第6話

「…………というわけで、天野の力でシヴァの“浄化”に成功したってわけだ」

「そうか……、浄化と再生の力。悪魔でありながら悪魔の天敵足り得る存在。これは思わぬ拾いものをしたな」

「あぁ、天野の力があれば、下手をすれば魔神王の弱体化も出来るんじゃないかと思ってる」

「なんにせよ、一度国際本部に天野の登録申請をする必要がある。その際、進言してみよう」


会議を終え、研究室を出る。

窓から中庭を覗くと、椅子に座って春野と食事をしている天野の姿があった。

あれから、だいたい3日に一度は悪魔の襲撃に遭うものの、それらは難なく俺と天野で倒している。天野も魔神化にだいぶ慣れてきたのか、皇帝級が来ようとも怯まなくなっていた。

加えて、生来の悪魔耐性。

既に、日本でも屈指の従魔士といえる。

天野の名が世界に轟く日も、遠くないかもな。



ロンドン始発の列車に揺られ約5時間。

並び立つ山の奥地に、従魔士教会の国際本部はある。

本来なら、申請なぞパソコンで済ませられる時代ではあるのだが、天野の件は一度国際本部長の耳に入れておきたい。

悪魔でありながら悪魔の天敵足り得る“浄化”の力。

それだけではなく、ほむらをして「時間が巻き戻ったようだ」と言わしめる再生能力。

皇帝級でありながら、その性能は神級を凌駕する。

彼女の力があれば、従魔士教会の宿敵、魔神王を倒すことも夢ではない。

5000年は続く人間と悪魔の戦いに、今、終止符が打たれるかもしれないのだ。

神級従魔士をもってして埋められなかった魔神王との差を、今こそ越えてくれる。


「ようこそいらっしゃいました。Ms.宇都宮。ルシウスがお待ちです」


執事のような服装に身を包んだ男が、恭しくお辞儀をする。

毎度、来る度に慣れないな此処は。

仰々しいというか何というか。

そもそも、建物自体が御伽噺に出てくる城のようではないか。

山と見紛う程の大きさを持ち、尚神聖さと歴史を感じさせる佇まい。

やはり、私には一介の研究室くらいが丁度良いようだ。


城の中を執事の男に着いて行くと、一際大きな扉の前に立った。

この大きさは本当に必要なのか?

