第16話 未知なる果物
貴族からの無茶振りにぼやいていたイブンだったが、その姿には取引を諦めるそぶりはなかった。
ならば、イブンに貸しを作るのもありだろう。
「なぁラシエル、ラシエル達は植物達を通じて色々と知る事ができるんだよな? だったらさ、このあたりの国では手に入らない珍しくて美味しい果物を実らせる事って出来るか?」
俺は自分の思考に潜ってしまったイブンに気づかれない様に、こっそりとラシエルに相談する。
「はい、できますよ!」
ラシエルも俺の意図を察して小声で元気よく答えてくれた。
「すぐに用意しますね!」
するとすぐに果実兵達が見た事もない果物を持ってやって来る。
「なぁイブン、気分転換にこれでもどうだ?」
「む? 果物かい? 見た事もないものだが、この辺りにこんな果物があったかな?」
果実兵から差し出された果物を無造作に口に運ぶイブン。
「……っ!?」
そして果物を口に入れた瞬間、イブンの目が丸く見開いた。
「これなら美食家の貴族も満足するんじゃないか?」
「…………」
だがイブンは果物を咥えたまま硬直して動かない。
「おーい、イブン?」
「ジュル」
と、果物の果汁を吸う音が聞こえたかと思ったら、イブンが再び動き出した。
「モグ、ペロ、ジュル、シャク、モグモグモグモ……はっ!? もう無い!?」
食事を再開したイブンは、よほどその果物が気に入ったのか、あっという間に食べ尽くしてしまった。
「どうだった、お味は?」
愕然とした顔で震えているイブンに、俺はもう一度問いかける。
「セ、セセセセセイル!! ど、どどどこでこんな品を!? 出来るのか!? 用意できるのか!?」
鬼気迫った顔のイブンが詰め寄ってくる。
「「「「!?」」」」
待てリジェに果実兵達。危険そうに見えるけど危険はないから武器は納めなさい。
いやちょっと怖いけど。
「お、おう。いくつ欲しい?」
「用意出来るんだな! そうだな、可能なら50個は欲しい。参加客に行き渡らせたいからな!」
50個か。ラシエルに視線を送ると、大丈夫だと両腕で丸を書いている。うん可愛い。
「良いだろう。用意しよう」
「本当か!? 助かるよ! あの果物なら王都の貴族だって満足させられる!そうだな、一個銀……いや金貨一〇枚でどうだい?」
「きっ!? じゅっ!? ええっ!? マジでか!?」
果物一個で金貨一〇枚!?
いや、それを更に売るんだから、一体いくらになるんだ!?
金貨何十枚で売るつもりじゃないか?
「マジもマジ! この果物にならそれだけ出しても売れる! いやそれ以上でも売れるが、最初から強気すぎる値段だと相手も引くから、最初だけお得意様相手の特別価格の振りをして売る! そしてこの果物にハマったら強気の値段設定で行く! 寧ろその方がブランド価値が出て買ってくれた貴族の箔にもなるからイケる!」
「そ、そういうもんなのか」
「そういうもんなんだよ!」
なんか予想外に大変な事になっちまったがまぁラシエルの果物が認められたと考えれば、鼻が高いと言えるかな?
