第14話 友との再会
◆商人イブン◆
私の名はイブン。
トナリマの町の商人……の息子だ。
父レブセはそれなりに大店の主で、私はその後を継ぐべく日々精進に励んでいる。
今日は小麦の取引をしているリンゼ村へとやってきた。
取引先への仕入れは本来なら下の者の仕事なのだが、ここ最近はとある案件のヒントを求めて私自ら外に出ていた。
だが、村までの旅路でそのヒントは得られず、今回はいつも通りの仕入れになりそうだ。
だがまぁ、折角来たのだから儲けていこう。
この村は森で狩りが出来ない事で、食料が不足しているからな。
小麦を買うついでに安い食料を多く売ろう。
少々味に難はあるが、向こうはとにかく量が欲しいだろうからな。
そんな訳で今回は食料を多めに持って来た……のだが。
「食料は間に合ってる!?」
私の予想に反して、リンゼ村の住民からは食料は間に合っていると言われ、大した売り上げは見込めなかった。
「しかしこの村の近くの森はゴブリンに占拠されて碌に狩りも出来ないありさまだと言っていた筈ですが」
「それがよう、隣の廃村に住み着いた冒険者達が、森のゴブリン共を退治してくれたらしいんだよ」
「冒険者が!?」
信じられない。あの森に住み着いたゴブリン達は騎士団ですら手こずる規模だと聞いた。
それを冒険者達が討伐した?
だが私の情報では、それ程の大規模討伐の依頼は出ていない筈だ。
それだけの規模の討伐なら、冒険者達も総出で準備をするから私達商人の耳に入らない筈がない。
だとすれば冒険者が自主的にゴブリン退治をしたのか?
もしそうなら、一体どんなお人良しだ?
「しかもウチの若い衆がその冒険者から大量に食料を分けて貰ってな。お陰で今年は飢えずに済んでるんだよ」
しかも食料まで分け与えるだって!?
ますますその冒険者達の意図が理解できない。
近隣住人を懐柔して怪しまれない様にする為だろうか?
「その冒険者が住み着いたという廃村はどちらに?」
「ああ、あっちの道をまっすぐ進んでいけば、そのうち着くよ」
ふむ、もし本当にその冒険者達がゴブリンの群れを退治したというのなら、接触するのもありかもしれないな。
騎士団が苦戦する規模のゴブリンの群れを倒したのなら、結構な腕利きだろう。
わざわざ食料を与えたとなると、盗賊の可能性も低いだろうしね。
「ああそうそう、その村の名前はなんと?」
ふと、冒険者が住み着いたという廃村の事が気になった私は、村の名前を尋ねる。
廃村という言葉から、古い友人を思い出したからだ。
「確か……ハーミト村だったかな」
「ハーミト村!?」
聞き覚えのあるその名に、私は思わず声を上げてしまった。
「まさか、セイルなのか……?」
◆
「また人が来た?」
カッツ達との出会いから一週間が過ぎ、いつも通りラシエルとまったりしていると、果実兵達から人が来たとの報告を受けた。
しかも今回来たのはカッツ達ではないらしい。
「分かった。すぐに行こう」
「お供します」
ラシエルを果実兵達に任せ、リジェと共に村外れへと向かう。
すると、そこには果実兵と対峙する集団の姿があった。
「良かった。今回は包囲まではしていないみたいだな」
「ふふっ、我々は同じ失敗は侵しませんよ」
前回はカッツ達が穏便に対応してくれたから良かったが、貴族あたりに同じことをしたら大変な事になるからな。
そんな俺の指導の甲斐あって、果実兵達もその辺りの機微を理解してくれたらしい。
果実兵達が対峙しているのは、数人の武装した男達だった。
「今回は村人って感じじゃないな」
見れば男達は、一台の幌馬車を守る様に展開している。
「ふむ、盗賊って訳でもなさそうだな」
「おーい」
果実兵達相手に緊張した様子の男達に声をかけると、男達はこちらにも武器を向けて警戒の姿勢を見せる。
「アンタ達、この村に何の用だ?」
「……この村の住人か?」
警戒する様子を見せながら、男の一人が言葉を返す。
「そうだ、それでアンタ達は?」
「俺達の雇い主がアンタに用があるらしい」
「俺に?」
雇い主という事は、相手は金持ちか?
