第12話 他村との邂逅
それは昼時の事だった。
「我が王、不審な者達が近づいて来ます」
「不審な者?」
「はい、この村を伺いながら近づいてきたので、果実兵達に命じて捕らえさせました」
「いきなり物騒だな。襲う前に話し合うべきだろ」
「も、申し訳ありません」
俺に叱られて、リジェがシワシワとうなだれる。
いかん、そこまで落ち込ませるつもりは無かったんだが。
「あー、俺とラシエルを心配しれくれたんだよな。ありがとうリジェ」
「は、はい! 我が王の為ならば、何人たりともこの村には近づけませんとも!」
俺が感謝の言葉を告げると、リジェはパッと明るい顔になる。
人を従えるって大変だな。
「うん、でもその前に話し合おうな」
ともあれ、まずは捕まえたっていう人間に会いに行くとするか。
この廃村に何の理由があってやって来たのか、真意を確かめないと。
「とりあえず会いに行こうか。念のためラシエルはここに残っていてくれ」
「分かりました! 何かあったらいつでも呼んでくださいね!」
◆
果実兵達にラシエルを任せると、俺達は不審者を捕らえたという村はずれにやって来た。
そこでは、三人の男達が果実兵達に囲まれて怯えていた。
「な、何なんだコイツ等は!?」
「こ、こっちくんな!」
「ひ、ひぃー!」
捕らえたと言っても、男達を拘束したわけじゃなく、武器を突きつけて動けなくしていたようだ。
まぁ、問答無用で拘束するよりは話し合いの余地があるかな?
「おーい、もう良いぞー」
「「「!!」」」
三人組を取り囲んでいる果実兵達に指示を出すと、果実兵達は了解と剣先を天に向けて一歩下がり道を作る。
「た、助かったぁー」
包囲から解放されへたり込む三人組。
その姿は酷く痩せていて、まるで何日も食事をしていないようだった。
「アンタ達、ウチに何か用かい?」
へたり込んでいた三人組に話しかけると、彼等はビクリと体を震わせて顔をあげる。
「「「ひぃっ!?」」」
俺達の姿を見た三人組は、悲鳴を上げて後ずさる。
いやその反応は酷くない?
「何かしたのか?」
「いえ、私は包囲する様に命じただけです」
「だ、誰だ、お前達!?」
三人組の一人が意を決して声を上げる。
「俺はセイル。俺達はこの村の住人だよ」
「この村の!? だがこの村は十年前に盗賊に襲われて滅びた筈だぞ!?」
滅びたと言われ、胸がズキリと痛む。
「俺はその時の生き残りだよ。運よく村と取引のあった商人に助けられてしばらく村を離れていたんだ。こっちのリジェは俺の仲間さ」
リジェの事をなんと言おうか迷ったが、とりあえず仲間という事にしておいた。
リジェ達は俺を王と言うけど、流石に貴族でもないのに家臣とは言えないもんな。
「……」
俺の紹介を受けて、リジェが無言で会釈をする。
あれ? 何か不満そう?
「そ、そうだったのか!?」
「よく無事だったなぁアンタ」
俺の素性を聞いた三人組は、意外にもこちらの言葉を疑ったりせず、逆に生き残った俺を気遣う言葉をかけてきた。
自分達もボロボロなのに、実は悪い連中ではないのかもしれないな。
「それでアンタ達は?」
「ああ、俺達は隣のリンゼ村のもんだ。俺はカッツって言う」
「俺はソロム」
「僕はエンドロ」
カッツ、ソロム、エンドロと名乗った三人の言葉は、俺にとって意外なものだった。
そうか、コイツ等隣村の住人だったのか。
といっても、今のご時世村の外は盗賊や魔物で溢れかえっている。
だから冒険者や商人でもない限り、自分の村から出る機会はめったにない。
だから俺には彼等の顔に覚えは無かった。
「リンゼ村はここから結構遠いと聞いたが、何でこの村に来たんだ?」
「村に食料が無くなったから、狩りをする為に遠出してきたんだよ。そしたら見た事もないデカい樹が生えてたからよ。一体何なのかと思って確認しに来たんだ」
「あ、あー。成る程な」
カッツから事情を聞いて、俺は内心で冷や汗をかく。
確かに、いきなりこんなデカい大樹が現れたら誰だって驚くよな。
原因はラシエルがゴブリンキングを肥料に成長して大きくなったからか。
これはいきなり包囲して悪いことをしたなぁ。
「なぁ、この樹は一体何なんだ? 数週間前にこの辺りを通った時にはこんな大木無かったぞ?」
