第26話 世界樹の管理人
「初めまして、わたくし王国の使者としてやってきましたスルフィンと申します」
「王国からの使者?」
領主の軍が逃げた一週間後、今度は王国の使者と名乗る人物がやって来た。
「ええと、王国のお役人様が何の御用でしょう?」
まさか今度は国が世界樹をよこせっていうつもりじゃないだろうな?
ただでさえ領主に逆らった事で、国からは睨まれるているだろうし。
「この度、セイル殿をハーミト村周辺の土地の管理者として認める事が決定いたしました」
「管理者?」
何だそりゃ、聞いたことないぞ!?
「順を追って説明いたしましょう」
スルフィンと名乗った役人は、この奇妙な申し出についての説明を始める。
「ことの起こりはこの領地を治めるカンヅラ子爵が代替わりをしたころに遡ります。新たな当主となったカンヅラ子爵は、領地の繁栄とは爵位を上げる事にあると考えたのです」
まぁそれはなんとなくわかる。爵位が高い領主の領地は大きいし栄えているからな。
「とはいえ、爵位が高くても貧乏な領地はありますし、現実問題爵位の高さはそこまで領地経営に影響はありません。まぁ、初代当主なら多少話は変わってきますが」
へぇ、そうだったのか。てっきり偉ければ色々出来て領地が栄えると思っていたよ。
「話を戻しますが、カンヅラ子爵は爵位を上げる為の手っ取り早い方法として、賄賂をばらまく事にしました」
いきなり不正かよ!
「ある意味貴族としては正しい振る舞いなのかもしれませんが……いえ、今のは忘れてください。ともあれ、賄賂をばらまいたカンヅラ子爵ですが、彼には決定的に足りないものがありました」
「足りないもの?」
「一体なんだ?」
「名声です」
「名声?」
「ええ、爵位を上げると言う事は、それにたる活躍をしている事が必須です。聞いたことはありませんか? 恐ろしい魔物を討伐した英雄が、その功績を認められて貴族の仲間入りするという英雄譚を」
「ありますね……」
「そうなのです。それは貴族も同様。何もせずに爵位が上がってしまったら、王国の貴族は全員上級貴族になってしまいますからね。ですから、貴族が爵位を上げるには、それに相応しい功績が必要なのです」
「成る程」
特に役に立つわけじゃないが、話のタネにはなるな。
「そうした理由から、カンヅラ子爵がどれだけ賄賂をばらまこうとも、彼が昇爵する事はありえなかったのですが、彼はその理由を賄賂が足りないからだと勘違いしました。とはいえ、既に金をばら撒き過ぎていた為、カンヅラ家の家計は苦しい。ではどうやって賄賂の資金を用意するか。分かりますか?」
とここでスルフィンさんが俺に質問してくる。
「ええと、税を増やすですか?」
貴族にされて一番迷惑な事を思い浮かべ、それを口に出す。
「それもありますね。ですが他にもあります。自分が賄賂を受け取る、不正に手を貸す、帳簿の改竄、そして予算の削減です」
「予算の削減?」
賄賂を受け取ったり、不正に手を貸すってのは分かるが、予算の削減ってのはどういう事だ?
「彼は、領内の運営でお金のかかっている事業の予算を切り詰めたのですよ。その中で最も大きかったのが、騎士団の運営費です」
「っ!?」
騎士団の運営費だって!?
