第41話 暴君の破滅

 ◆リジェ◆


「なんだコイツは!?」


レオンがお母様と思って人質にしたのは、お母様に変装した果実兵でした。

 私達はレオンの作戦を利用し、逆に彼を罠にかけたのです。

 

「っっ!!」

 

そのことを理解し呆然となったレオンの隙をついて、果実兵が拘束から抜け出します。


「あっ、待ちっ……!」


 慌てて逃げた果実兵を捕まえようとしたレオンですが、そもそもお母様ではない以上人質としての価値はないと思い出して動きが鈍ります。


「これまでだレオン。俺の家族を人質にしようとした以上言い訳は出来ないぞ。おとなしく捕まって法の裁きを受けろ!」


我が王が冷静に降伏勧告を勧めると、レオンは怒りに満ちた表情でプルプルと震えだしました。


「ふ、ふざけんなよ! セイルの分際で俺に命令するんじゃねぇ!」


「そういう問題じゃない。お前は犯罪行為を行ったんだ。だから……」


「うるせぇうるせぇ! 俺はA級冒険者レオンだ! 途中で逃げ出したお前とはわけが違うんだよ!」


 人質を取る事に失敗したレオンは、目を血走らせながら剣を抜きます。

 よほど我が王に出し抜かれた事が悔しかったみたいですね。

 その発言は子供じみた傲慢さで溢れていました。


「出てこいお前等!」


 レオンが潜んでいる貴族の部下達を呼びますが、彼らが出て斬る気配はありません。

 それもその筈。人質を取る事に失敗した以上、レオンに関わっても損にしかならないのですから。

 寧ろこのまま素知らぬ顔で逃げた方がいいでしょうね。


「聞いてたんだろ! 俺達の作戦はバレてるんだよ! なら隠れても無駄だろ! さっさと手を貸せ!」


「……」


 隠れていた貴族の部下達がのそりと姿を現します。

 その顔はとても迷惑そうで、失敗したくせに何を偉そうにと言いたげでした。


 もっとも、レオンとしては作戦が失敗した事で彼等が自分を見捨てて逃げ出すかもしれないという不安も大きかったのでしょう。

まぁ彼等としては上司からの命令があるので、レオンを見捨てるわけにはいかないんですけどね。


「へっ、これだけの数に囲まれたらどうしようもねぇだろ! 作戦変更だ。お前を人質にしてあの生き物に言う事を聞かせてやるぜ!」


 どうやらレオンはお母様ではなく我が王を人質にする事にしたようです。

 やはり考えが足らない男のようです。

 そんな事を我らが許す訳がないでしょう。


 既にこの周囲は果実兵達が包囲しており、カザードを始めとした果術兵に果弓兵といった遠距離攻撃のエキスパートがレオンに攻撃する許可が出るのを今か今かと待っているのですから。

 とはいえ、それをするわけにはいかないのですが。


「もうやめろレオン。大人しく捕まって罪を償え。今ならまだやり直しは出来る」


 我が王がレオンに投降を呼びかけますが、それはあくまで町の管理者としての義務から。

 本心では王もレオンが素直に従うとは思っていないのでしょう。彼から目を離そうとはしませんでした。

 事実レオンは我が王の呼びかけに従おうとはしませんでした。

 彼は剣を構えると、血走った眼差しで我が王に襲い掛かったのです。


「セイルゥーッ!!」


 同時に貴族の部下達も武器を構えて我が王に向かって行きますが、そんな彼等を弓と魔法が阻止します。


「うわっ!?」


「ぐわぁっ!」


 そして果馬兵に乗った果実兵達が現場に飛び込み、彼等の相手をします。


「くっ、伏兵か⁉」


 ええ、その通りです。

 これでレオンの手勢は完全に封じました。

 あとはレオン本人のみ。


 しかし私達はあえて彼を足止めする事はしませんでした。

 何故なら、それこそが我が王の意思だったからです。


「はぁっ!」


 我が王が剣を抜くと、レオンの攻撃を真正面から受け止めます。


「お前は俺が倒す!」


 そう、我が王は自らの手でレオンを倒すと仰いました。

 それこそがかつての仲間への義務だと言って。


「お前に俺が倒せるかよぉっ!」


 レオンが激しい連打で我が王に攻撃を繰り広げます。

 対して我が王はレオンの攻撃を受け流す事で攻撃を逸らします。


「忘れたのか!? 何時だって俺が敵に止めを刺してきたんだぜ! 倒した魔物の数も俺の方が多い!」


 言うだけあってレオンの連打はなかなかの勢いです。

 腐ってもA級冒険者という事でしょうか?

