第33話 密偵達の成果

◆とある貴族達◆


「例の町の情報を手に入れたとはまことか」


「はっ!」


 国王陛下自ら手出しを禁じられたあの町に送った密偵が戻ってきた。

 ハーミトと呼ばれるかの町にそびえる巨大樹は、陛下曰く伝説の世界樹との事。

 正直な所疑わしいが、陛下は教会が動いている事からかなり信憑性が高い情報だと考えておられるようだ。


 本来なら手出しは厳禁。

 だが貴族たる者、そこに利益があるのなら動かぬわけがない。

 他の貴族に先んじられぬよう、私もまた内密に密偵を放っていた。

 世界樹についての有益な情報を手に入れる為。


「かの巨大樹の周囲はかなり厳重な警備が敷かれており、明らかに何かを隠しているのは明白でした」


「ふむ、何かあるのは間違いないと言う事だな」


 成程、仮に本物ではなくとも、何かしらの利益は見出せそうだ。


「はい。現に他の貴族の密偵達も私と同じように偵察を行っており、しかも多くの者が捕らえられておりました」


「ほう」


 ふむ、やはり他の貴族の手の者も動いていたか。


「幸いその者達が囮になってくれたお陰で、見事お館様の望むモノを手に入れる事が出来ました」


「なにっ!? それではまさか!?」


 ●


「はっ、これこそが世界樹の種でございます!」「界樹の果実でございます!」「果実兵と呼ばれるゴーレムでございます!」「世界樹が偽物である証拠でございます!」


 ◆


「おおっ! でかしたぞ!」


 何か有益な情報でも手に入れて来れば上出来と思っていたら、まさかそれ以上のモノが手に入るとは!

 これで他の貴族達に先んじる事が出来るというものよ!


 ◆


「作戦、上手くいったのかねぇ」


 あれから数日後、密偵達は一斉に町から姿を消していた。

 リジェの話では最低限の見張りは残っているらしいが。


「問題はないでしょう」


 不安を感じさせない声で答えたのはカザードだ。


「何しろ彼らが持ち帰ったモノは、彼らにとって命がけで持ち帰ったまぎれもない本物なのですから」


「……そう思い込ませたニセの情報だけどな」


 そう、密偵達が持ち帰ったのは偽の情報だ。

 カザードの魔法によって彼等は自分が警備厳重な町の中心部に忍び込み、隠されていた重大な秘密を手に入れたと信じて主の下へと帰って行った。


「まさか洗脳魔法なんて魔法があるとはなぁ」


 というかそれっていわゆる禁呪って奴なんじゃ……

 昔カルファが言ってたっけ。魔法の中には危険すぎて封印された禁呪があるって。

 その中でも人の心を操るような魔法は特に邪悪と言われて存在を抹消されたと聞いた事がある。


「はははっ、洗脳とは大げさですね。私が使ったのはそんな大した魔法ではありませんよ。ちょっと自分が大活躍する幻覚を見せて、手に入れた者が本物であると誘導しただけです」


 それを洗脳と言うんじゃあ……


「いやー楽しみですねぇ。世界樹の種と信じて植えてみたら実ったのが普通の果物だったと分かるその瞬間。いやもしかしたらそれを本物の世界樹の実だと勘違いして自信満々で売ってしまうかもしれませんね! ハハハハハッ、ただの果物を世界樹の実だと売り出したら、偽物だと分かった同じ貴族達から詐欺だと訴えられる貴族の姿! いや考えるだけで愉快では!」


 うーん、ご機嫌だなカザード。

 ちょっとおっかないぜ。


「果実兵も実は中身空っぽの偽物だしなぁ」


 そう、密偵が盗んでいった果実兵達も偽物なんだよな。

 さも果実兵達を整備する魔法使いの工房の様な部屋をでっちあげ、そこで動力がきれたようにグッタリと横たわる何体もの果実兵(の偽物)。

 これを見た密偵はこれ幸いと偽物の果実兵を盗んでいったらしい。


 しかもご丁寧に偽果実兵は密偵が盗みやすい様に中身が空っぽだったりする。

 さしずめ豆の入っていない落花生の殻のようなもので、俺も何も知らなければ騙されていたところだった。


「偽の果実兵を手に入れた者達は、なんとかして果実兵を動かそうと四苦八苦するでしょう。この町で実際に果実兵達が動いているのですから、動かない筈はないと手を尽くすでしょうね。たった一つしかない果実兵ですから、中を調べる訳にも行かないですし。上手く動けば果実兵の構造を解析して従順で強力な兵士が大量に運用できると金を湯水のように使ってくれるでしょう。その為に軍務閥の貴族の密偵に盗ませましたからね」


 おおう、盗む相手も選んでいたのか。


「しかも魔力を流し込むと体が反応するように母上に作って頂いたので、研究資金を湯水のように使ってくれる筈ですよ!」


 やり方が! えげつ! ない!

