昔話のページ
このとき、リヒトとした剣の話は私が士官学校に通っていて、頭にこびりついて離れないものである。私以外にも、記憶に深く突き刺さっている者は多くいると思う。
まだ、国と国で戦争をしていた時代。
盆地は山に囲まれているため、日照時間が短い。それ故に米や野菜を作るのに適していない。蓄えは減る一方で、長期戦になり始めた頃には民草は飢えで死んでいった。遺体は埋められることなく、やがて病が流行った。戦地となった集落では戦争孤児すら出なかった。生き残った民もいつ鬼が来るか分からない恐怖に怯え、不作をもたらした神に呪詛を吐き、未だ戦い続ける帝に憤った。
そんなとき、戦の本陣に一介の兵と同じ鎧を着た帝が突然何の連絡もなく来た。本来、帝は軍に命を下しても、戦地には赴かない。全員が驚き、時間が止まった。そして、帝は言った。
「お前たちは何のために戦っている!何のために剣をとっている!私か、国か、民か、家族か、それ以外か!今一度、己が胸に問いかけよ!その理由は決意となり、その決意は剣となる!その剣は窮地に陥ったときの切り札だ!そして、剣が刃こぼれするのも、折れるのも、お前たち次第だ!」
一言一言が兵士たちの胸に刺さる。それぞれが、家で待っているはずの家族、散っていった戦友、仕えると決めたそこにいる方を思い浮かべた。帝は剣を抜き、続ける。私も共に戦うと。
「所詮私も人間だ。帝という職に就くただの人だ。私が死んだら、新しい帝を建てるもよし、議会制にするもよし、戦いに疲れたのなら私の首を差し出すもよし。例え国の名が変わろうと、お前たちが生きているのであればそれでいい。それが私の剣だ。」
涙など流すのは後にしろ、そう言った。一年でも十年でも悲しむ時間は与える。しかし、それは今ではない。帝は自国の戦士たちの士気を上げることに成功し、この三日後に終戦した。
この戦争を受け、帝はもう民に苦労をかけないため、守るために周辺国と同盟を組んだ。それから約百年経った国が今の偃月の国だ。
鬼斬り 八握(やつか) @Hosizukiyo
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