第5話
バチッ、パシンと竹刀の弾ける音がする。
かなり技術も身について来た。
そろそろ悪魔を使わないと厳しいかもな……。
そう思っていたら、手元から竹刀が消えた。
やられた。全く。また意趣返しってやつか。
クルクルと宙を舞った竹刀は、見事に天野の手へと収まった。
「や、やった……、やった! できた!」
「負けたよ。完敗」
嬉しそうな天野に、素直に降参する。
天野は、目をキラキラさせながら「やった!」と繰り返していた。
だいぶ憑依時間が伸びて来ているし、もう次の段階に行けるだろう。
「よし、次は俺も悪魔を憑依させる。あとは、またひたすら魔神化に至るまで繰り返すだけだ」
「う、うん! わかった!」
「よし。行くぞスルト」
体から紅黒い炎が湧き出す。
手を払うと、天野に向かって炎が襲いかかる。
「あつっ!」
『みこと! 浄化するのよ!』
「う、うん!」
天野の体から溢れた光が、炎をかき消していく。
“世界を焼き尽くす消えない炎”
それがスルトの炎だ。
それを意図も容易く“浄化”してしまった……。
階級違いすらものともしない魔力。
やはりこの力、魔神王に届き得るか?
もう動けない……とばかりに天野が倒れる。
「大丈夫か? ここらで一旦休もうか」
「うん……、そろそろ」
『2人とも、憑依を解かないで』
『ガッハッハ! 強めのやつが来そうだなぁ』
天照とスルトが口を揃える。
俺にも、天野にもわかる強力な悪魔の波動……。
嫌な予感がする。
この感じは覚えがある。
神級の悪魔の気配だ……。
『あぁあ? こんなところに、旨そうな魂の匂いがするなぁ?』
この声……、聞き間違えるはずがない。
今までずっと待ち侘びていたんだから。
やっとだ。やっと来た。
「ほ、ほむら君?」
「シヴァあああああああ!!!」
自分の血が、全部黒くなったんじゃないかと思う。
一滴残らず怒りに染め上げられたような感覚。
力が無限に湧いてくる気がした。
やれる……、今ならシヴァを殺せる。
そのために、強くなって来たんだから!
『あぁ? なんだお前』
「スルト! とっとと魔神化だ! ヤツを滅殺する!」
『ハッハッハッ! 威勢のいいヤツは好きだぜなぁおい。前菜代わりだ、お前から喰ってやる』
一瞬で魔神化して、大剣でシヴァに斬り掛かる。
その一撃で神社が吹き飛んだ。
構うもんか。コイツを殺せさえすればそれでいい。
『おい、お前! 強えじゃねぇかなぁおい! いいぞ! もっと来い!』
「黙れ!!!」
剣戟を重ねる。
俺は劣っていない!
スルトと俺の力で、ヤツを……、
『だが、まだ弱え』
「なっ……、ぐっ!」
三又の槍で体を跳ね上げられる。
宙に放り出された状態で、地上にいるシヴァを見る。
こちらを狙う切っ先。
鋭く放たれ、捉えられた。
「ぐっ、くそっ、なんでっ!」
『良い線行ってるが、まだ足りねぇ。まだ悪魔の力を出し切れてねぇ。それに、牙を折られた“炎の巨人”なんぞに、俺様が負けると思ってんのか、なぁそうだろ!』
大剣が折れ、魔神化が解ける。
撃ち落とされ、地面に叩きつけられる。
シヴァが俺を見下ろす。
ふざけんな……、ふざけんなふざけんなふざけんな!!!
