第三章 迷宮と王編
第27話 道行く者達
領主が処刑されてからは久々にのんびりとした日々を満喫していた。
難民達は村に慣れてきて、自分達の仕事を見つけ始めたのも大きい。
やはり人間する事が無いと不安になるからな。
更にラシエルの協力で、この村の土に合った作物の種を用意してくれたので、収穫については心配はない……らしい。
万が一の事があっても、ラシエルに作物を用意して貰えるので、引っ越ししてから初めて作った農業としては破格の待遇だ。
そして難民達の環境が安定してきた事で、村に一つの変化があった。
それはハーミト村が町になった事だ。
これは難民達から、これだけ人がいるのならもう町を名乗るべきだろうと言われたのだ。
言われてみるとかなり人数が増えていたので、名前くらいならいいかと俺も受け入れた。
という訳でこの村はハーミトの町になったのだった。
そしてもう一つ変化があった。
こちらは町ではなくこのカンヅラ領の変化だ。
カンヅラ子爵家が取り潰しになった事で、他の貴族がこの領地の新たな領主となった。
それを知らせる使者が新領主からの手紙を持ってきたんだが、どうやら向こうは色々と大変そうだ。
なんでも引継ぎ作業をしていたら、前領主の不正が新たに見つかった事で、関係者の洗い出しに四苦八苦しているとの事。
しかもこれまで放置されていた様々な業務も急いで指示を出さないといけない程滅茶苦茶だったのだとか。
本来なら領主に就任したらすぐに村の管理人である俺と会談の場を持ちたかったのだそうだが、この状況ではとてもそれどころではない。落ち着くまで待ってほしいとの事だった。
「この手紙を見るだけでも、新しい領主はまともだって分かるなぁ」
「俺は手紙を読みながら呟く」
「恐らくまともな領主を送らないわけにはいかなかったのだと思います」
「送らないわけにはいかなかった?」
リジェの言葉に俺は、首を傾げる。
「はい。今回の騒動は貴族として醜聞というよりほかない騒動でした。であれば、新たな領主は相応以上の能力を持って適切に領地を治めないと、この国の貴族全体の質が周辺国に疑われる事になります。つまりはメンツの為ですね」
「成る程、メンツの為ね」
民の為ではなく国のメンツの為にまともな人間を送って来たという事実に思うところはあるが、結果として治安が良くなるのなら、それはそれで悪くない結果なのかもしれない。
と、そんな話をしていたら、カザードからイブンが来たとの連絡があった。
◆
「やぁ、久しぶりだねセイル」
「久しぶり」
挨拶を交わすと、イブンはこれまでの状況についてあれこれを聞いてくる。
「いやびっくりしたよ。村にやって来たら領主の騎士団が包囲してて近づけないしさ、そうこうしている間に領内の至る所で魔物が大量発生。極めつけは村が町になっていたときたもんだ」
他人の口から言われると結構な大事件が起きてるなぁ。
「領主の件はやっぱりあの果物が原因?」
イブンが申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「ちゃんとあの果物に関しては秘密を貫いていた筈なんだけど、どこからか漏れてしまったみたいだ。すまない」
ん? イブンの奴なんか勘違いしてないか?
