第34話 ギルドの収入
今日は冒険者ギルドにやってきた。
と言っても遊びに来た訳じゃない。町長兼近隣の管理者としての視察の為だ。
「これはこれは、ようこそセイル町長」
あらかじめ俺が来ることは通達してあった為、ギルド長直々に出迎えてくれる。
とはいえ、ギルドの最高権力者であるギルド長が揉み手で年下の男にペコペコする姿はかなり異様で、冒険者達もが何事かと驚いている。
うん、ハッキリ言って悪目立ちしている。
「え、ええ。今日はよろしくお願いしますギルド長。ここで話すのもなんですから、お気に行きませんか?」
「はい、こちらこそ。それでは奥にどうぞ」
ふぅ、何とか人目を逃れる事が出来そうだ。
「どうぞお座りください」
真新しい応接室へ入ると、ギルド長からソファーに座る事を進められる。
「どうぞ」
そして俺が腰を掛けるタイミングに合わせて、ギルドの女性職員がお茶とお茶菓子をテーブルの上にそっと置いた。
「ありがとうございます」
「で、では報告をさせていただきます」
あらかじめ用意されていた資料を手に、ギルド長が報告を始める。
「現在当ギルドで活動している冒険者の数ですが先日で約368人をこえました」
「368人!? そんなに多いんですか!?」
予想外の人数に流石に驚きを隠せない。
350人越えって、もうちょっとした私兵団じゃないか!?
「はい、そのうち二割が町の周辺での採取活動や魔物退治を行い、残りの8割がダンジョン探索を行っています」
なるほど、主にダンジョン目当ての冒険者が集まって来たからか。
にしても多いな。
「しかしそんなに冒険者が集まってトラブルは起きないんですか?」
荒くれ者である冒険者が増えれば、それだけトラブルの種が増える。
それは街中だけじゃなく、ダンジョンの中でもだ。
「はい、残念なことにトラブルを起こす冒険者の数は少なくありません。特にダンジョンを帰還中の冒険者を狙った強盗行為が問題となっております」
ああやっぱりか。
「盗人どもがもう来てるのか」
大勢の冒険者がダンジョンに潜れば、獲物の取り合いが起きるのはよくある事。
最悪なのはダンジョン帰りの冒険者達を狙った強盗行為だ。
金目の物を大量に持ちつつ、度重なる戦闘で消耗した冒険者はモラルのない連中にとって文字通りのカモと言えた。
熟練者達はそれを知っているからある程度消耗したら無理をせず帰還するのだが、冒険を始めたばかりの新人や想定外の戦闘で重傷を負ったパーティが狙われるケースは非常に多かった。
「ですが町長の従える果実兵のお陰で、強盗行為を働く悪質な冒険者の多くが捕らえられております。冒険者ギルドの一員としてお礼申し上げます」
「いえ、おきになさらず……そうなのか?」
初耳の報告に俺は小声でリジェに確認すると、リジェは小さく頷いて答える。
「はい、我が王のお心を煩わせる必要もないかと思い、我々の方で取り締まっておきました。冒険者であっても犯罪者である事には変わりありませんから」
「そうか、助かるよ。皆も良くやってくれた」
感謝の言葉を伝えると、リジェと果実兵達が笑み(と喜びのポーズ)を浮かべる。
「もったいないお言葉」
「「「!!」」」
一通りトラブルの報告が終わると、次は税金の話になる。
と言ってもこの町は特例として国への税金を納める必要がないので、税金は全て町の運営費に使える。
「冒険者がダンジョンで手に入れたお宝のお陰で。ギルドへの上納金もこの通りです。こちらはセイル町長への上納金の額です」
「……多っ!?」
ギルド長から渡された金額の総額を見て、俺は思わず驚きの声をあげてしまう。
「はい、他の町のダンジョンと比べても多い金額です」
「そ、そうなんですか?」
いや金貨数百枚とか、凄い金額が掛かれていたんだが。
一体他のダンジョンの町の収入ってどれくらいなんだ?