ソロムが世界樹を眺めながら俺に疑問を投げかけてくる。
さて、なんと答えたもんか。
「えーとだな、コイツはあるダンジョンで手に入れたお宝なんだ。そこで手に入れた種を植えたら、こんな大木になったんだよ」
とりあえず世界樹云々は黙っておこう。
いきなり本当の事を言ったところで、誰も信じてくれないだろうからなぁ。
「ダンジョンって事は、アンタは冒険者なのか!?」
と、そこでカッツがダンジョンという言葉に反応する。
「ああ、その通りさ」
「成る程な。通りで物騒な格好をしている訳だ」
「物騒?」
カッツは納得がいったとしきりに頷く。
ああ、さっきカッツ達が怯えていたのは、俺達がフル装備だったからか。
確かにいきなり武装した人間に囲まれたら怯えるよな普通。
「へぇ、だからいきなりデカい樹が生えたのか。さすがダンジョンのお宝だな」
「じゃあこの変な連中もダンジョンで見つけたのか?」
「「「!!」」」
ソロムに変なのと言われ果実兵が心外な! と抗議のポーズをとる。
「ひぃっ! ソ、ソロム、失礼だよ!」
そして何も言わずに様子を見ていたエンドロがとばっちりを受けて悲鳴を上げていた。
しかしそんなエンドロも、怯えつつながらも果実兵達をキラキラとした目で見つめていた。
分かるぞ。男は冒険者やダンジョンやお宝に憧れるものだからな。俺も子供の頃はそうだった。
冒険者になって一獲千金を掴みたいと思うのは、俺達農民にとってロマンだからな。
「と、ところで、この木はただ大きくなるだけなんですか? 何かほかに特殊な力はないんですか?」
と、エンドロが世界樹には他に役立つ事は無いのかと聞いてくる。
確かに、ダンジョンで手に入れたお宝がただ大きくなるだけじゃ、本当にお宝なのか疑われるよな。
「いや、実はこの樹は一年に何回も果物が実る特殊な樹なんだ」
どうだ? このくらいの能力なら、お宝としても説得力があるんじゃないかな?
まぁその実が果物だけじゃなく何でも実ると知られるのは流石に不味いから秘密だけどな。
「へぇ、それは便利ですね! ウチの村は食料が少ないから羨ましいですよ!」
良かった、納得してくれたみたいだ。
「よかったら一つどうだい? アンタ等も腹が減ってるんだろう?」
「「「良いのか!?」」」
俺の言葉にカッツ達が予想外の喰いつきを見せる。
「ラシエルに頼んで果物を実らせてくれ」
「!!」
俺の小声での指示を受けて、果実兵がラシエルの下へと走ってゆく。
そして少しすると、果物を抱えた果実兵が戻ってきた。
「どうぞ」
「お、おお、果物だ」
「美味そうだな」
カッツ達に果物を差し出すと、彼等はまるで宝物を受け取ったような眼差しで果物を見る。
「じゃあありがたく頂くぜ」
そういっておずおずと果物にかぶりつくカッツ達。
「……美味い!」
「すげぇ! 口の中に果実水があふれてくる!」
「こんなに美味しい果物は初めて食べました! もしかしてコレ、貴族様が食べるものなんじゃあ!?」
どうやら果物はお気に召して貰えたみたいだ。
「よかったら村の人達へのお土産も用意しようか?」
「い、良いのか!?」
カッツが信じられないと言った目で俺を見てくる。
「ああ、構わないさ。沢山あるからな」
働き盛りのカッツ達がこれだけ痩せているという事は、きっと村の人達も同じだろうからな。
少しくらいの援助は良いだろう。
俺は果実兵達に指示をして、果物だけでなく肉や野菜も用意させる。
果実兵達が食料を用意している間、俺は彼等に更なる事情を聞くことにした。
「そういえば、さっき狩りに来たと言ったが、何でまたわざわざこんな所まで?」
「ああ、アンタは最近戻ってきたばかりだから知らないのか。実は村の近くにある森でゴブリンの数が増えてな。とてもじゃないが狩りなんて出来なくなっちまったんだ」
「ゴブリン? それってもしかして……」
「我々が討伐したゴブリンの集落の事ですね。 森の植物に確認を取りましたが、他の村からもあの森に狩りに来ていた人間がいたそうです」
と、リジェが森の植物から聞いた情報をそっと教えてくれた。
「その所為で食料や薪が足りなくて困ってな。領主様に陳情を出したんだが、ゴブリン程度に騎士団を出すなど金の無駄だと言われて断られたんだ」