「この悪魔がぁ! なんで俺を見下してやがる!」
『あぁ? 別に良いが、お前、アイツは仲間だろ? なぁおい』
「は、離して!」
叫び声の方を見ると、天野が悪魔に捕まっていた。
『お前、仲間から目を離し過ぎたなそうだろ。お前はアイツを護る。なぁ、人間ってのは、協力して戦うんじゃなかったのか?』
「黙れ! 悪魔如きに人間の何がわかる! あの日、俺から全てを奪ったお前に何がわかる!」
『……………………あぁ、なるほどなぁ。お前、あの時喰い損ねた餓鬼か。随分でかくなったなぁおい』
「お前、天野に手を出したら……」
その瞬間、天野がいた場所で『ギャアアアア!!!』と断末魔が聞こえた。
見ると、天野を捕らえていた悪魔が泡末とかして消え去るところだった。
『なんだありゃあ!!!』
「ほ、ほむら君から離れて!」
『なるほどなぁ……、最上級のご馳走だが、喰うのにはちと苦労しそうだ……』
そう言いながら、シヴァは天野の方へ歩み寄って行った。
くそっ……、大剣が折られたおかげでスルトは目を覚まさない。
回復にはまだ時間がかかる。
『お前の“浄化”は俺には届かねぇ。諦めろ』
「は、離して! ほむら君っ!」
「シヴァ!!! 天野を離せ!!!」
『おい餓鬼、てめぇにチャンスをやる。この女は、悪魔が邪魔してるせいで直ぐには喰えそうにねぇ。1週間だけ時間をやる。それまでに来い。魔界で待つぞ』
「待て!!! シヴァあああああああ!!!!!」
シヴァが天野に手を触れると、景色が捻れて一瞬にして消えた。
〆
「一華姉か?」
「ん? どうしたこんな夜更けに電話なんて」
「天野が、シヴァに攫われた」
「なんだと!? 天野君がシヴァに!? いやまて! お前何を考えているか話せ!」
「悪い……、行ってくるから」
「待っ!」
そこで、俺は通話を終了した。
俺がどこに行くのかはわからなくていい。
ただ、一華姉のことだ。
悪魔が連れ去るなら魔界だと必ず気付く。
タイムリミットは、通話終了から約3時間ってところか。
「スルト、本当に力は取り戻したんだろうな?」
『あぁ? お前が北欧の従魔士協会からレーヴァテイン本体を奪い返してくれたからなぁ。よくもまぁ、単身乗り込んだもんだ』
「残り1日を切ってる。とっとと行くぞ。魔界の門を開けろ」
『あいよ。気を抜くんじゃねえぞ? そこらに悪魔が潜んでる』
「知っている。全部焼き尽くしてやる」
『おーおー、頼もしいねぇ。そら開くぞ? 魔界の門だ』
目の前で、深い闇が開く。
悪魔にしか開けられない扉、この奥に、悪魔の巣窟がある。
上等だ。いずれ踏み入れるつもりだった。
全て焼き滅ぼしてやる……。
〆
「失せろ悪魔ども!!!」
焼ける香りと、悪魔たちの断末魔で満ちる。
『あぁ〜、お前、暴れ過ぎじゃねぇか? なぁおい』
「黙れシヴァ。天野は無事だろうな?」
『これだけ悪魔を殺しといて、自分は仲間の心配か。良い気なもんだなぁおい。何があったかは知らねぇが、この数日間で魔力が増してやがるな? どういう理屈だ?』
「答えろ」
『大剣も、以前と形が変わってやがるな』
「…………もういい、失せろ」
大剣を振るい、シヴァと激突する。
いける。パワーでも負けていない。
『浅ましく力を求める愚か者よ……、この破壊神が神罰を下してやろう』
「やってみろよ悪魔風情が……。お前を滅殺する」
お互いに弾き合い、距離を取る。
瘴気に満ちた世界にヒビが入る。
所詮は悪魔どもが創り出した結界か。
悪魔どもを殺しまくったおかげで、かなり脆くなっているらしいな。
『ハッハッハァ!!! かなり強くなったなぁ! これは楽しめそうだ!』
「黙れ。次に焼けるのはお前だ」
『そいつはどうか……、なぁ!!!』
シヴァが力任せに振るった槍が、その衝撃波で大地を割った。
とてつもない威力だが、想定内だ。
「“巨人の盾”」
炎の盾で、衝撃波を受け止める。
シヴァが一瞬、驚いたような顔をする。
「“巨人の斧”よ!」
レーヴァテインが業火を纏い、巨大な斧を形取る。
それを、寸分の狂いなく振り下ろす。
『が……あっ!!!』
シヴァの防御ごと肩を裂く。
血を撒き散らしながら膝をつくシヴァを見下す。
「今度は、俺が見下す番だったな」
『人間がぁ! この破壊神シヴァを見下すな!!!』
「黙れ、お前の負けだ。消えろ」
『うぉあああああああ!!!』
シヴァが叫びを上げる。
まだ戦う気か? あの傷では、勝ち目は薄いはず……。
だが、みるみるうちにシヴァの魔力が高まるのがわかる。
先ほどまでとは、明らかに様子が違う。
『ガッ……アァ…………、神ニ仇ナス愚カ者ドモヨ……、全テ……皆殺シニシテヤロウ』
『おい逃げろ!!!』
「なっ!!!」
“第三の眼”
話には聞いたことがあった。
シヴァの額には、全てを見透かすような“眼”が現れていた。
その“眼”から発せられる膨大な魔力と破壊衝動。
これが本当の破壊神シヴァか……!