俺はこのハーミト村が滅んだあの日の事を、領主の命令で騎士団を動かせない理由が、予算かかかるからだと言われたあの瞬間の事を思い出す。
「「「っ!?」」」
その時だった。突然、スルフィンさんの周囲にいた従者達が身構えて武器に手をかけた。
「え? どうました?」
見ればスルフィンさんも真っ青な顔で周囲をキョロキョロしている。
「え? あっ、いや、何やら急に寒くなった気がしまして……」
「寒く?」
特にそんな事は無いと思うんだが。
「我が王、御客人に温かい飲み物をご用意しましょう」
と、俺の後ろで待機していたリジェが告げると、果実兵達が温かい飲み物を運んでくる。
「どうぞ皆さま。このハーミト村の特産品のお茶です」
「お、おお、これはありがとうございます」
果実兵がテーブルの上にお茶を置いていき、後ろで構えを解いた従者達にもお茶を差し出す。
「あ、いや。我々は護衛ですので、お気持ちだけで結構です」
従者がお茶を断ると、果実兵達はあからさまにがっかりしたように肩を落とす。
「す、すみません」
体格のいい大人達が小柄で人形の様な果実兵に謝っている姿はちょっとコミカルだ。
「ほうっ、これは!」
そんなやり取りの中で、お茶を口にしたスルフィンが目を見開いて浮き立った声をあげる。
「いやこれは見事なお茶です。これほどのものは貴族御用達の店でもなかなかお目にかかれませんよ」
「喜んで頂けて何よりです良ければお土産に少し包みますか?」
「よろしいのですか!? あ、いや失礼。わたくしお茶に目がないものでして」
茶葉が貰えると聞いて喜んだスルフィンだったが、すぐに身を正して話を戻す。
「えー、どこまで話しましたかな。ああそうそう。騎士団の予算削減でしたな。カンヅラ子爵は賄賂の費用を捻出する為に、騎士団の出兵費用に手を付けた訳です。ただ、それは領内の治安と引き換えです」
領内の治安、ゴブリンが増え過ぎた事で、森に入れなくなったカッツ達の事を思い出す。
「はじめの内は領民の努力と、冒険者ギルドへの依頼でなんとか回っていたのですが、それでも平民達に出せる予算には限度があります。増税のうえ自費での村落防衛ともなれば、どうしても原因を解決する事は出来ません。そうこうしている間に、人が入れなくなった深山部で魔物が人知れず増殖し、ついに先日人里を巻き込む形での大騒動に発展したのです」
「……つまり、全部領主が原因だったって事ですね」
「……お恥ずかしい事ですが」
スルフィンさん達が青い顔で汗をかきながら事実を認める。
領主がやった事を憂う顔はとても演技には見えない。
役人にもまともな人が居るんだな。
「更に今回は一部の魔物の群れの討伐を意図的に行わず、進行方向にあった町や村がいくつも壊滅すると言った暴挙も行っております。さすがにこれは見過ごせないと、王国は私を領内に派遣し、実情を調査する事になったのです」
スルフィンさんは顔色を更に青くしながら、領主の館で見つけた多くの不正について説明する。
「結果、王国はカンヅラ子爵家の爵位を剥奪を決定。また多くの不正を行っていた事、領民を見捨てて保身に走った事を理由に当主と不正にかかわった者全員の処刑を決めました」
「処刑……ですか?」
「はい。処刑です。あまりにも被害が多過ぎたこともあって、処刑は王都ではなくこのカンヅラ子爵領内で行います。こう言っては何ですが、被害に遭った領民達の怒りをカンヅラ子爵の処刑で発散させると、そういう事ですね」
「成る程……そうですか」
そうか、領主が処刑されるのか。
あの日、俺の村を見捨てた領主が、大勢の人達の救いを求める声を無視し続けた領主が、遂に……
「……」
「つきましては、今回の件で発生した難民を救ってくださったセイル殿に、このハーミト村周辺の自治権を認める事としました」
「……え?」
「先ほどの管理者についての話ですよ。セイル殿の活躍は素晴らしく、王国は貴方に報いる為にこの村の自治権を認める事にしたのです。実質的な領主のようなものです」
「俺が領主!?」
「ええ。ただ色々としがらみもありまして。結果的にとはいえ、貴族がしでかした前代未聞の不始末の尻ぬぐいをすることになった貴方を貴族にしたら、それはそれで問題の種になると議会が割れたのです。その結果、自治権を持った土地の管理人とする事が決定したのです。権限から言っても、実質的な領主ですね」
「い、いやいやいや、俺が領主なんて無理でしょ!? 俺は碌な学もない平民ですよ!?」
「ええ、それは我々も存じております。だから管理人ですよ。純粋な貴族ではないので、領内の経営をする必要もなく、社交界や儀式などに参加する必要もありません。そうした仕事は新たにカンヅラ領を治める貴族が行います」
「いやだったら村の管理もその新しい領主様が行えばいいじゃないですか!?」
と、俺が言うと、スルフィンさんは物凄く微妙な表情を見せる。
「我々もそれが出来ればよかったんですが、この村が少々大きくなり過ぎたのが問題でして」
「村の大きさが?」
「はい、この村は複数の町や村から逃げてきた人々で溢れかえっております。それはもうちょっとした都市レベルで」
言われてみれば、やってきた難民達の為に用意した家は既に町と言える程の広さになっている。
「しかも町はこの短期間で信じられない程発展しています。この状況で今更ノコノコとやってきた国の人間が、廃墟になった町に戻れなんて言ったら、それこそ暴動が起きます」
「あー……」
確かにそうかもしれない。
というか俺だって同じことを言われたら怒るだろうなぁ。
「ですので、貴方には実質的な領主となっていただいて、この村を管理してもらいたいのです。もちろん国からの補助金は出ますし、国からは法衣子爵相当の年金が出ます」
「年金ですか?」
確か領地を持たない貴族が国から貰えるお金だっけ。
「ええ、年間で金貨1000枚です」
「金貨1000枚!?」
おお、平民からすれば結構な金額だぞ!?