古の巨人とてこれほどの大きさが必要とは思えん。

ズゥン、と重々しい音を立てながら扉が開く。

中からは光が差し込んで来る。


「やぁ、Ms.宇都宮。日本から遥々ようこそ。久しぶりだね。さぁ、掛けたまえ」


ステンドグラスから差し込む光を浴びながら、男は言った。

まったく、昼間から大聖堂にて祈りを捧げるとは、素晴らしい信仰心だな。

私には到底理解出来ん。

奥に進み、最前列の席に座る。

巨大な女神像が、逆光で余計に神々しく見える。

私がそんなことを考えていると、男はカツカツと歩み寄り、通路を挟んで椅子に座った。


「やぁ、Mr.ルシウス。国際本部長の仕事は余程暇と見える」


私が言うと、ルシウスは「やめてくれ」と言いながら笑った。


「私の部下が優秀過ぎてね。彼がいる限り私に仕事は回って来そうにない。ならせめて世界の子供たちの無事を祈ろうと、私は大聖堂に足を運ぶのだよ」

「それは素晴らしい信仰心ですねMr.。いやはや。私はといえば一介の研究者の地位に満足してしまっている。当分、貴方のような悩みとは無縁でしょうな」

「はっはっは。何が“一介の研究者”だ。一介の研究者に国を1つ任せるとでも? 流石はかつての日本のエース。才ある者はジョークもユニークだな」

「いえいえ、貴方には劣りますよ。その歳で尚、最強の従魔士の座を欲しいままにしているのですから。そろそろ席を若者に譲ってほしいものですな」

「「はっはっはっはっはっは」」


大聖堂に、静かに笑い声がこだまする。


「いやいや。これでも私は生涯現役を目標としていてね。未だ若者に譲る気にはなれないな」

「そう仰らず。日本でも、若き才は着実に育っていますよ」


そう言いながら、封筒をルシウスに渡す。

ルシウスは、「これは?」と言いながら封筒を開いた。


「日本の新しい才ですよMr.ルシウス。彼女の名は“命 天野”。いずれ世界に名を馳せる従魔士になるでしょう」

「はっはっは! “世界に名を馳せる”とは、また大層だね。だが、見たところ彼女は若い。写真を見る限り、どこにでもいる可愛らしい少女のようだが?」

「確かに、彼女は“どこにでもいる少女”に過ぎませんでした。悪魔との戦いの経験も浅い。それでも、彼女の“矛”は魔神王に届き得ると確信しておりますよ」

「ほう? だが、書類によれば彼女の階級は“皇帝”。神級ですらない」

「はっはっは。階級は力の指標として優れていますが、全てではありませんよMr.ルシウス。こと彼女の力に関してだけいえば、階級などまるで当てにならない」

「ふむ。興味深い。聞こうじゃないか」


ルシウスの姿勢が少し前のめりになる。

よし、興味付けは十分。

本題に入ろうか。


「彼女の悪魔は天照。能力は浄化と再生。悪魔でありながら、悪魔の天敵足り得る存在」

「浄化と再生? 悪魔でありながら悪魔の天敵? 聞いたことが無いな」

「そうでしょう。史上類を見ない“浄化”を司る悪魔。彼女の浄化能力は、先日、神級悪魔“破壊神シヴァ”すら浄化したと報告が入っています。“再生”に関しても、曰く“時間の巻き戻しに近い”とのことの評価を受けている」

「ふむ。つまり、その“浄化”の力をもってして、魔神王にさえ届き得ると」

「その通りですMr.ルシウス。今はまだムラがありますが、鍛えればいずれ」

「よし。よくわかった。魔神王討伐作戦。命 天野の力を持ってして完遂しようじゃないか。ベリウス、至急、各国支部長を招集したまえ」

「は。承知致しました」


待っていろ悪魔ども。

ここから始まるぞ、人間たちの反撃は。



「天野 命だな? 至急国際本部へ来てもらう」

「え? な、なに?」

「待てお前ら。学校に突然現れて何をしてる? 日本支部長宇都宮 一華は通したのか?」


天野と通学していたところを唐突に従魔士たちに囲まれる。

日本人じゃないな。この雰囲気はイギリス人か?

となると、会話内容からも国際本部から派遣された従魔士ってことになる。

普通は、天野みたいな一介の従魔士、それも成り立ての従魔士に本部から直接派遣されるなどあり得ない。


「おい、お前ら、本当に国際本部から来たのか? そもそも人間か?」

「…………まどろっこしいな。面倒だ。『殺してしまおう』」

「「!?」」


やはりか。

変化を得意とする悪魔。

だが弱い。魔神化するまでもない。


「スルト! 焼き払え!」

『おうよ!』


手を薙ぐと、正体を現した悪魔が一斉に焼き尽くされる。

油断ならないな。

段々と天野を狙う悪魔たちが狡猾になっている。

変化能力だけなら上等過ぎて見分けられない。

俺がいる時で良かった。


「い、今のは?」

「変化術を得意とする悪魔だな。しかも、従魔士を騙るか」


それにしても、来る数が多過ぎる。

天野の“悪魔を引き寄せる体質”があるにしても、この1週間ほどの遭遇率は以上だ。

1日に6〜7体はザラ。

君主級も、既に10体を越えた。


「……最近、多いね」

「あぁ。俺も異様だと思う。一体どうなってる?」

「大丈夫かな……」

「わからない。神級の悪魔が現れるかもわからないしな」


当分、2人行動は欠かさない方がいいらしい。

それこそ、シヴァ級も一握りだがいる。

味方になれば強いが、敵となればそれこそ悪魔的に強い。



「一華姉? そろそろ帰って来てるか?」

「Oh!!! ホムラ! アイタカタヨ!」

一華姉の研究室を開けた途端、中にいた人物が思いっきりタックルをかまして来た。

勢いのついた頭突きを鳩尾に受け、吹っ飛ばされて悶絶する。


「がはっ…………、こ、この出会い頭のタックルと下手くそな片言、ジョンか!」

「ホムラ! オレノコトオボエテタカー!!!」

「こ、この人は?」


俺にタックルをかますイギリス人を見て、天野が怯えたように聞く。


「こいつはジョン・クラーク。イギリスにある国際本部の神級従魔士だ」

「Oh!!! コレハコレハ、ウツクシイオジョウサン。ボク、“ジョン・クラーク”イイマス。コレカラ、ボクトオチャデモシナイ?」

「え、え?」

「出会って1分で口説くな」


ガツン、とジョンの頭にチョップをかます。


「ヒドイヨ、ホムラ! カワイイオンナノコイタラクドク、アタリマエ!」

「黙れ片言イギリス人! 日本じゃ当たり前じゃないんだ諦めろ! てか、なんでここにジョンがいるんだ? 何しに来た?」

「ソウデシタ! ボク、“アマノ ミコト”ヲツレテクルヨウイワレテル!」

「は? 天野?」


突然名前が出て、天野がビクッと反応する。

な、なんで天野が?


「Oh!!! カノジョガ“アマノ ミコト”ネ? チョードヨカタヨ!」


ジョンが天野の手を掴み、連れて行こうとする。

待て待て待て!


「待てジョン! 家族とかに挨拶もあるだろ? 今すぐって訳には!」

「ンー? ダメダメ! カノジョ、イマスグツレテク! カノジョ、キケンジンブツダカラネ?」

「は!? 天野が危険人物だと!? んなわけあるか! 離せ!」

「モー、ヨクナイヨ? ホムラ、ジャマスルト、『キミヲケサナキャ……』」


ジョンと目が合う。

目の奥で闇が踊る。

こいつ……、悪魔になってやがる!


「天照、天野を護れ! スルト!」

『あぁ! 一体何が起こってる!?』

「わからない。だが、ヤツは悪魔、倒すしかない!」

『別にいいが、アイツ、完全に神級だぞ?』

「わかってる!」


魔神化状態に入り、大剣をジョンと天野の間に滑り込ませる。

まずは離さないと戦いにならない。

ジョンの体を大剣の腹で打つ。

吹き飛ばされたジョンが、壁を突き破り地面へ落ちる。

まさかこれで死んだりはしないだろうが……、


『ンー、ホムラ! ボクハコノテイドジャヤラレナイヨー?』

「くそっ……、やっぱりヤツか! 海の怪物リヴァイアサン!!!」


落ちたかと思われたジョンが、水を纏いながら浮かび上がる。

スルトの炎にリヴァイアサンの水。相性は最悪だ。

それに、なんだあの状態は?

リヴァイアサンの力を持ったまま、ジョンが悪魔化している?

もしジョンが悪魔になったなら、リヴァイアサンを憑依出来ない。

もしリヴァイアサンに喰われたのなら、ジョンの自我は残らない。

どうなってる?


「なんだこれ……、おかしいだろ?」

『ワレワレノ“ケイカク”ハススンデイルンダヨ、ホムラ。イズレ、スベテノニンゲンガ“シ”ヲチョウコクスル。ソノタメニ、“ミコト アマノ”ガジャマダ!!!』

「何を言ってる!? 計画!? 死を超克!? なんでそれで天野が邪魔になる!? お前に一体何があった!? 答えろ、ジョン!!!」


だが、俺の問い掛けにジョンが答えることはなかった。

レーヴァテインの炎を伸ばすが、大量の水に阻まれる。


「天野! 浄化を頼む!」

「で、でも、完全に悪魔になってたら、消えちゃうんだよ!?」

「アイツは悪魔だ! 滅する!」

「くっ…………、“光よ”!!!」


天野から発せられた光が、ジョンの体を包み込む。

もう消滅させるしかない。

これでしか……!


『グ、ウゥ……ァ……ア!!!』

「終わりだ、ジョン。せめて安らかに眠ってくれ……」

『ホムラァアアア!!!』


ジョンの体の中心、魂のある位置を貫く。

魂を貫かれ崩壊しかけたジョンの体は、浄化の光で一瞬にして消え去った。


「一体……、何だったの? ジョン君はどうなってたの?」

「わからない……。だが、あれは間違いなくジョンで、間違いなく悪魔だった」


浄化の光を受けた際、変化や幻惑の類なら元の姿に戻る。

それがなかった。

あれは間違いなくジョンだった。

なんでだ。一体何があってジョンが悪魔になった?


「……………………」


ジョンは“計画”と言っていた。

それに、“死を超克する”とも。

死を超える。

言葉をそのまま受け取るなら、おそらくは不死身になるということか?

何故だ? それでどうして天野が邪魔になる?

それに……、なんでジョンは悪魔に………………っ!?


待て……。

たとえばもし、悪魔になることが“死を超克する”ことだとしたら?

悪魔は老いることも朽ちることもない。

魂を破壊されたり浄化で消え去ることはあっても、基本的には死なない。


天野を見ると、彼女はきょとんとした顔をしていた。


天野の存在は、今や悪魔にとって天敵といえる。

それが、何らかの形で知れ渡ったら?

それを知ったヤツが、悪魔だとしたら?


待て待て待て、落ち着け!

それだとおかしいだろ!

さっきのジョンは、ジョン自身の魂も神級の力を持っていた。

もし神級の悪魔を生み出せるとすれば、それは、上位の存在である神王級に悪魔にされたことになる。神王級なんて、世界に1体しか存在しない。

まさか、魔神王がいるのか?

もしジョンが自ら悪魔になって、その計画に加担しているとしたら?

待て…………、嘘だろ?


そういえば、最近現れた悪魔は全員“従魔士”を名乗っていた。

それも、国際本部から派遣された“従魔士”……。

ジョンの所属も国際本部だ。

今週現れた悪魔が、本当に国際本部から派遣された“従魔士”だったとしたら……?


急激に悪魔が増え出したのは、一華姉が天野の登録申請のために国際本部に行ってからだ。

その時だ。そこで天野の情報が漏れたんだ。

それで、“計画”とやらを作り出したヤツが天野を消そうとしてるとしたら……。

一華姉がやばい。

一体誰だ? どこからがやばい?

ジョンは神級従魔士。それに指令を出せる立場か?

それとも別の組織からの侵入か?

規模は? 強さは?

くそっ……、わからない情報が多過ぎる!


「こうなったら一華姉に直接……」


スマートフォンの中から、一華姉の連絡先を探し出す。

約1分間、呼び出し音が鳴り続ける。

ダメだ、繋がらない……。

これはどう捉える?

危険に晒されているとみるべきか?

それともただ出られないだけか?

いや……それよりも、


「天野がここにいちゃダメだ。護りきれない」


天野の手を掴み歩き出す。


「ど、どうしたの?」

「逃げるぞ。ここにいちゃ、どれだけ強いのが集まるかわからない」

「え? なんで?」

「天野、よく聞いて。多分、お前の情報が魔神王に渡った……かもしれない。もしかしたら、教会も……いや、教会自体がダメなのかはわからないけど……とにかく、天野は今隠れなきゃ」


言葉がまとまらない。

俺が不安そうに話すから、天野まで不安そうになる。

これじゃダメだ。泣かさないって決めたのに……。


「ねぇ、1つ聞かせて?」

「え? あぁ」

「みんなは? 私たちがいなくなったあと、みんなは大丈夫なの?」

「少なくとも、最近来ていた悪魔は全て天野狙いだ。おそらく、大丈夫だ」

「わかった。なら逃げよう」


俺の不安さえかき消すように、天野は決断した。

あぁ。こうやって、ここ一番って時に強いんだ彼女は。

また俺が助けられた。


「あぁ。行こう。ただ、少し待ってくれ」


校舎から降り、水溜りの辺りをあさる。

あった。これさえあれば……。

一華姉から昔預かっていたのもある。

力はあるに越したことはないからな。


「まだ?」

「今行く。すぐに家で必要なものを揃えよう」



「ふう……。彼は消滅したか」

「えぇ。そのようですね」

「彼女は既に十分な脅威となりつつある。増援を送っておこう」

「そのように」


理想郷の現実は着実に進んでいる。

いずれ、全てが終わるだろう。

全てはこのために。

この無限に続く飢えも終わる。

魂を再び満たし、悪魔から神へと成り上がる。

永く待った。悠久の時を過ごした。

我が悲願。今こそ達成してくれよう……。



「風気持ちいーね!」

「おい! あんま乗り出すな!」

「はーい!」


悪魔から逃げ始めて3週間が経った。

あまりにも平和過ぎて、拍子抜けしている。

天野のはしゃぎようもこの通りだ。

一華姉の車を借り(無断)、旅先でお金が必要になるであろうことも見越し、クレジットカードも借りた(無断)。暗証番号も、研究室の引き出しにあった手帳の中に書いてあったので、それも借りた(無断)。まぁ、許せ。


「スルト、火」

『あぁ!? お前らライター使えライター!!! あるだろ現代の力が!!! 何“世界を焼き尽くす炎”をたかだか焚き木に使おうとしてんだ!』

「何言ってんだ勿体ねぇだろ?」

『ふざけんな! どっちが勿体ねぇんだよ! 便利に使おうとすんな! 俺はチャッカマンか!!!』

「悪魔が現代染まってんじゃねぇよ……。良いから火寄越せ」

『チィッ!』


シュボッ、と音がして、薪に火が付いた。

焚き木が無くなろうが燃え続けるし、都合が良いんだよなぁ。


「おいスルト……」

『なんだ!』

「お前の火で焼いた肉うまいぞ?」

『あぁそうかよ五月蝿ぇな!』

『火柱 焔、私はスープが欲しいわ』

「はいよ」

「あ、ほむら君、私も」

「はいよ」

『俺の火を囲んで和むなぁ!!! つか天照! 混じってんじゃねぇ!』

『黙りなさいな。せっかく温かいスープを飲んでいるのに、冷えたら美味しくないでしょう?』

『ぐぁあああああ!!! クソアマァ!!!』


スルトが叫ぶ。

神級悪魔が、炎1つで何ムキになってんだか……。

にしても、うまいなこの肉。

炎が良いからかな。


「このまま何も無いといいけどね……」

「そうだな……」


パチパチ、と弾ける音がする。

既に真冬となった季節に、外気はやはり厳しい。


「暖かくして寝ろよ」

「うん。ありがとう」


天野がそのまま眠りにつく。

すぅ……すぅ……、と寝息が聞こえる。

さて、今日も始めるか。

だいぶ慣れてきたところだ。




【“神よ、許し給え”】


いつか、一華姉と話したことがあった。

こんなことが出来たら、人間だって魔神王に届くんじゃないかって。


【“全てを支配せんとすることを”】


確かに、一見不可能にも見える。

だが、誰も成功した試しが無いというだけのこと。


【“持つを欲し、持たぬを欲することを”】


従魔士としての力を失った一華姉が託してくれた。

きっと出来る。やらなきゃならない。


【“悪魔よ、叶え給え”】


“これ”を完成させたときは、俺もどうなるかわからない。

でも、人間を越えなきゃ何も成せやしない。


【“我が魂と血肉をもって、汝の糧となろう”】


必ず成し遂げてみせる。

世界を護るために。一華姉を救い出すために。


【“そして、我が怒りを聞き届け、我に力を与え給え”】


そして天野を泣かせないために。

あぁ、でも、もしかしたら最後はやっぱり泣くかもな。


【“汝は主、汝は従”】


そのときは、きっと嬉し涙にしてみせよう。

天野が笑っていられる世界にしてみせるから。


【“愛することを許し給え”】


なぁ、スルト。

俺、今さら気付いたかもしれないんだけどさ……。


【“憎しむことを叶え給え”】


たぶん、天野が好きなんだ。

まぁ、言わない方が良いんだろうけどさ。ほら、死亡フラグってやつだろ?


【“我が業が望む全てを与え給え”】


今さら遅いよなぁ。

大丈夫、お前のことは護ってみせるから。

最後は笑っていてくれ……。



「天野、ちょっといいか?」

「ん? なに?」

「作戦会議」

「わかった」

「魔神王を倒すには、天野の“浄化”の力が肝になる」

「うん」

「天野が行う“浄化”と俺ら普通の従魔士が行う“滅殺”には、違いがあることに気がついた」

「…………違い?」

「ああ。俺らの“滅殺”は、悪魔の力で悪魔の魂を砕く。だが、天野の“浄化”は違う。悪魔になってしまった魂にかけられた、“術式”を消し去るんだ」

「術式?」

「あぁ。昔、一華姉と話したことがある。何故、悪魔に階級が存在するのか。神級によって悪魔にされた魂は皇帝級、皇帝級によって悪魔にされた者は王級。もし悪魔がウイルスみたいなものなら、入り込んだ先で勝手に増殖すればいい。だが、そうはならない。順番によって決定される力の差。まるで、コピーを続けたデータが劣化していくように……」


一華姉との研究成果。劣化したデータがあるなら原本もある。

その元となっているのが悪魔の祖、魔神王の術式。

そして、魔神王と神以下の術式には、おそらく決定的な差がある。


「術式の……核?」

「そうだ。核が無い。本来なら術式の中心に存在するはずのエネルギー発生陣が、神以下の悪魔には存在しないんだ。つまり、悪魔がこの世界に生まれてからずっと、全ての悪魔たちは魔神王の核によって術式を発動させ続けているんだ」

「え? ……じゃあ、もし私が魔神王を浄化出来れば……」

「あぁ。弱体化どころじゃない。世界中全ての悪魔が消える」

『冗談じゃねぇ!!!』


話が結論に達した途端、スルトが叫ぶ。


『つまりお前らはアレだ! 俺らの力を使って俺らを消そうとしてやがるんだ! 何が“浄化”だ! 俺は協力しねぇからな!!!』

『はぁ……。黙りなさいスルト。私は“浄化”に賛成よ。というか、そのために生前から作り上げた技術ですもの。みことも護れる。それに、悪魔となった私の兄弟たちを、苦しみから解放してあげられる』


天照が、何故か俺を見た。

見た目は幼いくせして、何でもお見通しってことかよ。

笑っちまうなまったく……。


『スルト? 貴方、悪魔に変えられてから一度でも“飢え”から救われたことはあった? 悪魔の力は、確かに永劫に近いものを私たちにくれたかもしれない。でも、所詮はそれだけ。これ以上、満たされることのない“生”を続けていくつもり?』

『ぐっああああ! 黙れクソアマァ!!! 何でも知ったような口をききやがって! 俺様はなぁ! もっともっとこの世界で生きて生きて生きまくるんだよ!!!』


叫ぶだけ叫び、スルトはその場からふらふらと飛んで行ってしまった。

まぁ、その反応が普通だよな……。


『まったく……。みこと、貴女は待っていて。決して来てはダメ。行くわよ、火柱 焔』

「あぁ、悪い天野、待っててくれ」

「う、うん……」


天野を残し、天照と共にスルトの後を追う。


『どうせ、貴方もみことに聞かれたくないことがあるでしょう?』

「あー……、悪い。察しが良くて助かるよ」

『私が何千年生きていると思っているのかしら。貴方のような子供の考えることなんて、手に取るようにわかるわ。それに、私の弟は挨拶も無いようだし』

「はははっ……。許してやってくれよ」

『別に気にしていないわ。私が姉だもの。これでも優しい姉なのよ?』


天照は、そう言って「ふふふっ」と優しく笑った。

俺たちが追い付くと、スルトはグツグツと煮滾るように燃えていた。


『あぁ! てめぇら何しに来た!』

「別に、お前が途中で抜けるもんだからな。一応、作戦全部話しておこうと思ってよ」

『いるか! 誰が、自分が消えるための作戦に手を貸すと思ってんだ!』

『黙りなさいスルト』


天照が、荒れ狂うスルトを睨む。

良い作戦ではあるんだ。ただ、ピースが足りない。

そのピースを埋めるには……、


「これしか無いと思ったんだ」



「で、世界からは悪魔が消えてめでたしめでたし。な?」

『お前正気か!? ふざけんな!』

『スルト。その話はもう無駄よ』

『ぐぁあああ!!! くそッ!!! ふざけんな! 俺はなぁ、お前と過ごす日々が案外悪くねぇと思ってたところだったんだ!!! 最初は丁度良い怒り抱えた餓鬼がやって来てラッキーくらいだったさ! それがなぁ、復讐果たして丸くなっちまいやがって……。まるで俺は……、自分の子供の成長を眺めてるようだった! 人間だった頃を思い出しちまったんだよこんな何千年も経って……』

「わるいな。俺も、お前といるのは案外悪くなかった。そうだ、あの世ならきっと一緒だよ。なんせ、父さんと母さんよりも長く一緒に居たんだから……」

『黙れ餓鬼が!!! そういうのをなぁ!!!』

『やめなさいスルト! それ以上は苦しくなるだけよ。貴方も、その子も』


天照の鋭い声が響く。

穏やかで冷静なところしか見たことなかったから、叫ぶ彼女は新鮮だな。


「頼むよスルト……、協力してくれ」

『ぐっ……あぁ、あああああ!!!!! 黙れ黙れ黙れ!!!』


スルトが荒れ狂う。

まさに怒りの塊。

でもまぁ、コイツが俺を子供みたいに思ってくれてるとは知らなかった。

だからこそ、辛い選択になるんだが……。


『1人にしろ。考えさせてくれ……』

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