馬車も貴族の使うような馬車には見えないから、商人だろうか……?
「若旦那、村の人間が来ました」
男が馬車に向かって声をかけると、中から一人の男が出てくる。
その姿は決して逞しくは見えないが、柔らかな表情はこちらの警戒心を解くに十分な無害さを感じさせる。
というかあの顔、見覚えが……
「セイル! やっぱりセイルじゃないか!」
男は俺の顔を見ると、パッっと笑みを浮かべて近寄ってくる。
その声に、俺は記憶の中にあったある人物の姿がはっきりと思いだされる。
「イブン……? お前イブンか!?」
「そうだよ! 君と一緒に父さんの地獄のしごきを耐え抜いた戦友さ!」
イブン、コイツは俺を引き取って育ててくれた商人の息子だ。
イブンは店の主人の息子で、俺は引き取られたとはいえ下っ端、立場の違いは明確だった。
けれど店主は俺とイブンの年が近い事もあって、兄弟同然に育ててくれた。
まぁ、店主としては完全に善意という訳ではなく、勉強嫌いの息子の競争心を煽りたいからとの考えがあっての事みたいだったが、そのおかげで下っ端小僧には不釣り合いな教育を施して貰えた事は本当に感謝している。
「はははっ、久しぶりだなぁ!」
「まったくだ! お前ときたら文の一つも寄こさないんだから」
「いやー、ははは」
「そりゃあお前は店に顔を出しづらいだろうが、せめて手紙くらい寄こしてくれよ」
「いや済まない。ホント色々あってさ」
ちなみに店に顔を出しづらい理由というのは、俺がイブンの失敗を代わりに被ったからだ。
あの頃の俺は、平和な生活に内心では馴染めずにいた。
そしていつまた理不尽な暴力に晒されても対抗できるよう、力を求めて冒険者になる事を考えていたんだ。
とはいえ、善意で引き取ってくれた上に教育まで施してくれた店主を裏切るような真似は出来ない。
一体どうすれば穏便に冒険者になれるだろうかと日々考えていたのだが、ある日イブンが大きな取引でミスを犯した。
店の後継者が取引でミスをしたとなれば、今後の経営、特にイブンに代替わりした時に問題となる。
そこで俺は、自分が代わりに責任を取る事で店を出る事を許してほしいと店主に提案した訳だ。
店主は困惑したが、店の未来を考えて俺の提案を飲んでくれた。
こうして俺は晴れて冒険者となった訳だ。
「あの後、お前が代わりに責任を取って店を辞めたと聞いた時は、本当に申し訳ない事をしたと後悔したよ。もっと真面目に勉強や仕事に取り組んでいればってさ」
「気にするな。あれは俺にも店にも得になる取引だった」
「取引だって!?」
店の為に俺が一方的に辞める事になったと思っていたらしいイブンが目を丸くする。
「まぁ過ぎた話だ。立ち話もなんだ。俺の家に来いよ」
これ以上この話を続けても、イブンは負い目を感じて謝り続けるだろうから、俺は強引に話題を変える。
「セイルの家か。それじゃあお邪魔させてもらうとするか」
「あんまり期待するなよ」
「ここからは俺だけで良い。お前達は休んでいてくれ」
ついてこようとした護衛に、イブンは必要ないと告げる。
「良いんですか?」
「構わない。彼は私の昔馴染みなんだ」
「そういう事でしたら」
事情を察した護衛達は、俺達に気を遣うように馬車へと戻ってゆく。
「じゃあ行くか」
「ああ」
果実兵達に囲まれ、俺達は村の中心へと歩いてゆく。
「それにしても……近くで見ると本当に立派な樹だな」
世界樹の大きさに圧倒されたイブンが目を丸くしている。
「ははっ、凄いだろ」
「「「!!」」」
果実兵達も誇らしげだ。
「一体何の樹なんだ?」
「え? あー、何だろうな。俺も良く分からん」
さすがに世界樹ですとは言えないよなぁ。
「あっ、ほら、あそこが俺の家だ」
自分の部屋が見えてきたので、俺はこれ幸いと話題を逸らす。
「家……って、あの大樹しかないぞ?」
「ああ、なかなか洒落た家だろ? ほら、ちゃんと入り口もある」
「大樹の根元にドア!?」
と、そこでイブンは世界樹の根元にドアがある事に気付く。
「ほら、入れよ」
俺はドアを開けてイブンを中に招く。
「木の根元にこんな大きな空洞が……よくこんな都合のいい大きさの穴が空いたもんだなぁ」
実際にはラシエルに穴を空けてもらったんだけどな。
「まぁ座れ」
「あ、ああ……ん?」
椅子に座ろうとしたイブンだったが、何故か奇妙な表情になったかと思うと、しゃがみこんでイスをじっくりと見つめ始めた。
「どうした?」
「……なぁセイル。このイス、どこで手に入れたんだ?」
と、イブンは椅子から目を離さずに俺に話しかけてくる。
「え? イス?」
何でまたイスの事なんか?
