2話

 目を開けると見えたのは薄暗く、知らない天井。いまだにぼんやりとする頭。首を動かして周りを見ても、覚えのない家具ばかり。いや、そもそも自分は何を覚えているのだろう。思い出そうにも目覚めたばかりの頭では無理があった。

 ─もう一度起きたてから考えるか。─

 男はそう思って再び目を閉じた。


 自室でローリエは自分たちが運んできた男が、いまだに目を覚まさないことに不安を抱えていた。

「お前の親父さんたちが診たんだから、明日には目が覚めるだろ。」

「そうだね。」

 見かねたリヒトが声をかけても、ローリエの目に灯った不安の小さな火はこの部屋を照らす短いろうそくのように、たしかにまだそこにあった。

「あのさ、俺らもうすぐ水蜜桃軍の入隊試験があるだろ。もし受かったら、お前、鬼を殺せる自信あんのか。」

 リヒトとローリエはいわゆる幼なじみである。集落の者はみな口々に彼らに頑張れと言うが、リヒトは素直にローリエを応援することができなかった。

 リヒトも受験生であるが、だからと言ってローリエを蹴落としたい訳ではない。剣の腕が悪いのかと言われると、そういう訳でもない。むしろ学校での順位は必ず、十位には入っているので、将来有望株だ。

 けれど、ローリエには一つ大きな欠点がある。リヒトはそれを知っている。だからこそこんな問をするのだ。その穴はきっと、いや必ず、将来ローリエを思考の底なし沼に突き落とし、後悔という泥を頭の真上てっぺんから足のつま先まで被り、爪の間、胃の中、肺の中まで入ってローリエを苦しめるのがリヒトには、目に見えている。そんな苦労をする必要がどこにあるのか、リヒトには分からない。なぜならローリエは、アカシアの蜂蜜のように甘く、月のように優しいからだ。

「それとさ、今更だけど。なんでお前は水蜜桃軍にはいりたいの。」

 リヒトが幼い頃ローリエのその決意を聞いたとき、もちろんその理由わけを尋ねた。ローリエは、ちょっとねとはぐらかし、結局聞けずじまいだった問の答えを求めて、リヒトは再度ローリエに問う。

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