「おいおい、領主は何をやってるんだ。それじゃあ騎士団はただの無駄飯喰らいじゃないか」
「まったくだ。しかも税はいつも通り取っていくんだぜ。まったくやってられないぜ」
と、ソロムが吐き捨てる様に言う。
「ソロム、さすがに領主様批判は不味いですよ」
「かまうもんか。ここには俺達しかいないんだ」
「そうですけど」
ソロム達も領主への不満が溜まっているみたいだな。
まぁその気持ちは凄く分かる。
だが成る程。それならもうカッツ達にもう心配は要らないと教えてやるか。
ちょうどゴブリン達は俺達が退治したから……
「安心しなさい。そのゴブリン達ならば、我が王が討伐してくださいました!」
「「「え?」」」
「え?」
と思ったら、リジェが俺が口を開くよりも先にゴブリン達を討伐した事を告げる。
「そ、それは本当なのか!?」
「勿論です! 我が王の前にはゴブリン共など敵ではありません! 既に森からゴブリン共は駆逐され、これからは安全に森の恵みを得る事が出来るでしょう!」
そう言ってリジェと果実兵達が俺を称える様に手の平を向けてくる。
「「「お。おぉーーっ!!」」」
「マ、マジかよ!? あのゴブリンの群れをやっつけちまったのか!?」
「す、凄いんですね冒険者って!」
「ア、アンタ只者じゃなかったんだな!?」
三人組が目を輝かせて俺を見つめてくる。
リジェーッ! もう少し言い方ってもんがあるだろぉーっ!
「い、いや、俺だけの力じゃないから……仲間達の協力があったからこそだよ」
流石にアレを俺の手柄というには憚られ過ぎる。
何せ殆ど果実兵達の手絡だからな。
「ああ、我が王にそこまで言っていただけるとは、光栄の極みです! ですが我等家臣の活躍は王の活躍! 我らは王の駒でしかないのですから我が王がお気になさる必要はございません!」
「な、なぁ。そっちの姉ちゃんがさっきからアンタの事を王って呼んでるけど、どういう意味なんだ?」
くっ、気にしてほしくない所に気づかれた!
「ふっ、王は王です。我等は王に使える家臣。我が王こそ、万物を産み出せし我らがお母様の主なのですから!」
「「「お、おおー?」」」
「な、なんか良く分かんねぇけど、凄い奴って事なんだよな?」
「そ、そうだね。僕達学の無い農民だから良く分かんないけど、きっと凄い人なんだと思うよ」
よ、良かった、リジェの説明が理解できなかったお陰で、それ以上の深い追及はなさそうだ。
「よく分からんが、アンタ等のお陰でゴブリンに怯えずに森に入れるようになったって事なんだよな? 礼を言うぜセイ……王様?」
「セイルで良いよ」
というか王様は勘弁してくれ。
「分かった。ありがとうなセイル」
「でも助かったぜ。村長が嘆願に行っても、領主の野郎は何もしてくれなかったからよう」
ああ、やっぱり領主は何もしなかったのか。悪い意味で予想通りか。
「よし、それじゃあさっそく森に入って狩りをしようぜ!」
「ああ、これでようやく肉を食わせてやれる!」
「山菜も取り放題ですよ!」
だがカッツ達は森での狩りが再開できると知って、希望に満ちた眼差しになる。
「それじゃあ俺達は狩りに戻るよ」
「邪魔したな」
「じゃ、じゃあ失礼します」
「おいおい、ちょっと待った。食料を渡すまで待ってくれよ」
勢い勇んで村を出ていこうとしたカッツ達を俺は止める。
「おっと、そうだった」
慌て過ぎたカッツが恥ずかしそうに笑みを見せる。
ちょうどその時、ラシエルから食料を受け取った果実兵達が戻ってきた。
「ほら、持って行ってくれ」
「持って行ってって……お前コレ、果物だけじゃないぞ!?」
「肉だ!」
「野菜も入っていますよ!?」
大きな袋一杯に詰まった大量の食料に、カッツ達が目を丸くする。
「さすがに森に入ってすぐ村人全員に行き渡る程の食料を確保できるとは思えないからな。それまでの蓄えは要るだろう」
「いやだからって、これは……」
さすがにこれだけの食料は受け取れないと、困惑するカッツ達。
「あーアレだ、いきなり取り囲んだ詫びも込みだ」
「けど、それでもこの量は……」
さすがにちょっと多すぎたか? だが少なすぎても村で取り合いになったら不味いしな。
「それは隣村との友好の証とでも思っておいてくれ。この村の復興はまだ始めたばかりだし、俺は長い事故郷を離れていたからな。地元の事情に詳しい連中と仲良くなっておきたいんだ」
