第42話 王の求めるもの
レオンとの戦いが終わった俺達は、再びダンジョン探索に専念していた。
と言っても俺達が直接探索する訳じゃなく、冒険者達に探索して貰う事には変わりない。
けれどレオンの件が片付いた事で、果実兵達を地下探索サポートに回す余裕が出来たのは事実だ。
「すぅすぅ……」
報告書を読む俺の膝の上でラシエルが寝息を立てる。
最近のラシエルは樹に戻らず、こうやって俺に密着して寝る事が多い。
まるで怖い夢を見た子供が甘えるようだ。
「恐らくダンジョンがお母様を狙っている事を感じ取っているからでしょう」
そうした理由もあって、いつも以上にラシエルは俺の傍に居るようになった。
「我が王、ダンジョン探索の件ですが」
リジェは定期的にダンジョン探索の状況を報告してくれる。
「冒険者達が戦う魔物の強さが変わりました。恐らくそろそろ最下層が近いのだと思われます」
「そうか」
ダンジョンで遭遇する魔物は階層によって強さや性質が違う。
その変化はダンジョンによって違うが、大体二つの法則に当てはまる。
一階層ごとに違うか、数階層ごとに違うかだ。
ダンジョンによっては更に獣型の魔物のみや鳥型の魔物のみの階層や、通常の洞窟ではない水辺の階層や植物に覆われた階層といったバリエーションもあるらしい。
そしてこの町のダンジョンは一定階層ごとに魔物の強さが変わるタイプだった。
「どのくらいの強さなんだ?」
「Cランクのパーティではかなり苦戦するようで、最低でもBランクの実力が必要です。
ですがBランクでも長時間の探索は困難で、複数のパーティがレイドを組んでいます。ボスを確実に攻略するなら、Aランクパーティが数組は欲しいですね」
「Aランクパーティが数組か……結構厄介なダンジョンなんだな」
冒険者にとってCランクは熟練者達を意味する。
そしてBランクは突出した実績を持つ熟練者達だ。
Aランクが実質的な冒険者の頂点だとすると、Bランクは主力クラスと言っていい。
そんなBランクでも厳しいとなると。ダンジョンはトップクラスの難易度と言っていいだろう。
「もしかして、魔物の強さは世界樹に関係していたりするのか?」
これほど難易度の高いダンジョンが偶然出来たと思うのは不自然だ。
そしてその推測を裏付けるように、リジェが真剣な顔で頷く。
「恐らくは。お母様がこの地に存在する恩恵で、この周辺の土地は魔力や栄養に満ちた土地になっています。それは逆にダンジョンが自らを成長させる為の栄養に富んだ土地になっているとも言えます」
「世界樹の存在はダンジョンにとっても都合が良いって訳か」
「そうなります」
近隣の土地だけじゃなく自分の天敵まで元気にしちまうとは、世界樹もままならんもんだなぁ。
「幸い、我々の帰還サービスのお陰で冒険者達の死亡率は著しく低くなっています。そのおかげ冒険者がダンジョンの魔物の性質を深く理解し、次回以降の探索で対応しやすくなりました。また情報売買を導入した事で、後続の未探索だった冒険者達も対策を練る事が出来るようになりました」
「そっちの件もちゃんと機能してるようで何よりだ」
情報売買サービス、それは冒険者がダンジョンで得た情報を冒険者ギルドに買い取って貰う新しいサービスだ。
通常冒険者が手に入れた情報はその冒険者達だけのノウハウだ。
情報は金にならないしな。
だがカザードから冒険者ギルドを介して情報を売買するシステムを作るべきだと言う提案があった。
「貴重な情報を個人に独占させては、下層にたどり着ける貴重な冒険者を無駄に損耗します。それならば情報を公開する事で利益を得られるようにするべきです。どのみち後続が来れば秘匿していた情報は勝手に開示されるのですから、それなら売った方が利益になるでしょう」
そう言われてみれば確かにそうかもしれない。
冒険者時代には気付かなかったが、冒険者を戦力として使う立場になると、彼等にはなるべく死んでほしくない。
リジェと冒険者ギルドとも相談する事で、情報はなるべく高く買ってもらう事にした。
とりあえず今回はウチからの提案という事で、情報代も俺が提供すると交渉したので、冒険者ギルドも始めても試みをなんとか納得して貰えた。
正直上手くいくのか心配だったが、結果を見れば大成功だった。
冒険者ギルド側も、このサービスのお陰で冒険者の生存率が上がったので大喜びだ。
「おかげで果実兵達のダンジョン調査も順調に進んでいるようで何よりだよ」
「それと、もう一つご報告したいことが」
とそこでリジェは深層探索とは別に気になる事があると告げてきた。
「国が秘密裏にダンジョン探索をしている冒険者に接触しているようです」
「国が? 何でまた?」
「どうやらダンジョンで手に入れた宝を探しているようですね」
国が動くなんて奇妙だな。
ダンジョンで手に入れたお宝の噂を聞きつけた貴族が欲しがるなんて話は聞いたことあるが、国が直接動くなんてのは聞いた事が無い。
「複数の人間を仲介し商人を装って動いていますが、果偵兵達が国の上層部に繋がっている事を突き留めました」
果偵兵優秀だなぁ。
「それで、何を探しているんだ?」
「何が欲しいと言っているわけでは内容ですが、興味を示さない品から察するに魔物の素材、武具や美術品、それに魔法に関わるものでもないと思われます」
「魔物の素材や武具や美術品でも魔法関係の触媒でもない?」
なんだそりゃ、貴族が欲しがるものと言えば、屋敷に飾る為の有名な強い魔物の毛皮や骨もしくは見栄を張る為の強力な魔法の武具か、失われた古代の芸術品だ。
貴族が欲しがることは少ないが、貴重な魔法の触媒なら国に仕えている宮廷魔導士が欲しがることもあるだろう。
だがそのどれでもないとなるとちょっと分からない。
「ダンジョンで手に入るモノっていったらそのくらいじゃないのか?」
ダンジョンの魔物から得られる食材……は流石にないだろうけど……あとは何だ?
