第6話 商人ガマ
「
マーカンドルフが手配して来た男はガマという商人だった。名は体を表すの通りの風貌だ。年齢不詳だが聞けば三十三歳、少年の頃から奉公していればのれんわけもあり得る年齢だが、ブラスト商会の陰の実力者、だったらしい。陰過ぎて、ブラスト商会内でもそう思われていなかったそうだが。
「過大評価を受けがちな者もいれば過小評価されがちな者もいます。このガマは過小評価されがちな男で、ブラスト商会は彼の働きで持っていましたが…」
「このツラやからね」
ガマはイッヒッヒと薄気味悪く笑った。
「ブラスト商会は娘さんが三人いて、先代の会頭はいずれかとこのガマをめとわせるつもりだったようですが」
「そりゃああきまへん。いくらなんでも嬢さんたちがお気の毒やわ」
「まあ、結局、ガマより格下の者たちと結婚することになって、ガマはちょっと立場的に微妙なことに」
「まあまあ、事情は分かった。実績は申し分ない。うちの村でも利益がでるのはでるだろうけど、しばらくは苦労をかけるかもしれないが、ぜひダグウッド村に来てほしい」
「儂にとっても渡りに船でっせ。店舗まで用意してもらえるとはありがとさんです」
ガマ商会の店舗はダグウッド屋敷の外周に面した使用人棟のひとつで、居住空間もついているし、塀を壊せば店舗への出入り口も確保できる。家賃は無料。
「ギルド税の方は収めてもらうけど、三年間は領主への税は免除する。三年の間に経営が上向けばいいんだけど難しいようなら免税期間の延長もありだ」
「いたれりつくせりで、すんませんな」
「輸送用の荷馬車は自前で用意して欲しい。それと村の者たちはまだ買い物に慣れていないから、いきなり高い商品を売りつけられると…」
「分かっておりますわ。小口のものをいろいろと、やね」
こうしてガマ商店がダグウッド村に誕生した。
ガマが運搬用に用意したのは牛車だった。歩みは遅いが、力は馬と遜色ない。何よりいいのは、飼葉の量が馬の半分で済むことだった。
商品として需要が多いのは衣服だった。
ただ、ガマは既製服を売ったのではなく、二束三文で端切れを仕入れて、それを安値で売った。村人が無理なく買えるように配慮したのだ。
人生の裏も表も知り尽くしているガマならば、村人が破産するような事態は避けられるだろう。
ガマ商会が開始してから一ヶ月もしないうちに、ガマの商店に商品が入荷したらたちまち人が押し寄せる状況になった。
「繁盛しているのはいいけど、過剰消費にならないかな」
居間の窓からガマ商会を見下ろしてフェリックスがいう。アビーはそれを見て言った。
「あら、知らないの? フェリックス」
「なにを?」
「あれはね、自分たちで使うために端切れを買っているんじゃないのよ。柄や模様をうまく組み合わせて、服の形に仕上げたら、ガマさんが買ってくれるのよ」
「ええっ? そんなことしてんの?」
「もちろん全部買い上げてくれるわけじゃないよ。質のいいものだけ。だからああしてちょうどいい端切れを熱心に選んでいるのよね。おかみさんたちもちょうどいい現金収入になって喜んでいるよ」
「そうかあ。マルイモは今のところ持ち出し禁止にしているし、ここからギュラーに仕入れに向かう時に空で走らせるのはもったいないなあと思ってたんだよね。と言ってダグウッド村には特産もなかったし。ガマが自分でその辺は解決してくれたんだ」
「ダグウッド織っていうんだって。端切れをつなぎあわせたものって言ったら、なんかこう、切ないけど、そういう織物なんだって思えば、柄もいろいろで楽しいじゃない? だんだんギュラー以外でも売れているみたいよ」
ダグウッド織か、とフェリックスは思う。悪くない。フェリックスが思い浮かべたのは山内一豊の妻、千代だ。彼女も端切れで羽織りを作り、その美しさを称賛された。千代紙の語源になっている人だ。
千代紙、みたいな優美な名前があればもっといいかも知れないとフェリックスは思ったが、まずは奇をてらわずにダグウッド織でいいだろう。ダグウッドの宣伝にもなるし、とフェリックスは思い直した。
ただ、元が端切れだけに組み合わせのセンスを問われる。
継続した産業にするには、おかみさんたちのセンスを磨いてゆく必要がある。
「そうだ、コンテストを開こう」
「コンテスト?」
思いついたのが吉日、フェリックスはマーカンドルフに指示して、村中に布告させた。勲功騎士爵夫人にダグウッド織を作ること。優秀作品は高値で買い取られる。最優秀作品の制作者には一年間、チヨの称号が与えられ、勲功騎士爵家に一年、五着の衣服を高値で卸す権利が認められる。
これにはダグウッド村のおかみさんたちが燃え上がった。
一ヶ月後のコンテストはダグウッド屋敷の玄関広間で行われ、優秀作品が並べられた。質のいい作品を見て貰って、全体の水準を引き上げるのが目的だ。
最優秀作品賞はヨナのおかみさんに決まり、50万フロリンという莫大な額、農家の年収の半分にあたる額が支払われた。
黒を基調としてだんだんと灰色になるようにグラデーションを意識して作られた作品で、スリムなアビーの身体のラインにとても似合った。
「いやあ、旦那さんにはかないませんなあ。儂の思い付きを更に広げられて、これはダグウッド織、本当にこの村の特産になるかも知れまへんな」
「ガマには端切れの仕入れを頼む。こう、組み合わせやすい柄を選んでくれ」
「承知ですがな」
馬車も開いたので、あれからアビーは何度かギュラー城に里帰りしていた。最優秀作品賞を着て訪問した時には、キシリアがしきりに羨ましがって、出産を終えて体形が戻ったら、ダグウッド織を何着か発注するわ、とアビーに言った。
それをアビーから聞いて、
「思いっきりふっかけてやれ」
とニヤニヤとフェリックスは笑った。
「いくらで売るつもりなの?」
「チヨの作品なら100万フロリンだな。他の優秀作品なら50万フロリンというところかな」
「原価は2000フロリンくらいなのに…」
「ブランドってのはそういうもんだよ」
ただのパッチワークなのだが、端切れを選ぶ時点で、ガマが厳選している。更にはコンテストという仕組みを作ってからはおかみさんたちのセンスと技量は切磋琢磨しあってめきめき向上している。
他の土地ではおいそれと真似が出来なくなっている。
「ところで例の件、言ってくれた?」
フェリックスはアビーに尋ねた。
「グレゴールの白ワインのこと?」
「そうそう」
「キシリア姉様は怪訝な顔をしていたけど…フェリックスがそう言うなら何か意味があることなんでしょうって言ってそうするって言ってたよ」
フェリックスが言ったのはお産の時にグレゴールの白ワインで産婆の両手や器具すべてを消毒して欲しいということだった。消毒、という言葉は使わなけれど、言っている内容はそういうことだ。
グレゴールの白ワインは辛口で、醸造酒の中ではアルコール度数が高い。ちなみにこの世界の酒はすべて醸造酒である。
アンドレイ・ヴァーゲンザイル伯爵のところのザラフィア夫人が昨年男児を出産した時にも、フェリックスはアンドレイに直で同じことを進言している。アンドレイはその理由を知りたがったが、細菌感染のことを言えば転生のことも言わなければならなくなる。フェリックスははっきりと、理由は言えないが信じてくれ、と言って、アンドレイは信じた。
末の弟が不可解なことをしだして、結果的にいろいろなことが上手くいってきたのをアンドレイは実体験として知っていたからだ。
二人の兄の子たちはフェリックスにとっても甥姪になる。無事に生まれてきて欲しいと願う気持ちは親たちと同じだ。
フェリックスは本当ならば、ダグウッド村のすべての出産にもアルコール消毒を導入したいのだが、庶民にはとてもグレゴールの白ワインを買えるものではない。
それもあって ― 。
蒸留酒に挑戦してみるか。
フェリックスはそこに次の目標を定めた。
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