第25話 愚か者の末路

 ◆カンヅラ子爵◆


「なんだあの光は!?」


 その日、ようやく領内で暴れまわっていた魔物の大半が討伐された事で、先送りになっていた廃村への再侵攻を行おうとしていた儂は、空へ上ってゆく謎の光の柱を見た。

 家臣達は神の怒りだ、なんらかの大魔法ではないかなどと慌てて調査に向かった。

 その結果、驚くべきことが判明した。


「『武器封じ』が討伐されただと!?」


 なんと数日前の光の柱の正体は『武器封じ』を滅ぼす為に使われた大魔法だと分かったのだ。

 ただし、それを行ったのは例の廃村の者達だと言う。


「信じられん! 我が騎士団の魔法使いですら歯が叩かなかったのだぞ! それを何故廃村の反逆者達に討伐出来たのだ! これでは……次にその魔法で滅ぼされるのは儂等になってしまうではないか!」


 不味いぞ。このままでは儂の実が危ない!

 

「落ち着いてください旦那様。この状況、悪い事ばかりではありませんぞ」


 と、トマスンがおかしなことを言いだした。

 こやつ、恐怖のあまりおかしくなったのか?


「悪い事ばかりではないだと!? どこがだ! どう考えても問題しかないではないか!」


「旦那様、よく考えてください。それほどの魔法を使えるのなら、何故先の進軍で敵はその魔法を使ってこなかったのかを」


「ぬ? どういう意味だ?」


「おそらくですが、件の大魔法は準備に時間がかかるのだと思われます」


「何っ!?」


「増殖する『武器封じ』の集団は当家の誇る騎士団でも容易に倒せぬ相手でした。それを討伐したと程の魔大魔法ともなれば、術を行う為の準備、威力を増幅されるための触媒、何より術者の負担が非常に高いと思われます」


 ここでトマスンは言葉を一旦言葉を切る。


「本来は我等の騎士団を迎撃する為に準備していた、文字通りの奥の手だったのでしょう。しかし『武器封じ』の群れという予想外の敵を相手に切り札を出さざるを得なかった。であれば、この今の敵は旦那様が想定していた通り、消耗している筈です。場合によっては切り札を使う事も出来ないでしょう」


「成程、確かにそれだけの力、そう何度も使えないのが道理か!」


 ふははははっ! 冴えているではないかトマスン!


「ようし、すぐに再侵攻をかけるぞ! 念の為、連中が再度大魔法を使ってきても良い様に冒険者共を矢面に立たせるのだ!」


「はっ、では冒険者ギルドに人員の募集を書けることに致します。ああそうでした。そういえば今回の大規模討伐の件で、冒険者ギルドから冒険者の死者数が多過ぎだとに苦情が来ておりましたがいかが致しましょうか? 上層部に金を与えて黙らせますか?」


「何だと? ふん、そんなものは無視してしまえ。所詮連中などいくらでも替わりのいる人足に過ぎんのだ。文句を言うなら領内での活動を禁ずると脅しておけ」


「はっ」


 まったく、平民ごときが貴族に文句を言うとは何事か。

 これだから世の中を知らぬ愚か者は手におえんのだ。


「さぁ、今度このあの果物を儂の物にしてやるぞ!」


 ようやくあの果物が手に入ると思うと、笑いが止まらんわ!

 あれがあれば、王族ですら儂に配慮せんわけにはいかんだろうからな!


 だが、そんな儂の考えは、予想外の出来事によって妨害される事になる。


「冒険者共が依頼をうけんだと!?」


「それが、今回の大規模討伐で危険な前線に出された事に不満を持った冒険者達が、他の領地に出て行ってしまったそうなのです。その所為で冒険者ギルドにはほとんど人が残っていないのだとか……」


「なんだそれは!?」


 なんと恩知らずな連中だ! 得体のしれん流れ者の分際で! 誰のおかげで我が領地で働らく事ができたと思っているのだ!


「馬鹿にしおって! 二度と我が領地で冒険者に仕事はさせんぞ!」


「し、しかしそれではこれまで冒険者が担っていた魔物討伐や雑務が滞ってしまいますぞ」


「それを考えるのがお前の仕事だろう! ええい、そんなくだらない事はどうでもいい! あの廃村を制圧するのが先だ!」


「はっ、しかし冒険者が居ないとなると、いざという時の盾となるものが……」


 と、そんな時、ドアがノックされて家臣が入ってくる。


「旦那様、中央からの手紙です」


「何? 中央からの手紙だと?」


 儂は家臣から手紙を受け取ると、中身を確認する。


「こ、これは!?」


 儂は手紙の中身を見て愕然とする。

 

「どうなさいましたか?」


「……此度の魔物の大量反乱と『武器封じ』の群れによる町の壊滅、そして天へと上って行った光の柱について調査にくるとの事だ」


「何ですと!? 『武器封じ』による町の壊滅はほんの数日前の事ですぞ!? いくらなんでも中央に情報が届くのが早すぎなのでは!?」


 トマスンの言う通りだ。これは明らかに速すぎる。

 まるで最初から領内の事を見ていたかのような速さではないか!


