第6話 ボクサー
ここは街外れにあるボクシングジム。
サンドバッグを叩く音が鳴り響いていた。
最後の力を振り絞ってサンドバッグを一発おもいっきり強いのを叩いて男は練習を終了した。
頭から湯気が出ている。Tシャツはビショビショになり体中の水分が抜けたようだった。
男はタオルで全身を吹いて扇風機にあたった。5分ほどで呼吸を整えクールダウンした。
素早く着替えると男は「お先に失礼します」と言ってジムを後にした。
男はジムから出るとそこから15分ほどの距離にある雑居ビルに向かった。
雑居ビルに入った男はエレベーターに乗って地下1階のボタンを押した。
「ここがメディテーションルームってやつか・・・」
どうやらこのボクサーはメディテーションルームを利用するようだ。
男がドアを開けると支配人のミタがあいさつをした。
支配人ミタ「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」
「ああ、予約してた。ヤマモト・リュウジだ」
支配人ミタ「ヤマモト様、お待ちしておりました。それではこちらへどうぞ」
支配人ミタの誘導でヤマモト・リュウジは奥の部屋、101号室に案内された。
部屋に入ると何も言わずにサッとVRCと書かれた大きなイスに座るヤマモトであった。
VRCが起動してヤマモトは仰向けの体勢になった。
うえからVRゴーグルが下りてきてヤマモトの目元を覆いつくした。
支配人ミタがいつものセリフを言う。
「ここはお客様がご自由に仮想世界をお楽しみいただける瞑想の部屋です。
実に様々なお客様にご来店いただいております。
きっと他にはない特別な体験をすることができるはずです。
肩の力を抜いてリラックスして席にお座りください。
それでは始めさせていただきます!3・2・1・・・GO!」
ヤマモトの視界にVRゴーグルが映像を映し出す。
リュウジ「ここは・・・リングの上?」
気づけば今度の対戦相手が目の前にいるではないか・・・。
リュウジ「お前は・・・イナモリ・テツオだな」
テツオ「そうだ、さぁ試合やろうぜ」
リュウジの両手にグローブがついた。マウスピースも装着済みだ。
リュウジ「よし、やってやるか!」
両者がグローブを合わせて試合は始まった。レフリーとギャラリーの姿も気づけばそこにあった。
勢いよく両者が飛び出して激しく打ち合う。
リュウジにとってこれは負けられない試合だった・・・。
今度の試合に勝てば、ヤマモト・リュウジは優勝する。この試合で勝たないとプロになっても大きな試合には出れない。
テレビで放送されるような大きな試合に出たかった。
今までボクシングをやって積み重ねたものがそこで終わってしまうのだ。
28才で無名のボクサーのまま・・・。
そのへんにいる奴よりは強いが、ボクサーとしては二流以下。
これで現役生活が終わってしまう・・・。
リュウジは焦っていた。現役最後になるかもしれない・・・。
嫁や子供のためにも勝たなければ・・・。
対戦相手のイナモリ・テツオは23才で大学を出てプロになったばかりのボクサーだ。大学時代も優秀な成績を収め、これから天下を取るつもりで野心が溢れている。
そんな野心の塊とリュウジは戦っている。
昔はリュウジもハードパンチャーとして恐れられていた。しかし、自分の強さに対する
女遊びに夢中になり、夢中になって遊んだのはいいが子供ができた。
気づけばブランクもあり年齢も28才というスポーツ選手としてピークのときだ。
そうなったときに”自分は今まで何をやっていたのだろうか?”と自問自答する本当の自分がいる。
目が覚めたリュウジは最後の挑戦をしてやろうと心に決めたのだった。
だが、現実とはそんなに甘くない。
VRCで体感するこの試合で、リュウジはテツオにボコボコにされて判定で負けてしまうのだった。
リュウジ「チクショー!なんでだよ!今の俺、勝ってただろ?もう一回だ。もう一回やらせてくれ!」
リュウジは興奮状態だったが客席を見たとき、ふと我に返った。
そこには嫁と子供がいるではないか・・・。妻が泣いている・・・・。
リュウジの肩から力が抜けてしまった。
リュウジ「そうか・・・。今の俺じゃああいつは倒せないってことなんだな。わかった」
リュウジが見ていた画面が真っ暗になり、VRゴーグルがうえに上がっていった。
VRCが元のイスの状態に戻った。
支配人ミタ「いかがだったでしょうか?満足いただけましたか?またのご来店をお待ちしております」
リュウジ「ああ・・・・満足したよ」
不機嫌そうな顔だったがリュウジはそう言って去っていった。
その後、彼はさらに練習に励み、試合はイナモリ・テツオを倒して、優勝したという。
彼は大きな試合に出てテレビでも活躍の場を広げているそうだ。
リュウジがメディテーションルームを利用して、衝撃だったことがあるという。
それこそ顔面を強打されるほどの”痛み”があったと彼は語っていた。
リュウジ「やっぱり嫁に泣かれるのが一番つらいよなぁ・・・」
支配人ミタ「VRゴーグルとVRCによって、過去、未来、異次元、宇宙など、あなたの見たいものを見ることができます。
”見たいもの”を見るのです。見たくない結果であれば軌道修正するのはお客様、ご本人次第でございます。
それではまたのご来店をお待ちしております」
支配人ミタは笑顔で深々と頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます