第40話 暴君の罠

◆リジェ◆


 レオンの動きは以外にも迅速でした。

 いえ、寧ろ余裕がないからこその早さなのでしょうね。


 レオンは後ろ盾となっている貴族の増援と合流すると、すぐに我が王の下へとやってきました。

 ただしお母様を誘拐しやすい様、我が王が家から出てきたタイミングを狙ってですが。


「やぁレオン。俺に用だって?」


レオンの面会を受け入れた我が王は、いつも通りの笑顔を浮かべながらレオンを迎え入れます。

ただ、わずかにですが怒気が隠しきれておりません。

しかしレオンがそれに気付く事はありませんでした。

 何故ならレオンの方こそ殺気を抑えきれていなかったからです。


「ああ、実はお前にあ、謝り……たくてな」


「謝る? 俺に? 何で?」


 我が王は何の話だと首を傾げますが、逆恨みをしているレオンは我が王の態度にとぼけやがってと言いたげな憎しみの眼差しを向けます。

 しかし作戦を台無しにしてはいけないと慌てて冷静になろうとしますが、精神面での鍛錬が出来ていないレオンは、笑みとも怒りともつかない奇妙な顔で我が王に語り掛けます。


 これでバレていないと思っているのですからおかしなものです。

 事実周辺に潜んでいる貴族の部下達の方がレオンのあからさまな態度にハラハラした様子で見守っているのですから。


「い、いや、前に冒険者ギルドでお前と口論になったろ?」


「ん? 口論なんてしたっけ?」


「っ!! っ……あ、ああ。あの時の発言はちょっと良くなかったんじゃないかと思ってさ。それでお前に謝りにきたんだよ」


 とても反省しているとは思えない言い草でレオンは我が王に頭を下げます。ただしその謝罪に含まれる声音からは嫌々言ってるのが明らかでした。


「そうだったのか。いやお前がそんなに気にしているとは思わなかったよ」


「っっっ!!」


 周辺の草と感覚をリンクして地面からレオンの表情を見上げてみると、我が王の言葉に激怒したレオンが憤怒の表情で震えているのが見えました。


「ほ、本当に済まない……」


実際には怒りに震えているのですが、顔を見せないように頭を下げたままのその姿は一見すると心底から反省して震えているように見えなくもありません。

声はとても誤っているようには思えませんが。


「……分かったよ」


 対して我が王はよほど強く自分を律していらっしゃるのでしょう。

 レオンの心にも思っていない謝罪の言葉に怒ることなく、静かに言葉を発しました。


「っ!」


 我が王の言葉を聞いた瞬間、レオンの顔が歓喜に歪みます。

 勿論それは和解を喜ぶ笑みではなく、獲物が罠にかかった事を喜ぶ歪んだ笑みでした。

 呆れたものです。ここまであからさまな態度でまだ気付かれていないと思うとは。


「おおっ、許してくれるのか!」


 よほどうれしかったのでしょう。レオンは歪んだ笑みを浮かべたまま顔を上げます。

 貴族の部下達は多少離れた位置で待機している為気付かなかったんでしょうが、間近でこの顔を見ていたらどう思ったでしょうね。


「ああ、過去の事は水に流そう」


「ありがとうセイル!」


 我が王に向かって両手を広げて抱き着こうとするレオンを、果実兵達が立ちふさがろうとします。

ですが同族間でのみ使える精神リンクで止めます。

 果実兵達から嫌そうな感情が流れてきますが、そこは我慢です。

 まだレオンの本性が明らかにされていないのですから。


 不幸中の幸いというべきか、レオンは我が王に最高の復讐を演出する為、この時点ではまだ我が王を傷つける意図はありません。

 まぁ我が王は服の下にお母様の樹皮で作られた革鎧を着ているので、そんじょそこらの刃物では傷つくこともないのですが。


 本音を言えば私もさっさとこの男を始末してしたいところです。

ですが我が王の名誉の為にもレオン自身の手で決定的な証拠を晒すまでは手を出す訳にはいきません。

 この辺りは我が王なりのケジメですね。


 我が王はレオンの茶番に乗って彼の抱擁を受け入れます。

 大変でしょうが頑張ってください我が王。


「そういえば」


 と、ここでレオンが話題を変えます。


「お前、妹と暮らしているんだって?」


「…ああ。よく知ってたな」


 お母様の名が出た事で一瞬だけ我が王が反応しますが、何とか抑える事が出来たようです。

 頑張りましたね我が王!


「お前と和解出来た事だし、ぜひお前の妹とも仲良くなりたいんだ」


「「「「……」」」」


 あまりにも強引かつ大根役者な演技に、私も果実兵も我が王も果ては周囲に隠れている貴族の手下達まで固まってしまいました。

 これで、お母様を誘拐出来ると本気で思っていたのでしょうか?


