第39話 穏やかなる王の怒り
◆リジェ◆
「はぁ、しゃーない。とりあえずエルフ達はカザードに任せるとするか」
「お任せください我が王。エルフ達がため込んだ知識、我が王の為に役立たせて見せましょう」
我が王のもとに報告にやってくると、王はカザードと配下となったエルフの扱いについて相談しているようでした。
確かにエルフは豊富な知識と魔力を持つ種族。魔法に優れたカザードに預けるのが適切かと思います。
そしてそんな二人の会話を子守唄代わりに、我が王の膝に乗ったお母様がうつらうつらと船を漕いでいらっしゃいました。
「我が王、ご報告したい事があります」
二人の相談が終わったころを見計らって、私は我が王にお茶とお茶請けのケーキを差し出しながら会話に加わります。
「ああ、ありがとう」
「私にはないのですか?」
カザードが気の利かない奴と言外の文句を視線に乗せて抗議をしてきますが、私はそれを無視します。
「カザード、お母様がお休みのようです。ベッドに運んで差し上げてください」
「……分かりました」
その言葉にカザードは私の意図を察します。
ええそうです。私達果実生命にとって、お母様のお世話我が王のお世話と共に最高の栄誉。
にも関わらずその栄誉をカザードに譲るのは、お母様に聞かせたくない話があるという事にほかなりません。
お母様を抱き抱えたカザード達が部屋を出たのを確認すると、私は王にレオン達の事を報告します。
「レオンが町を追い出された?」
「はい。彼が我が王と口論になった件で町の方々が我が王の敵と判断したようです」
「うわー、そんな事になってたのか。参ったな」
自分の知らない間にそんな事になっていたと知り、我が王が困惑した様子を見せます。
「我が王は仮にも町を管理する町長ですから。そんな権力者相手に真正面から暴言を吐きつけるような人間は到底まともな精神の持ち主とは思われません。それゆえ町の方々は彼を危険な人物だと感じたようです」
「あー、アイツ口が悪いからなぁ。面識のない人間にとっちゃおっかなく見えるか」
あの男に限ってはそういう問題ではないのですが……
私は少し心配になりました。
我が王のおおらかさや優しさは確かに素晴らしいものですが、これからする報告を聞いてもまだあの男に情けをかけられるのでしょうか?
「ですが我が王。あの男はそれを逆恨みし、報復としてお母様を誘拐すると言っていました」
もし我が王があの男を許したとしても、私達の忠誠にいささかの揺らぎもありません。
何故なら我が王はお母様が選ばれた王なのですから。
仮にそうなったのなら、我が王とお母様に迷惑が降りかかる前にひそかに始末すれば良いだけの事。
その為の私達なのですから。
ですが、その優しさがいつか我が王自身を傷つける事になるのではないか。
それだけが心配でなりませんでした。
「……」
その様に決意した私でしたが、ふと我が王の様子がおかしい事に気付きました。
「我が王?」
「……リジェ、今のは本当か?」
「っ!?」
我が王の声に含まれた怒気に、私は思わず体を震わせてしまいました。
ですがそれは恐怖からではありません。
いつも穏やかで、他者に迷惑が降りかかる事を厭い、救いを求める者達を受け入れる、そんな優しき我が王とはかけ離れた、強い怒りの感情を感じたからです。
「はい。レオンは彼の後ろ盾となっている貴族と手を組み、我が王に和解を求める振りをしてお母様を誘拐するつもりです。目的は我が王を脅迫する事で、果実兵達をダンジョン攻略に利用することが目的のようです」
「……ダンジョン攻略、そんな者の為にラシエルを誘拐するつもり……だと?」
我が王の眼に、いえ我が王の全身から強い怒りがにじみ出てるをの感じます。
「俺を馬鹿にするのは良い……だが、俺の家族に手を出すのは……許せん!」
その言葉、声音を聞いてようやく私は我が王の真意を察しました。
我が王は怒らないのではない。
本当に大事なものが、許せない事があるからこそ、それ以外の事柄については無関心に見える程おおらかだったのでしょう。
我が王がそのような考えに至った理由は、おそらくかつて故郷が盗賊の襲撃によって滅ぼされた事が原因なのでしょう。
その時に家族を友を隣人を失った事で、我が王は自分の回りから人が居なくなることを厭うようになった。
つまり孤独こそ最も恐ろしいものだと考えるようになったのですね。
それゆえに、レオンの傍若無人な振舞いすら仲間だからと許すようになってしまった。
恐らくですが、冒険者として活動できなくなる怪我を負った件も、故郷の方々を守れなかった自責の念が逃げる事を許さなかったからなのでしょう。
そして自分の引退と引き換えに仲間の命を守れたことを過去への禊とし、残った命を滅びた故郷で終わらせる事を選んだのだと思うのです。
ですが今は違います。
今の我が王にはお母様や私達が居ます。
それに町の人達も我が王を頼り慕い集まって来たのです。
対してレオンは自ら我が王と袂を分かちました。
そして今、我が王がなによりも大事に思うお母様に害をなそうとしています。
ならば彼の行いに我が王が怒りを感じない筈がありません。
これまではかつての仲間だったからと理由で無礼な振る舞いを許されていましたが、お母様に手を出そうとした以上は敵。
我が王が彼に慈悲の心を持つ事はもうないでしょう。
「リジェ、レオン達を見張れ。ラシエルを攫おうと動いたところで叩く! 徹底的にな!」
「畏まりました。我が王!」
遂に、遂にその時がきたのです!
我が王が本当の意味で自分から私達に戦いを命じてくださることに私は興奮を感じずにはいられません。
ああ、我等果実の兵を引き連れ戦場に向かう決意をした我が王の姿。
これこそ我らが理想とする世界の王の背中です。
「ふふっ、少しだけ貴方に感謝してあげましょうレオン。貴方のお陰で我が王がまた一歩王としての道を踏み出したのですからね」
ふふふ、これは彼を迎え撃つ瞬間が楽しみですよ!
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