「むぅ……」
カッツはどうしたものかと悩むが、それをソロムとエンドロが宥める。
「カッツ、ここはありがたく貰おうぜ」
「そうだよ。これだけあれば皆が暫く食い繋げる事が出来るよ」
「お前等……」
仲間達に説得され、カッツが大きくため息を吐いて頷く。
「そうだな。まずは村の皆の事を優先するべきだな」
そう告げると、カッツが俺に向き直る。
「この申し出は若い俺達が勝手に決めて良い事じゃない。だからアンタ等に何か頼まれた時、俺達が勝手に受けた話だと村長達は断ろうとするかもしれん。だがそうなったとしても、俺達だけは必ずアンタに恩を返す為に手伝う事と約束する。それでも良いだろうか?」
村としての決断をする立場にないから、自分達だけでも借りを返す事を約束すると宣言するカッツに、俺は好感を抱く。
冒険者時代にもこういった生真面目な連中に出会った事があるが、そういう奴は皆そろって義理堅い良い連中だった。
だから俺はカッツを信用できる男だと認める。
「ああ、それでいい」
俺とカッツは、互いに笑顔を浮かべるとガッチリと握手を交わした。
「本当に助かったー」
「何かあったら言ってくれよなー」
「必ず借りを返しに来ますからー!」
食料を抱えてリンゼ村へと帰る事にしたカッツ達は、帰り際に何度も俺達へ感謝の言葉を口にしながら去っていった。
「ふぅ。隣村との初交流は、悪くない結果に終わったな」
◆カッツ◆
「結局アイツは何者だったんだろうな」
リンゼ村への帰り道、ソロムがそんな事を呟いた。
「何者って、そりゃあ隣村の生き残りだろ」
「ホントにそう思ってんのかカッツ?」
ソロムにそう言われて、俺はついさっきあの村で起きた出来事を思い出す。
廃村となった村へとやって来た俺達は、突然奇妙な生き物に囲まれ、死を覚悟した。
食料を得る為にこんな所までやって来たのに、こんな事になるなんて……
こんな事ならこんな大木無視していれば良かったと後悔した。
だがそんな時、突然奇妙な生き物達が動いた。
まるで道を開ける様に左右に分かれ、剣を天に構えてピシリと止まる。
そしてその中を、鎧に身を包んだ男女が通ってくる。
その姿は、まるで物語に出てくる王のパレードのようだった。
「まぁ、只者じゃないのは確かだな」
セイルと名乗った男は、自分の事をかつてこの村に住んでいた人間だと言ったが、その割には隣にいたリジェという女がセイルの事を王と呼んで敬っていたのが気になる。
まぁあまり深入りしない方が良さそうだったので、納得する事にしたが。
「きっと貴族ですよ! 王様って呼ばれてましたし、もしかしたらお忍びの王族だったのかも」
「ははは、まさか」
とはいえ、これだけの量の食料をポンと差し出してくれたのだから、強く否定する事も出来ない。
「俺は超一流の冒険者だと思うぜ。ダンジョンで手に入れたっていうあの大木と、変な連中、それにゴブリン共を倒してくれたっていうじゃねぇか。だったら貴族よりも一流の冒険者だと思うぜ!」
確かになセイル達のお陰で、森を支配していたゴブリン達が討伐されていと聞いた時は驚いた。
信じがたい話だが、あれだけ高価そうな武具を身に着け、あの変な生き物を従えていたのだから嘘ともう思えなかった。
何より、後ろに控えていた女の迫力は、森で魔物に追いかけられた時を思い出させた程だ。
ともあれ、彼等のお陰で遠く離れた森へ危険を冒して狩りに行かずに済むようになったのは、本当にありがたい。
だからソロムの言う強い冒険者だと言う説も理解できる。
「何にせよ、俺達がセイルに恩を受けたのは間違いない。俺達はあいつから受けた恩を必ず返す。それで良いだろう」
「だな!」
「そうだね!」
あれだけの食料を気前よく与えてくれたセイルは、きっと良い奴だ。
そしてその素性も只者ではないのも間違いないだろう。
だがそれはそれ、俺達がセイルに恩を受けたのは間違いない。
だから、アイツが困ったら、必ず恩を返しに行こうと、俺達は心に誓ったのだった。
「でもやっぱりアイツの正体は気になるぜー」
「だからやめとけって」
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