「ふざけるな……、お前は俺が滅ぼすんだ……、これ以上お前に奪われてたまるか!!!」
『愚カナ人間ヨ……、ソノ愚行、冥府ノ底デ悔イルガイイ』
シヴァが槍で大地を突く。
魔界の大地がめくれ上がり、衝撃波と破壊が襲い掛かってくる。
また……、こんなところで……。
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!!
「がっ…………、はっ…………」
シヴァの起こした破壊の激流に呑まれ、体が軋むのがわかる。
同じ“神”の階級だ。敵わないはずはない。
なのに何故、これほどまでに力に差がある?
『それは、お前がまだ人間だからだ』
意識の底で、スルトの声がする。
人間を捨てろってことか?
俺が悪魔に成り果てろと?
『どうせ、死ぬよりかはマシだろ? それに、悪魔になっちまったら俺はお前に力を貸せなくなっちまう。悪魔になるギリギリまで感情を呼び起せ』
ギリギリな……。
戻ってこれるんだろうな?
『さぁな? お前次第だろ。それに言ったろ? “死ぬよりはマシだろ?” ってな』
なるほどな。
まさに悪魔的な契約だ……。
だが、どちらにせよ後がない。
ここでアイツを殺せなきゃ、死ぬのは俺だ。
ヤツに魂を喰われるのだけは御免被る。
やってやるさ。ヤツを殺せるだけの力を寄越せ。
たとえ悪魔に成り果てたとしても、この復讐を……はた……せる…………の……なら……。
「『後悔スるのはオマエだ破壊神シヴァ。お前ヲ焼き尽クス』」
全身に纏う紅黒い炎が、俺の力を引き上げる。
そうだ、ヤツを殺せ。
殺せ殺せコロセ殺せコロセコロセコロセコロセコロセ!!!
「『ガッ……ア……ァ……ア!!!』」
『モハヤ獣。語ル言葉サエ無クシタカ』
「『グルルルァアアアアアア!!!』」
足を踏み鳴らす。
大地が砕ける。
業火を纏い、敵を掴む。
槍を受け、吹き飛ばされる。
大剣を振り、業火を撒き散らす。
そうやってどれだけ戦い続けただろうか?
理性なんかとっくに捨て去って、戦いだけを求める獣に成り果てた。
大地を砕き、世界を焼き尽くし、敵を屠る。
纏う業火は怒りと共にどんどん勢いを増して大きくなって、巨人の腕を象り始めた。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
破壊と怒りを撒き散らし、お互いの拳を振るい合う。
「『ガアアアアア!!!』」
『オ、ノレ……、人間如キガァ!!!』
大剣が敵を貫いて、槍が腕を斬り落とした。
自分の腕が転がった。
敵が倒れた。
「『グ…………が……ぁ……』」
ドサリと倒れ込む。
血が流れ、魔神化も限界に近づいてきたのか、理性が少しづつ戻ってくる。
やっとだ。もう……あとはいい。
これでもう、俺は生きる理由もないのかもしれない。
血も流れ過ぎている……。
だが、このまま死んだとしても悔いはない。
最期に、みんなの仇を討てたんだから。
『ぐああああああ!!! まだだ!!! 俺の魂はまだ砕けてはいないぞ!!!』
シヴァが、叫びを上げて立ち上がる。
くそっ……、まだ立つのかよ。
もう魔力も残ってねぇよチクショウ。
くそっ、くそッ、クソッ、クソが!!!
