第4話

「……………………」

「最初は苦しかった。でも、少しづつ慣れて、今はなんとか抑えられるようになって……、蓋をしてる感覚っていうのか? ただ、この間はその“蓋”が少し外れた」


何も答えられなかった。

彼はそれ以上何も言わなかった。

私は、夕陽が落ちるまで黙って隣にいた。



朝日が差し込む。

最近は随分夜明けが遅くなって、この時間でもまだ暗い。

俺は動きやすい服装に着替えると、重力のある鉄刀を持って外に出た。

日課の素振りを終える頃には、日が少しだけ高くなっていた。

十分に体をほぐして家に戻る。

どうにも、最近は鉄刀を振っていても手応えが無くなってきている。

もう少し重みがあるやつを新調しようか……。

俺が悩んでいると、ピンポーンとベルが鳴った。

この朝早くからなんだろうか?

ドアの覗き穴から外を覗いてみる。


え? ……なんで?


外には、指でくるくると毛先を遊ばせながら立つ天野の姿があった。

ていうか、なんだあの横のキャリーケース……、完全に旅行出来る大きさだけど大丈夫か?

いや、それ以前に俺の家知らないだろ? なんで普通に来てんだ?

待て待て待て、どうあっても嫌な予感しかしない……。


「ほむら君いる?」


天野が、そう言いながら覗き穴に向かって手を振って来た。

いるかわかんないのに手を振るのかよ……。

仕方ないな……。

ガチャリとドアを開ける。


「よう。どした?」

「あ、ほむら君おはよう。今日から、ほむら君に訓練受けさせてもらえって宇都宮教授が……」

「訓練? なんの?」

「え? 従魔士になるためのだけど……」

「…………え?」

「私を“従魔士”に誘ったのはほむら君だよ?」


天野が、「何かおかしいこと言った?」と聞く。

いや、確かに俺が誘った。間違いはない。


「あとこれ、宇都宮教授から預かって来た」

「え? あ、おう……」


天野から手紙が渡される。

中身には、「パソコンの電源をつけろ」とだけ記してあった。

指示通りパソコンの電源を入れる。


「おはよう、ほむら。もう天野君から事情は聞いたか?」


唐突にビデオ通話が始まり、開口一番一華姉がそう言った。


「き、聞くには聞いた。正確に教えてくれ……」

「ん? 天野君、髪を切ったか? それに以前とは随分雰囲気が違うな。以前も良かったが、そちらの方が自信に満ち溢れて見えるな。素敵じゃないか」

「おい、話を逸らすな」

「全く……、女性の変化に気付けないやつはモテないぞ?」


……まぁ待て、我慢だ。

別に怒るようなことじゃない。

天野を見ると、確かに先日より髪が短くなっているように見える。

姿勢も良くなった。表情や服装も、以前より可愛らしく見える。

…………た、確かに変わってるな。

言われるまで気付かなかった……。


「今気付いただろ」

「…………」

「まぁいい。お前が気が利かないのは今に始まったことじゃない。それもこれも私の指導力不足が招いたこと。天野君、どうか許してくれ」


一華姉が、画面越しに深々と謝罪をする。

なんでそう、俺が関係ないところで話が進むんだ。


「…………」

「それより、今は天野君の修行だ。早急に悪魔との契約を行って欲しい。そして、連絡事項はもう一点ある。彼女は、特級の悪魔体質を持つ」

「悪魔体質? 具体的には?」

「あぁ。現時点ですら皇帝級従魔士に匹敵する悪魔への耐性と、“悪魔を引き寄せる”という特異体質だ。原因は現在調査中だ」

「……現時点で皇帝級かよ。とんでもないな。それに、悪魔を引き寄せる体質? 聞いたことがない」

「あぁ、まさに破格、特級の悪魔体質だ。“悪魔を引き寄せる”ことに関しては、私も聞いたことがない。他の従魔士には手に余る案件だと判断した。そこで、幹部会にて私が推薦し、お前が指導官に任命されたわけだ。まぁ、元はと言えばお前の紹介から始まった案件だ。責任は取れ、ということだ」


責任を取れ……、ね。

それで天野は家に来たわけか。

いや、でも……。


「あの大荷物は何なんだよ……」


天野に聞こえないよう、マイクに口を近づけて小声で話す。


「言っただろう? 彼女は“悪魔を引き寄せる体質”を持つと。となると、護衛役がいる。いつ何時現れるかも知れない悪魔に対抗するためには、四六時中共に暮らしている方が都合がいい」

