第30話 奈落の顎が開く音

 ガゴン!! と大きな音と振動が起きた。

 その音は大きく、道行く人々が何事かと周囲を見回す。


「何だ今のは?」


 俺も突然のことに驚くが、もっと驚いていたのは果実兵達だ。

 急にアワアワと慌てふためいたり、武器を構えて周囲を警戒し始めた。


「「我が王!」」


 やはり慌てた様子でリジェとカザードがやって来た。


「リジェ、カザード、何か起きたのか?」


「はっ! 大変なことが起きました!」


 普段冷静なリジェ達ですら慌てるとは、一体何が起きているんだ……?


「ダンジョンが発生しました」


「……は?」


 ◆


 内容が内容だけに、俺達は自宅に戻ってから話をすることにした。

 既に室内にはラシエルや果実兵達が集まっており、果実兵達の警戒ぶりはこれまでとは比べ物にならない様子だ。

 何より、ラシエルが不安がっているのもおかしい。

 俺はラシエルを膝に乗せると、片手で抱きしめ、もう片手で頭を撫でてやる。


「ほうっ……」


 そうする事で少しは怖くなくなったのか、ラシエルから力が抜ける。


「それで、ダンジョンが発生したってのはどういう意味なんだ?」


「言葉通りです。お母様を狙って、ダンジョンが発生したのです」


「ラシエルを狙って? けどダンジョンはただの建築物だろ?」


 ラシエルを狙ってという言葉に、ラシエルがまた体を固くする。


「ここからは私が説明しましょう」


 と、カザードが口を開く。


「まず最初に間違いを正しますが、ダンジョンとは一般的な構造物ではありません。構造物型の生命体です」


「構造物型の生命体?」


 聞きなれない言葉に俺は思わず首を傾げる。


「そうですね……我が王に分かりやすくいえばゴーレムなどがあります。アレは生き物ではありませんが、石の体で動きまわります」


「けどゴーレムは魔法で生み出された人形だろ?」


「はい、その通りです。まぁイメージとしてああした肉を持たない生命体だと思ってもらえば分かりやすいかと。魔物の中にも鉄や石を体に張り付けたモノがいますし、そうした生物の割合が肉よりも石などの無機物が多い存在と思ってください」


「つまり、生き物とは思えない程大きくて分かりにくい鎧を身に纏った生物って考えれば良いのか?」


「その認識で問題ありません。ただダンジョンはその広大な構造から、栄養も大量に必要とします」


「その餌ってのは、もしかして俺達冒険者の事か?」


「半分は当たりです。他にもダンジョンに誘い込んだ魔物を自分を守る為の番人兼狩人とし、死んだらそのまま自分の栄養として消化します」


「骨までしゃぶりつくすって感じだなぁ」


 まさかダンジョンが生き物だったとは……

 ただそれだと理解できないこともいくつかある。


「ダンジョンが生き物なのは分かった。けどダンジョンには宝箱があるよな? あれはどういう事は? まさかダンジョンが宝箱を用意するのか?」


「それも正解です。中にはダンジョンが飲み込んだ地上の町や村、それに旅の商人が運んでいた積み荷が宝になる事もあります」


「ダンジョンが飲み込んだ町や村!?」


「はい、ダンジョンは成長する事で規模を大きくしていきます。その際に範囲内に入った人里を栄養補給の為に襲う事があるのです」


おいおい、アリジゴクみたいなやつだな。


「それも分かった。じゃあ最後の質問だ。何故、ラシエルが怯えているんだ?」


 ダンジョンが生き物なのは分かった。人間をおびき寄せ、町や村を襲うのも分かった。

 だが、世界樹の聖霊であるラシエルが怯える理由が分からない。

 まぁ俺達が暮らす町が襲われるかもしれないという理由かもしれないが、それだったらゴブリン達や武器封じ達を相手にした時も怯えていた筈だ。

 何が違う?