まぁ適当に応えておくか。
「あー、旅の商人から買ったんだよ」
「どんな商人だった!?」
「え?」
人から買ったと応えると、イブンは鬼気迫った様子で俺に詰め寄ってくる。
「あー、ええと、どこにでも良そうな普通の商人だったな」
「値段は!?」
「え? 値段? ええと、他の家具とセットで買ったからイスだけだとちょっと分からないな」
「他の家具もだって!?」
俺の答えを聞いて弾かれたようイブンがテーブルや机にかぶりつく。
「このテーブルも、机も、タンスもそうだ!」
「え? な、何が?」
一体イブンは何に興奮してるんだ?
「気付かなかったのかセイル!?」
「あっ、はい」
「信じられない! 君だって私と一緒に父さんのシゴきを受けたじゃないか! だったらこの家具の異常さに気付くはずだ!」
「異常さ?」
はて、なんの事だろう?
世界樹から作られたんだから、素材が凄く良いとかか?
「本当に気付いていないのか!?」
イブンがマジで!? マジで言ってるのと言わんばかりの顔で俺を見つめてくる。
「俺はずっと冒険者をやってたんだ。お前ほど目利きは効かないよ」
「そういう問題じゃないんだが……まぁ良い。このイスの継ぎ目を良く見るんだ」
「継ぎ目?」
イブンに促されるままに、俺はイスを見つめる。
すると奇妙な事に気付いた。
「あれ? 継ぎ目がない」
「気付いたかい」
そうなのだ。ラシエルが作ってくれたイスは、継ぎ目の様なラインこそあるものの、それ自体はただの模様で、実際にはつながっていたのだ。
「そうなんだ! このイスは組み立てられたものじゃない! 一つの木材を椅子の形に掘り起こしたものなんだ!」
「な、なんだってぇー!?」
「これはとんでもない技術だよ。一見すると普通に作られた椅子にしか見えない削りだしのイス。しかもこのイスに使われている木材は最高級のものだ! 更にそれはイスだけではなく、テーブル、机、タンス、さらにベッドまで! この家具は最高級の木材を信じられないくらい贅沢な使い方で作られているんだっ!」
「そ、そうだったのか……」
い、いかん。全く気付かなかった。
世界樹から加工物が生まれた事に驚いてたもんで、どんな構造なのかまでは考えが及んでいなかったぜ。
「もしかしてこの家具って凄い品物なのか?」
「凄いなんてもんじゃないよ! これほど贅沢な家具は大国の王族だって持っていないよ! ただ削りだしで作ったというだけじゃない。もし失敗したら一から作り直しなんだよ! その手間と労力、そして材料の貴重さははかりしれないよ!」
ビックリ、どうやら俺は国宝に囲まれて過ごしていたみたいです。
「教えてくれセイル! 一体誰からこの家具を買ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「す、すまん! ホントに覚えてないんだ!」
や、ヤバい、何とかして誤魔化さないと!
と、その時、ドアがノックされる音が響き、イブンの意識が逸れる。
誰だか知らないがナイス!
