第23話 世界樹の真価

 果実兵達と入れ替わるように、村からやって来た果術兵達が合流する。


「よし、一斉攻撃!」


「「「「!!」」」」


 数が増えて、先ほどよりも密度の増した魔法の斉射が『武器封じ』の群れに放たれると、『武器封じ』達が次々に倒されてゆく。


「よし、これを続ければいけそうだな!」


 厄介な『武器封じ』達だが、魔法は普通に効くからな。

 このまま攻撃を続ければいずれ勝利できる……と思ったんだが。


「なんか全然数が減ってる気がしないぞ?」


 既にかなりの数の『武器封じ』が果術兵達の攻撃で倒されているのだが、一向に『武器封じ』達の勢いが衰える気配は無かった。

 おかしいな、『武器封じ』自体は魔法さえ使えれば、それほど苦戦する相手じゃない筈なんだが?


「そもそも規模が桁違いですからね。以前戦ったゴブリンの集落よりも数が多いですよ」


「ゴブリンの集落よりも!?」


 おいおいマジか!? あの時のゴブリン達も相当な数が居た筈だぞ!?


「更に悪い知らせです。植物達から『武器封じ』の数が急激に増えだしたとの事です」


「『武器封じ』の数が増えた!?」


「ええ、我々が討伐する以上の速度で増えていると」


 なんだそりゃ、それじゃあいくら倒しても意味がないじゃないか。


「っていうか、『武器封じ』に高速で増殖する能力なんて無かったと思うんだが……?」


 一体どういうことだ?


「我が王『武器封じ』は通常どれくらいの規模の集団で行動するのですか?」


 と、皆を下がらせながらリジェが『武器封じ』の生態について聞いてくる。


「ん? そうだな。武器が効かない厄介な連中だから、見つけたら数が増えない様にすぐに討伐しろって冒険者ギルドからは注意されているな。だから見つけても一、二匹程度で、そもそも集団になる事自体が珍し……まさか!?」


 そこで俺はある考えに至る。


「私も同じ考えです」


 つまりそれは……


「「武器封じ達の中にキングが居る!」」


 な、なんてこった。ゴブリンキングに続いて『武器封じ』……アイアンイーターキングが出るなんて……


「数が増える事自体が稀というならば、『武器封じ』のキングが高速で同族を増やす特殊な力がある事を誰も気付かなかったという事でしょう」


「最悪じゃねぇか」


 魔法しか通じないのに、更に高速増殖とか最悪だろ。


「……リジェ、果術兵を増やして『武器封じ』の群れとキングを倒せるか?」


「『武器封じ』が増殖し始めたのは、果術兵の一斉攻撃が始まってからだそうですので、我々が撤退すれば『武器封じ』の増殖速度も落ちるでしょう。そしてその間に果術兵を相手の増殖速度を上回る数まで揃えれば倒せると思います。敵も無限に増殖できる訳ではないでしょうから」


「ならこれ以上の攻撃は中止だ。幸い敵の誘導は成功しているし、後はコイツ等を撒いて村に帰還。急いでラシエルに果術兵を増やしてもらおう」


 村から引き離す事にこそ成功したものの『武器封じ』のあまりの数の多さに、俺達は撤退を余儀なくされたのだった。



「ラシエル!」


 村に戻ってきて早々、俺はラシエルを呼ぶ。


「はい、なんですかお兄ちゃん?」


 ラシエルがいつも通りニコニコと笑顔で俺の元へとやってくると、俺はラシエルを抱きかかえながら果術兵を増やして欲しいと頼む。


「武器封じに対抗する為、果術兵を沢山実らせてほしいんだが、出来るか?」


「はい、任せてください!」


 ラシエルがドンと胸を叩くと、枝に何十体もの果術兵が実ってゆく。


 正直ラシエルの負担が心配だが、気にしすぎるあまり世界樹が襲われては元も子もない。


「あとは果術兵が十分な数まで増えるのを待つだけか。それまで『武器封じ』がこの村に気付かないでいてくれると良いんだが」


 そんな事を考えながら次々に実る果術兵を見ていた俺に、リジェが難しい顔で近づいてきた。

 なんだか嫌な予感がするなぁ。


「我が王、悪い知らせです。先ほど誘導した『武器封じ』の群れですが、突然この村に進路を変えたとの事です」


「何だって!?」


 何でまたこっちに進路を変えたんだ!?


