第7話

『よく承服したわね』

『黙れクソアマ。俺がいようがいなかろうが、どうせコイツは戦いに行くだろ。そして、魔神王が浄化されれば俺は消える。どうせなら、俺様をこの体にした魔神王をぶっ飛ばしてやろうと思ってなぁ』

『へぇ? バカだとばかり思ってたけど、以外に賢明な判断をするのね』

『はっ! 自分で自分を消すための研究を何千年と続けた女に言われたかねぇよ』

「行くぞ」


子供の頃以来だな、ここに来るのは。

相変わらずのデカさだ。

この中のどこかに、魔神王がいると思って間違いないはず。

それに何より、魔神王から最も遠い光の力を持つ天照が、それを如実に感じ取っている。

巨大な門を、大剣で斬り払う。


「出てこい魔神王!!!」

「何だお前たちは!」

「コイツらはどっちだ? 敵か、味方か!」

『全員敵よ。みこと、浄化するわ』

「うん!」


天野の光を受け、現れた従魔士たちが次々と消されていく。

どいつもこいつも悪魔になってやがる。

国際本部は真っ黒か!

天照の指示通り、通路を真っ直ぐ突き進む。

やがて見えてきた、巨人が通れそうなほど大きな門を破る。

ステンドグラスから漏れる鮮やかな光を受けた男がいた。


「あれは……、国際本部長のルシウス・ダーウィン!」

「やぁ! 噂は聞いているよ。Mr.焔、Ms.命。よく来たね」

「だ、い丈夫なのか?」


彼は、文句無しの世界最強従魔士だ。

仲間になってくれれば、これほど心強いことはない。

俺が歩み寄ろうとすると、天照がそれを制止した。


『ダメよ、火柱 焔。この魔力、間違えるはずが無いわ。あの男が、あの男こそが魔神王よ』

「おい、嘘だろ……、って雰囲気でもねぇよな」

「何を話してるんだい? Mr.焔」

「ぐっ……、くそやるしか無いな。すまない、Mr.ルシウス! 貴方を“浄化”する!」


躊躇いなく、大剣で斬りかかる。

魔神化する様子は無かった。悪魔の本性を表す様子もなかった。

大剣の刃は、ルシウスの首筋を捉え、そして……、


「酷いじゃないかMr.焔。子供の頃に会ったのを忘れたのかい? それでもいきなり首を狙うなんて、紳士のすることじゃないよ」


ルシウスは何もしていない。

一切の比喩無く、本当に何もしていないのだ。

それなのに……、


「刃が……通らないのかっ……」


ルシウスの首筋で刃が止まる。

まるで岩に包丁でも突き立てようかとしているような感覚だ。

こんなにも硬い……。


「まったく、物騒だな。お仕置きが必要だね」

「ぐっ…………がっ……ぁ……」


ルシウスの拳が腹部を突く。

ハンマーで殴られたみたいだ……、息が、出来ない……ッ。


「『本性を表しなさい魔神王。“浄化の光よ”』」

「む! これは……ッ!」


天井を突き破って降り注いだ光が、ルシウスを貫く。

ジュアアアアア、と焼ける音がして、ルシウスの体の表面が溶ける。

こうなれば俺でもわかる。禍々しい魔力……。

これが魔神王か。


「『あぁ、酷いじゃないか。せっかくの服が全て崩れ落ちてしまった』」

「なるほどな。そっちの方が“魔神王”らしい」


人間の体躯はそのままに、朽ち果てたコンクリートのような灰黒い肌。

ドス黒い血管のようなものが、全身にヒビのような模様を描いている。


「『まったく。やはり君たちが来るんだね。Ms.宇都宮に聞いた瞬間から、嫌な予感はしていたよ。私は永遠の命を求めただけだというのに』」

「魔神王、一華姉をどこにやった?」

「Ms.宇都宮なら、地下に厳重な結界を張って幽閉している。彼女は優秀だからね。共に悪魔となろうと言ったのだが、断られてしまった。まぁ、いずれ気が変わるだろう。そうだ。君たちもどうだい? 魂さえ供給し続ければ無限に生きられるんだ。悪い話じゃないだろう?」


魔神王は、さも当然といったように手を差し伸べる。

魂さえ供給し続ければ? よく言う。魂を喰われれば輪廻の流れから外れ、2度と生を受けることはなくなる。その上、悪魔は永劫に続く“飢え”に苦しまされる。


「「断る!!!」」

「『残念だよ。2人とも』」


魔神王が哀しそうに呟く。

もう様子見は必要ない。一華姉が安全だとわかった今、全力で行く!

俺は大剣を地面に突き立て、叫んだ。


「来い! スサノオ! リヴァイアサン! ガイア! 我が身に纏え! 魔神王を穿つ矛となれ!」

風のスサノオ、水のリヴァイアサン、地のガイア、そして火のスルト。

これが俺の秘策だ。

神級悪魔4体同時の魔神化で、魔神王を討つ!


「『おぉ! 四大元素の神級悪魔を同時に顕現するとは! Mr.焔、君は素晴らしい才能だ! なんと美しい姿だ! まさに神のようではないか!』」

「魔神王、この力でお前を討つ」


大剣が消え、体の中に業火が取り込まれる。

半端じゃない魔力だ。

“四大元素”と言ってしまえば簡単だが、体の中に相反する4つの魔力を同時に放り込めば、反発するのは当然だ。だがそれをもし受け止め切れれば……、


「『なるほど。反発し合った魔力がより大きな力となるわけか。素晴らしい! 発想する頭脳然り、実践する度胸然り、そしてそれを成功させる卓越した君の実力然り!』」

「行くぞ魔神王。剣よ」


身の丈ほどもある大剣が生成される。

レーヴァテインの荒れ狂う炎のような姿とは違い、洗練された幅広の剣。

手に取り、重さを確かめる。

綺麗な剣だ。わかりやすく、“元素の剣”とでも呼ぼうか。

手に取った剣を、魔神王に向けて払う。


「『ぐっ……!?』」


剣先から放たれた衝撃波が、大聖堂ごと魔神王を吹き飛ばす。

四大元素の反発で膨張した魔力をこのサイズまで凝縮したのか。

大聖堂の外では、剣の一振りで山が消えていた。


「天野、追うぞ」

「え? きゃっ!」


天野を抱え上げ、風の力で空を飛ぶ。

山に囲まれた大地に落ちていた魔神王が、こちらを向いた。


「天野、投げるぞ」

「え!? ちょ、っとまっ、きゃー!!!」


天野が悲鳴と共に落ちて行く。

片手が塞がってるとキツそうだからな。許せ。


「スサノオ、天野の着地を頼む。みんな、デカイのが来るぞ」

『『『了解』』』


言葉を発しないリヴァイアサンも、唸り声で答える。

魔神王が、眼下で剣を構えるのが見える。


「『あぁ、美しい姿だなMr.焔。君を、この力で屠るのは忍びないよ』」


そう言いながら、魔神王が剣を振るう。


「で? “屠る”のがなんだって?」

「『本当に素晴らしい!!!』」


魔神王の一振りを、元素の剣で止める。

周囲の雪が舞う。

雪原から大地が剥き、突風が吹き荒れる。


「『では、これはどうかな?』」

「お前が喰らえ」


魔神王の掌から、破壊を込めた光線が放たれる。

それを躱し、こちらも四大元素を凝縮した魔力を放つ。

それをまともに喰らった魔神王が、膝をつく。


「今だ! スルト! スサノオ! リヴァイアサン! ガイア! 魔神王を封印する!」

『これで終わりだ魔神王。我が兄弟を悪魔に貶めた罪、魂の消滅をもって贖え』

『母なる大地に帰りなさい魔神王』


悪魔たちが、魔神王の四肢を封じていく。


『じゃあなクソガキ。まぁ、暫しの別れだ。あの世で待ってるぜ相棒』

「あぁ、ありがとう。スルト……」


四大元素を司る神級悪魔4体による封印術。

それぞれの悪魔の魂そのものに書き込んだ封印式だ。

魔神王だろうがそう簡単には破れない。


「頼んだ、天野……」

「うん。『“浄化の光よ”。魔神王の魂をあるべき姿へ』」


天から極大の光が降り注ぎ、全てが魔神王の体へと吸い込まれていく。

魔神王の体が、パキパキと音を立てて崩れ始める。

これで全部終わる。

今までのことも、悪魔になった全ての人も解放される。


「『私は、ただ“死”を超えたかった! 生きて……、この世の全てを…………手に………………入れ……………………』」


魔神王は、そう言い残しながら光の泡となって消えていった。


『さよならね、みこと。もう私が護らなくても大丈夫。貴女は強い子だから。それと火柱 焔、みことを護ってくれていてありがとう。感謝するわ。じゃあね、私の愛しい子供たち……』