「それと奇光石も用意できるっていったら欲しい?」
「欲しいっ!! 用意できるのか!?」
「ああ。運よく大量に手に入れる事が出来たのさ。買うより自分で手に入れた物を使う方が安上がりだからな」
実際、ラシエルが夜に外に出る時用と沢山用意してくれたからな。
「成る程! 奇光石の鉱床を見つけたのか! 確かにそれならこれほどの品を手に入れる事が出来るのも納得だ!」
おっと、また変な勘違いが始まったけど、まぁいいや。勘違いさせておこう。
実際世界樹が鉱床みたいなもんだからなぁ。
「奇光石なら、大きさによるが、この部屋に飾ってあるのと同じサイズなら一個あたり銀貨三〇枚で買おう。こちらは三〇個欲しい。五〇用意できればなお良い」
こっちも結構な金額だな。
「大丈夫だ。五〇個なら用意できる」
「そんなにか!? 本当に儲けたんだな。……とはいえ、それだけの取引だと手持ちの金が足りない。代金は後払いでも構わないか? 代わりに何か欲しい物があったらサービスするからさ」
普通ならこれだけの取引で後払いはありえないが、そこは俺達の仲という事で信用払いと言う奴だな。あと、それだけ早く商品が欲しいという事だろう。
まぁサービスが付くなら乗っておこう。
「交渉成立だな」
俺とイブンはガッシリと手を握りあう。
「ラシエル、リジェ、悪いんだけど果物と奇光石をイブンの馬車に運んでほしいんだ。頼まれてくれるか?」
「分かりました! すぐにご用意しますね!」
さて、あとは……
ラシエル達が準備の為に部屋を出た隙に、俺はイブンに用意してほしい品を伝えた。
◆
「そろそろ帰るとするよ」
交渉を終え、その後は互いの近況を話しあっていると、イブンが窓の外を見て帰ると言い出した。
「もう帰るのか? 今日は泊まっていけばいいだろ?」
「いや、今回来たのはリンゼ村に商いをしに来たついでなんだ。仕入れた小麦を早く店に持ち帰らないと父さんにどやされる」
「あー、そうだったのか。悪いな長々と引き留めて」
「気にするな。良い取引をさせてもらった。父さんも喜ぶだろうさ。寧ろ小麦よりもこちらの取引の方が喜ぶさ」
あの人は物腰も穏やかで良い人なんだけど、こと商売となると厳しい人だったからな。
「もう大丈夫そうだな」
ふと、帰り際にイブンがそんな事を口にした。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。お幸せにな」
「は?」
最後になんだか分からない事を言うと、イブンは馬車に乗って帰っていった。
「一体なんの事だ?」
「さよーならー!」
俺が首を傾げていると、去っていくイブンの馬車にラシエルが手を振る。
「そういえばラシエル」
「はい、何ですか?」
「イブンに渡した果物ってなんだったんだ? アイツ随分と興奮していたみたいだが」
イブンはあれでも大店の跡継ぎだ。
だから外国の美味しい食べ物を口にする機会は多い。
俺もご相伴にあずかった事があるしな。
なのでそんなアイツが驚いた果物が何なのかがちょっと気になった。
「あれはアインの実ですよ」
「アインの実? って確か神話に出てくる神々の果実の名前……ぇ?」
「はい! そのアインの実です!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ちょっ!? おまっ!? マジで!?
「マ、マジでアインの実なのか!? あのどんな怪我も治るとか魔力に満ち溢れるとか寿命が延びるとかいうあの!?」
「はい、そのアインの実です。でもそれはちょっと言い過ぎです。そこまでの効能はありませんよ」
「だよな。さすがにそこまではいかないよな」
「多少怪我が治ったり、病気が治りやすくなったり、魔力が回復したり、体の悪い部分が改善されて結果的に寿命が延びたように見えるだけです」
「その時点でもう凄いから!」
「えへへ、褒められちゃいました」
そうじゃない! そうじゃないけどウチの子可愛いな畜生!
「ヤバイ、ヤバイものを渡しちまったぞ……」
イブンよ、どうか上手い事、誤魔化しておいてくれ……
◆イブン◆
ハーミト村からの帰り道。私は久しぶりに出会った友の顔を思い出していた。
「良い顔になっていたな」
昔のセイルは故郷を失ったという事情もあって、その振る舞いには危ういものがあった。
だが今はどうだろう。家族を得て見違えるほど明るくなっていた。
今のアイツなら、いつ死んでも良いみたいな考えにはならなさそうだ。
「これは父さんに良い土産話が出来たなぁ」
私は先ほどまでのセイル達の姿を思い出し、つい口元に笑みが浮かんでしまう。
まさかこれほどの取引が出来るとは思っても居なかったが、父は寧ろこっちの土産話の方が喜ぶだろう。
「まさかセイルにあんな大きな娘が出来ていたなんてな」
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