第18話 理不尽の撃退!

 今日は朝から世界樹の剪定を行っていた。

 世界樹はラシエルの自由に動くが、剪定をすると気分がいいらしい。


「はふぅー、髪の毛がサッパリです!」


 どうやらラシエルにとって、剪定は散発と同じ気分の様だ。

 心なしかラシエルの髪の毛もサッパリしたような気がする。


「ありがとうございますお兄ちゃん!」


「はははっ、ラシエルにはいつも世話になってるからな。このくらいお安い御用だ」


 とはいえ、動く木の枝に乗りながらの剪定作業はちょっと怖かった。

 だって世界樹の頂上とか、ちょっとした城みたいな大きさがあるんだぜ?

 一応、万が一の事が無いようにと、世界樹の枝が俺の体に絡みついて守って入れてはいたが、ゆらゆらとしなりながら動く枝の乗り心地はなかなか味わえない経験だった。


 そんなスリリングかつ平穏な日常を満喫していると、果実兵達がやって来た。


「どうしたんだ?」


 果実兵達が、両手をパパパッと動かし、俺に要件を告げる。


「また人が来たのか?」


 果実兵は喋れないので、ラシエルかリジェが居ないと会話が出来ない。

 なので俺は冒険者時代の経験を活かして、果実兵達に要件の内容を示すサインを覚えて貰った。

 今回果実兵達が見せたサインは『来客』『初めて』の二つだ。

 これが魔物だと『来客』が『敵』になる。


 分かったすぐに行く。

 既にリジェは来客を警戒して現場で待機しているらしいので、俺と果実兵達は現場に急いだ。


 村はずれに到着すると、何やら口論する声が聞こえてきた。


「領主様の命令に逆らうのか!」


「領主など知らぬ。我等に命令することが出来るのは我が王だけだ」


「あれは……」


 リジェ達と口論をしていたのは、身なりの整った男だった。

 そして男の後ろには、金属製の鎧を纏った数十人の戦士、いやあれは騎士だ。


「何で騎士がこの村に? しかもあんなに大勢で……いやそれよりも今領主の命令って……?」


 もしかして魔物か何かの討伐に来たのか?

 嫌な予感がしつつも、状況を理解しない事には始まらないと俺はリジェ達の下へと近づいてゆく。


「リジェ」


 俺が声をかけると、リジェと男がこちらを振り向く。


「我が王!」


 俺を見たリジェと果実兵達が敬礼をして出迎える。

 何でそんな畏まるんだ……ああ、人前だからか?


「何があったんだ?」


「はっ、この者達が強引に村へ侵入しようとしておりました」


 リジェの言葉に男達を見れば、確かに騎士達はこちらへの敵意を隠そうともしていない。

 

「はっ、この男が王だと?」


 対して男は訝しむように俺を睨みつけてくる。


「何が王だ。ただの平民ではないか。この様な見すぼらしい王が居る者かっ」


「「「「ぷふっ!!」」」」


 男の言葉に、後ろの騎士達が噴き出す。


「「「「っ!」」」」


 それに反応して、リジェと果実兵達から殺気が立ち上る。

 ヤバイ、このままだと戦いになる!


「えー、俺、いや私はこの村の住人でセイルと言います。貴方がたは一体何者ですか?」


 とりあえず俺は当たり障りのない挨拶をして相手の素性を確認する。


「私は領主様の使いだ」


「領主様の?」


 あの領主に様など付けたくもないが、余計な騒動を起こしたくないので、今は下手に出ておこう。


「ウチの村に何か御用でしょうか?」


「この村で手に入る果物を領主様がお求めだ。おとなしく差し出せ」


「果物……ですか?」


「とぼけるな、リンゼ村の住人に渡した果物だ。アレを領主様がお求めなのだ!」


「リンゼ村の?」 


 持ちしかしてカッツ達の事か?

 だが何故カッツ達に渡した果物の事を領主が?


