Hollow World
蛙ケロケロ
プロローグ 「君を思い、後を追う」
気がつくと、私はただ前を歩く誰かを追いかけていた。名前は思い出せない。ただ、知っているのはわかる。だから、心の奥底では彼についてもうとっくにわかっているはずなのに、何故か全くわからない今の状況が異常に気持ち悪い。
あ、これは夢なんだ。
夢だと気がつけばあとは早い、そこから抜け出すにはコツも要らない。ただ流れに身を任せるだけだ。
暗闇から光の中へ、飛ばされていく。
そんな中でふと、私の前を歩く誰かさんの顔を見る。
「後輩くん!!」
叫ぶが届かない。ただ彼は暗い闇の中に消えていった。
今度こそ目が覚めたのは、わかった。
でも、どこかまだ夢の中にいる気分だ。
そんな風に寝惚けた頭を覚ますために、洗面所に向かう。
冬の朝だと布団から出るだけで、充分目は覚める。
それでも、二度寝という禁断の罪を犯さないためには、顔を洗うという行為は最適解だと思う。
一度顔を洗いしっかり目を覚ますと、あとは早い。てきぱきと朝食を済ませ、登校の準備をひとつひとつ終わらせていく。
生憎、家の中には私しかいない。別に、不幸があったとかいうわけではなく、父親の転勤が少し前にあり、それに伴い両親は転勤先へ、私は今の生活をキープするということになったのだ。
最初こそいろいろ手間取りはしたけれど、時間が経つにつれて慣れていった。
遅刻になる時間よりも一時間以上早く家を出て、いつもの通学路へ向かう。
うちの学校は山の中腹に位置しており、毎朝登山するのが必然的に日課になっている。
もちろん、通学路になる道は整備されているが、急勾配は疲れる。
そんな訳で、遠くから通学する人は自転車かバスの二択を迫られる。
もちろん私に自転車であの急勾配を登りきれるほど体力はなく、あえなくバス勢の仲間入りを果たした。
と言っても今日みたいな冬の日には、バスの車内は天国と見間違えるほど暖かいので、こっちで良かったと運命に甘んじている。今日このごろ
徒歩十分も無い距離を歩き、バス停の列に並ぶ。
私が並んだ後もバスはまだ来ず、人が後ろに並んでいく。そんな中で、どこか誰かを探している自分がいるのに気づいた。
誰を探しているのだろう。この時間だとまだ知り合いの1人もまだ家を出ていないはずだ。
私が乗ろうしているバスは、始発から2つ目の便でその次のものでも充分間に合うので、同じ学校に通う知り合い達は、揃ってそれで登校していた。
もっとも私は、何かあって遅刻するのを防ぐために一つ早めに学校に来ているのだけど。
誰を待っていたのだろうと不思議に思っていると、バスが近づいてきていた。
順にバスに乗って行く中で、ふと私は、夢の彼の顔を思い出す。
迷惑な夢もあるものだと、思いながら私は躊躇せず、車内へ踏み込んだ。
それから、バスに揺られて15分足らずで学校に到着し、教室にまっすぐ向かい自分の席で読書に勤しむのが毎日の日課だ。
冬になると、特に暖かい訳でもない教室にわざわざ朝早くからいる生徒なんていない。
そんな自分の世界を創り出すのに最高のスペースで私はただ読書にふける。
そして20分も経つと
「おはよう」
「おはよー」
人が集まりだし、教室が賑やかになってきたところで、担任が教室に入ってくる。
後は軽く挨拶を済ませて授業が始まっていく。
我ながら授業態度は悪くないと思うし、あえて言うなら優等生とは私の事だと思っていたりもする。口には出さないけど。
でも今日はどこか集中しきれていないのが、嫌なほどわかる。集中しようとすると途端にあの男が出張ってくる。それが、恋なのかと言われても否定はするけどしきれないのも確かだったりする。
ただ、私は何か忘れてはいけない事を忘れているような気がしてならない。
「おい。
突如呼ばれた私の名前に驚くが、叱られたというよりか心配されているということがわかり、とりあえずの笑顔で「大丈夫です」とだけ返す。
しかしながら、いつも通りには全くなっていないことを見抜かれていたのか、はたまた外見にまで出ていたのかはわからないけど