「いや、情報が漏れたのは別の場所からだから、お前は気にしなくていいぞ」
「え? そうだったの!? よかったー! 僕が原因でセイル達に迷惑をかけちゃったのかと思ったよ!」
ああ、それを気にしていたから珍しく慌てた様子だったのか。
……いやコイツが落ち着きないのはいつもの事だな。
「けどホントに無事で良かったよ。ああそうそう。無事ついでにコレ。頼まれた物を持ってきたよ」
と、イブンが布に包まれた荷物を取り出す。
あー、そういえばそんな事を頼んでいたなぁ。
「それなんだがなイブン……」
今度は俺が申し訳ない気分になってしまう。
「安心してくれ。ラシエルちゃんにぴったりのものを持ってきたから!」
「うん、その事なんだが……いや実際に見てもらった方が早いな。おーいラシエル!」
窓を開けてラシエルを呼ぶと、すぐにラシエルが世界樹の上から枝に乗って降りてくる。
「はーい、なんですかお兄ちゃん?」
「イブンが来てるから、顔を見せてやってくれ」
「分かりました!」
ラシエルはすぐに部屋に入ってくると、イブンに向かって挨拶をする。
「お久しぶりですイブンさん」
「え……?」
イブンは俺の方を見ると、誰この子と言わんばかりの顔で首を傾げる。
「ラシエルだよ。成長したんだ」
「この子が、ラシエルちゃん?」
「ああ」
「……」
イブンはもう一度ラシエルに視線を向けると、再び俺に顔を向ける。
「いやいやいやいや! ありえないでしょ! つい数週間前に会った時はこんなに小さかったじゃないか! 全然大きさが違うよ!」
いやまぁそうなんだけどな。
「成長したんだよ」
「成長するにも限度があるでしょ!?」
本当におっしゃる通りなのだが事実だから仕方がない。
「その限度を超えたんだ」
「……本当なの?」
「本当なの」
「……信じられない」
その気持ちは分かる。
分かるが受け入れてもらうしかない。
「まぁ成長期だと思え」
「成長期って、成長期って……」
イブンが悶えながら、目の前の現実と戦っている。
そしてひとしきり悶え終わると、動きを止めてため息を吐いた。
「……分かった。受け入れる事にするよ」
「そんな訳だから、頼んだものは使えなくなったんだ
「確かに、これじゃあアレはもうダメだね。新しいのを用意しないと」
「すまん、それは買い取るから、別の奴を頼む」
さすがに申し訳ないので、頼んだものは買い取る事にする。
「いや、注文はされたけど、まだ商品を確認して貰った訳じゃない。代金を受け取る気はないよ」
「けど、それじゃあ仕入れ損だろ」
「問題ないさ。これはこれでいい品だからね。他の客に売るさ」
イブンは問題ないと笑い飛ばすが、やはり申し訳ないな。
「何の話ですか?」
事情を知らないラシエルが首を傾げる。
「いや、大したことじゃないさ」
「そうなんですか?」
「それにしても、ラシエルちゃん大きくなったなぁ」
話題を変える様に、イブンがラシエルを見つめる。
「成長期ですから!」
「あはは、確かに凄い成長だもんね」
「はい! もっともっと大きくなりますよ!」
よし、なんとかラシエルの興味がずれたな。
「ところで、そっちの状況はどうなんだ? 色々と大変な事になってるんだろう?」
と、この町の外の状況についてイブンに尋ねると、イブンは聞いてくれよとため息を吐きながら領内の状況を教えてくれた。
「街道沿いの町が魔物の襲撃で壊滅しちゃったからさ、僕達も商売あがったりだよ。町が壊滅した事で、宿に泊まれなくなったのも大きいね。野宿は魔物や盗賊が怖いし。それが一つの町だけじゃなく、隣接する複数の町に広がっているから、何日も補給なしで街道を強行軍しないといけない。単純に移動の負担が大きいんだよ」
どうやら予想以上に大変な事になっているみたいだな。
「領主がこのまま対処をしなければ、商人たちの移動ルート事態に変化が起きそうだよ」
「流通ルートの変化!? 大ごとじゃないか!」
「そうなんだよ。でもそうしないと移動が危険すぎるからね。下手をするとこの領地の街道はその価値を完全に失って、今以上に廃れる可能性も出てきたよ」
あー、この件も新領主が慌てていた案件の一つなんだろうな。