「欺瞞情報も多く確定情報ではありませんが、これまでの情報から推測するに、薬に関する者ではないかと思われます」
「薬?」
「はい。一部の貴族に囲われた上位冒険者達の中には、希少な薬の素材になるものを探しているらしいと教えられた者達も居るようです。冒険者に接触する者達が武具や装飾品を求めていない以上、何らかの薬に関する品を求めている確率が高いかと」
「薬ねぇ……」
「この件ですが……レオンと深い関係にあった女貴族も国王がエリクサーを求めているという情報を手に入れていたそうです」
「レオンの?」
まさかここでもレオンの名前を聞く事になるとはな。
「確定情報ではありませんが、おそらくは事実かと」
「国王かぁ」
まさかの超大物だよ。
そんな王様がエリクサーねぇ。
エリクサー、どんな怪我や病気も治す伝説の薬か。
と、そんな事を考えていた俺は、ふとラシエルから与えられた世界樹の雫の事を思い出す。
「なぁリジェ」
「はい、何でしょうか?」
「世界樹の雫ってダンジョンで手に入るのか?」
「お母様の雫ですか? いえ、あれはすぐに消えてしまうので保存は不可能です。それにあの雫は世界樹の主である我が王にしか効果がありません」
「そうか……」
もしかしたら国王はアレを求めているのか?
でも保存が効かないとなると、そもそもダンジョンで手に入らないか。
「じゃあエリクサーはどうだ?」
もともと国王が求めているにもエリクサーだしな。
「エリクサーなら手に入るかもしれませんね」
「え? マジで?」
おいおい、ダメもとで行ってみたらまさかの当たりか!?
「そもそもエリクサーとは、世界樹の雫の劣化品です」
「え? そうなのか!? でも世界樹の雫は保存が出来ないんだろ?」
それだとつじつまが合わなくないか?
「エリクサーとは、ダンジョンがお母様の生気を抽出して作り出した世界樹の雫の模倣品なのです」
「へぇー、そうなんだ」
「ですが、純粋な世界樹の雫とは違い、お母様の上澄みをダンジョンの汚れた魔力で加工しているので性能は世界樹の雫には及びません」
心なしか、リジェの表情がザマァ見ろと言っているようにも見えるのは気のせいだろうか?
「ですがそれでも人間の作る薬に比べれば遥かに優れた薬です。なにせお母様の生気を加工していますから」
……あくまでダンジョンの手柄じゃなくてラシエルのお陰って言いたいんだな。
「じゃあ国が探しているのはエリクサーの可能性が高いか」
「そうですね。求めているのが本当に薬であればその可能性は高いかと」
エリクサーを探すか……でも一体何のために? 国王が病気にでもなったのか?
「リジェ、国王がエリクサーを探す理由を調べる事は出来るか?」
「それについては現在調査中です。ただ、関係者の口が堅いようで調査は難航していますね。城内の中庭や植え込み近くでその件に関する会話もされていないようです。こうなると果偵兵達による直接的な潜入も視野に入れないといけませんね」
「分かった。けどあまり果偵兵達に無理をさせない方針で頼むよ」
「承知しました。と言っても彼等は秘密が大好きですから喜んでやると思いますよ?」
それはそれで嫌な趣味だなぁ。
そんな相談をしてから数日が経過したある日。
「我が王! 国王がエリクサーを求める理由が分かりましたよ!」
「早いな!?」
困難とか言っておきながらあっと言う間じゃないか!?
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