「待て待て待て! いっても年頃の男女だぞ!? というか、今までは普通に暮らしてたんだろ? そこはそのままで良いじゃないか!」

「そうだ。そこが不思議なんだ。あくまで私の推測だが、ほむらと天野君が出会った日、天野君は夢魔サキュバスによる侵入を受けた。そこで、彼女の中にあった力が悪魔の力に触発され呼び覚まされた……というのはどうだ?」

「突拍子もない……」

「だが現に、彼女は今まで魔界に潜んでいた“7つの大罪”を現世に引き摺り出している。2日連続で君主級以上の大物たちを引き当てるなど、一体どんな確率だと思う?」


一華姉の言うことは尤もだ。

従魔士の管理下にない君主級以上の上位悪魔など、世界中合わせても100体程度しかいない。

それがこの短期間で8体も天野の前に現れた。

もはや天文学的確率だとしても過言ではない。


「それも……、そうか」

「では、任せたぞ。休学届けは既に受理されている。思う存分修行に励むがいい」


プツン、と音がして、ビデオ通話が終了した。

そうか……、任されたのか……。

いやそうじゃなくて!!!

男女同室とかの件が全く解決してないっ!!!

しかも休学って何!? 本人のサインはどうした!

なんで既に受理されてんだおかしいだろ!!!

ツッコミたいところが山ほどある…………。


「ねぇ、ほむら君……」

「ん? なんだ?」

「ほむら君は、自分のために宇都宮教授の罪悪感を利用したって言ってたよね?」

「あ、ああ、言ったな」

「私はほむら君に巻き込まれた。そして、私はみんなを護れるようになりたい……。あとは……、わかるよね?」


言外に、私の頼みを断るなと言っている。

自分のしたことは巡り巡って自分に返ってくる。

そう痛感した。



「……はぁ…………はぁ、ほむら君……ちょ、ちょっと……まって……」


天野が、死にそうになりながらついてくる。


「大丈夫か? 別に急ぎじゃない。休んでも良いんだぞ?」

「そ、…………それは……大丈夫。荷物も……もって……もらってるのに…………これ以上、……めいわ…………く、きゃっ!」


天野が地面から隆起した樹の根にこけそうになった。

まぁ、この山が初心者にキツイ場所なのはわかる。

さっきから15分ごとくらいに休憩を挟んではいるが、この急勾配は今まで鍛えていたわけでもない女の子が登るには無理がある。

こけそうになった天野を受け止め、近くに座らせる。


「今は無理するところじゃない。悪魔との契約は体力がいるから、今は温存しとけ」

「う、うん。……わかった」


天野の背中をさすりながら水筒を渡す。

特に天候が悪くなりそうなわけでもない。一度ゆっくりと休憩するか……。


「ねぇ、ほむら君。悪魔との契約って体力がいるの?」

「ん? あぁ、召喚した悪魔が強ければ強いほどな。前に、悪魔に憑かれただろ? あれと同じだ。そして、悪魔に憑かれた状態で交渉するんだ。お前が力を貸し出す代わりに、俺らは何々を差し出しますっていうな」

「さ、差し出すって何を?」

「相手によるんだが、俺の場合は“月に3体以上の悪魔の魂”だ」

「悪魔の魂? 悪魔が悪魔の魂で何をするの?」

「言ってなかったが、悪魔ってのは魂を喰うんだ。しかもヤツらはどんな魂でも喰う。それに、悪魔の魂ってのは強力エネルギー体だからな。まぁ、燃料としては優秀らしい。味は随分と落ちるらしいが」


俺が答えると、天野は不安そうに「私、大丈夫かな……」と言った。

俺が「天野なら大丈夫だ」と言うと、「がんばってみるね」とだけ返ってきた。



山の頂上付近には、小さいながらに神聖な雰囲気を醸し出す神社がある。

昔は火柱家が管理していた、悪魔との契約を行う場所だ。

建物の中はただ広い空間になっていて、木の香りと光だけが静かに佇む。


「ここが……、悪魔と契約する場所?」

「そうだ。落ち着くだろ?」

「うん」

「この地下には龍脈ってのがある。エネルギーに満ちてるんだ。他にも、悪魔を一時的に弱体化させる術式も張り巡らせてある。ここほど契約に向いた場所はない」


すると、天野は迷いなく建物の中心に行った。

そして立ち止まると、「…………ここが落ち着く」と言った。


「そう。そこが龍脈のちょうど重なるところだ。天野ほど耐性があれば今すぐ始めてもいいかもしれないが、今日は休もう。疲れてるだろ?」

「…………ううん。いまやる」

「え?」


天野が、中心に正座をしながら言った。

床を少し撫でる。何かを感じ取ろうとしている?