「あ、ああ。構わないぞ」


 なんとか我慢した我が王は、果実兵にお母様を呼ぶよう命じます。


『なぁ、アイツもしかしてロリコンと思われたんじゃないのか?』


『おいおい、大丈夫なのかこの作戦?』


周囲に潜んでいる敵も不安げにしていましたが、果実兵が二人で戻って来た事でほっと安堵のため息を漏らします。

我が王の敵には変わりありませんが、肝心かなめのレオンがあの様子では多少同情しないでもありません。

 まぁ敵ですが。


「おお、この子がお前の妹か! 可愛いじゃないか!」


 俯き顔が見えないまま近づいてくる姿を見ていながら、レオンは可愛いと心にもないお世辞を述べます。

 顔も見ないで良く分かるよくですね。

 それどころか、猛禽の様な目で飛び掛かる為の間合いを図っているではありませんか。

 全く正直お粗末にも程があります。もう少し殺気を消す訓練をした方が良いのでは?


「ラシエル、紹介しよう。コイツは俺の昔の仲間のレ……」


「オラァッ!!」


 お互いを紹介する為、我が王がレオンから視線を逸らした瞬間レオンは二人に飛び掛かりました。

 そして付き従っていた果実兵を押しのけると同時に自らの腕の中に抱き寄せて飛び退き、

更に人質として首筋に短剣を突きつけたのです。


「な、何のつもりだレオン!?」


我が王の非難の声を聞いたレオンがニチャリと気持ちの悪い笑みを浮かべます。


「何のつもり……だと? この光景を見てまぁーだ気付かないのかよ。相変わらずお前は馬鹿な奴だなぁ」


「何だと!?」


「俺の目的は最初からこのガキよ! 手前ぇの弱点を人質にする為になぁ!」


「ラシエルが目的!? 何故だ!?」


 我が王の慌てた姿を見て、レオンが溜飲が下がったと言わんばかりの笑みになります。


「はっ、よく言うぜ! 町の連中に命令して俺を追い出したくせによ!」


「何の事だ!」


「すっとぼけるんじゃねぇ! お前が町の連中に命令してモノを売らない様に命令したのは分かってんだ! しかもギルドのメンバー募集にも手をまわしやがっただろう! お陰で誰も来やしねぇ!」


「メンバー募集? リシーナ達はどうしたんだ?」


「はっ、アイツ等ならダンジョンに怖気づいて逃げだしたさ。まったく馬鹿な連中だ。俺と一緒に居ればA級、いやS級冒険者として最高の栄誉を手に入れる事が出来ただろうによ!」


 実際には貴方についていけなくなったというのが正しい所ですけれどね。


「お前の所為で俺の評判はボロボロだ! お前が卑劣な真似をした所為でな!」


 全く以って言いがかりも良い所ですね。と言いますか、今まさに人質を取っている人が卑劣とか何の冗談でしょうか?


「さぁこのガキの命が惜しかったら俺の命令に従え!」


「命令だと!? 何をさせるつもりだ!?」


 我が王の疑問にレオンは「よく聞いてくれたと言わんばかりの笑みを浮かべます。


「お前の使うあの生き物をダンジョンに使ってエリクサーを探しだせ! このダンジョンの最下層にある筈だ!」


「エリクサー? ダンジョンの最下層に? 何故そんな事を知ってるんだ?」


「うるせぇ! お前は黙って俺の命令に従っていれば良いんだ! さもないとお前の妹の命はねぇぞ!」


 レオンが我が王を脅迫する為、人質の顎を掴んで顔を無理やり我が王に向かって顔を向けさせます。


「……妹? 誰が?」


「……は?」


 しかし我が王は何を言っているんだとばかりに首を傾げました。


「な、何を言ってやがる! コイツはお前の妹だろうが!?」


「妹? ソイツのどこが?」


 我が王の奇妙な態度にレオンが困惑を見せます。

 正直言って事情を知っている私としては笑い声が出ない様に我慢するので大変です。

 そして業を煮やしたレオンが人質の顔を自分の方向に向けると、目を丸くして驚きの声を上げました。


「な、何だこりゃあ!?」


 そう、レオンが人質にしたのは我らのお母様ではありませんでした。

 そこに居たのは、お母様の服を着て頭にかつらをかぶった果実兵だったのです。


「残念だったな。お前達の企みはとっくの昔にバレてたんだよ」


「な、なんだと!?」


 先ほどまで罠に嵌めた側だった筈のレオンが、自分の方こそ罠に嵌められていたと知って呆然となります。


 そうなのです、レオンがお母様を狙っていると知った私達は、レオンの悪行を明るみに出す為、わざとレオンの狙い通りに事を進める事を決めました。


 とはいえそれでお母様を危険に晒しては本末転倒。

 なので私達は果実兵をお母様に偽装させることにしました。

 夜の暗がりを利用し、俯いて顔を見せないようにした事で、レオンはうまくごまかされてくれたという訳です。

 まぁここまで上手くいったのは、レオンが冷静さを失っていたからでもありますけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る