「今回の件では国王陛下も貴方には迷惑をかけたと心を痛めておいでです。管理人への任命は、王国からの言葉に出来ない詫びと思ってください」
「詫びですか?」
「ええ、今回はカンヅラ子爵が色々とご迷惑をかけましたので、そのお詫びです。貴方が管理人となる事で、今後他の貴族も貴方とこの村に手出しが出来なくなります。土地の管理人は貴族の権力を持った代官と言うべき存在ですので、貴方に手を出すと言う事は、貴族同士で争いを起こすも同然。そのような事になった場合、即座に国が仲裁に乗り出します」
なるほど、国は領主が俺の村にちょっかいをかけてきた理由を把握している訳だな。
けど俺に手を出せなくするって事は、領主の様に無理やり世界樹を奪う気はないって事か。
管理人への任命は、その保証ってところかな?
「そういう訳で、これから頑張ってくださいセイル殿」
「え?」
「こちらがもろもろの書類となりますので、サインをお願いいたします。あ、文字は読めますか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「では書類の内容を確認しましたら、こことここにサインを」
「は、はい」
こうして、俺は村の管理人という名の実質的な領主に任命されたのだった。
「ああそうそう。先ほどの茶葉なのですが、よければ今後も個人的に売っては戴けませんか?」
「え? あ、はい。良いですよ」
「おお! ありがとうございます!」
スルフィンさんが満面の笑みで感謝の握手をしてきた。
うー、この人意外とちゃっかりしてるなぁ。
◆
「お兄ちゃんおめでとうございます!」
「「我が王、おめでとうございます」」
「「「「!!」」」」
スルフィンさん達が帰った後、ラシエル達が俺の管理人就任を祝ってくれた。
「これで我が王も国を持つ王となりましたね!」
「いや管理人だから」
領主代理みたいなもんだし。
「それでも我が王が出世されたのはめでたい事かと。そして着実に力を貯めてこの国を乗っ取りましょう!」
「乗っ取らない乗っ取らない!」
物騒な事を口にするなっつーの!
「でも本当にお兄ちゃんの活躍が認められてうれしいです!」
ラシエルが喜びに顔をほころばせるが、どちらかと言うと……
「皆のお陰だよ」
そうだ。この出世は皆が居てくれたおかげだ。
「皆が協力してくれなければ、俺一人じゃ何もできなかったよ」
だから俺は、この言葉を皆に告げる。
「ありがとう、皆」
俺は、皆に感謝の言葉を告げる。
何も差し出す事の出来ない俺に出来るのは、感謝の心を言葉にするくらいだ。
「「っ!?」」
「うぉっ!?」
と思ったら突然リジェとカザードがボロボロと泣き出した。
「な、何だどうしたお前等!?」
「も、もったいなきお言葉!」
「我が王より感謝の言葉を賜れるとは! このカザード感激でございます!」
「「「「っっっっ!!」」」」
やたらと感激した二人が涙を流しながら喜び、果実兵達は喜びを示しているのか、何やら奇妙な踊りを踊っていた。
「……」
そして、ラシエルは一人、光っていた。
「……って、光って!?」
ラシエルはどんどん光っていき、更に部屋の壁も眩く輝いてゆくと、世界樹が振動を始めた。
「な、なんだ!? 樹が光ってるぞ!?」
「な、何? 何なの!?」
「き、樹が揺れてる!?」
外から難民、いや村民達の動揺する声が聞こえてくる。
どうやらこの光と揺れは世界樹全体に広がっているみたいだ。
って、落ち着いて考えている場合かーっ!!