龍脈のエネルギーにあてられて、魂の感度が一時的上昇している可能性もある。

ただの強がりとか、気が急いているだけとも考えられるが、天野はそんな感情な流されるタイプじゃない……。

彼女なりの理由がある……、と思うのが自然か。


「いいんだな? 悪魔との契約は体力を使うぞ?」

「うん」

「わかった。天野が“今”と言うのなら始めよう。体の力を抜いて、楽にしていてくれ」

「うん」


彼女が、「ふぅ……」と息を吐いた。

こんなに落ち着いているやつだったか?

一体何があれば、悪魔との契約を前にこれほど落ち着いていられるんだ?

悪魔召喚の書を開き、静かに読み上げる。


【“神よ、許し給え”】

【“全てを支配せんとする浅ましさを”】

【“持つを欲し、持たぬを欲することを”】

【“悪魔よ、叶え給え”】

【“我が魂と血肉をもって、汝の糧となろう”】

【“そして、我が怒りを聞き届け、我に力を与え給え”】

【“汝は主、汝は従”】

【“愛することを許し給え”】

【“憎しむことを叶え給え”】

【“我が業が望む全てを与え給え”】



最後に覚えているのは、ほむら君が唱える言葉とともに、世界の色が全て白に塗り変わっていったところ。 ここが現実なのか、夢なのか、違う世界に来てしまったのか。わからない

体の感覚はある。

服も着ている。

ということは、夢……ではないのかな?

でも、すごく懐かしい気がする。

ずっとともにあった気がする。

私はきっと知っている。

ここは…………、


「私の心の中なんだ……」

『そうだよ、みこと』


私の呟きに答える、幼い声があった。

幼いのに大人びていて、陽だまりのように暖かいような、氷のように冷たいような、そんな矛盾さえ同居してしまう不思議な声音。

声の方へ向くと、髪の長い幼子がいた。

歳でいえば6〜7歳だろうか?

髪は曇りのない黄金色で、それが膝に来るくらいまで伸びている。

真っ白い空間をペタペタと裸足で歩く彼女は、それこそお人形のように可愛らしかった。


『ねぇ、みこと?』

「ど、どうしたの?」

『みことは、本当に戦いたいの?』


彼女が首を傾げる。

その姿は可愛らしいけれど、今の質問で確信した。

彼女が悪魔だ。

でも、まるで嫌な感じがしない。

ほむら君が言っていた契約というのはどうなるんだろう?

わからない。

けど、何故か彼女は信頼していい気がした。


「うん。戦うよ。私の大切な人たちを、私が護らなきゃいけないから」

『そっか。もう決めてるんだね……』

「うん。ねぇ、貴女の名前は?」

『私? 私は“天照”』

「“天照”ちゃんかぁ。なんか、神話のイメージと全然違ったなぁ……」

『神話?』

「ううん。こっちの話」


私が首を横に振ると、天照ちゃんは不思議そうにぽかんとしていた。


『でも、嫌だなぁ……』

「え? なにが?」

『私がみことを護ってきたのに……、みことはそれじゃ嫌なの?』

「待って? 貴女が護ってきたって……、どういうこと?」


私が言うと、彼女は少し寂しい顔をした。

泣いてしまいそうな、諦めたような顔。


『ずーっと一緒に居たんだよ。私は、みことの中にずっと居た。みことは悪魔に好かれやすかったから、私は悪い悪魔が近寄らないようにずっと護ってきたんだ』

「…………そうだったの?」

『そうだよ。貴女の魂は純粋で無垢だから、悪魔たちにとっては最高のご馳走なんだ』


そういえば、ほむら君と宇都宮教授が話してた。

私は、悪魔を引き寄せる体質の持ち主だって。

なのに、今までは襲われることがなかった。

そうか……、彼女が護ってくれていたんだ。


『でも、みことの魂は本当に綺麗だから、もう隠しておけなくなった。悪魔たちは、今みんなみことを狙ってるよ。だから、あの男の子が護ってくれるのも、ほんとは歓迎したいんだけど……』


そこで言葉が止まる。

彼女は、とても不安そうな表情をしていた。


「? けど?」

『あの男の子はダメ。一緒にいる悪魔も危険だし、何よりあの男の子は悪魔よりも恐ろしい感情を抱えている。いつ蓋が外れて、みことを危険に晒すかもわからない。みことも見たでしょ? あの男の子の悪魔を斬ったときの姿。あの男の子は、いずれ魔神王にさえ届くほどの大悪魔になるよ。だからダメ』

「……………………」


彼女は、真っ直ぐな目で私を見つめる。

わかる。ほむら君は危うい。

いざとなれば、自分の身がどうなろうと復讐を成し遂げる。

優しさも、悲しさも、怒りも、復讐心も、罪悪感も、後悔も、全部彼の中にある。

それが、自分の意思とは無関係に大きくなっていくから、彼はそれ以上の力で抑えつける。

悪魔みたいだって言われても、そうやって必死に抑えつけようとするのはやっぱり人間だ。

だから私は…………、


「ごめんね。それでも、やっぱり私は護りたい」

『そう…………。私はみことが好きだから、みことの決めたことは協力する。けど、1つ教えて? みことは、何を護りたいの? さくらちゃん? 家族? それとも……あの男の子?』

「みんなだよ」


答えると、彼女はやっぱり哀しそうな顔をした。

でも、もう否定もしない。

一応認めてくれたってことなのかな?


「そういえば、契約……。一体どうすれば……」

『いいよ。私は何もいらない。今までだって、私はずっとみことを護ってきたんだから』

「え? あ、そっか……。でも、何か引き換えに……」

『私の願いは、みことが生きていること、幸せでいることだから。今までと変わらない』


そう言うと、彼女は微笑んだ。

幼い外見なのに、その笑みは母性のようなものに満ち溢れていた。


「そういえば、何で私を護っていたの?」

『ふふふっ、さぁ? なんででしょう?』


彼女はいたずらっぽくわらった。

わからない……、悪魔だから、私たちとは違う感性で動いているんだろうか?


『わからなくてもいいよ。さぁ、そろそろ戻ろう?』

「う、うん」


彼女の言葉が引き金となったかのように、白い世界から意識がフェードアウトする。

そして、段々と感覚が薄くなり、再び感覚が戻る頃には元いた神社の中だった。



『ふふふっ、なんで護っているの? ですって。母が自分の娘たちを護るのは当然でしょう? あ、でも、そんなこと言いながら何百年も経っちゃったのよね……。私、一体どれだけのおばあちゃんになるんだろう? 考えたくないなぁ……』

『ガッハッハッハッハッハ!!! よう天照! あいも変わらず子供のお守りとはな!』

『はぁ……、品のない笑い方。わざわざこの子の中に入ってこないで。私は、貴方達悪魔が嫌いなのよ。人の魂を喰らう不浄の存在。この場で浄化してもいいのよ?』

『なんだよ連れねぇなぁ……。それに、お前を悪魔にしたのは俺じゃないだろ?』

『そうね。貴方達の父、魔神王が私の弟を悪魔にした。そして、弟に魂を砕かれて悪魔となった私は、直接貴方に恨みがあるわけじゃない』

『そうだろ? あんまツンケンすんなよ』

『そうね。悪魔としての恨みはないわ。じゃあ言い換えましょう。私は、品の無い貴方が嫌い』

『おいおい! さっきより悪くなってんじゃねぇか!!!』

『黙りなさい? 貴方も、貴方の“陰陽師”も、私のみことを傷付けるのだけは許さない』

『“陰陽師”? あぁ、今は“従魔士”って言うらしいぜ?』

『そんなことはどうでもいいわ。早く消えて』

『あいよ。仕方ねぇなぁ』

『…………さて、私も向こうに行かないと』



天野から優しい光が溢れる。

悪魔との契約で、こんなにも穏やかに済むときがあっただろうか?

たった1時間もせず、彼女は現実へ戻ってきた。


「…………あ、おはよう、ほむら君」


彼女が、目を擦りながら言う。

寝ていただけとでも言わんばかりだ。


「おはよう。どうだった?」

「うん。大丈夫」

「そうか。なら良かった」


契約自体も問題ないらしい。

一体どんな悪魔と契約したんだ?

