第1話「来訪者」

 気がつくと電車の中にいた。

 ガタンゴトンと、電車がレールを走っていくのが体に伝わる振動から伝わってくる。

 車窓から外を覗くと外は夜で街は暗闇に覆われていた。


「あれ……? ここは? 」


 寝惚けた頭が冴えてくると違和感に気づく。

 まず、この行き先のわからない電車に揺られているこの現状。

 そして、記憶のない我が身の現状。


「やあ。目は覚めたかい? 」


 軽くパニックになっている俺の正面の席に、男が1人。


「まだ無理に話そうとしなくてもいいよ。あとで嫌になるほどこの世界についてわかるさ。」


 男は、話そうとする俺を静止して話を続ける。男は聞かれてもいないのに、この列車の向かう先について曖昧ではあるがいろいろ話してくれる。何もわかっていない俺からしたら勝手に色々話してくれるこの男はありがたい。


「じゃあ。本題だ。今、君はこの悪夢を観ている側だ。」


 男が何かを話そうとした途端


 "まもなく終点に到着致します。忘れ物等にお気をつけください。"


 終点を告げる放送が聞こえた。


「おっと。これ以上の介入はできそうもないみたいだね。」


 電車の減速に伴って男が立ち上がり、席から離れる。

 咄嗟に追いかけようと思うが思う通りに体が動かない。


「ここより先は君の世界だから僕は行けないんだ。でも、安心してどこにでも味方はいるさ。」


 そう言って、男が客車の出口へ歩いていく。

 ドアの前に立ち、男は


「最後に、一言だけいいかい? 君にとっての現実ってなんだい?」


 とだけ言ってドアの向こうに消えた。


 それから、数分後無事に電車は駅に止まった。


 降りてみると、そこは真っ暗で静寂が支配する空間だった。といってもただ静寂な訳ではなく、異様な静寂さをこの場所は持っていた。

 これからのことも決まっていないし、何をしたら良いかわからない俺は、とりあえず今の時刻は知ろうと思い時計を探すが見当たらない。

 駅だからって時計があるとは限らないみたいだ。

 ついでに人も探すが見当たらない。


「そういえば、今何持っているんだろう?」


 まず漁るのはずっと持っていた鞄から、大きさとしては毎日持ち運ぶには苦のない大きさと言ったところ。漁る。漁る。何かが入っていると信じ探してみたが何も入っていなかった。

 次は、ポケット。そこには謎のタブレット端末が入っていた。

 唯一の自分の記憶の手がかりである端末をあれこれ触って見るが反応がない。


「このボタンかな? おおっと」


 そのボタンは当たりだったらしく端末が起動し始めた。


「こいつ。動くぞ。」


 起動には、数秒しかかからなかった。

 ホーム画面には、12時57分と現在の時刻がでかでかと映し出されていた。

 あと、この端末はこのあたりの学校の生徒手帳も兼ねているみたいで、謎の認証番号が表示されたが、よくわからない。あとで、わかる人に聞いてみるのが一番だろう。

 それと、個人情報が一つ。


枢意遥希くるい はるきこれが俺の名前……? なんていうか。当て字感凄い。」


 判明した自分の名前に微妙なショックを受けていたその時。


 "オォーン"


 住宅街に遠吠えが鳴り響いた。

 住宅街なんだから、犬を飼っている人もいるだろう。ただ気になった。この異様な街でこの咆哮は非常にヤバいものだと思った。だから気づいた時には、その方向に走り出していた。


 街灯に照らされた夜道を息を切らせながら走り抜ける。

 気温は、そんなに寒かったり暑かったりすることなく夜風にあたりながら、走っていると心地よいぐらいだ。

 走りながら、周り見渡して見るとこの辺りは住宅街の中心らしく少し離れたところにいろいろ店舗があるのだろう。

 よく見ると、どこの家も真っ暗だった。まあこんな時間に明かりがついていないっていうのもここの人は夜更かししないってことだから大変良いんだけど、でもここまで真っ暗って言うのはおかしい。

 普通なら何処か一件くらいなら、明かりがついていてもおかしくないのに……。


 それと、ついさっきこの街に到着した俺には、もし咆哮の主がこちらに対して危害を加えてきても身を守れるようなもの手元には何も無い。つまり、この咆哮の真実次第ではデッドエンドまっしぐらというわけだ。

