先輩が昼食の持って来た。


「おまたせー。昼食買ってきたわよ。む? おまえは……」


 明るかった顔を0コンマ1秒で顔を曇らせる先輩。

 それに呼応するかのように大男が先輩を見る。


「ああ六花院君じゃないか。なるほど。この転校生の案内をしていたのは君か。それはそれは大変だったね転校生君。」


「へぇ。私の案内に文句でもあるんですか? ねぇ? 転校生。私の案内にあった? 」


 両者とも圧力が凄かった。周りも近づきたくないって雰囲気出してる中で新入りの俺にどうしろと言うのだろうか?


「六花院さんも律規道会長も落ち着いてください。2人ともして転校生を怯えさせてどうするんですか。」


 小柄の女性の仲裁で落ち着く二人。


「あの……会長って?」


「そうね。半ばいやいやだけど紹介しとくわね。この融通効かない大男が生徒会長の律規道りっきどう理世りせいでこちらの小柄なのが副会長の小波さざなみ しずく。」


「ああ会長の律規道だ。よろしく。」


「副会長の小波よ。よろしくね。」


 先輩二人組の挨拶に伴って、会釈をする後ろの生徒会集団。


「すごいでしょ。彼らは自治組織としての面を持っているから、大人数を従えているの。まあそのことには不満はないけど。会長が気に食わないのよね。」


「ほう。どうやら雌雄を決する気はあるとみたが……。」


 先輩の挑発にのり立ち上がる会長。


「あいにくだけど。今はそんな気分じゃないの。」


 すげなく流す先輩。

 会長もそれはわかっていたのかすんなりと席につき直す。


「ここで食べる気なくなっちゃったから他の席を取りに行くわよ。」


 先輩が俺の手を引っ張って行く。

 それに"待て"と呼び止める会長。


「ここの席に最初に座っていたのは彼だ。だから、去るべきなのは我々だ。転校生。迷惑をかけたな。」


 そう言って、一斉に立ち去る生徒会一同。

 今度は先輩が呼び止めた。


「席を譲る気はないけど。諸連絡を1つ。そこの転校生の彼の特別処置は生徒会に任せることになったから。念のため色分けの準備をしといてね。今日の放課後にでも伺うから。」


 そして彼らは立ち去っていった。


 この後、さんざん生徒会長の悪口を先輩から聞かされた。



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