第10話 エピローグ 新たなる成長

「ただいまー!」


「ただいま戻りましたお母様」


 ゴブリンの死体の回収などもあって、すっかり空が明るくなった頃に俺達は帰って来た。

 

「みんなおかえりなさい!」


 そんな俺達を、ラシエルが笑顔で出迎えてくれる。


 精神的に疲れた夜の戦いだったけど、ラシエルの笑顔でそんな気持ちを吹っ飛ぶぜ。


「ラシエルにお土産の肥料を持ってきたぞー!」


「わーい!」


 娘にお土産を買って帰ってきた父親みたいなセリフだが、持ち帰ったのはゴブリン達の死体なのがちょっぴり申し訳ない。

 なお一番の目玉はゴブリンキングの死体だ。


「リジェもよくがんばりましたね。えらいえらい」


「はふぅ~お母様ぁ~」


 戦いでアレだけ凛々しく振舞っていたリジェが、今はラシエルに頭を撫でられ、溶けた猫みたいなだらけた顔になっている。それでいいのか果実将。


「よーし、それじゃあ持ち帰ったゴブリン達を埋めてくれ!」


「「「「!!」」」」


 リジェがポンコツになっているので、代わりに俺が果実兵達達に指示を出す。

そして上位種のゴブリン達を植えてゆくと、ラシエルが嬉しそうに身震いする。


「うーん、えいようがたくさんです!」


 やはり以前リジェが言った通り、上位種の方がラシエルにとって栄養になるみたいだった。


「じゃあ本番行こうか」


「おおー!」


 俺の言葉に、ラシエルが期待に満ちた声をあげると、果実兵達が本命を運んでくる。


「本命の肥料、ゴブリンキングだ!」


 群れのボスであるゴブリンキングなら、ラシエルに更なる栄養を与えてくれる事だろう。

 まぁ俺は戦っていないけど。


「「「「!!」」」」


 果実兵達がゴブリンキングの死体をラシエルの根元に埋めると、ラシエルがブルリと体を震わせた。


「ラシエル?」


「んんんんんん~~~~っ」


 突然小さな体を子犬の様に震わせだした事に俺は困惑する。

 何だ? もしかしてゴブリンキングは口に、いや根に合わなかったのか?


「大丈夫ですよ我が王。お母様はご馳走を味わっているだけですから」


 と、復活したリジェが心配する俺を宥める。


「ご馳走?」


「はい」


 と、会話の途中でラシエルの震えが止まったと思ったら、両手と共に勢いよく背筋を伸ばした。


「はぁっっ!!」


 ズモモモモモッッッッ!!


 その動作に呼応する様に、世界樹がザワリと揺れ蠢きだす。


「なっ、なななっ!?」


 次の瞬間、世界樹が猛烈に成長を始め、どんどん大きくなっていく。


「せ、世界樹が大きく!?」


 幹が長く太くなり、枝が伸び、根っこは波の様に村に広がってゆく。

 そして俺が初めて種を植えたあの時の様に、世界樹は瞬く間に成長を終えた。

 これまでとは比べ物にならない大きさになって。


「な、何で……!?」


「上位種であるゴブリンキングを肥料として埋めたからです」


 何事もなかったかの様に、リジェが俺の疑問に答える。


「ゴブリンキングを埋めただけでか!?」


「はい。高位の魔物はお母様の良い肥料になるとは以前言った通りですが、王の名がつく魔物の様な特別な個体は殊更に栄養価が高いのです。世界樹としての格が上がる程に」


「世界樹の格? この急成長の事か!?」


「その通りです!」


 俺の疑問に答えたのは、ラシエルの声だった。

 ただしその声はいつものラシエルとは違い、よりはっきりと、そして理性を感じさせる声で……何よりとても聞き覚えのある声音だった。


 振り返れば、そこには見知らぬ、けれどとても見覚えのある雰囲気の少女。


「……エリ……ル?」


「お兄ちゃんのお陰で私は成長できました!」


 妹の面影を強く残すその少女は、とても嬉しそうな笑顔と共にそう告げた。


「成長って……まさかお前、ラシエルか!?」


「はいラシエルです!」


 なんという事だろう、その少女は自分の事をラシエルだと断言した。

 だが俺の知っているラシエルはもっと幼い少女だ。

 だが目の前のラシエルを名乗る少女は、俺の知っているラシエルよりも大人の姿をしていた。

 年齢にして10歳くらいだろうか?


 妹の、エリルの死んだ年と同じくらいの背丈が、なおさらにラシエルをエリルと見まがわせる。

 

「成長って、ええ!? ちょっ……マジか!?」


「本体である世界樹が成長した事で、お母様の聖霊としての姿も成長したのです」


「したのですってお前……」


 しれっと当たり前の様に言われてもそう簡単に受け入れるなんて出来ないんだが……

 何より、成長したラシエルはこれまで以上に妹の面影を思い出させる事が俺の動揺を誘う。


「これでもっとお兄ちゃんのお役に立つことができますよ!」


 けれどそんな俺の動揺など知らぬと、ラシエルは自信に満ちた声をあげる。


「そ、そうなのか?」


「はい! 今まで以上に色んなものをいーっぱい実らせますね!!」


 妹を、エリルを思い出さずにはいられない笑みで言われては、こちらも何も言えなくなる。

 

「そ、そうか。それは頼もしいな」


「はい! いーっぱい頼りにしてくださいね!」


 成長したにも拘わらず、ラシエルは俺に元気一杯で抱き着いてくる。

 こんな所もエリルを思い出させるな。

 アイツもいつまでも子供っぽい甘えん坊だったからなぁ。


「まぁ……いいか」


 この子がなぜエリルを思い出させるのかは分からない。

 だがこの子は俺の敵ではないし、俺の役に立とうとしてくれる。

 なら疑うだけ無駄というもんだろう。

 

「何にせよ、ゴブリンの脅威は無くなった訳だし、これからは皆でのんびり暮らせるな」


「はい! これからもお兄ちゃんと一緒です!」


 ただ一つ、問題があるとすれば……


「けど、これはどうしたものかなぁ……」


 成長した世界樹にその敷地の半分を飲み込まれた村の姿を見つめながら、これからどこで寝泊まりしたものかと、俺は内心困惑するのだった。

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