「天照っ!」


最後の最後で感謝なんか伝えんなよ。

俺はずっとあんたに嫌われてたと思ってたのに。


「みんな……、消えちゃったね」

「あぁ。スルトも天照も、みんな消えちまった」

「これで、平和になるかな?」

「さぁ? どうだろうな……。もしかしたら次の魔神王になる馬鹿がいるかもしれないしな。そうでなくたって、人間はいつだって争ってる。歴史がそれを証明してる」


冗談めかして、ちょっと博士っぽさを出しながら言ってみた。

それを見た天野は、一瞬ぽかんとして、耐え切れなくなって笑い出した。


「ふふふっ、そうだね。ほむら君とスルト、いっつもケンカしてたしね」

「そうだな……、たしかにそうだ」


まぁ片方は悪魔だけどな。

それに天照も加われば、もう止まらなかった。


「さぁ、ほむら君、帰ろう! ほら、宇都宮教授も助け出さないと!」


明るい声で、天野が俺を呼ぶ。

そうだ。一華姉も助けなきゃ。

俺たちが魔神王を倒したって聞いたらビックリするだろ。

なんせ、何千年も従魔士たちを悩ませ続けた最大の敵なんだから。

RPGでいったら、俺は勇者かもな。

いや、もしかしたら天野かも……。

天野が居なければ成し得なかったんだから、今回の勇者は天野でいいか。


「ほ、ほむら君? どうしたの?」


いつまで経っても動こうとしない俺を不思議に思ったのか、天野が聞いてくる。

RPGといえば、たまにいるよな。

戦いを終えて主人公たちが凱旋するってのに、最後の最後で消えちまうやつ。

あんな悲しい物語誰が創るんだって思ってたけど、いざ“こう”なるとなぁ……。


「わるい天野。ここでさよならだ」


天野が、「え?」と言った。

そりゃ、何言ってるのかわかんないよな。

ここは、“ラスボス倒して世界が平和でハッピーエンド”って流れだもんな。

本当は、もう少し時間があれば、天野に知られないようにこっそり消えられたのにさ……。

こんな雪原の真ん中じゃあ、隠れるところもない。


「何言ってるの? なんでさよならなの? 早く帰ろうよ、早く帰って、みんなで……」

「この戦いはさ、“魔神王を浄化すれば世界中から悪魔が消える”ってのが良いところだよな。俺たち2人じゃ、いつまで経っても悪魔がいなくならないもんな……」

「なに言ってるのかわからないよ! それがなんで“さよなら”なの!? おかしいよ!」

「俺も悪魔だからさ……、ここで消えてさよなら。俺が最後の1人だ」


自分の体から感覚が消えていく。

もう、少しづつ消え始めてる。

体の外側の方から、ふわりと泡となって消えていくのが見えた。


「あ、悪魔じゃないよ! だってほむら君、私に教えてくれたじゃん! 悪魔は悪魔を憑依出来ないんだって! さっき、ほむら君は悪魔を纏って戦ってた! ほら! 変だよ! あれは嘘なの!? おかしいよ!」


天野が叫ぶ。

こんなに叫んだの、初めて見たな。

天野って、こんなに熱くなるやつだったっけ。


「おかしくないよ。俺、さっき悪魔になったんだ」

「そんなわけない! 魔神王が消えれば悪魔はいなくなるのに、なんでそんなことになるの!? ほむら君おかしいよ!」

「そうだよなぁ……」


本来なら、悪魔一体でも魂を侵食されて悪魔になるやつはいる。

それを、神級悪魔4体同時なんて……、悪魔にならないはずがなかった。

たった一度。一回きりの奥の手。

正真正銘、最後の敵を倒すためだけの技だ。


そして、それを言ったら、天野が全力で“浄化”出来なくなってしまう。

どっちにしろ消えるんなら、天野を苦しませたくない。


「わるいな、天野。相談出来なくて。でも、言ったら天野が苦しむと思ったんだ」

「いやだよ! 消えないで…………、なんでっ……」


天野が駆け寄って来て、俺の手を握る。

まだ温かさはわかる。これをどうしたって手放すんだ。

どうせ消える。最後くらい、何言っても良いだろ。


「天野…………、俺さ」

「ほむら君と一緒に居たいよ…………、なんで……消えちゃうの? なんで……。ほむら君を護りたい……、ほむら君を見ていたい……、好きなのに……なんで……」


あぁ、そうか。

天野も同じだったんだ。

それなら、もっと早く言えば良かったかもなぁ……。


「天野……」

「ほむら君っ……」

「天野みたいなかわいい子に好かれるなんて思わなくてさ。惜しいことしたなぁ……」


泣きじゃくる天野の頭に手を置く。

じゃあな。天野。

一華姉……、天野を頼んだ。


「私っ……」


風が吹いた。

雲間から覗いた光が、1人で泣く少女を包み込んでいた。

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世界から悪魔が消える時 (株)ともやん @tomo45751122

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