「この町のダンジョンは未知の野生ダンジョンですから、手に入るお宝の傾向もわかりません。ですので冒険者達も積極的にこの町のダンジョンに潜ってお宝の価値を探っているのが収入増加の原因かと」
野生のダンジョン、それは人が人為的に作った古代の建造物という意味でのダンジョンではなく、長大で限りなく自然の構造物に見えるダンジョンの事だ。
そして物語でよく知られるダンジョンというと宝箱がある人口建造物だが、そう言ったダンジョンはお宝を手に入れたらそれで終わりだ。
なにせ宝を補充する人間が居ないからな。
そんな訳で最下層まで探索された人工ダンジョンは外からやって来た魔物が住み着いたり、逆に外に出てこない様に入り口を封鎖される。
対して野生のダンジョンは宝箱こそないが、代わりに希少な鉱物などが手に入ったり、生息する魔物も価値ある素材として利用出来る事が多い。
なので野生のダンジョンは最下層まで潜ってもお宝が無くなる心配もなく、領主としても継続的に収入が期待できる一種の鉱山兼観光名所として扱われる。
ただまぁ、リジェ達から教えて貰った情報を思い出すと、野生のダンジョンの正体はただの広い洞窟じゃなく、明確に世界樹を狙う生き物って事になるみたいだが……
「確かに、枯れたダンジョンは隠し部屋でも見つからない限り人が居なくなりますからねぇ」
「ええ、我々冒険者ギルドもこの町に進出した甲斐があるというものです」
「そう言ってもらえるとこちらとしても嬉しいですね」
こっちも冒険者達をダンジョン討伐に利用しているから、お互い様ってところだろうなぁ。
ただ、ギルドとしてはこれからもずっとダンジョンで収入を維持していきたいところなんだろうが、俺達の目的はダンジョンの討伐だ。
ダンジョンの討伐が成功すれば、これまで通りダンジョンでの収入は期待できないだろうな。
まぁダンジョンが無くなったら多少収入は下がるだろうが、この町は街道沿いの町だ。
運営が行き詰まる事は無いだろう。
「それにあのダンジョンのおかげでこの町にA級冒険者を招く事にも成功しましたから!」
と、そんな事を考えていたら、ギルド長が驚くべき発言をした。
「A級冒険者!?」
「はい、まだ昇格したてですが、実力は確かですよ」
「そりゃあ凄い!」
まさかA級冒険者がこの町に来るなんて!
「我が王、A級冒険者とはそれ程凄いものなのですか?」
するとリジェが首を傾げながらAランク冒険者について聞いてきた。
そうか、リジェは冒険者についての細かい事情は知らないもんな。
「A級冒険者ってのは冒険者にとって実質的な頂点なんだ。彼等は国の騎士団でも苦戦するような危険な魔物を討伐できる程の実力を持っていて、貴族からも一目置かれる存在なんだよ」
「そうなのですか。しかし実質的というのは?」
うん、そこは気になるよな。
「A級の上にS級があるんだが、こっちはもう何百年も昇格した冒険者は居ないんだ」
実際、S級冒険者の活動は詳細が不明なものが多く、記録に残っている内容でもこのパーティの活躍で戦争が回避されたといったあいまいな記述ばかりだった。
そんな訳で一般に語られているS級冒険者の活躍は吟遊詩人に盛りに盛られてちょっとした伝説みたいになっている。
「S級冒険者とは、戦争を回避して国を救ったり、未曽有の災害から人々を守るなど特筆すべき成果を上げた者にのみ送られる特別な称号のような等級なのです。ただ活動内容の事情によって詳しい記録が残せなかった事で伝説の様に尾ひれがついてしまった事は事実です。単純にそういった活躍の機会がめったになかったから昇格者が少なかっただけで、過去の記録から見ても純粋な実力としてはA級とそう変わりないみたいです」
どうやって説明したものかと悩んでいたら、代わりにギルド長が説明を買って出てくれた。
「成る程。称号ですか」
へぇ、実力的にはあまり差が無いんだな。
とはいえ、それはつまりAランクが本当に冒険者の頂点である事には変わりないって事だ。
「しかしA級冒険者が来るとは凄いですね」
「ええ、ただちょっと扱いづらい人物ではあるんですけれどね」
「扱いづらい……ですか?」
その発言に首を傾げると、ギルド長も苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ええまぁ……」
……まぁ優れた冒険者はその分我が強い奴が多いからなぁ。
けどAランク冒険者か、一度会ってみたいもんだな。
◆
「またいつでもお越しください」
ロビーに戻ってくると、ギルド長がペコペコと腰を低くしながら頭を下げてくる。
いやだから目立つからやめてくれよ。
これ以上悪目立ちしたくなかった俺はさっさと帰ろうとしたのだが、突如ロビーで喝采が上がった。
「なんだ?」
見れば受付け横の素材買取所で何か騒ぎが起きたみたいだ。
「また暴君がデカイ獲物を狩ってきたみたいだぜ!」
暴君? 冒険者の二つ名か?
にしても随分とゴツい二つ名だな。
「相変わらず腕だけは良いなあの野郎」
「性格は気に喰わねぇがな」
だがその名の通りあまり評判は良くないようだ。
しかし二つ名で呼ばれる程腕の立つ冒険者か
いったいどんな奴なんだろう? ちょっと見てみるか。
「ちょっとごめんよー」
人ごみをかき分けて買取所に向かうと、そこには討伐されたと思しき巨大な魔物を足蹴にしている冒険者の姿があった。
「あれが暴君って奴か」
「早く鑑定しろよ! 俺はさっさとメシが食いたいんだ!」
「ちょっ、やめなさいよ!」
「そ、そう仰られましても、他の冒険者の方の買取もありますから」
我が儘を言う冒険者を仲間の冒険者が窘め、怒鳴られたギルド職員はオロオロしながらも規則だから出来ないと反論している。
なるほど、あれは確かに暴君だ。
「ああん? 俺を誰だと思ってるんだ? 俺はA級冒険者様レオン様だぞ!?」
「レオン!?」
「あ?」
聞き覚えのある名前に思わず声を上げてしまった事で、騒いでいた冒険者がこちらを向く。
「「……」」
そこにあったのは見覚えのある顔。
「レオン!?」
「セイル!?」
「「何でお前がここに!?」」
こうして俺は、思わぬところでかつての仲間と再開したのだった。
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