 しかしこれは……


「……」


 対して我が王は無言でレオンの攻撃を捌いていきます。


「どうした? 受けるのに必死で反論も出来ないか!? そうだよなぁ! お前はいつだって俺の引き立て役だ! 俺が居なけりゃお前等は魔物を倒す事が出来なかったんだからよ!」


 レオンが力任せに押し込みバランス崩した我が王に対し、止めとばかりに大きく振りかぶった攻撃を放ちます。


「いいや、それは違う」


 ここにきて我が王は言葉を発しました。

 それはとても静かで、焦りも、怒りもありません。


 我が王はレオンの懐に飛び込みつつ自らの剣で受け流す事で、彼の攻撃を完全に無効化します。


「俺達は確実に勝利する為にお前をサポートしていただけだ」


 すれ違いざま、我が王の剣がレオンの手を切り裂くと、レオンは堪らず剣を落とします。


「ぐあぁぁぁぁっ!?」


「引き立て役というのは確かにそうかもな。俺は仲間に攻撃がいかないように敵の注意を逸らす事を優先してきた。だから言える。レオン、お前は敵の攻撃を避けるのが下手過ぎだ」


「なっ、なんだと!?」


「お前は攻撃に集中するあまり、周囲を見ようとしない。それは一対一ならともかく、複数の敵と戦う時は致命的な弱点になる」


 ああ、それは私も感じました。レオンが我が王を攻撃する際、彼の目は、いえ意識は我が王だけに向いていたのですから。

 周囲を果実兵達に囲まれているこの状況なら、自分が彼等から攻撃を受ける事を警戒してしかるべきでしょうに。


「う、うるせぇ!」


 図星を刺された事で激高したレオンは反対の手で剣を拾うと我が王に再び攻撃をしかけます。

 しかし利き腕ではない腕では剣を上手く扱いきれず、自らの剣に振り回されているようでした。

 どうも彼の剣は威力を優先するあまり、本来レオンに適した剣よりも重く作られているように見えます。

 お陰で我が王は余裕でレオンの攻撃を回避し、返す刀で残ったもう片手も斬りつけました。


「ぐわぁぁぁぁ!!」


 両手を切られたレオンは武器を持つこともできず棒立ちです。

 もはや完全に勝負はつきましたね。


「くそっ! 何でだっ! 何で俺がお前なんかに一方的にやられないといけないんだ!!」


 それは我が王が教えてくれたでしょうに。

 もしかしたらレオンは彼に剣を教えてくれた師匠からこの欠点を指摘されたのではないでしょうか?

 しかし彼の傲慢な性格を見る限り、指摘された問題点を直そうとはせず余計なお世話と考えて受け入れなかったのでは?

