3話

「…リヒトはこの国の歴史が五百年前で止まってるの知ってる?」

 それは、ローリエの両親が考古学者であるからこそ知っていたのだろう。ローリエは目を揺らしながらリヒトに問う。上手く言葉にできないとき、無理にでもそれを吐こうとするとき、きっと人間はこんな顔をするのだろう。ローリエは眉間に皺を寄せて、震える瞳で、俯いて縋るように声を出す。

「それよりも前から国はあるのに、歴史は止まってる。建国当時は山沿いにあった王都も、今は平野部の中心に移ってる。」

 ローリエは一度言葉を切る。窓の外はとうに暗く、ひっかき絵のようにこの部屋だけがあるようだ。静寂が痛いぐらいに耳に響いて、ようやくローリエが口を開けた。

「鬼と戦わずに済む方法を、和解の方法を、探したいんだ。建国から、七百年もたってるんだ。俺たちの知らない始まりの二百年にもし、鬼と戦わずに済んだ時代があるなら、それを知らないといけない。」

 下げていた顔を上げて、さっきとは違う揺れない瞳はリヒトだけを見つめた。

「こんな…こんな、人も鬼も傷つくのは間違ってる!でも、この国の始まりの二百年はこの国にいたら、絶対に見つけられない。だから、国の外に探しに行くんだ!」

 針のように真っ直ぐな瞳は、はっきり言えば胸クソ悪い。一直線で、鋭くて、その目に縫い付けられたように、視線を外すことができない。

「それが、お前のか。」

 問いかけるわけでもなく、否定するわけでもなく、ただ淡々と目を合わせたままリヒトが言うと、

「嗚呼、そうだよ。」

 なんて笑ってローリエは言った。ローリエが笑ったことで縫い止められてた糸が切れたような気をリヒトは感じた。俯いて、盛大なため息をつく。

 ローリエは、甘く、優しいと知っていたリヒトだか、一つ訂正をしなければならない。ローリエという人間は、ホットミルクに袋の中の砂糖を全て入れたようにゲロ甘く、嫌味なほどに優しく、格の違いすら感じる大馬鹿者だ。くそボロに言われているが、そうなのだ。そういうことをたった今、ローリエは言ったのだ。彼の言ったことを簡潔的にまとめると、歴史研究の資料が足りないから、それを探しに外国に旅をしたいけど、金がない。その資金調達のために、この国で最も給料の高い水蜜桃軍に入ると、そう言っているのだ。

 






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