「そして次の主要街道として選ばれた街道沿いの町は壊滅した複数の町が得ていた利益を享受出来るようになる。お陰で複数の街道沿いの町から、大店の商人達にウチの町を経由してほしいって頼まれているみたいだよ」
「どこも抜け目がないなぁ」
「お互い、このままだと商売あがったりだからね」
一通り話す事を終えて喉が渇いたらしいイブンは、果実兵から差し出されたお茶を一気に飲み干す。
「あー、この町に来るための道が近くの町と繋がっていたら僕も楽なんだけどなぁ」
「無茶言うなって」
この町は他の町と町の間にある細い枝道を通らないといけないうえに、村を通って他の村に行くことが出来ない。
つまり行き止まりの村なのだ。
更に面倒なのは、この町へ来る為の枝道が、イブンから聞いた壊滅した町と町の間だと言う事だ。
うん、つまり危険地帯のど真ん中だな。
「まぁそれでもこの町との取引はウチの店にとって重要だからね。多少危険でも取引を続けさせてもらうさ」
「すまんな」
そうして、一通り話を終えたイブンは、ラシエルの果物の取引を終えると町を後にした。
「この時刻だと、町へ着くのは夜になるギリギリ……いや、町は壊滅したから、野宿か」
こうなると、今後はイブンに用事を頼むのも苦労を多くかける事になりそうだな。
「でもなぁ。街道の事はどうにもならないしなぁ」
魔物が相手なら、リジェ達に頼むのもありなんだが、道となると専門外だよな。
「我が王、よろしいでしょうか?」
と、イブンが去るまで黙っていたリジェが話しかけてきた。
「どうした?」
「はい、イブン殿の件なのですが、私から提案があります」
「提案?」
リジェが戦い以外で意見を出してくるのは珍しいな。
「このハーミト村周辺の道を整備する事を提案します」
「整備?」
予想外の提案に、俺は驚く。
「はい。この町周辺の道は、道と呼ぶには少々荒れ過ぎています。ですので、果実兵に命じて道を整備させれば、イブン殿の移動が多少なりとも楽になるかと」
実際、冒険者時代は目的地まで道なき道を長時間歩き、現地にたどり着いた時にはヘトヘトになっていたなんてこともザラだった。
しかもこの町への道は10年前に廃墟になったせいで、荒れ放題だったしな。
一応カッツ達が遠出をして森に狩りに行く際に草を踏み固めてくれていたので、多少は歩きやすくなっていたらしい。
「まぁ確かにそうだが、道の整備は専門外じゃないのか?」
「問題ありません。お母様に街道整備に適した果実兵を実らせてもらえば大丈夫です」
「おおう、果実兵ってそんな事が出来る奴もいるんだな」
「どうでしょう? 町への道が整備されれば、カッツ殿の村との交流も容易になるかと」
「カッツ達か。確かにそれはありかもな」
カッツ達の村も近いとは言えない。
出来るならやって貰えるとお互いに楽に交流が出来るようになるか。
「そういう事ですので、いかがでしょう我が王。我々に近隣の町や村へ続く道の整備を命じてはくれませんか?」
リジェがやる気に満ちた眼差しで俺を見つめてくる。
もしかしたら、領主の軍を退けて以来、仕事が無いのが退屈みたいだ。
けど、それもいいのかもな。
戦いばかりやらせるよりは、平和な仕事を任せる方が安心できる。
「分かった。ラシエルに頼んで、新しい果実兵を用意して貰おう。頼むぞリジェ!」
「はい! お任せください我が王! それと、町に宿泊施設をつくりませんか?」
「宿泊施設?」
「はい。宿泊施設があれば、イブン殿も町に泊まりやすくなります。それに今後新領主殿の使者とやり取りをするのでしたら、やはり宿泊施設があった方が良いでしょう。幸い、町の住民には以前住んでいた町で宿を運営していた経験がある者達が複数居ます。運営はその者達に任せてしまえばよいでしょう」
なるほど、それは確かに理にかなっているな。
イブンの奴も慌てて帰らなくても、一泊して朝一で帰れば道中もより安全になるし。
「よし、それも任せた!」
「お任せください我が王! 最高の道と最高の宿をご用意してご覧に入れましょう!」
こうして、俺達は新たに街道の整備と宿の運営を計画する事にしたのだった。
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