 でなければ、このようなA級冒険者らしからぬ欠点を持ったまま成長する事は無かったはずです。


「レオン、これで最後だ。おとなしく捕まって罪を償え。そしてやり直せ。これ以上罪を重ねても後に待つのは地獄だぞ」


 我が王が最後の情けをかけますが、しかしレオンがその言葉に従う事はありませんでした。


「お前が、お前が俺に命令するなぁぁぁぁぁっ!!」


 両腕が使えなくなった事で抵抗できなくなったレオンは、即座に逃げ出しました。

 同様に貴族の部下達はレオンの逃亡を助けるように彼を追いかける果実兵との間に入り、煙幕を張ります。


「追わせます」


「ああ、任せる」


 私が果実兵達に指示を出すと、我が王は落ち着いた様子でレオンが去った方向を見つめていました。


 結論から言うと、レオンを無事町から逃げおおせました。

 けれどそれは彼に逃げられたからではありません。

 私達が彼を逃したからです。


「我が王、レオンが王都にたどり着きました」


 私は果偵兵からの連絡を我が王に報告します。


「そうか。それでどこに逃げ込んだんだ?」


「予想通り、件の女貴族の屋敷です。またレオンは悔い改める様子はなく、我が王への復讐に燃えているようです」


「やっぱりそうなったか」


 両腕を負傷したレオンは、最低限の治療だけを受けて必死で王都まで逃げました。

 目的地は自分の後援者である女貴族の屋敷。


 しかしそこはレオンの再起の地にはなりえません。

 寧ろその逆で、彼にとって最後の土地となるのです。


「地獄だって言ったのにな」


 我が王はぽつりとつぶやくと、それきりレオンについて聞いてくることはありませんでした。

 ええ、それで良いのです。あのような男の血で我が王の手を汚す必要などないのですから。

 本音を言えば私達が始末したかったのですが、あの男の末路を考えれば寧ろそれは恩情になっていた事でしょう。

 

 ◆レオン◆


「はぁはぁ……着いた」


 あの女の屋敷に逃げ込んだ俺は、ようやく落ち着いて治療が出来ると安心する。

 なにせ逃げている間は追手を警戒して医者に治療を受ける事も出来なかったからな。

 しかもレオンから受けた傷は見た目よりもかなり深かったらしく、治療の為には腕の良い神官の回復魔法か、上級ポーションでの治療が必要だったのも運が悪かった。


 何せ上級ポーションを買う人間なんざ高ランクの冒険者くらいだし売ってる店も限られている。

そんな店でポーションを買っていたら追手にここを通ったと教えているようなもんだ。

だが傷の治療は時間がかかる程完治が難しくなる。俺の傷の深さを考えれば一刻も早い治療が必要だった。


 だが金もない今の俺は自分で薬を買う事も出来ねぇ。

だから仕方なくあの女の部下達の指示に従うしかなかった。

幸いそいつ等から屋敷に戻ったら最高の環境で治療するからもう少しだけ我慢してくれと言われていたから我慢してやったわけだが。


「くくっ、傷を治したら今度こそテメェを殺してやるぜセイルゥ……」


 もうアイツを人質にするのは止めだ。

 逃げられないように手足を切り裂いてからぶっ殺してやる!

 その後にゆっくりアイツの妹を捕まえればいい。


「レオン殿、神官が到着しました」


 傷みを堪えて待っていると、ようやくあの女の部下が戻って来た。


「遅ぇぞ! 早く治療しやがれ!」


「すみませんね。詳しい事情を聞かずに回復魔法を使ってくれる神官は数が少ないので」


 そんな事情知った事かよ!

 それよりも有能なA級冒険者の俺の治療の方が優先だろ!


「では治療を始めます」


 胡散臭い神官がそう言うと、厳つい男達が俺の周りにやってきて体を抑えつける。


「な、なんだ!? 何のつもりだ!?」


「治療ですよ。貴方のね」


 あの女の部下がゆっくりと俺に近づきながら言う。


「おい待てよ、治療するなら普通にすればいいじゃねぇか。何でこんな連中に体を抑えつけられなきゃならねえんだ!? いや待て、お前何でナイフなんか持ってるんだよ!?」


 見れば男の手には治療には必要ない筈のナイフが握られていた。


「おい、それで何をするつもりだ!?」


 まさか俺を殺すつもりか!? 何のために!?


「ああこれですか? いえね、これを使って貴方の足の腱を切るんですよ」


「はぁ!? 何言ってんだお前!? ふざけるのもいい加減にしろよ! 俺に何かあったらリティーニアが黙っちゃいねぇぞ!」


 俺は自分の後援者にしてこの屋敷の主であるリティーニアの名前を出して男を脅す。

 あの女は俺にベタ惚れだから、俺を怒らせる事はあの女を怒らせるのと同じだ。

 あの女は本人が爵位を持ってる訳じゃないが、当主の妻なら使用人にとっては当主同然だ。

 そんな女の怒りを買えば、どれだけ有能な部下でもタダじゃ済まねぇ。

 だが男は俺の脅迫に怯えるそぶりすら見せない。


「ああ、確かに貴方に何かあったら我が主はお怒りになるでしょうね」


「そ、そうだろ! 分かったら悪趣味な冗談は……」


「ご安心ください。これは我が主からの指示ですので」


「はぁっ!?」


 信じられない言葉に俺は頭の中が真っ白になる。

 あの女の指示!?

 いやいやいやいや、そんな筈はねぇ! あの女は俺にベタ惚れなんだぞ!?