「まさかまた領主の差し金か?」


「いえ、植物達からはそういった報告は入っていません。恐らくですが『武器封じ』達が独自の感覚でこの村に餌になるものが大量にあると感じ取ったのでしょう」


「餌になるもの?」


 俺は防壁の上から村を見下ろす。


 作ったばかりの畑、ラシエルが用意してくれた食料の詰まった倉庫。逃げてきた難民達。それに……


「まさか……世界樹を狙って来たのか!?」


「可能性は高いですね。なによりこの村には大量の難民が居ますので、お母様が居なかったとしても狙われた可能性は高いかと」


 不味いな。村が狙われたとなると、もう一度誘導しても効果は薄いだろう。


「もう一度誘導するしかないか」


「分かりました。果術兵達を数名囮に出します」


 再び果馬兵に乗った果術兵達が出撃していく。

 武器での攻撃が通じないので今回は俺達も留守番するしかない。

 現場で戦う果術兵達には大変申し訳ない思いだ。


「果術兵が攻撃を開始しました」


 リジェの言う通り、『武器封じ』の近くで魔法と思しき光や炎が生まれる。

 更に一定時間おきに新たに生まれた果術兵達が村から出撃していく。


「どうだ?」


 俺は『武器封じ』が進路を変えてくれる事を祈ったが、『武器封じ』の動きが変わる様子は見られない。


「駄目ですね。こちらの陽動に応じません。完全に村を目指しています」


「なんてこった!」


「目先の小銭よりも、その先の大金を狙ったという所でしょう。正直領主軍よりも『武器封じ』の方が手ごわいと言わざるを得ません」


 訓練した騎士団よりも、野良の魔物の群れの方が怖いとは皮肉だ。

 だがこれは不味い。このままじゃ、果術兵を揃える前に村に到着されちまう。

 

 どうすればいい? まず村の皆を避難させる、それはいい。

 だがラシエルはどうする? 世界樹の聖霊であるあの子はここから逃げられない。

 他に何か良い手はないか?


 ……駄目だ。そもそも俺は剣を振り回すことが取り柄のただの冒険者。

 起死回生の策も使えないし、『武器封じ』を倒せる魔法も使えない。

 仮に魔法を使えたとしても、これだけの規模になった戦いじゃ大した役にも立たない。

  

「考えろ。今までにも俺一人じゃどうにもならない事態はあった……ん? 俺一人じゃ?」


 と、そこで俺は顔を上げてリジェや果実兵達を見る。


「俺じゃ無理だった。今も、今までも……」


 そうだ。これまでも何度も俺一人じゃどうしようもない状況ばかりだった。

 だがそれをひっくり返してくれたのは、ラシエルであり、リジェであり、果実兵達だった。

 皆は俺に無い力で、俺の知らない方法で問題を解決してくれた。


「なら、俺が思いつかない方法が、俺では出来ない方法が皆にはあるんじゃないか?」


 俺は果術兵を実らせ続けるラシエルに目を向けると、彼女を呼ぶ。


「ラシエル、ちょっといいか」


「はい? 何ですか?」


 俺に呼ばれた事で、ラシエルが果術兵の増産を止めて……いや背後で続けながらこちらにやってくる。


「なぁラシエル。ここに魔法しか効かない『武器封じ』って魔物がこの村に近づいてきているんだ。そいつはこちらが攻撃すると倒す以上の速度で増える。そんな魔物を村にたどり着く前に倒したいんだが、ラシエルならそいつ等をなんとかできる武器なりなんなりを実らせる事はできるか?」


 俺の質問に、ラシエルの表情が引き締まる。


「私に、お願いですか? お兄ちゃんの方から?」


「ああ、俺じゃあアイツをどうにかするのは無理なんだ。だから、ラシエルの力を借りたい」


「あの魔物をやっつけたら、お兄ちゃんは嬉しいですか?」


「ああ、凄く助かる。出来るかラシエル?」


「っ! はい! 任せてください!」


 俺が頼むと、ラシエルは元気よく返事をする。


「すぐに実らせますね!」


「出来るのか!?」


「任せてください! ふんふふーん」


 なぜかラシエルは、上機嫌な様子で鼻歌交じりに枝を呼び寄せる。


「なんであんなにご機嫌なんだ?」


「我が王が頼ってくださったからですよ」


 俺が不思議がっていると、リジェがそっと耳元で囁く。


「え? でも食料とか果実兵とか、普通にラシエルに頼んでいるぞ?」


「いえ、我が王が本当に困っている時に自分から助けを求めたのは今回が初めてですから」


「え? あ、いやそうなのか?」


 考えてみれば、今まで一人ではどうしようもない困難に突き当たった時は、ラシエルやリジェから解決策を提案され、それを受け入れる形で頼んでいた。

 そう考えると、確かに今回は俺の方から頼んだ形になるのか。


「お母様は我が王のお役に立つ事を何よりの喜びと考えておりますから、我が王が自らお母様に求いを求められた事でとても喜んでいるのですよ」


「そ、そういうもんなのか」


「そういうものなのです」


 ええと、世界樹的な喜びポイントって奴なのかな?