動け体!!! ヤツにトドメを刺したい!
動け! 剣を握る腕が無かろうが関係ない! 動け!!!
脚が震えるが、立ち上がれる。
剣は握れないが戦える。
俺はまだ生きているぞ。
まだ戦える。まだ殺せる!
「『黙りなさい。そして、この子を危険に晒した罪を償うのよ』」
砕けた大地と荒れ狂う炎で覆われた世界に、凛とした声が響く。
『てめぇは……、どうして出てこられた女ぁ!!!』
「あ、天野!?」
そこには、囚われたはずの天野が居た。
いつもの栗色の髪は黄金色に染まり、頭には太陽を模した輪が浮かんでいた。
まさか、あれが天照と天野の魔神化状態か?
『邪魔するな女ぁ!!!』
「『黙りなさい。邪魔は貴方よ。“浄化の光よ”』」
『な……、あ……がぁ…………ぁ…………』
天野の手が光り輝き、その手に触れたシヴァが瞬く間に塵とかした。
嘘だろ? こんな、呆気なく終わるのか……?
塵となったシヴァが消えたのを確認すると、天野がこちらに向かって来た。
「『全く。この子を護り切ることも出来ず、よく顔を出せたわね無能。』」
天野……、じゃないのか?
もしかして、天照に乗っ取られてる?
「『あぁ、今の人格は完全に“天照”の方よ。安心なさい? みことの人格は、今は寝てる。あの子にこんな貴方の姿を見せるわけにはいかないもの』」
そういうと、天照は俺の体に手を向けた。
ふわりと優しい光に包まれる。
暖かくて慈愛に満ちた光。
何となく、痛みが引いて来た気がする。
「えっ…………うそだろ?」
斬り落とされたはずの右腕が、元に戻っている。
もはや時間の巻き戻しに近い。
疲労も傷も無くなったはずの腕も、まるで最初から起こり得なかったことのように元通りになった。こんな力があるか? いったいどれほどの魔力が……、
「『さぁ、戻るわよ。魔界は、貴方たちの戦いのせいで崩れ去る』」
天照が俺を呼ぶ。
開かれた扉から、光が差し込む。
あぁ、全部終わったんだ。
これでもう、復讐に縛られて生きることもない。
〆
「まっ……たく!!! 何を考えているんだほむら!!!」
帰って来た俺たちに待っていたのは、一華姉率いる従魔士教会日本支部の精鋭部隊だった。
天野が検査を受けて異常が無いかを確認している間、俺は一華姉にこっ酷く叱られるはめになった。まぁ、俺の独断先行が招いたことだから、自業自得ではあるのだが……。
さんざん叱られ、約1ヶ月の謹慎を言い渡された後、一華姉は「それでも、無事で良かった」と言った。俺は何故か、涙が止まらなかった。
助かって良かっただとか、そんな感情ではない。
最大限の力を持って挑んで、それでもシヴァを滅ぼし切れなかった事実。
自分の手でトドメを刺したかったのかもしれない。
終わらせるなら自分の手で、と。
「ほむら君、ありがとう」
検査を終えた天野は、俺に御礼を言った。
俺はどう受け取っていいかわからず、「あ、あぁ、俺の方こそ助かった。天野がいなければやばかった……」と返した。
目を合わせることは出来なかった。
今目を合わせたら、どんな顔をしてしまうかわからない。
天野が悪いわけじゃないのに、何を言ってしまうかわからないから。
そのあと、俺は天野と距離を取り、言葉を交わさないよう気をつけた。
〆
魔界から帰って来て1週間が経つ。
今のところ平和だ。
俺の心も現実世界も。
復讐心を失った今、自分でも驚くほど空虚な人間だったと思い知らされた。
これから、何をすれば良いんだろう?
