第17話 カンヅラ子爵の暗躍
◆カンヅラ子爵◆
「こっ! これはっ!?」
儂の名はカンヅラ子爵。
由緒正しき子爵家の当主だ。
その日儂は、バーダン子爵の屋敷で行われたパーティに参加していた。
そして料理のシメとして出されたデザートの味に、儂は驚愕した。
「素晴らしい! なんと瑞々しい果物だ!」
「この芳醇な香り、まるで香水の様な気品を感じますわ!」
「まるで神話に出てくるアインの実のようだ……体が若返ったかのように軽い!」
「最近具合が悪かったのだが、楽になった気がするぞ!?」
儂だけではない。会場にいる全ての参加者達がこの果物に心を奪われていたのだ。
味、香り、喉越し、全てにおいてこの果物は最高の逸品だった。
そして近頃体調の不安を口にしていた老人達も若々しさを取り戻し、女性達は肌の張りが戻ったとはしゃいでいる。
信じられん、この世にこんな果物が存在していたのか!?
この果物の前には、これまで食べてきた全ての果物が霞んで見える。
「バ、バーダン子爵、これは一体なんという果物なのですか!?」
興奮した貴族の一人が、バーダン子爵を問い詰める。
本来なら礼儀を失した行為だが、皆この果物の詳細を知りたいのか、誰もそれを窘める者は居なかった。
そして当のバーダン子爵もまた、その質問をされる事を望んでいたかの様に寛大な態度を見せる。
いや、実際に臨んでいたのだろう。
「いや、実は私のその果物の詳細は分からないのですよ。懇意にしている商会の方が特別にと譲ってくれた貴重なものでしてね」
バーダン子爵はもったいぶるが、要はこれが欲しければ自分と仲良くしろと言いたいだけだ。
貴族社会ではよくある手管だが、儂はそれを受け入れる事は出来なかった。
何故なら、バーダン子爵は儂にとって不倶戴天の敵だからだ。
◆
「まったく忌々しい!」
屋敷に帰ってきた儂は、いら立ちを隠す事も出来ずにワインのボトルを開ける。
気に入りの酒はボトルを開けた際に放たれる芳醇な香りが人気の逸品だが、あの果物の香りを知ってしまっては全く楽しむ事が出来ない。
「くそっ!」
我がカンヅラ子爵家とバーダン子爵家は、代々続くライバル、いや敵同士だ。
それゆえ両家の人間が会う事は滅多にない。
あるとすればそれは、希少な品を手に入れて相手が悔しがる顔を見る為にパーティを開催する時くらいだ。
「まさかこの短期間であのような品を手に入れるとは!」
前回のパーティで手に入れたサグヴェルの彫刻で奴に差を見せつけたと思ったらアレはなんだ!
「トマスン! バーダン子爵のパーティで出された果物を手に入れろ!」
「はっ。すぐに取引をした商人を特定し交渉を行います」
これまで影の様に控えていた家令のトマスンがすぐに動き出す。
「くくく、すぐに吠え面を書かせてくれるわバーダン!」
だが、儂の期待に反して、トマスンが後日持ってきた報告は忌々しいものだった。
「情報が手に入らんだと!?」
「はっ、バーダン子爵と取引をしてたと思しき商人の特定は出来たのですが、国外から仕入れた商品に件の果物の存在は確認できませんでした。また商店内でもその果物の情報は極秘とされており、恐らく一部の人間以外には果物の情報すら秘匿されている可能性があります」
「たかが果物にか!?」
確かにあの果物はこの世の物とは思えない味わいだった。
だが、いくら何でも情報の秘匿が厳重過ぎる。
「バーダンの差し金か……」
「その可能性は高いかと。既に他の貴族の関係者も商店に接触をとっている模様です」
考える事は皆同じか。
「それだけではありません」
「何?」
「どうもバーダン子爵のパーティが開催される直前、その商店で相当な金額が動いていたようなのです」
「どれくらいだ?」
「金貨数百枚です」
なんだその程度か。
大手貴族のパーティなら珍しい事ではない。
まぁ中級貴族のパーティの金額と考えると少々高い気がするが。
「それが、この金額は使途不明金なのです」
「使途不明金だと?」
「はい。パーティに使う他の商品の金額から差し引いてもつじつまが合わない金額。恐らくは……」
「あの果物の金額か!」
「おそらくは」
信じられん、たかがデザートに……とは言い切れんか。
あれほどの高貴な味わいの果物、それも食べたものが体調の改善を口にするほどの謎の効能。
まるで薬やポーションが形になったかのような果物だと、貴族たちの間で評判になっているくらいだからな。
自らの貴族としての格を主張するなら、あれほど相応しい果物もあるまい。
現にバーダン子爵の名は、今や国中の貴族の間で知らぬ者など居ないほどに有名になった。
もしかしたら国外の貴族にすらその名が知れ渡っているかもしれん。
あの果物を手に入れる為使った出費などすぐに戻ってくる程の利益を得る事が出来るだろう。忌々しい事にな!
「トマスン、なんとしても情報を手に入れろ! 商店を脅しても構わん」
「旦那様、流石にそれは不味いかと。商店には多くの貴族が注目しております。今下手に商店に手を出せば、商店に恩を売る為に国中の貴族が旦那様の敵に回りかねません。既に当家がバーダン子爵のライバル関係である事を利用しようと、屋敷を見張っている者達がおりますゆえ」
「ええい、ハイエナ共が! なら金だ! 金を積んで買い占めろ!」
しかしトマスンは首を横に振る。
「申し訳ありませんが、前回のパーティで予算を使い過ぎました。騎士団の予算も王都への賄賂などに割いてしまいましたし、暫くは贅沢な真似はお控えください旦那様」
「馬鹿を言え! 今動かねば他の貴族家に先を越されるぞ! 金など領民から徴収すればよい!」
「しかし既に税は徴収しておりますが?」
「なんでもいい! 適当に理由を付けて税を徴収しろ!」
「はっ、かしこまりました」
儂からの命令を実行する為に、トマスンが部屋を出ていく。
「やれやれ、融通のきかんヤツだ。民など我等貴族にとって税を差し出すだけの労働力にすぎんというのに」
だが金などあの果物が手に入れば、すぐに取り戻せる。
「あの果物さえ手に入れば、中央への良い土産になる。王家には病弱な姫もいると聞くしな。あの不思議な果物を陛下に献上すれば、儂の覚えもよくなろうというもの」
◆
「ようセイル」
今日は久しぶりにカッツ達が村にやってきた。
ちなみに顔見知りとなった事で、今回は果実兵達も彼らを囲んだりはしなかったらしい。
「やぁカッツ。今日は何の用だ?」
「いやな、お前さん達のお陰で森での狩りが再開できるようになったからよ。改めてその礼を言いに来たんだ」
そういって、カッツ達は背負っていた荷物を降ろす。
「森で獲れた肉や魚だ。良かったら皆で食べてくれ」
「良いのか? そっちの生活も楽じゃないんだろ?」
カッツ達が森での狩りや採取を再開してまだそれほど時は経っていない。
「それでも以前よりはだいぶ楽になったからな。それに食料を分けて貰った礼もある」
「恩を返すには全然足りないが、受け取ってくれ」
「僕達からのお礼の気持ちです」
そういって、カッツ達は俺ではなく果実兵達に食料を差し出す。
うむむ、あんな風にやられたら、果実兵達は素直に受け取ってしまうし、ラシエルやリジェも俺へのお礼ならと受け取る気満々みたいだ。
「悪いな」
「おいおい、お前が言うなよ」
仕方なく手土産を受け取った俺は、せっかく来てくれたのだからと三人にお茶を出して持て成す事にする。
ついでに近隣の情報を知りたいしな。
「そうだな、最近は魔物や盗賊の情報もあまりきかないから、平和なもんだ。税もこの間収めたばかりだから、今は過剰に切り詰める必要もないしな」
ふむ、これと言ってトラブルは無しか。まぁその方がこちらとしてもありがたいが。
「しかしこの茶ってのは美味いな!」
「本当だよ。僕達みたいな平民がお茶を飲めるなんて思ってもいなかった」
うんうん、ラシエルのお茶が好評で何よりだ。
そうして後はお互いの近況や当たり障りのない話題を話しあったあと、カッツ達は外が暗くなる前に帰る事になった。
「そうだ、ラシエル。カッツ達に何か手ごろな土産を用意してやってくれ」
「お土産ですか?」
「ああ、せっかく重い荷物を背負って礼を言いに来てくれたんだからな。何か土産を持たせてやらないと失礼だろう」
せっかく来てくれたんだからな。今後も仲良くしてもらう為に、土産くらい用意してもいいだろう。
まぁ用意してくれるのはラシエルなんだが。
「お土産ですか、何にしましょう?」
「そうだなぁ。食料は貰っちゃったし、適当に果物あたりで良いんじゃないのか?」
「分かりました! お兄ちゃんからのお礼に恥ずかしくないものを見繕いますね!」
「ああ、頼んだよ」
さっそくラシエルと果実兵達は、お土産の果物を実らせるためにカッツ達から見えない場所へと走っていく。
そしてカッツ達が村を出る直前に、袋一杯に入った果物をラシエルが持ってきた。
「お土産です! 皆さんで食べてください!」
「え? 良いのか!?」
カッツが貰ってしまっていいのかと言いたげな顔で俺を見てくる。
「持って行ってくれ。果物だからな。俺達だけじゃ食いきれなくて腐らせちまう」
「おー、見た事もない果物だな! スゲー美味そう!」
「匂いも凄く良い! こんな匂いは初めてだよ!」
珍しい果物を見て、ソロム達は興味津々みたいだな。
「気を使わせて悪いな」
「気にするな」
申し訳なさそうな顔で誤ってくるカッツに、俺は気にするなと告げる。
「それじゃあまたな」
「ああ、またな」
「また来てくださいねー!」
「今度は村で作った小麦を土産に持ってくるぜー!」
「お土産ありがとうございますー!」
帰っていくカッツ達を、ラシエルと果実兵達が手を振って見送る。
「皆さん元気そうで良かったですねお兄ちゃん! ケプッ」
「ああ、本当にな」
ニコニコと嬉しそうに言うラシエルに、俺は同意の笑みを浮かべる。
カッツ達の生活が安定してきたみたいで何よりだ。
……ただ、何故か分からないが、ラシエルが満腹そうな声を上げたのはなぜだろうか?
◆カッツ◆
「しかし良い匂いだなぁ」
セイルの村からの帰り道、ソロムが何度目かの呟きを口にした。
「いい加減にしろソロム。食べるなら村長に届けてからだ」
「分かってるけどよぅ、この匂いは堪らないぜ」
ソロムは村に付くのが待ちきれないと、果物の袋に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。
まったく、仕方のない奴だ。
「でもまぁ、ソロムの気持ちも分かるけどね。こんなにいい匂いの果物は初めてだもの」
「まぁな」
実際、俺だってこの匂いは堪らない。
ソロムが我が儘を言うから、コイツを窘める事で自分を律しているに過ぎない。
「アイツの村でこれを育てているのなら、凄い儲けになりそうだな」
匂いだけでもこれだけ美味そうなんだ。きっと貴族達がこぞって欲しがるぞ。
そんな事を考えていると、やっと村へたどり着いた。
「おっしゃー! やっと村に着いたぜ! 早くこれを皆に配って俺達も食おうぜ!」
何度も繰り返された言葉にうんざりしそうになるが、内心では俺もその意見に同意だったりする。
「あれ? なんか様子がおかしくない?」
最初に気づいたのはエンドロだった。
「確かに、騒がしいな」
村の様子がおかしい。
日も落ちかけてきたというのに、外に人だかりがある。
「けど悲鳴も慌てる声も聞こえないし、魔物や盗賊が襲ってきたって訳じゃなさそうだな」
「「「……」」」
俺達は警戒しつつも、村へと戻ってゆく。
そうして村の広場へ近づくと、騒ぎの原因が見えてきた。
「あれは、役人か?」
そこに居たのは、村へ税を徴収しに来る役人達だった。
「アイツ等が税を取りに来る以外で来るなんて珍しいな」
「いったい何をしにきたんだろう?」
「おーい、何があったんだ?」
俺は近くにいた村の連中に事情を聞く。
間違ってもあの領主の下で働く役人に直接話しかけたくはない。
「ん、カッツじゃないか。帰って来たのか」
「ああ、ついさっきな。それで、何で役人が来てるんだ?」
事情を聞くと、村の連中が暗い顔になる。
「税を徴収しにきたんだとよ」
「はぁ!? どういう事だ? 税はこの前徴収したばかりじゃないか!?
「なんでも、魔物が暴れた所為で街道や橋が壊れかけたから、その修理の為に税が必要らしい」
「橋ってどこの橋だよ!?」
俺達が暮らしている辺りじゃ橋なんてないし、橋がある町まで行くこともないぞ!?
