第29話 ラシエルとの散歩
今日はラシエルと一緒に町を散歩していた。
ここのところ色々な騒動が多くてラシエルと一緒の時間があまりとれなかったからだ。
「随分とにぎやかになったなぁ」
「はい! 自慢のお兄ちゃんの町です!」
町の人達は皆笑顔で、とても故郷から逃げ出してきた元難民だったとは思えない活気を見せている。
ただ、ちょっと困るのは……
「こんにちは町長!」
「お疲れ様です町長様!」
俺の姿を見た町の人達がいちいち大げさに挨拶をしてくるので、旅人や商人達が何事だと見てくる事かな。
うん、そんな畏まらなくていいんだぞ皆ー。寧ろ畏まらないでください。
そんな風に町を歩いていると二つの人だかりを発見する。
片方はリジェと……男達の集団だ。
男達は皆花束を抱えてリジェになにやら話しかけている。
「リジェさん! 俺と付き合ってください!」
「いや、俺と付き合ってください!」
「俺と結婚してください!」
「俺を踏んでください!」
どうやらリジェにプロポーズしているみたいだ。
まぁリジェは美人だからな。何も知らなければ惚れてしまうのも無理からぬことだ。
「お断りいたします」
「「「ガーン!!」」」
だが悲しいかな。リジェにバッサリと切り捨てられていた。
彼等には強く生きてほしい。
あと最後の一人はもうちょっと自分を大切にしてほしい。
そしてもう一つの人だかりは、この流れから予想通りというかなんというか、カザードと
「あの、カザード様。よろしければ私とお食事にでも行きませんか? 勿論私が奢らせていただきますので」
「ちょっと! 抜け駆けするんじゃないわよ! カザード様、私これでも料理が上手いんですよ。ぜひ私に今夜の夕食を振舞わせてください!」
「っていうかアンタ旦那が居るじゃない」
「うっさいわね! カザード様は特別なのよ!」
「それよりもカザード様、私の作ったお菓子を食べてください!」
「あーっ! また抜け駆け!」
「ははははっ、皆さん落ち着いて。私は皆さんが相争う姿などより、華のような笑顔を見せてくれる方が嬉しいのですよ」
「「「「まぁ!」」」」
カザードが極上のスマイルを浮かべると、女性達は顔を真っ赤にして争いを止める。
こちらはリジェと違って柔らかい対応だなぁ。
「にしても、二人共随分と町に馴染んできたなぁ」
「二人は町の警護や開発を担っていますから、自然と町の人達と接する機会が増えて仲良くなっているみたいです」
カザードはともかく、リジェのあれは仲良くなっていると言えるんだろうか?
まぁあれはそれだけ町の人達から注目されている証と思っておこう。
好意的に見られているのは間違いないみたいだし。
再び散歩を再開すると、今度はいい匂いが漂ってきた。
「へいらっしゃいらっしゃい! 猪肉の串焼きだよー!」
「そこの人、焼き魚はどうだいっ!」
どうやら屋台が並ぶ区画に来たようだ。
「ラシエル、小腹も空いてきたことだし何か食べていかな……あっ」
とそこで俺はラシエルが世界樹の聖霊だった事を思い出す。
いかん、ラシエルの本体は世界樹の方だった。
ラシエルの食事と言えば土に埋めた肥料だから、普通の食事は出来ない筈。
「大丈夫ですよお兄ちゃん」
「え?」
しかしラシエルが問題ないと言ってくる。
「この体に成長した事で、ご飯を食べる事が出来るようになりました」
「そうなのか!?」
世界樹が成長した事で、そんな事まで出来るようになったのか!?
「はい、ですから遠慮しなくても大丈夫ですよ」
「そっか、そういう事なら何か食べていくか」
さて、そうすると何を食べようかな。
鹿肉か猪肉か、それとも他の屋台にチャレンジするか。
などと考えていたら……
「おっ、町長じゃないですか!」
「あっ、ほんとだ。ラシエルちゃんも」
屋台の店主達が俺達の姿に気づいて声をかけてきた。
「これからメシですかい?」
「ああ、何を食べようか悩んでいた所だ」
「なら是非ウチの猪串を食べていってくださいよ!」
「あっ、狡いぞ! 町長、ウチの鹿肉煮込みを食べてくださいよ!」
「いやいや、ウチの野牛肉を!」
「俺の店のスープを飲んでくださいよ!」
気が付いたら他の屋台の店主達まで自分の店の料理を持って殺到してきた。
「い、いやいや、あまり手持ちがないからそんなに買えないって」
いくら屋台料理でも、これだけの数の店の料理を買っていたら財布が持たないっての。
「いやいや、命の恩人様から金なんて取れないですよ! タダで持って行ってください!」
「俺の料理も持って行ってください!」
「ウチもウチも!」
あれよあれよと言う間に、店主達が強引に俺達の手に料理を差し出してくる。
ついでに護衛の果実兵達にも料理が手渡されてゆく。
「お、おおおっ!?」
「はわわわっ」
「「「「!! っ!?」」」」
そうして、なんとか屋台通りを抜ける頃には両手いっぱいの料理を抱えていたのだった。
「あー、どっか落ち着いて食べれるところに行こうか」
「そ、そうですね」
受け取った料理がとても二人で食べきれる量ではない為、ラシエルが呼んだ果実兵達に頼んで日持ちするモノを家に運んでもらい、早く食べたほうが良いものだけを残す。
そして町の広場に設置されたベンチに腰掛けてちょっと早い昼食をとることにした。
「それじゃあっと……モグ」
「いただきます! モフモフ」
それぞれが選んだ料理を口にする事で静寂が生まれる。
「ん、これ美味いな」
「こっちも美味しいですよ!」