「ほむら君、何してるの?」
「ん? あ、あぁ、何でもない」
俺が自宅マンションの屋上で空を眺めていたら、いつの間にかやって来ていた天野が問いかけて来た。
俺は、反射的に彼女から目を逸らしてしまう。
やばいな……。
あの件以来、天野と話しづらい。
別に天野は何もしてないんだが、俺がダメだ。
「ほむら君?」
「ん、いや、何でもないから」
再び目を逸らすと、天野は少し哀しそうな顔をした。
ごめんな。お前は何も悪くないのに……。
「あの、仇討てたんだって、宇都宮教授に聞いたよ? よかったね」
「え? あ、そうか……、天野は何も知らないよな……」
ありがとうと言うことも出来ず、よくわからない言葉を返してしまう。
素直にありがとうと言えば済む話じゃないか。
そんな、何も引き摺ることのない、既に終わった話なのに。
「え? わ、私が知らないことって何?」
「…………シヴァを倒したの、天野なんだよ」
「え?」
別に、言わなければそれでも良い話だった。
なのに、何故か言ってしまった。
「俺が死に掛けてるときに天野が来てさ、いや、あの時は天照がお前の体を使ってただけなんだけど、一瞬でシヴァを浄化してさ……。俺も助けられて」
「私が? で、でも、私、記憶になくて……」
「別に良いんだよ。本当は誰が倒したって変わらない。だけど…………、俺は、俺の手でみんなの仇を討ちたかったんだ!」
思わず叫ぶ。
しまったと思う。
これじゃまるで、俺が天野を責めてるみたいだ。
それでも、俺の意思とは無関係に言葉が溢れた。
「俺がずっと戦ってきて、やっとのところだったんだ! それを突然天野に奪われて……、なぁ、俺どうすれば良い? これから何をしていけば……」
体に力が入らなくなる。
思わずその場にへたり込んでしまう。
もう自分が何を言っているかわからなかった。
天野が責められる謂れは無いんだ。
本当は、俺が復讐だけに生きてきちゃいけなかったんだ。
そんな簡単なことに、今気がついた。
復讐が無くなった瞬間に、自分の存在意義も全部無くなった。
こんなことで天野を責めても仕方ないのに……。
「ほむら君、ごめん」
優しい声に包み込まれた。
なんだよ「ごめん」って……。
勝手に復讐を始めて、勝手に巻き込んだ。
それで今、勝手に天野を責めている。
謝るのは俺のはずなのに……。
「悔しかったよね。自分で戦いたかったんだよね。それなのに、私が奪ってごめん」
顔は見えない。
頭の上から聴こえる天野の声は、ひどく優しい。
その声で、もう自分の感情が抑えられなくなっていた。
感情が溢れかえり決壊を起こして、悔しさも怒りも悲しみも憎しみも全部暴れ始めようとしていた。
ぽつり。涙が落ちた。
「…………は?」
「………………うぐっ……うっ……ひくっ……」
天野が、大粒の涙を流しながら泣いていた。
「ま、待てって! なんで天野が泣いてるんだよ!」
「…………ひぐっ……、だって……私だって……苦しかったんだ」
「ま、待て待て! 落ち着け! 苦しかったって何が!」
「あのとき、ほむら君の話を聞いて、私がなんとかしたいって思ったから。だから…………でも、ごめん……うぐっ…………」
「もう泣くなって!」
ポケットからハンカチを取り出し、天野の涙を拭く。
いつの間にか俺の中の感情たちは静かになっていた。
天野の涙を拭くのが精一杯で、自分が泣く余裕も無くなっていた。
たぶん、俺は自分の弱さを認めるのが嫌だったんだ。
みんなを護れなかった自分。
天野を護れなかった自分。
天野に助けられてしまった自分……。
その弱さが、今度は天野を泣かせている。
本当に……、どうしようもなく弱いな俺は……。
俺は、この優しい女の子を護らなきゃいけない。
次こそは、彼女が泣かなくて良いように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます