第3話 告白

季節はすっかり冬になり風が冷たく街行く人々もどこか素っそっけない。

日が落ちるのも早く17時をまわると辺りは暗くなっていた。


ここは街外れの雑居ビル。そこへブラウンのロングブーツを履いたキレイな女性がビルの中に入って行った。


女性はファー付きのモカピンクのコートを着ていた。インナーはVネックの紺色のセーターでスカートは白だった。

どこかのお嬢様のように見えるがお嬢様にしては髪型が派手すぎる。


その女性は雑居ビルのエレベーターに乗り地下1階へと下りていった・・・。


女性はなんの迷いもなくメディテーションルームのドアを開けて中に入った。


支配人ミタ「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」


「ええ、予約してたサエコです」

オシャレな服装をしていた女性はサエコという名前だった。

25才、キャバ嬢である。


支配人ミタ「お待ちしておりました、サエコ様。さぁこちらへどうぞ」

支配人ミタは奥の部屋へサエコを案内した。


サエコは201号室に入った。中にはボディにVRCと書かれた大きなイスがある。

サエコはイスに座った。


VRCは機械音を立てながら動き出した。サエコは仰向けの体勢になった。

それと同時に天井からVRゴーグルが下りてきて、サエコの目元を覆いつくした。


支配人のミタがいつものセリフを言う。

「ここはお客様がご自由に仮想世界をお楽しみいただける瞑想の部屋です。

実に様々なお客様にご来店いただいております。


きっと他にはない特別な体験をすることができるはずです。

肩の力を抜いてリラックスして席にお座りください。


それでは始めさせていただきます!3・2・1・・・GO!」


サエコは気がつくと駅前の待ち合わせ場所に立っていた。

そこへ「待った?」という声がどこからか聞こえてきた。


振り向くといつも同伴をしてくれる銀行員の男性の姿があった。


サエコ「イヤ・・・今、来たところ」

銀行員の男「ああ、そう・・・。よかった。サエコさんを待たせるわけにはいかないからね」


銀行員の男はどこか優しい雰囲気のある背の高い男だった。


サエコ「サクラギさん・・・今日は何食べに行くの?」

銀行員の男「苗字で呼ばないでよ(苦笑)そろそろ知り合って1ヶ月になるからテツヤでいいよ」


サエコ「そうね・・・。デートで苗字を呼ぶのおかしいよね」

テツヤ「客と店の人だから、おかしくはないかもしれないけど俺はサエコさんに本気だから・・・」


サエコはキャバ嬢をやっているが恋愛がとても苦手だった。見た目の良さで今までカバーしてきたがそろそろ自分も好きな人に自分から告白できるようになりたいと思っていた。


テツヤ「そうだ!今日は鍋料理を食べに行こうよ。フグとかどう?」

サエコ「ええ、私・・・フグ食べたことない。鍋だったらテッサとテッチリどっちなの?」


テツヤ「テッサはフグの刺身でテッチリが鍋だよ」

サエコ「テツヤさんってよくフグ食べるの?」


テツヤ「ああ、テッサもテッチリもよく食べるよ」

サエコ「そうなんだ。じゃあエスコートしてね♪」

テツヤ「ああ、わかった。任せて」


こうして創作料理があるフグ料理店に二人で入った。和風の店内は個室があり、二人は個室のほうが落ち着くから、店員に個室を案内してもらった。


コース料理を頼んで二人は順番に運ばれてくる料理を堪能した。


サエコ「ああ、おいしい♪フグってこんな味だったんだ。意外と好きかも♪」

テツヤ「ね♪おいしいでしょ?最初はみんな戸惑うんだけど食べたらみんな好きになるんだよ」


二人はお酒も入って、カップルらしい雰囲気になった。


実はサエコはこの銀行員の男サクラギ・テツヤのことが好きになっていた。

銀行員で年収が高いということもあるが、いつも連れて行ってくれるお店がどこか”通”を思わせる店を選択しているところが気に入っていた。


それに自分が知らないことをなんでも知っているような博識なところがテツヤにはあった。


好きになったが自分から客に「好きです」と言えないプライドがサエコにはあった。

そのため予行練習として、このメディテーションルームを選んだようだ。


キャバ嬢の多くは恋愛のスペシャリストである。狙った獲物は逃さない。

さらに自分から告白することなど考えていない。

自分が好きになった相手なら「相手に告白させればいい」というスタンスである。

そのへんが不器用なサエコにはそれができないでいた。


ならば自分から告白しよう・・・という経緯いきさつである。


サエコ「あのー・・・私、もしかしたらテツヤさんのこと・・・」

テツヤはお酒を飲みながらじっと耳を凝らしている。


サエコ「えーっと、す・・・好きになっちゃったかも・・・」

テツヤ「ほんとに?嬉しい。じゃあ俺たち両想いじゃん。もしかして付き合ってくれるの?」


サエコ「ええ、私は喜んでOKよ♪」

テツヤ「おおー!俺もめちゃくちゃ嬉しいよ。サエコちゃんに会うためにキャバクラに通った甲斐かいがあったよ」


付き合うという話になってから二人は創作料理があるフグ料理の店を出た・・・。


画面が真っ暗になりVRゴーグルが天井のほうに上がっていった。そして、VRCが動き出した。元のイスの形に戻った。


支配人ミタ「いかがだったでしょうか?お楽しみいただけましたか?それではまたのご来店をお待ちしております」


サエコ「このメディテーションルームで見たことって本当になるって聞いたんですけど・・・?」


支配人ミタ「ええ、あなたは未来を見られました。これからあなたが見たことが本当に現実になります。安心して自信を持って前にお進みください。きっと未来は切り開けますよ」


サエコ「ありがとうございます。なんだか明るい気分で進めそうです」


こうしてサエコとテツヤは次のデートで付き合うことになり、この後、3年の交際期間を経て、結婚するのであった。


サエコはキャバクラを辞めて専業主婦になり、銀行員のサクラギテツヤは可愛い妻のために人一倍、仕事をがんばるのであった。


サエコはこのメディテーションルームを一度利用しただけでもうここに来ることはなかった。

だが、彼女にとってその一度が大きな転機になったのはいうまでもない。


支配人ミタ「いろんなお客様がご来店されております。皆さんとても当店のサービスに満足しておられますよ」


支配人ミタ「サエコ様が未来を見て現実にできたのは、きっとメディテーションルームにてイメージトレーニングができたためではないでしょうか」


映像も声も五感さえも感じさせてくれるVRCのイスとVRゴーグルを使用したサービスによって、はっきりとした未来のビジョンが映し出され、利用した本人も無自覚なままに”それが現実になる”と思い込む。


また一人、メディテーションルームを利用して、自分の未来を切り開いたのであった。


支配人ミタ「当店は予約制になっております。現在、予約のお電話が鳴りっぱなしでして・・・半年先までご予約いただいております。嬉しい限りです」


支配人ミタは笑顔で深々と頭を下げた。

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