 相手を期待させながら破滅させるとか、詐欺師でもここまで酷くないんじゃないのか!?


 カザードが愉快そうに笑い声をあげたかと思うとピタリと止まる。


「まぁ、我が王と母上を誘拐しようとした愚か者には似合いの末路ですね」


 あー、うん。ラシエルが誘拐されそうになったり、世界樹が傷つけられそうになったんだもんな。

 実はカザードも腹の底では相当煮えたぎっていたとみえる。


「……おおっ! さっそく果偵兵達から連絡が入りましたよ」


 とそこでカザードが嬉しそうに報告してきた。


「無事に到着したのか!」


 果偵兵、それは新たにラシエルに生み出して貰った密偵の果実兵だ。

 通常の果実兵と比べはるかに小さい体の彼等は、戦闘こそ不向きだが代わりに情報収集には最適だった。


 カザードから偽の情報を意図的にリークする事を提案された時、俺はその作戦が上手くいったのか確認できない事を不安に思った。

 何しろ貴族達は悪辣な連中が多い。

 こっちの策などあっさりと見抜いて逆に罠に嵌められる危険もある。


 そんな心配をしていた時に提案されたのが、偵察用の密偵型果実兵達をラシエルに実らせてもらってはどうかというものだった。

 だが最初に実った手の平サイズの彼等を見た時は、見つかったら殺されたり捕まってしまうんじゃないかと更に不安になったのだが。


 しかしそれは杞憂だった。

 事実、果偵兵達は密偵を送り込んできた貴族達の下に無事潜入する事が出来たのだから。

 というのも果偵兵達はその体を種に擬態する事が出来る能力を持っていて、小さくなったその体を偽の世界樹の種や実、はたまた空っぽの偽果実兵の中や密偵の荷物に潜り込んで無事現地に到着したのだ。


 果偵兵達が種の姿になる所を見たが、アレ本当に普通の種にしか見えなくなるんだよな。

 正直言って何も知らない人間にはアレが密偵だとはとても思えないだろう。

 一件何の変哲もない種だから、見つかっても捨てられる程度で済むのも安全だ。

 

 そして手のひらサイズである事から、人間に隠れる事の出来ない様々な場所に隠れる事が出来るのが彼らの強みだ。

 たとえば庭の草花に擬態したり、机の下の僅かなスキマに潜り込んだりと。


「それじゃあ果偵兵達はそのまま貴族達の所に留まるのか?」


「はい、植物ネットワークを介し、我々に情報を送り続けてくれる予定です」


「そうか。でも仕事だからって無理せず疲れたら休むように伝えてくれよ」


「おおっ、なんというお優しいお言葉! 果偵兵達も喜ぶ事でしょう」


 いや、普通の事を言っただけなんだが……

 正直カザード達果実将を含めた果実兵達は俺の為だとやたらと張り切るからな。

 俺が居ない所でも適度に休んでくれると良いんだが……


「ご安心を我が王。果偵兵も息抜きに周囲の植物に命じて作物の実りを悪くさせて貴族達への報復ッごっこをして楽しむでしょうから」


「さらっとヤバい遊びが出たぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何だそれ!?」


「はい、密偵の果実兵ですからね。ただ情報収集をするだけでなく、敵地での破壊工作も行えますよ。なんなら暗殺も可能です」


「しなくて良いから! あと現地の領民の迷惑になるようなことは止めてくれ! 割を食うのは領民なんだから!」


 貴族の事だ、仮に収穫量が下がっても税を増やす事で収入を維持するに決まっている。


「成程、さすが我が王。確かに無関係の物に迷惑がかかるのは良くありませんね。では食事に下剤……いえ、それだと下働きの者に迷惑がかかりますね。では彼等の秘蔵の酒などに下剤効果のある薬草汁を混ぜたりといったイタズラ程度に止めておく様命じておきます」


「ああうん……そのくらいなら良いかな?」


 ……あれ? 良いのか?


 ◆とある領主達◆


「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!? 秘蔵の酒を飲んだら急に腹の調子が!?」


「ほわぁ!? 隠しておいた筈の愛人からの手紙が机の上に綺麗に並べられてる!? まさか妻が!?」


 ◆


「そういえば、なんでそれぞれの密偵達に別の情報を与えたんだ? 全員同じ方が嘘がバレ難いんじゃないか?」


 そこがちょっと気になったんだよな。

 何故かカザードは密偵達すべてに違う情報や木の実などを与えていた。


「ああそれですか。それはですね、彼等には他の密偵達が任務に失敗したという認識を与えておいたからですよ」


「任務に失敗した認識?」


「はい。彼等は自分だけが成功し、他の密偵達は途中で果実兵達に見つかって逃げ出した。そして情報を持ちかえれなかったら自分の身が危ないと危機感を抱いた彼らが適当な木の実や果物、でっちあげの情報を持ちかえる事で保身を図ったと思い込んでいるのです」


「なんでまたそんな手間のかかる真似を?」


「他の者が手に入れた情報が偽物である信憑性を持たせる為です」


「偽物である信憑性?」


「全員が一つの情報だけを持ち帰って誰か一人にでも偽りだとバレると、他の貴族達もお互いの内に潜ませた密偵から真相がバレかねません。ですのでワザと得られる情報を分ける事で、自分達だけが真実の情報を得ているという優越感と安心を与えたのです。これによって自分達の情報が偽りであるという事実に考えを向けにくくするわけです」


「でも自分達も偽物を掴まされたと不安にならないのか?」


「長年仕えてきた部下が自信満々で報告してくるのですから、そうそう疑う主は居ないでしょう。国王の命令に背いてまで送った密偵である以上、それなりに信頼している部下でしょうしね。しかも自分の成果が疑われかねない他の密偵の失敗情報まで自信満々で報告してきたのです。またそれでも心配になったとしても、手に入れた木の実や果物が実るまでは情報の真偽を確認する事は出来ません。どうやっても数年は安泰という訳です」


「はー、そんなことまで考えてたのか」


「ええ、その為にわざと一部の有能な密偵は捕らえました。その情報を知れば、あの貴族の密偵が捕まる程厳重な場所から情報を得たのかという信頼にもつながりますし、失敗した貴族は成功したと浮かれる貴族から成果を奪った方が簡単だと考えるでしょう」


「ああ、敵の標的を別の貴族に向ける訳だな」


「はい、盗人は盗人同士で争わせればよいのです。我が王と母上、そして我等の同胞を狙った愚か者にはふさわしい末路ですよ」


「ははは……うん、よくやってくれた。ご苦労様」


「身に余る光栄です。我が王よ」


 うーん、めっちゃ怖い。カザードが敵に回らなくて良かったわ。

 そして貴族の皆さんご愁傷様です。


 ◆


 あれから半月、町はすっかり平穏を取り戻していた。

 悪質な冒険者を厳しい罰則で取り締まったおかげで果実兵を狙う犯罪者は減り、密偵達も偽の情報持ち帰った事で世界樹を狙う数も大分減った。

 とはいえ、それでも完全に居なくなったわけじゃないが。


「情報を得る手段が劣っている者や、今まで二の足を踏んでいた者達でしょう。こちらも欺瞞情報を与えれば役目を達成したと判断して居なくなります。それにこの程度なら問題なく対処できます」


 なるほど、それもそうか。


「現在冒険者達は順調に下層へと進んでいます。また彼等が魔物を間引いてくれたおかげで、果実兵達も巡回という隠れ蓑を装いながら下層へと降りていっています」


「ダンジョン討伐は今の所順調という訳だな」


 ラシエルの安全の為にも、速くダンジョンを討伐したいもんだ。


「それなのですが、追加の冒険者達が町に到着しました」


「追加?」


「はい。遠方からやって来た冒険者や、長期の依頼を終えた者達が遅れてこの町の情報を仕入れてやってきたようです」


 あー、そういう事か。

 確かに依頼を受けて地方に言っていると、流行の情報には疎くなるからな。

 俺の現役時代にも長期の依頼から戻ってきたら、自分達が居ない間に結構な儲け話の募集が出てたって話を聞いて悔しい思いをしたもんだ。


「こればかりはタイミングの問題だからな」


「そうですね。とはいえ冒険者ギルドもそろそろこの町に慣れてきた頃でしょうから、新しくやって来た冒険者達が同じ間違いを犯さない様に注意をしてくれるでしょう」


「だと良いけどなぁ」


 とはいえ、こういう時ほど、嫌な予感って当たるもの何だよなぁ。


◆???◆


「ここが新しくダンジョンの発見された町か。意外とデカい町だな」


「そうね。こんな所に町があるなんて初めて聞いたわ」


 確かにな。この国にこんな大きな町があれば、俺達冒険者が知らない筈が無い。


「だがまぁそんな事はどうでもいい」


 そう、町の事を知っていようが知らなかろうが関係ねぇ。

 大事な事はたった一つ!


「要はこの俺、レオン様が活躍する場所ってだけの事だからよっ!」

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