「まさか、あの村を狙っている者達が中央に告げ口をしたのか!?」


 あり得る。儂があの果物を入手する目前まで来た事で、慌てた者達が中央を巻き込んだのであろう。


「ど、どうなさいますか旦那様!? この状況で中央の監査が来れば、どのようなお咎めをうけるかわかりませんぞ!」


「そんな事は言われんでも分かっておる! あの村だ! あの村を急ぎ制圧して例の果物を確保するのだ! あれさえ手に入れば、監査を黙らせる事などたやすい! 全軍を率いてあの村を攻め落とせ! 中央の監査の足止めもしろ!」


「か、かしこまりました! 現在動ける全ての兵を廃村に向かわせます! 監査に関しては、峠と橋が魔物によって破壊されたという名目で封鎖いたします!」


「うむ、急ぐのだ!」


 いかん、いかんぞ! 何としても時間を稼がねば!


 ◆


「アイツ等また来たな」


 『武器封じ』の群れを討伐して数日後、また領主の軍が攻めてきた。


「ですが今回は妙に慌てていますね。兵の統率が執れていません」


 リジェがつまらなさそうに言いながら、果実兵達に指揮を出す。


「この程度なら全力で戦わずとも、部隊の指揮を執る者を打ち取ればすぐに烏合の衆になるます」


「成程、では早々にお帰り願おうではないですか」


 と、杖を構えたカザードが魔法をぶっ放した。


「「え?」」


 そして騎士団の最奥で小さな光が破裂する。

 すると騎士団の動きが止まり、慌てて撤退して行った。


「はははっ、確かに簡単に逃げて生きましたな」


 笑いながら撤退する騎士団を眺めるカザード。


「って、なにを勝手に攻撃しているのです! 防衛戦は私の領分ですよ!」


「はははっ何、効率的に事を済ませられるなら、それに越したことはないでしょう。それに私と貴方は同格の果実将。貴方の命令に従わないといけない理由もありませんからね」


「なっ!? ななな! なんですってぇー!」


 おや、同じラシエルの子供だから仲がいいと思っていたんだが、意外とそうでもないのか?


「こらーっ! 二人とも喧嘩は駄目ですよー!」


 大喧嘩が始まるかと思ったら、ラシエルが乱入してきた。


「「すみませんお母様/母上」」


 そして綺麗な土下座で争いは終結した。

 しかしあれだな。カザードという新しい果実将が生まれた事だし、今後は今回の様に命令系統が混乱しない様にしないといけないな。


「リジェ、カザード」


「はい」


「何でしょうか我が王」


 額が地面に付く勢い、というか実際に付けながらラシエルに謝っていた二人が顔を上げる。


「今後の部隊の指揮について話したいんだが」


「おお、有能な私に全権を委任して頂けるのですか?」


「そ、そんな筈ないでしょう! 私はずっと前から我が王を支えてきたのですよ!」


「はははっ、それは人材不足だったからでしょう? ですがこれからは私という最も有能な将が……」


「リジェ! カザード!」


「「申し訳ありませんお母様/母上」


 うん、もうこのまま進めてしまおう。


「あー、今後の指揮についてなんだが、リジェを総大将にしてカザードにはその下についてもらおうと思うんだ」


「な、何ですってぇぇぇぇぇっ!!」


「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 2人が対照的な反応で同時に声をあげる。


「な、何故ですか我が王! 私はつい先ほども大活躍したではありませんか!」


「ふっふっふー。見苦しいですよカザード。我が王の言葉は絶対なのです!」


 カザードが信じられないと声を荒げ、リジェは完全勝利と満面の笑みを浮かべている。


「いや、カザードは魔法の専門家だろ? だったら戦いの指揮よりも魔法関連の仕事に専念して欲しいと思ってさ」


「つ、つまり私の素晴らしい魔法の冴えを見込んで、という事ですか……?」


「ん? まぁそうなるのかな」


「成程! 肉弾戦しか能の無い誰かさんとは違い、私は戦いも魔法も出来る有能な果実将! ならば戦いはそれしか取り柄の無い方に任せるのが道理というものですね! いや私が有能過ぎる所為で引く手あまたで、それしか取り柄の無い方は仕事の種類が無くて楽ですねぇ!」


 意外とチョロイなコイツ。


「ふふふ、喧嘩を売っているのですね。よろしい、では戦争です」


 おっと、連続で煽られた事でリジェがブチ切れそうになっているぞ。


「こらー! ケンカは駄目だと言ったでしょー!」


「「申し訳ございませんお母様/母上」


 うん、とりあえずこれで丸く収まったかな。


「あとは領主の方だが……」


 と、領主の今後の動きを懸念していた俺だったが、その心配は予想外の出来事によって解決されると後で知る事になるのだった。


 ◆カンヅラ子爵◆


「指揮官が全滅だと!?」


 廃村を攻める為に送り出した騎士団が予想外の速さで戻ってきた事で、村を早々に制圧したと喜んだ儂だったが、戻ってきた騎士の報告に儂はイスにへたり込む。


「ど、どういう事だ!?」


「そ、それが、戦いが始まってすぐに村から魔法が放たれ、指揮官以下部隊長が全滅、残ったのは小隊長クラスの指揮官のみて、とても戦力を維持する事が出来ず撤退するしかありませんでした」