「確かにリンゼ村の知り合いにウチの果物を渡しましたが……」


「それだ。我々に差し出せ」


「「「「……」」」」


 いかん、役人の傲慢な態度にリジェ達がキレる寸前だ。

 ここは冷静に考えよう。

 なぜか分からないが、領主はカッツ達に渡した果物を手に入れ、それを気に入ったと言う事だろう。

 ……これはチャンスかもしれないな。

 他の領地では、貴族に気に入られた作物や加工品を作る町や村は、その質を守る為に優遇される事が多いと聞く。

 領主がここまでラシエルの果物を求めるのなら、上手くやればこの村は領主のお墨付きをもらって保護対象になれるだろう。


 この村を見捨てた領主が、ラシエルの作物目当てにこの村を守る様になる、それはなかなか愉快なことかもしれないな。


「分かりました。では果物を持ってこさせるのでお待ちください」


 ラシエルに果物を用意してもらうように果実兵に頼もうとしたその時、役人が声をあげた。


「いや、その必要はない」


「え?」


「本当にこの村で手に入ると分かったならそれで十分だ」


「それは……どういう意味ですか?」


 おいおい、果物をよこせといったり分かれば十分と言ったりどっちなんだよ。


「領主様はすべてをお求めだ。つまり果物を実らせる樹も含めてな。お前達は即刻この村から出ていけ」


 男が手を上げると、騎士達が武器を構える。

 そういう事かよ。領主は最初から取引するつもりはなく、世界樹を丸ごと奪うつもりだったのか。


「あの果物を実らせる樹は俺達にしか手入れが出来ません。ですので、俺達を追い出したら果物が実らなくなりますよ?」


「なら手入れのしかたを知っている者だけを残して残りは村から出ていけ」


「「「「……」」」」


 騎士達が武器を構えて俺達を取り囲む。

 出ていけといいつつ、包囲するのはなぜだろうな。

 いや、この殺気を考えれば、その意味は一目瞭然か。


「何故去れと言いながら囲むんですか?」


「はははっ、領主様は果物の出どころが外に漏れる事を望んではいないのだよ。つまり、お前達が村から出て向かう先は……」


 騎士達が前に出る。


「あの世だ」


 そして、一方的な戦いが始まった。


 ◆


「弱すぎる」


 リジェが槍を振って吐き捨てる。

 その視線の先には、ボコボコに叩きのめされた騎士達の姿。

 こちらは果実兵達も含めて傷一つない。

 うん、完全に圧勝だった。


「ば、馬鹿な! 騎士団がこうも容易く!?」


「練度が全く足りません。何より、実戦経験を碌にしていないのでしょう。攻撃に凄みが全く足りません」


「「「「!!」」」」


 果実兵達がおいおいこいつ等弱すぎじゃね? と言わんばかりに煽るようなジェスチャーを見せる。


「き、貴様等! 我々を誰だと思っている! 我々は領主様の部下だぞ! 我々の命令は領主様の命令! 領主様の命令に逆らったら、この領地、いやこの国に貴様等の居場所はないぞ!」


「くっ……」


 確かに、理不尽な理由で襲われたが、領主を敵に回すのはヤバイ。領主にはまだ騎士団の本隊が居るだろうから、数で押されたらヤバイ。

何より、領主との争いが激しくなったら、国が出てくる危険もある。

 ラシエルは世界樹の聖霊だ。ここから逃げることは出来ない。

 だからこの村を囲んで襲われたら、ひとたまりもないだろう。


「何を愚かな事を!」


 だが、リジェが怯むことなく声をあげる。


「我らに命じる事が出来るのは、我が王ただ一人! そして我が王は我らがお母様の主! 何人も我が王に命じることなど出来ぬ! 去れ! 愚か者どもよ!」


「「「「!!」」」」


「「「ひぃっ!!」」」


果実兵達が一斉に武器を向けると、騎士達が慌てて逃げ出す。


「ま、待てお前達! 私を置いて勝手に逃げるなぁー!」


 騎士達を追いかけながら、男も逃げ出す。


「お、覚えているが良い! すぐに領主様の騎士団が貴様らを皆殺しにしてやるからな!」


「「「!!」」」


 男が逃げながら捨て台詞を吐くと、果馬兵達が男を追いたてる。


「ひぃーっ!!」


 果馬兵に追い立てられながら逃げる男達を見送りながら、俺は溜息を吐く。


 「ヤバイ、領主と敵対しちまった……」


 マジでどうしよう。

 でもあそこで抵抗しなかったら、今頃殺されていたのも事実なんだよなぁ……


「我が王、心配には及びません!」


 と、リジェが自信に満ちた顔で俺を見つめる。


「どのような敵が襲ってこようとも、我らが我が王とお母様をお守りいたします!」


「「「「!!」」」」


 果実兵達も俺達に任せろと胸を叩く。


「皆……」


 そうだな。どう転んでも連中はこっちを始末するつもりだった。

 なら過ぎた事をどうこう悩むのは無意味だ。

 冒険者時代でも、悩みは死へ直結する足踏みでしかなかったからな。


「だったら、今考えるのはこれからするべき事か!」


 よし! 覚悟は決まった。


「そもそも、仮に村を追い出されるだけで済んだとしても、それはラシエルと引き離されるって事だ。そんな事は受け入れる事が出来ない!」


 そうだ、俺はラシエルと生きる事を選んだんだ。 だったら命惜しさにラシエルと別れるなんて今更だろう。


「ラシエルまで失ったら、それこそ生きる意味なんてないからな」


 何だ、答えなんて最初から決まっていたじゃないか。

 元々俺は、この村で最後を終える為に帰って来たんだ。

 それがラシエルと出会った事で、もう少し生きてみようと考え直したに過ぎない。


「だったら、最後までラシエルと一緒に居ないとな!」


 俺はリジェ達に命令を下す。


「決めたぞ! 領主と全面対決だ! リジェ、戦いの準備をしてくれ!」


「はっ! お任せください我が王! あの様な者共など、一捻りです!」


「「「「!!」」」」



 リジェと共に果実兵達も、任せろ! と武器を天に掲げる。


「よーし! やるぞー! 俺達の故郷を、家族達を見捨てた報いを受けさせてやるぜぇぇぇぇぇ!」


 そうだ、これは村の皆の弔い合戦でもある!

 俺達は来たる領主との戦いに向けて、準備を始めるのだった。


「ところで我が王、私達とは一緒にいてくれないのですか?」


 とちょっとだけションボリとした様子でリジェが俺に呟いた。


「あっ、ゴメン」


 け、決してリジェ達を忘れていたわけじゃないぞ。

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