「それは、ダンジョンが母上を狙っているからです」


「ラシエルを!?」


「きゃっ!?」


 ダンジョンの狙いがラシエルだと言われ、俺は思わず立ち上がりそうになる。

 だが膝の上にラシエルが乗っている事を思い出し、慌てて腰を落とす。


「すまんラシエル。驚かせた」


「だ、大丈夫ですよお兄ちゃん」


 全然大丈夫そうじゃないが、ラシエルは気にしてないと俺に微笑みかける。

 必死で震えを隠しながら。


「カザード、ダンジョンがラシエルを狙っているというのはどういう意味なんだ?」


 改めてカザードに質問をすると、カザードも真剣なまなざしで説明を再開する。


「我が王もご存じと思いますが、ダンジョンは非常に広く深い建造物です」


「ああ、そうだな。ダンジョンの攻略には何百人もの冒険者が何十年もかけて辛抱強く探索する程広く危険な場所だ」


「その通りです。しかし考えてもみてください。それほど広大なダンジョンを産み出す為には、相当な栄養が必要なのではありませんか?」


「栄養?」


「はい、先ほど説明した事ですが、ダンジョンは生物です。ならば生物が成長する為には栄養が必要」


「それが世界樹って訳か!」


 俺が至った答えに、カザードが無言でうなずく。


「あれ? でもそれだとラシエルが無事な理由が分からないんだが? ダンジョンは世界樹を喰うんだろ? でも世界樹が無事ならどうやってダンジョンが出来たんだ?」


 鶏が先か卵が先かみたいな話になって来たぞ!?


「恐らくは魔物を餌にしたのだと思われます」


「魔物を!?」


「ダンジョンが発生したのは町のはずれ。しかしその場所はつい最近大きな魔物を討伐した場所でもあります」


大きな魔物? 最近討伐した……!?


「まさか『武器封じ』か!?」


「はい。ダンジョンは『武器封じ』の栄養で発芽し、この町を襲った前領主の騎士団の死体を滋養にして拡大したのだと思われます」


「俺達が倒した敵を利用したっていうのか!?」


「恐らくは。そうして十分な栄養を蓄えたダンジョンは、いまなら母上を喰らう事が出来ると判断してその姿を現したのです」


 くっそ、なんて奴だ! ラシエルを喰う為にリジェ達が倒した魔物を利用するなんて!


「しかしご安心ください。我が王とお母様には我々が居ます!」


 と、これまで黙っていたリジェが声を上げる。


「ダンジョンも準備を整えてきたようですが、それはこちらも同じ! そもそも我等果実兵はお母様をダンジョン共外敵から守る為の存在なのですから!」


 なんと!? そうだったのか!?


「ダンジョンがお母様を襲う前に、我らがダンジョンを討伐してご覧に入れましょう!」


「おお、頼もしいぞリジェ!」


「「「「!!」」」」


 更に自分達もラシエルを守ると果実兵達が胸をドンと叩く。


「我が王よ。どうか我らに御命じください! ダンジョンを討伐せよと!」


 リジェ達が俺の命令を求めてじっと見つめてくる。


「……」


 だがラシエルは不安そうにしながらも、俺に何かをしろとは言わない。

 自分の都合で俺に迷惑をかけたくないって事か。

 けどさ、俺の答えは最初から決まってるんだよ。

 俺はラシエルを抱きかかえて、立ち上がる。


「リジェ、カザード、それに果実兵の皆……」


 ラシエルは産まれた時から俺の為に力を尽くしてくれた。

 リジェ達も同様に。

 でも俺はラシエル達を便利な道具と思った事は無い。

 俺にとって、皆は家族だ。

 失った家族に代わる新しい家族。


 だったら、兄貴として家族を、妹を守らないとな!


「ラシエルを守る為、俺はダンジョンと戦う! だから皆、俺に力を貸してくれ!」


「「はっ!!」」


「「「「っ!!」」」」


 リジェが、カザードが、果実兵達が、いやそれだけじゃない。この部屋に入りきらなかった果実兵達もが、一斉に姿勢を正して俺に敬礼をする音が聞こえた。


「よし! ダンジョンを討伐するぞ!」


 この決断が俺達のみならずこの町を、いや……多くの国や人を巻き込んでいくことになる事に、この時の俺はまだ気づいていないのだった。

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