「まあ、あと20分もすれば昼休みだから保健室で休みなさい」と言われて保健室に半ば強制的に送られた。
昼休みだけでなく、午後の授業まで保健室で過ごした私は、すぐに帰るわけでもなく、ただ誰が待っているような気がして文芸部の部室に向かった。
部室の扉を開けて見るが、やはり誰もいない。
なんとも言えない虚無感を胸に抱きながらも、部室から出ようと思い扉へ向かうと、今会いたくない最大の難敵が現れた。
「やあ。六花院、おまえ午後の授業ずっと休んでいたみたいだな。珍しいこともあるもんだな。それで? 風邪でも引いたのか?」
威圧的に私の心配をするのが、私と同じ高校2年生でうちの学校の生徒会長である
こいつとの腐れ縁は、小学生の頃からだからある意味因縁でもある。
それと遅れて走って来るのが副会長の
「いいえ。何もない。ただ誰かさんが待っているように気がしただけよ。」
そう言って私は、会長達の間を通り抜け去っていく。
「そうか……。不思議だな。俺も同じことを思っていたんだ。これはついに明日は大雪かな。」
向こうも仕事があるらしく去っていく。
みんな一見ただの勘違いをしていたということで納得していたということで、この違和感をかき消していく。
もやもやしたまま帰るのもどうかと思い、少し回り道をしてかることに決めた。
私には、何か迷ったままで立ち止まるといったことが出来ないみたいで、迷ったときは極力歩くようにしている。
迷いを振り切って歩き出す。
「痛っ!!」
「すいませんっ!!」
ただこの状態だと注意散漫になりやすく、このようなことになりやすい。
何やっているんだ私は、と思いながら、ぶつかってしまった方を見る。
そこには、コートを着てはいるがどこか寒そうな格好をした女性がいた。
「うわ、ちj」
思わず出そうとなった言葉を必死に飲み込み、相手の顔色を伺うが手遅れだったみたいだ。
「あーのーねー? 今頃の子って礼儀も知らないのかなー? まあ確かに我ながらちょっと露出多いとは思うけど初対面にそれはないよね?」
逃げる間もなくアイアンクローを決められる私。
「自覚あるんならさっさと離して下さい! 」
もう少し抵抗すると思っていたけど、文句言いながら離してくれた。
これでもう帰れると思って立ち去ろうとすると
「ちょい待ち! 私の用はあなたにあるの。
え? と立ち尽くす私に、女性は顔を近づけてくる。
「え? 急になんですか?」
突然のことに思考回路が回らない。
「あなた多分今日不調だったでしょ?」
質問に対し頷いて答える。
その答えに満足したのか、女性はさらに近づいてくる。そして、目が合った。
「なら、いいモノあげるわ。これから必要になるのなら使えばいいし、それ以外の道を探すのもアリかもね。ただ、上に行くのだけは止めなさい。それは、いちばん近くていちばん愚かな道だから。」
その言葉を聞いてからの記憶は無かった。気がついたら、家に帰ってゆっくりと優雅にティータイムをしていた。
時間が経つにつれて、頭の混乱が収まるにつれて私は気づいた。
私にとってこの違和感の正体がなんなのかを。
今の私にはこれ以外の方法は思いつかなかった。
これまで、世界はちゃんと成り立っていた。
平和な日々を享受していた間は、何も失っていなかったし、表むきでは私も何も失っていなかったのだろう。
思い出してしまった。
失っていなかったのではなく、元から無かったことにされていた。
その事実を知ってから、私のすることは決まっている。
ピンポーン
思った通り、お客さんが来たようだ。
平穏な日々は終わり、私のこれからは誰にもわからない。
多分、この世界に私はいなくなるのだろう。
ただ今は私は君を思い、後を追うことが最適解だと信じて、玄関を開ける。
「もうわかっていると思うが、迎えに来た。拒否権はない。どちらにせよ。君はこの世界にいなかったことになるだろう。」
そう言って白づくめの集団は、立ちはだかるのだった。
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