「という訳で、これからも自主的にお母様を頼ってくださいね。もちろん私達にも」


「「「「!!」」」」


 リジェの言葉に同調するように、果実兵達も任せろ! と言わんばかりに胸をドンと叩く。


「あ、ああ。頼りにしているよ」 


「では新しい子を実らせますよー!」


 ラシエルがピョンピョンと撥ねながら、『武器封じ』対策を宣言する。


「新しい子って事は、新しい果実兵を実らせるのか?」


 果術兵に代わる新しい魔法使い戦力を産み出すつもりなのか?

 だがリジェが緊迫した様子でそれを否定する。


「いえ、違いますね。この力の圧縮具合は、兵ではありません」


「え? それじゃあ……」


 兵でないと言う事は……


「お母様が実らせようとしているのは新たな果実将です」


「新しい果実将!?」


 果実将って事は、リジェの仲間って事か!


「けど栄養は大丈夫なのか!? ここ最近は新しい肥料を植えてないし、皆の食料や果術兵を大量に実らせて栄養が減ってるだろ!?」


 ここで果実将まで実らせたら、またリジェを実らせた時の様にラシエルが倒れちまうんじゃないのか!?


「大丈夫ですよお兄ちゃん。栄養なら十分足りています」


 心配する俺に、ラシエルがこちらを向かずに大丈夫だと告げる。


「それって前に埋めたゴブリンキング達の栄養があるからか?」


「いいえ、そうではありません。今の私にはもっと大きな栄養が注がれているのです」


「もっと大きな栄養?」


「はい。村の皆の感謝と祈りの心です」


「感謝と祈りの心!?」


 なんだそれ!?


「私は世界樹。全てを産み出す始原の樹である私の本来の栄養は、世界樹の王であるお兄ちゃんへの民からの感謝の心だったんです」


「な、何だって!?」


 俺への感謝の心!?


「ですが、これまでのお兄ちゃんには民がいませんでした。だから私に注がれる栄養はお兄ちゃんからの感謝の心だけだったので、実りをもたらすには栄養が足りなかったんです」


 確かに、今まで村の住人は俺と、ラシエルから生まれたリジェや果実兵達だけだったもんな。


「だからこそ、これまでは魔物などの形ある肥料が必要だったのです、我が王」


 と、リジェがラシエルに肥料が必要だった理由を補足する。


「ええ、でも今はお兄ちゃんを村長と慕い、感謝する沢山の人達の気持ちが私の体に栄養を与えてくれています」


「それで新しい肥料はいらないと……」


 俺の言葉にラシエルが笑顔で頷く。


「だから心配はいりません。今の私なら、何の問題も無く兄ちゃんを助ける為の新しい力を実らせる事が出来ます!」


 ラシエルはやる気に満ちた顔で枝を見つめると、両手を天に向けて掲げる。


「さぁ、実りなさい。新しい果実将!」


 ラシエルと世界樹が淡く光りを帯び、枝に光が集まってゆく。 


「お、おおお!?」


「なんだ!? 何が起きているんだ!?」


 村の皆が、突然光りだした世界樹に困惑の声を上げる。

 そして光が更に枝へと集まり、小さな実が実る。

 実はどんどん大きくなっていき、光り輝く巨大な実となる。

 更に実は形を変えて人型へと変化をはじめ、ひと際眩しく輝いたと思った瞬間、俺達の前に落ちてきた。


「生まれました!」


 ラシエルの声に応える様に、光が収まってくる。

 

「これは……」


 光が完全に収まった後に残されたのは、一人の若い男だった。

 長い黒髪に片眼鏡をかけたその眼差しはとても知的で、全身を彩るのはまるで執事の様な黒の衣装。

 そしてその手には一本の長い魔法の杖。


「魔法を司る果実将『果術将』ここに参上致しました。ご機嫌麗しゅう母上」


 果術将と名乗った男はラシエルを相手に優雅に頭を下げると、今度は俺の前に跪いてこう言った。


「さぁ、何なりとご命令ください、我が王」


 ここに新たなる果実将、その名も『果術将』が誕生したのだった。

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