「に、逃げ出して来たというのか!? 儂の騎士団が!? 碌に戦いもせずに!?」


 儂は怒りのあまり、眩暈がしてきた。


「す、すぐに別の指揮官を用意して攻撃を再開しろ!」


「無理です旦那様。今回の襲撃では領内の主力の全てを投入しております。つまり軍団の指揮が出来るものも全員です」


「そ、それはどういう意味だトマスン」


「つまり、この戦闘で部隊指揮の出来る将官は全滅してしまったという事です。これでは騎士達の言う通り、組織だった戦闘は不可能です。今後の領内の防衛を考えると、実質壊滅状態に等しいかと……」


「な、なんだと!?」


 我がカンヅラ家の騎士団が、壊滅だと!?


「ま、まだだ! 正面から全面攻撃をするのだ! それなら指揮など気にする必要もない!」


「旦那様、いくらなんでもそれは無茶です」


「ええい! 無茶でもやるのだ! 出なければ我がカンヅラ家は破滅だぞ! いいか! 監査が来る前になんとしてでも……」


「大変です旦那様! 中央からの使者と名乗る方々が屋敷に乗り込んできました!」


 慌てた様子で部屋に飛び込んできたメイドが、信じられない事を口にする。


「な、何だと!?」


 乗り込んできた!? まさか儂が妨害をしていた事がバレたのか!? だとしても早すぎる!

 どうすれば! 一体どうすれば! このままでは我がカンヅラ家は破滅だ! 破め……っ!!


「しゅ、出陣だ! 儂自ら指揮を執る! 急げ! 急いで屋敷を出るのだ!」


 そうだ! あの廃村と闘う為に儂は留守にしているという事にすればいい!

 それなら監査の追及を少しでも逃れる事が出来る!


 その間にあの廃村を滅ぼしてくれるわ!

 だが、その決断は一歩遅かった。


「そこまでですカンヅラ子爵」

 突然執務室に、複数の男達が侵入してくる。


「な、何者だ!?」


「私は中央の命により、カンヅラ子爵家の調査にやってきたスルフィン男爵です」


 スルフィンと名乗った男は、一枚の書状を取り出して言った。


「カンヅラ子爵領で発生した魔物の大量発生、および複数の町が壊滅した件と、謎の光の柱について調査に参りました。またカンヅラ子爵、今回の件で貴方には領主の役目をおろそかにした嫌疑が持たれています。大人しく我々の調査に協力してもらいましょうか」


「な……っ!?」


 終わった。監査がここまで来てしまった。

 これではあの村の果物を賄賂に報告内容の改ざんを頼む事が出来なくなってしまうではないか!


「わ、儂は、儂は……」


 このままではこれまでばら撒いてきた賄賂が無駄になってしまう!

 出世のための努力が無駄に……!?


「儂はぁぁっ!?」


 逃げなければ! あの果物だ! あの果物さえ手に入れればまだ!


「取り押さえろ!」


「「「はっ!!」」」


 男爵の従えていた従者達が儂の体を乱暴に床に抑え込む。


「ぐうぅっ! は、離せ下郎! 儂を誰だと思っておる! 男爵ごときが子爵の儂に手を出すなど、無礼にも程があるぞ!」


 そうだ! 貴族において爵位の順位は絶対! 下位の男爵が子爵の儂に逆らうなどあってはならん!


「残念ですが、この書状は王家からの命令です。私はそれを運んできた使者に過ぎません。つまりこれから行われる調査は王家の名において行われるのです。それから逃げ出すと言う事は、王家に逆らうと言う事ですよ、カンヅラ子爵殿?」


「な、お、王家!?」


 王家の命令だとぉ!?


「さて、それでは、この領地で行われた全ての行いを白日の下に晒すとしましょうか。カンヅラ子爵殿」


 男爵の命令を受け、従者の男達が室内の漁り始める。

 

「や、やめ……」


「男爵様、こちらの隠し棚に不正なもみ消しの書類が」


「こちらの決算報告書ですが、中央に送られた金額と明らかに数字が違います」


 この部屋だけでなく、屋敷内に隠された多くの証拠が瞬く間に集められてゆく。


「やれやれ、ちょっと探しただけでこれとは、全ての証拠が揃ったらどれだけの罪状になるのでしょうね。カンヅラ子爵、これは爵位没収だけでなく、死罪すらありえますよ」

 

「爵っ!? 没っ!? 死!?」


「だ、旦那様!? お気を確かに!?」


 爵位没収、死罪、そのあり得ない言葉の羅列に儂は頭が真っ白になり、そのまま意識を失ってしまったのだった。

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