「ど、どうぞ」
俺が許可を出すと、リジェと果実兵を共にラシエルが部屋に入ってきた。
「どうしたんだラシエル?」
「はい、お兄ちゃんのお客さんがいらっしゃったと聞いてお茶を持ってきました」
そういってラシエルはテーブルにお茶の入ったコップを乗せる。
「どうぞ」
「おお、悪いな」
「あっ、どうも」
俺達はラシエルの入れてくれたお茶を飲んで、一息つく。
「おおっ、これは美味い! いい茶葉を使っているね!」
良かった。イブンの注意がお茶に向いた。
「セイル、彼女達は?」
と、お茶を飲んで落ち着いたイブンがラシエル達の事を問うてくる。
「この子はラシエル、俺の新しい家族だ。こっちはリジェ。俺の……仲間だ」
「家族……!? 君の!?」
俺の事情を知っているイブンは、驚きに目を見開くが、すぐに事情を察してくれたのか落ち着きを取り戻す。
「ラシエル、コイツは俺の恩人の息子のイブンだ」
「初めましてイブンさん。私はラシエルと言います」
ラシエルが淑女らしくお淑やか気味にお辞儀をする。
完全にお淑やかとは言えないのが、ラシエルの子供っぽさか。
「リジェです」
対してリジェは軽い会釈だけで済ませる。
「初めましてラシエルさん、リジェさん。私はイブン。セイルの古い友人です」
ラシエルとリジェが挨拶をすると、イブンも二人に向かって挨拶を返す。
と、その時俺の袖を誰かが引っ張った。
「ん? ……ああ、悪い悪い。イブン、彼等は果実兵。俺の頼もしい仲間達だ」
果実兵達が自分達も紹介してくれとアピールしてきたので、一緒に彼等も紹介する。
「「「!!」」」
「ええと……初めまして果実兵さん達」
そして果実兵達も挨拶と言わんばかりに片手を大きく上げる。
果実兵を見てもあまり動じないあたり、イブンも商人だな。
まぁアイツの親父さんに連れられて行った取引先で、商談相手の魔法使いを怒らせてゴーレムに追いかけられたりした事もあったからな。
あの時の経験に比べたら襲ってこない果実兵は大して怖くないんだろう。
「それで? どうやって俺がここに居ると分かったんだ?」
丁度ラシエル達の登場でイブンの注意が逸れたので、俺は話題を逸らす為にイブンがここに来た理由を問う。
実際、イブンがここに来るなんて欠片も考えていなかったしな。
「リンゼ村へ商売に行った時に聞いたんだ。ハーミト村の跡地に冒険者が住み着いたってさ。それが以前君から聞いた村の名前と同じだったから、確認の為にやって来たんだよ」
なるほど、リンゼ村の住人が情報源か。
確かに特に口止めはしてなかったしなぁ。
「そういう事か」
「本当にビックリしたよ。森を支配していたゴブリンの群れを退治したらしいって聞いたから」
うぐぅ、その話題来ちゃうかぁ。
「俺だけの力じゃない。仲間の力もあったからこその勝利だ。
「という事は本当に君と君の仲間だけでゴブリンの群れを討伐したんだね」
まぁそれについてはもう隠す意味もなくなったので、素直に教えてしまっても構わない。
「まぁな」
「立派な冒険者になったんだな」
と、イブンが感慨深げに呟く。
「そんな事は無い。俺はもう冒険者を辞めたからな」
「え?」
俺が冒険者を辞めたと聞いて、イブンが驚いた顔になる。
「まぁ色々あってな。今は実家で楽隠居って訳だ」
詳しい事情を話すと、世界樹の事や、俺の怪我を治した世界樹の雫の事を教えないといけなくなるからなぁ。
「随分と優雅な隠居生活だな」
しかし口調とは裏腹にイブンは真剣な顔になる。
「それはこの部屋の家具や、それに灯りに奇光石を使えるようになった事に関係しているのかな?」
「っ!?」
イブンの抜け目のなさに、俺は思わず言葉を詰まらせる。
おのれ、忘れていなかったか。というか奇光石にまで気付いたのか。
「ただの冒険者がこれだけの品に囲まれ、更に奇光石を灯りに使える訳がない。さてはお前、見つけたな?」
「見つけたって何を?」
いやマジで何を?
「決まってるだろ。お宝だよ!」
「え?」
「とぼけるなよ。冒険者が引退する時なんて、お宝を見つけて大金を得た時か大怪我をして冒険者を続けられなくなった時くらいじゃないか。優雅にお茶まで飲めるようになってさ」
「あ、うん。まぁな……」
どちらかと言うと後者なんだけどな。
でもまぁ、確かに普通に考えればそうなるか。
実際あの種はとんでもないお宝だった訳だしな。
「上手い事やったな」
「あ、ああ」
よし、このまま勘違いさせておこう!
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