 でも向かう。それが今すべきことだと思うから。


 たどり着いたのは、そこそこ広い公園だった。

 なんせ真っ暗なもんで奥の方までは見通せないけど、獣の呻き声が闊歩かっぽしている。

 1歩踏み込んでみると様相も変わり、暗闇の度合いも幾分マシになる。


「なんなんだ? ここは。」


 口からボソッとこぼれた言葉が示す様に、異様な光景がそこには広がっていた。


 まず、大気中の窒素並に多くいるのが真っ黒な体毛に覆われた犬っぽい獣。

 それと相対するのは、長い黒髪をたなびかせながら、日本刀でバッサバッサと黒い獣を切り刻むどこかの学校の制服を着た女性だった。


 今、この状況で俺に気づいているのは誰もいない。

 なら逃げるのが先決かも知れないが、ここで女性1人にこの数の獣を押し付けるのは気が引ける。

 てことで、無謀な挑戦の始まりだ!


「おいコラァァァァァ! 何、女性1人によってたかってんじゃゴラァァァァァァ!」


 とりあえずの挑発で、数匹がコチラを向き新たな獲物を発見する。

 あとは、その隙にあの人が決めれば良いだけ……と思っていたけど甘かったようだ。

 このタゲ取りでもう1匹釣れていた。


 こちらを見て、青ざめた顔をしている女性。

 その一瞬の隙を逃さず飛びかかる獣。


「っ危ない!!」


 必死に声をあげて注意喚起するが、間に合わない。

 この結末を招いたのは俺の行動であり、ちゃんと予測できたはずだった。誰でもイレギュラーには反応しにくく、そこから生まれた隙で命を落とすことも容易にあることも分かっていたはずなのに、要らぬ正義感で邪魔をしてしまったという訳だ。

 獣が彼女に迫り来る光景を見てられず、咄嗟に目をつぶり見ず知らずの人の死から目を背け、その後に来るであろう自らの死を覚悟する。


 "燕舞えんぶ"


 いつまで経っても来ない獣のガブガブに耐えきれず目を開けると、血の海に1人佇たたざむ女性がいた。


「君、大丈夫?」


 そう尋ねられたが、上手く反応できずにあたふたしていると、見兼ねていろいろ話してくれた。


「君は見ない顔だから、転校生ね。この辺りの夜は、さっきのアイツらみたいのがうじゃうじゃ出てくるから気をつけて。まあ今日はもうでないと思うけどせっかくだから、君の家まで送るわ。君の家はどこ?」


「ええと、俺には記憶がないんです。ここら辺の学校の生徒だとは思うんですけど」


 そう言って端末を取り出して、彼女に渡す。


「それは災難ね。少し待ちなさい。お祖母様に確認すれば多分どうにかなるから。」


 そう言って、彼女はどこかに連絡をとり始めた。


 数分後、一応の確認が済んだらしく、端末が返された。


「あの、俺ってどうすれば良いんですか?」


「そうね。とりあえずの寮は見つかったから当面はそこで暮らしなさい。一応言っておくと、貴方は我が学園の2年生として登録されていたから、大変だと思うけどこれから励んでいきなさい。」


「わかりました。」


「じゃあ。寮に案内するわ。ついてきなさい。」


 そう言って彼女は歩き出した。

 それから、彼女にこの学校についてたくさん教えてもらった。

 たくさんのことを教えてもらったのであまり覚えていないが、彼女は学園長の孫らしく、そのおかげで彼女のことを目の敵にしているらしい生徒会長ととても仲が悪いみたいだ。

 歩くこと数十分、程よく疲れてきた。


「ここね。ここが今日から貴方に生活してもらう寮よ。必要最低限のものは部屋に置いてあるから使いなさい。寮費は、学園から出るので安心して。その代わり、貴方にはそれ相応の対価を求めますのでお見知りおきを。それでは、明日朝6時50分頃に迎えに行くから、それまでに起きておいて。」


 そう言って、部屋番号の書かれた鍵が渡された。


「一応寮ではあるけど、管理する上で部屋には鍵がかかっているから、それを使って開けてね。」


「あの……寮母さんみたいな管理人への挨拶は良いんですか? 」


「大丈夫よ。もう済んでるから。あと、この寮は貴方以外の生徒は利用していないから自由に使いなさい。それじゃ、ゆっくりと今日はもう休みなさい。おやすみなさい。」


「あっ、はい。おやすみなさい。あと、お名前を聞いても良いですか?」


「そうね。自己紹介していなかったわね。私は、六花院菫りっかいん すみれ。この学校の3年生で、この寮の管理人もやってるわ。」


 そうして俺の到着初日が終わった。

 そして、慌しい毎日が始まるのだった。



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