「さぁなぁ。でも領主様の命令だから逆らえねぇよ」
「くそっ、せっかく森に狩りに行けるようになったっていうのによ!」
「おいお前等! それはなんだ!」
その時だった。俺達の会話が聞こえたのか、役人達がこちらにやって来た。
役人達は俺達が持ち帰った果物に目を付けたらしい。
「こ、これは知り合いから貰ったものだ」
「金のない平民に果物だと? 怪しいな、調べてやる」
そういうと役人は袋から果物を奪い勝手に食べ始める。
「ああっ!? 俺の果物!」
役人に勝手に食べられてソロムが悲鳴をあげる。
「むっっっ!? お、おおおっ!? 何だこれは!?」
すると役人が妙な声を上げて夢中で果物を貪り始めた。
「おいお前、何をしてるんだ」
「何だ? 果物か?」
他の役人達も仲間が食べている果物を見ると、自分もと勝手に食べ始める。
「あああっ、酷い、勝手に! せっかく我慢してきたのに!」
ソロムだけでなく、エンドロも悲鳴を上げて役人達を睨む。
「美味い! こんな美味い果物は初めてだ!」
「こんな果物がこの世にあったなんて! まるでこの世の物とは思えない味だ!」
役人達は夢中で果物を貪ると、俺達から袋ごと果物を奪い取る。
「ちょうど良い。集めた金は必要な税にはちっとも足りなかったが、この果物で支払ったことにしてやる」
「ああ、これなら領主様も大喜びだ」
「「「ははははははっ!!」」」
そう言って役人達は笑いながら奪い取った果物となけなしの食料を馬車に乗せると、上機嫌で帰っていった。
「ちくしょう……!」
後に残されたのは、食う者も奪われた俺達村の人間だけだった。
◆カンヅラ子爵◆
儂は苛ついていた。
というのも税の徴収が上手くいっていなかったからだ。
「ついこの間税を徴収したばかりですからな。そもそも出すものも出せないというのが実情でしょう」
「なら税を払えない者は奴隷にしてしまえ! 数人程差し出す様に命じれば税の代わりになろう!」
平民など吐いて捨てる程いるのだ。多少減った所で何の問題もあるまい!
「それよりも例の果物の出どころはまだ分からんのか!?」
「申し訳ございません。そちらは全く情報が入ってくる様子がありません。恐らくは他家の妨害もあるようで」
「言い訳はいらん! 結果を出せ!」
まったく役に立たん奴だ。
「旦那様、お食事の用意が整いました」
そこにメイドが食事の用意が整ったと報告にやってくる。
「持ってこさせろ」
今は食堂に出向く気分ではない。
儂は食事を持ってこさせるように命令すると、すぐにメイド達が食事を運んできた。
「ふん、不味いな」
「も、申し訳ございません!」
メイドが慌てて謝罪するが、理由は分かっている。
税の徴収と例の果物についての調査の結果が芳しくないからだ。
「デザートでございます」
仕方なく腹を満たした所で、デザートが運ばれてくる。
だがデザートと言う言葉は、自動的にあの果物の事が思い出されるために欠片も期待が出来ん。
ああ、あの匂いと味をまた味わいたいものだ……
メイドがデザートの乗ったワゴンを運んでくるが、その光景に全く気持ちが動かん。
だが、皿を覆っていた蓋が開かれた瞬間に漂ってきた匂いに、儂は思わず立ち上がる。
「ど、どけ!」
「きゃっ!?」
メイドを押しのけ、儂は興奮を隠せず蓋を投げ捨てる。
そこにあったのは……
「こ、これだ……!?」
「だ、旦那様?」
そばに控えていたトマスンとメイドが一体何事かと言わんばかりに儂を見てくるが、興奮していた儂はそれどころではなかった。
「これはどこで手に入れた物だ!?」
「は?」
「どこで手に入れたと聞いている!」
「ひっ!」
怯えたメイドが悲鳴を上げるが知った事ではない。
すぐにトマスンが料理長を呼び出し、真っ青な顔になった料理長が息を切らせてやってくる。
「これはどこで手に入れた! 答えろ!」
「こ、ここここれは役人の方が税の徴収で差し押さえたものだそうです」
「税の徴収だと!? どこで差し押さえたものだ!?」
「わ、わわわ私では分かりません!」
儂はトマスンに向き直ると、すぐに命令を下す。
「この果物だ! この果物を買い占めろ! いや村ごと儂の物にしろ! すぐにだ!」
「はっ!!」
儂の様子にただならぬものを感じだのか、トマスンが慌てて部屋から外に出てゆく。
その姿に満足した儂は、心から満たされた気分で椅子にもたれかかり、デザートを口に運ぶ。
「おお、これだ! この味だ!」
まさに至福というに相応しい味が体中を駆け巡る。
これこそあのパーティで食べた果物の味だ!
だが何より儂の心を満たしていたのは……
「まさかあの果物が我が領内で手に入るとはな……」
く、くくくっ、まさかバーダン子爵の手に入れた果物のヒントが、我が領内にあったとは驚きよ。
だがこれぞ好機。それが分かったならば、この果物の出どころも判明したも同然。
「ふはははははっ! 見ておれバーダン! この果物は、儂が独占してくれるわ!」
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