「お、おおおっ!?」
そして眩い光が収まった後には、何事もなかったかのような静寂だけが残っていた。
「ふぅっ」
いや、もう一つ。
俺の目の前に、一人の少女が立っていた。
年のころは14と言ったところか。
さすがにもう驚かない。
俺にはこの少女が誰なのか分かっているからだ。
「ラシエルなんだな?」
「……はい!」
大きくなったラシエルが、俺の胸に飛び込んでくる。
「お兄ちゃんの感謝の気持ちを受けて、私も成長できました!」
ラシエルは大きくなったにも関わらず、子供の様に俺に甘えてくる。
その姿を見て俺は、もし妹が成長したら、きっと今のラシエルのように育ったのだろうなと内心思った。
「成長おめでとうラシエル」
「おめでとうございますお母様!」
「成長おめでとうございます母上」
「「「「!!」」」」
リジェにカザード、それに果実兵達もラシエルの成長を喜ぶ。
「ありがとうございます皆!」
◆国王◆
玉座の間で、余はスルフィンからの報告を聞いていた。
「という事で、セイル殿は無事管理者になる事を受け入れてくれました」
「うむ、大儀であったスルフィン」
「もったいなきお言葉」
フルフィンが深々と頭を下げる。
これで懸念が一つ消えたか。
「それで、かの村はどうであった?」
余は仕事を終えて安心しているスルフィンに問う。
するとスルフィンの顔がかすかに青くなった。
「正直申しますと、死ぬかと思いました」
「ほう?」
これは珍しい。
国の名代として様々な危険地帯に出向くスルフィンをして、死を覚悟させるとは。
「かの村はほんの数日で城塞都市と呼べるほどの施設を備え、いかなる手を使ったのか、難民達の暮らす家が立ち並んでいました」
「「「なんと!?」」」
村の様子を聞いて、大臣達が驚きの声を上げる。
確かに驚くべきことだが、そこにあるモノの存在を知っていれば、それも可能なのだろうと納得も出来る。
「村には軍隊の様に規律正しく活動する魔法生物の様な生き物が村を警護しており、下手な間諜が入ればたちまち捕まるでしょう」
「なかなか厳重であるな」
「何より恐ろしかったのは、セイル殿の護衛です。彼らは私がセイル殿の機嫌を損ねると、まるで首筋に刃物をあてるかのような凄まじい殺気を浴びせかけてきたのです。それもセイル殿には全く気付かれない様に我々にだけ」
敵にだけ感じさせる殺気か。
余には分からんが、スルフィンがここまで怯えるのだ、相当な使い手と言う事だろう。
「生きて帰れたのは奇跡、いえセイル殿にその意思が無かったからでしょう」
ふむ、やはり一筋縄ではいかぬ相手という事か。
「あい分かった。そなたはしばし羽を休めるといい」
「はっ」
スルフィンが退出すると、大臣達が言葉を発する。
「よろしかったのですか陛下?」
「何がだ?」
余はあえて質問の意味を分からぬふりをする。
確かこの者は先代である父から代替わりして間もなかったな。
「平民を、貴族とした事です」
「貴族ではない。管理者だ」
そう、貴族ではない。
「ですが、その権限は実質貴族です。なにより、管理者などという役職自体、今回初めて陛下御自身がお作りになられたものではないですか」
「良いのだ」
余は大臣にはっきりと告げる。
「あの土地は、いやあの樹は誰の手にも触れさせてはならぬ。あれは世界樹。この世の始まりからあった樹であり、この世の全てを産み出す母なる樹だ」
「ですが本当に世界樹なのですか? ただの大木をそれらしく言っているだけでは?
そもそも世界樹など実在するのですか?」
余の言葉に懐疑的なあの大臣は、まだ親の後を継いでまだ5年だったか。
王の言葉は絶対だ。それが間違っていようともな。それが分からぬとはまだまだ若いな。
「あれは本物だ。その証拠に、教会が動いておる」
「教会が!?」
神聖教会。この世界を産み出した神々を信奉する教会の総元締めだ。
「連中が動くと言う事は、世界樹が本物である証拠であろう」
「ならば猶更わが国で確保するべきでは?」
「その結果、カンヅラ元子爵の様に、手痛い反撃を喰らうつもりか?」
「国の騎士団を動員すれば勝てるかと」
ははっ、やはり青い。
「その結果、教会が世界樹保護の大義名分を得るぞ。一国家の横暴を許す訳にはいかんと言ってな。そうなれば教会の要請に乗るふりをして、他国も世界樹を求めて我が国に侵略を始める」
「っ!?」
世界が敵に回ると聞いて、大臣の顔が青くなる。はっはっはっ、これではまだ先代を超える事はできんな。
「だから管理人が丁度よいのだ。国に属しつつも、国に支配されない存在として尊重していると外に見せれば良い。我々はかの村と世界樹の恩恵を取引するだけで、各国に先んじて利益を享受する事が出来るのだ」
「な、なるほど、そこまでお考えでしたか! さすがは陛下!」
やれやれ、それはお主等が考える事なのだがな。
他の大臣達も、こやつの脇の甘さに苦笑しておるわ。
「そういう事だ。国内の貴族全てに通達せよ。ハーミト村に手を出すことは余が許さんとな!」
「「「はっ!」」」
大臣達が去り、護衛だけとなった謁見の間で余は一人呟く。
「かの村にある世界樹が本物ならば、アレが手に入る筈」
そうだ、アレを手に入れる為にも、世界樹を敵に回す訳にはいかぬのだ……
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