「我が主はこうおっしゃいました。貴方が件の町での企みに失敗した場合は、二度と自分の傍から離れられないように手足を動かなくしろ……と」


「なっ!?」


「ご安心を。我が主は貴方を愛でていらっしゃいますので、見た目だけは五体満足に、しかし自分の意志では指先一つ動かせないようにしてさしあげます」


「ま、待て待て待て! 嘘だろ!? 冗談だろ!?」


「嘘でも冗談でもございません」


 逃げ出そうにも男達が俺の体を抑えつけて碌に身動きが出来ない。


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「ああ、この部屋は壁が厚いですから、どれだけ大きな悲鳴を上げても大丈夫ですよ」


 そしてナイフが俺の足にズブリと差し込まれ、体が焼けるような痛みを覚える。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「では止血を頼みます。いやぁ、この様な裏の仕事をしてくれる口の堅い神官はなかなかいませんからねぇ。まぁ今回は傷を完治させる必要が無いので、探すのが楽でしたが」


 男がおどけるようにそんな事を言ってきたが、痛みに悶える俺にはその言葉を理解する余裕などなかった。


 ◆


「あ……ああ……」


 気が付けば部屋には誰も居なかった。

 あの男も、俺を抑えつけていた男達も、傷を治した神官も。


「……動かねぇ」


 手足に力を入れようとしてもピクリとも動かない。


「おい、マジかよ……俺はA級冒険者なんだぞ!? なのに手足が動かなくちゃ依頼を受けれねぇじゃねぇか!」


絶望で声が震える。

 これから俺はどうやって生きていけばいいんだ!?


「大丈夫。なーんにも心配要らないわ」


 その時だった。絶望の淵に居る俺の耳に、異常なほど上機嫌な女の声が聞こえてきたんだ。

 部屋に誰かが入ってくる音がする。

 唯一動く首を動かしてドアの方向を見ると、そこには見知った顔があった。

 それは気色の悪いババァだった。

 そいつはもうかなりの年寄りにも関わらず、子供のような明るい色のフリフリしたドレスを着ていたんだ。



「お前は……リティーニア」


 そう、コイツが俺の後援者のリティーニア。

 ただし見た目の通り悪趣味なババァだ。


「そうよ。貴方の愛しい恋人リティーニアよ」


 リティーニアがクネクネと体を揺らしながら俺に近づいてくるが、その光景に色っぽさ欠片も見られず、寧ろ肉食獣が獲物に狙いを定めているかのような動きに見えた。


「お前、何でこんな……」


 何でこんな真似をしたと聞こうとするが、感情が昂りすぎてうまく言葉に出来ない。

 だがそれでも向こうには伝わったらしい。


「あらー、だってレオンちゃんったら中々私の所に帰ってきてくれないじゃない。それなのに他の愛人の所には行っちゃうし」


 リティーニアが子供のような仕草で拗ねたふりをする……って、他の女の所!? 何で知ってるんだ!?


「私ね、レオンちゃんにはとっても良くしてあげたと思っているのよ。装備をそろえる為のお金を貸してあげたり、A級冒険者になる為に口添えしてあげたり、貴重な情報を教えてあげたりね……」


「あ、ああ。それについては感謝してるぜ」


 まぁ、それに関しては感謝してやらないでもない。俺の実力を理解して力を貸してくれたんだからな。


「でもレオンちゃんは他の女とばかり仲良くしてるし、冒険者なんて危ない仕事をしていたらいつ死んじゃうかわかんないわ」


 そんな事を言われながら胸元をまさぐられたものだから、気持ち悪さで全身に寒気が走る。


「だから部下に命じておいたの。レオンちゃんが大怪我したら、そのまま動けなくして私の所に連れて帰るようにって」


「な、なんでそんな事を?」


 なんでそんな異常な事を命じたんだと聞くと、この女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で自分の名案を俺に語りだした。


「だって、動けなくなればレオンちゃんはもう私を寂しがらせたりしないでしょ? それにレオンちゃんも危険な場所に行かないで済むようになるわ。安心して。これからは私がレオンちゃんを養ってあ・げ・る」


 リティーニアの顔が俺に近づいてくる。

 その目は明らかに常軌を逸していた。


「一生ね」


「ひっ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」


 こうして、俺の冒険者としての人生は……いや男としての人生は終わった。

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