お互いに当たりの料理を引いたみたいだ。
同じ町の同じ肉を使った同じ料理でも作り手が違うだけで天と地ほど味に差が出るからなぁ。
まぁそういう不味い店は地元客が寄り付かないから、必然的に買うのは何も知らない外から来た旅人や商人になるんだよな。
そして二度とその店には立ち寄らなくなる。
逆に美味い店は地元の人間も食べに来るから、町の人間と思しき人間達が多く入る店を狙うのが安全だ。
それに気付くまでは色々と酷い目にあったもんだ。
「お兄ちゃん、はいあーん!」
と、そんな事を考えていたら、ラシエルが自分の料理を俺に差し出してきた。
「え?」
「あーん」
どうやら俺に食べろと言っているみたいだ。
だが、それを街中でするのはちょっと恥ずかしい。
ふと視線を感じて目だけで周囲を見ると、道行く人たちがラシエルの行為を微笑ましく見つめていた。
うう、これは食べないとラシエルを悲しませて顰蹙を買う奴だ。
しかたない、ここは勇気を出すしかあるまい。
「あ、あーん」
恥ずかしさを堪え、ラシエルの差し出した料理を食べる。
「ムグ……」
「どうですか?」
「ん、美味しいよ」
「えへへ、良かったです」
にっこりと笑うラシエルの姿に、周囲で見ていた人々も思わず笑顔になる。
ふふ、俺の妹は可愛いだろう。
だが、俺もここで終わりはしない。
「ほら、ラシエルもあーん」
今度はこっちの番と、俺は串料理をラシエルに差し出す。
「え? 私もですか?」
「ほらほら、せっかくの料理が冷めちゃうぞ」
「は、はい……モフ」
小さな口を頑張って大きく開けて肉を齧るラシエル。
その光景はさしずめ子犬に手渡しでご飯を与えている様な感覚だ。
「どうだい?」
「モフモフ……ゴクン。とっても美味しいです!」
「それは良かった」
その後も俺達はゆっくりと食事を楽しみながら、道行く人達を眺める。
「随分と落ち着いたな」
はじめは皆生きる為に必死という感じだったけど、今は良い意味で余裕が生まれている感じだ。
「わーい! 走れ走れー!」
子供達の声に視線を向けると、そこには果実兵達と遊ぶ子供達の姿が。
子供達は果馬兵の背中に乗って乗馬ごっこをしていた。
ちなみにあの果馬兵達はさぼっている訳じゃない。
ああやって子供達と遊ぶことで、人攫いに子供が誘拐されないようにしているんだ。
というのも、町に人が多くくるようになったことで犯罪者も増えたのが原因だった。
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
突然上がった悲鳴に何事かと旅人達が視線をさまよわせるが、町の人達は何事もなかったかのように振舞っている。
そして声の主に旅人が気づいて視線を向けると、そこには果術兵の魔法で足を凍らされた男の姿があった。
そして果実兵達が即座に男の体をまさぐると、懐から幾つもの金目の物が出てくる。
どうやら盗人を捕まえたみたいだ。
「あっ、そりゃあウチの店の商品じゃねぇか!」
騒ぎを聞きつけた店の店主が怒りに顔を真っ赤にして駆け出し、盗人をぶん殴る。
そして盗まれた商品を回収すると店に戻っていった。
こんな風に、外から来た犯罪者が定期的に犯罪を犯すので、果実兵達の見回りは必須な訳だ。
「人が多くなった弊害だな」
さすがにこればっかりはどうしようもない。
外からくる人間が善人か悪人かの区別なんて付けれないからな。
捕まえた盗人を果実兵達が連行する。
彼らは他の余罪を調べられ、指名手配が掛かっている犯罪者なら、他の町や国に引き渡し、そうでないならこの町で重労働や忌避される仕事させて罪を償わせる。
そして刑期を終えたら町から追放となる。
ちなみに、リジェの話では果実兵達は一度捕らえた犯罪者の事を記憶しているらしく、ほとぼりが冷めて皆が忘れた頃に戻ってきても無駄なのだとか。
なので、そういった前科者が戻ってきたら、重罪を侵した者は門前払い、軽犯罪を侵した者はまた悪さをしないか監視しているのだとか。
うん、地味に有能だぞ果実兵達。
「さて、帰るとするか」
「はーい!」
大きくなった町の様子を見終えた俺達は、手を繋いで世界樹へと帰ってゆく。
ただしその前に一つだけ寄る場所があった。
◆
俺がやって来たのは、家族達が眠っている場所だ。
ラシエルは気を利かせて一足先に帰ると言ってくれた。
だから俺は一人世界樹の根元で埋まらずに残っていた墓石とも思えない墓石に花を添える。
「そろそろちゃんとした墓石に帰るべきかなぁ」
あの頃は子供だったから、ちゃんとした墓標を作る事なんて出来なかったからなぁ。
「ともあれ、随分とにぎやかになっただろ」
俺は後ろに広がる町に視線を移す。
「この村がこんなに大きくなるなんて、思っても居なかったな」
記憶の中にある小さな村の姿を思い出しながら俺は墓標に語り掛ける。
「そっちに行くのはまだまだ先になっちまったけど、それまでには町をもっと大きくにぎやかにするから、土産話を楽しみにしててくれよな」
短い報告を終えた俺は、ラシエル達の待つ世界樹の家へと帰ってゆく。
「ああ、帰りを待っていてくれる人が居るってのは良いもんだな」
そんな当たり前の事を思い出した俺は、忘れていた事を驚くと共にそれを思い出させてくれたラシエル達に改めて感謝の気持ちを抱くのだった。
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