天野の体質を考えれば、君主級以上の上位悪魔でもおかしくない。

すると、唐突に俺の袖が引かれた。

見ると、幼い女の子が俺を睨みつけている。


『はじめまして。私がみことの守護神“天照”よ』

「は、はじめまして……。守護神? 悪魔じゃなくてか?」

『どちらでも良いでしょう? それに、私は悪魔嫌いなの』


俺が悪魔と呼んだのが気に入らなかったようで、天照はムスッとしてしまった。

また随分と気難しいそうな悪魔になったな……。

悪魔なのに悪魔嫌いとは。

だが、魔力を見る限り皇帝級以上。相当な強さのはず。


「よく契約出来たな……」

「え? あ、うん」

『言ったでしょう? “守護神”だと。貴方、人の話を聴くことも出来ないのかしら?』

「え? なんか俺嫌われてる……?」

「え? う、うーん……、どうだろ」


俺が聞くと、天野は困ったように苦笑いを浮かべていた。



「……………………」

「ま…………まだ、できるよ」


俺に向けて竹刀を構えながら、息も絶え絶えに天野が言う。

俺は竹刀を振るい、切っ先を柄に当てて跳ね上げる。

天野の手から離れた竹刀は、クルクルと宙を舞って俺の左手に収まった。


「休むぞ。悪魔を憑依させた状態に慣れていないのもあるだろ。無理するな」

「わ、わかった……」


天野が答えると、彼女の体からフワリと白い泡が散った。

そして、天野はその場に倒れ込んでしまう。


『みこと大丈夫?』


そう言いながら俺を睨む天照。

やっぱり嫌われてるよな? 全然勘違いじゃない……。

俺、なんかしたか?


『ねぇ火柱 焔、私は戦闘が得意な神じゃないの』

「それは聞いたが、魔神術まで使えるのがベストだろ? 悪魔の力を引き出し切れるのはそこだ。だが、天野の体力が足りない。それに、戦闘訓練を積んでおいても損はないだろ?」

『また悪魔と呼んだわ。私のことは“神”と呼びなさい』

「……わかったよ。で? 神様。天野は戦闘経験が少ない。それを補うのは妥当だと思うが?」

『そこは貴方が護りなさい。貴方は気に入らないけど、そのくらいならできるでしょう?』

「やっぱり気に入らないのかよ……。それはそうだが、自衛手段は必要だろ?」

『そこを身を呈して護るのが貴方だと言ってるのよ。貴方、頭が悪いようね』

「それはそうなんだが…………、って何回言えば良いんだ? てか、遂に頭が悪いと言い出したな? とことん俺が嫌いなんじゃないかチクショウ……」

『黙りなさいな。貴方と話していても埒があかない』


俺が悪いのかよ……。

悪魔にしても酷過ぎるだろ。

感情の昂るままに怒り狂う悪魔たちと違い、品がある分余計に刺さるんだが……。

というか、こいつ俺と話したくないだけだ。


『ねぇ、みことはどうするの?』

「私は続けるよ……。護れるようになりたいから」

『あの男を護るためにみことが危険に晒されるのよ?』

「うん。それでも、護りたいから……」

『わからない……。みことがどれだけあの男を特別に思っていたとしても、彼がどう思っているかわからないじゃない!』

「し、しーっ! 聞こえるよ!?」

『あの悪魔にも劣るような男とは別れてしまいなさい。みことが振り回される必要は無いわ』

「つ、付き合ってもないよ!?」


天野が必死になって天照を説得している。

聞いたところによると、あの悪魔は天野を護れればそれでいいと契約に応じたらしい。

だが、本来契約は対等な立場で行われる。

天野に対して有利な条件で行われた契約ではあるが、これでは完全に天照が主従関係を握ることになる。

案の定、この悪魔は細かく天野のやることに口を出して、危険から遠ざけようとしている。

もしかしたら俺とスルトで説得出来るかもと思ったが、それも甘かった。


悪魔というのは、大抵階級を重んじる。

というのも、階級によって生じる力の差は多少のことでは覆らないからだ。

魔神王の持つ最高位“神王”から始まり、神、皇帝、王、君主、侯爵、公爵、伯爵、総裁、騎士となる。皇帝級の天照は神級のスルトより下のはずだが、彼女はそれをものともしない。

というか、スルトさえ説教しそうな勢いで迫ってくる。

そして、スルトも引っ込んだままだんまりを決め込むといった次第だ。


『俺は“浄化”されんのなんかまっぴらだからなぁ!』


とかなんとか。

天照の力は、太陽と生命の力。

言い換えれば、浄化と再生の力だ。

悪魔でありながら悪魔の天敵ともいえる存在。


「こいつさえ扱い切れれば、魔神王を消滅とは行かずとも、弱体化くらいは出来そうな気がするんだが……」


従魔士を戦いから遠ざける悪魔など聞いたことがない。

大抵は魂を求めて戦場へと駆り立てる。

悪魔でありながら神を名乗る天照は、それはもう気難しい神様だった。

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