年を越えると、なんだか中東っぽい

『 Every cloud has a silver lining』


 直訳すれば、「どんな雲にも銀色の裏地が付いている」。 

 なんのこっちゃ、とツッコミを入れたくなるような英文だが、英語圏では「どんな困難な状況にも希望はある」という意味のことわざだったりする。


 暗雲垂れこめる空の向こうには、燦々さんさんと太陽が輝いている。

 陽の光に照らされた雲の裏側は、美しい銀色の光で染められている――そんな様子を比喩的に表現したものだ。


 

 未知のウィルスの脅威に世界が震撼し、「世界最悪の感染大国」で息が詰まりそうな日々を過ごした2020年。そんな年の暮れに、アメリカ国内で始まった新型コロナウィルスのワクチン接種は、まさに『silver lining(希望の光)』だった。


 ようやく、普通の生活が戻ってくる。

 手指用消毒ジェルやアルコール消毒液のスプレー・ボトルを持ち歩く必要もない。

 消毒し過ぎてカサカサに乾燥した手指の「主婦湿疹」に悩まされることもない。

 昨年の春以来、ビデオ通話だけで交流を続けていた友人達と、実際に会ってランチができる。

 感染拡大の深刻化に伴い、どこの店舗でもフィッティング・ルームが封鎖されてしまったから、試着が必要な衣料品の購入は控えていたけれど、また、以前のようにショッピングを楽しめるんだ!


 新しい年が明け、新しい大統領を迎え、2021年はアメリカにとっても、希望に満ちた年になる。



 ……はずが。



 フタを開けてみたら、とんでもないモノが待っていた。



***



 1月6日。トランプ氏が「……we’re going to the Capitol(みんなで議事堂に行こう!)」と聴衆をあおるような演説を終えた。

 その直後。彼の言葉を真に受けた支持者達が、アメリカ連邦議会議事堂を襲撃するという暴挙に出た。


 当日、いつもの習慣でテレビのニュース番組を付けっぱなしにしていたのだが、ライブ配信で映し出される現場の様子を目にして愕然となった。



 ……ここ、どこよ? イラク?  



 職場のテレビでニュース映像を観ていた相方も、全く同じように感じたらしい。

 単身赴任のご主人がワシントンD.C.で働いている友人に『テレビ見て! 議事堂がエライことになってる!』とメッセージを送ると、『何これ? イランかと思った』と返ってきた。

 とんでもなく現実を前にして、脳内で現実逃避が始まるという異常事態。


 テレビ画面の向こう側では、議事堂を目指して突き進む人々の頭上に、支持者が掲げた「南部連合旗レベル・フラッグ」(注)が不気味にはためいている。 

 アメリカ南北戦争時、アメリカ連合国(=南軍)の国旗として使用されていたレベル・フラッグは、愛する郷土を守るために戦った南部州民の「誇りと抵抗の象徴」として、現在でも個人宅の玄関先などに掲げられている。南部州ではよく見かける光景も、それ以外の州民からすれば、「奴隷制度や人種差別を支持する団体や、白人至上主義者が好んで利用するシンボルを掲げるなんて……」と眉を潜める要因でしかない。


 この暴動以来、ニュース報道で「coupクー」という言葉を頻繁に聞くようになった。「政変、クーデター」を意味するフランス語「coup d'etat」が語源だそうな。

 当のトランプ氏は、暴動鎮圧後、「ボクの責任じゃないもんね」という意味を含めたコメントを表明。

 カルト教団の狂信的信者やテロリストを生み出す「マインド・コントロール」を解く作業は、とっても複雑で成功率も高くないと聞く。無責任極まりないの言動も、熱心な信者の耳には「愛国心にあふれた、ありがたいお言葉」に聞こえるらしい。現在まで、トランプ支持者の抵抗は国内各地で続けられている。困ったもんだ。



 1月11日。私の居住区から程近い街で、議事堂襲撃に参加した男性2人が逮捕された。彼らは、白人住民が大半を占めるコミュニティの住人だった。白人至上主義の秘密結社「クー・クラックス・クラン(KKK=Ku Klux Klan)の支部がある地域でもある。

 さすがに物騒なので、しばらくの間、自宅にこもることにした。2021年も、「外出自粛」は初期設定の模様。エエんやけどね、もう慣れたし。



 1月13日。トランプ大統領の罷免を求める弾劾決議案が可決された。罪状は、『5人もの死亡者を出した議会議事堂での暴動を扇動した罪』。

 それだけやないやん、もっと色々あるやん……と心の中でツッコミを入れた。



 1月17日。バージニア州の新型コロナウィルス新規感染者数が9,914人となり、州内の1日当たりの最多記録を更新した。

 「ワクチン接種、いつになったら私の番が回ってくるんやろ?」と思いつつ、バージニア州保健省のサイトをチェックしたら、『あなたのワクチン接種がいつになるか診断しちゃいます』的項目を見つけたので、早速試してみた。

 その結果……


『Based on your responses, you can get the COVID-19 vaccine in the future when it is offered to all people your age.(診断の結果、将来的に、あなたの年齢層がワクチン接種の対象となる時期に、あなたも受けることが出来ちゃいます)』


「だーかーらー、それって、いつやねん!」

 画面に向かって思いっ切りツッコミを入れた後、「結局、なんの目処も立ってへんのやね」と虚しくなった。


 国内のワクチン接種の状況は、当初の計画より相当遅れているらしい。

 バージニア州の現状は、「フェーズ1a(=医療従事者と介護施設の居住者)」と、「フェーズ1b(=エッセンシャル・ワーカー、65歳以上の州民、既往症を持つ16歳から64歳の州民、刑務所の収容者、ホームレス施設の利用者)」が対象となっている。

 我が家の相方は、ワクチン接種の優先順位が比較的高い職業に従事している。が、今のところ「2月頃に接種予定」としか分からないそうだ。


 ちなみに、相方の所属する部署でワクチン接種を希望したのは、20人中、わずか5人。

「へ? なんで、そんなに少ないん? ワクチン余るんやったら、私に打って!」

 

 アメリカでは、「ワクチン接種が原因で自閉症になる」という根拠のない誤情報を本気で信じている人々が驚くほど多い。日本と比べて、ワクチンへの抵抗感も異常に強い。おまけに、「コロナワクチンの接種は、体内に追跡用チップを埋め込むための陰謀だ」などというトンデモ情報がネットで拡散されたこともあって、アメリカ人の半数はワクチン接種を拒否するだろうと言われている。


 英語で「ワクチン反対派の人」は「anti-vaxxer」。コロナ時代の必須英単語として覚えておこう。

 Anti-vaxxer達は、アメリカ各地でとんでもない状況を引き起こしている。


 ニューヨーク市の公立病院では、医療従事者が接種を拒否した結果、数千回分のワクチンが余ってしまい、とっても困惑したそうな。

 そのニュースを観ながら、「困るくらいやったら、私に打って!」と叫んだのは言うまでもない。


 ウィスコンシン州では、低温保存が必要なワクチンを意図的に常温で放置したとして、46歳の薬剤師が逮捕された。彼は「ワクチンは人間のDNAを改変する! 病院の陰謀なんだ!」「世界は終末に向かっているんだ!」と本気で信じていたそうな。おかげで、500回分のワクチンが廃棄処分となった。

 「医療従事者のクセに、なにしとんねん!」と思ったのは、私だけではないはずだ。




 1月19日。大統領就任式前日。ワシントンD.C.は、さながら中東の紛争地帯。防弾ベストを身に着け、自動小銃を携行する兵士で埋め尽くされている。

 その数、2万5000人。毎年、大阪城ホールで年末に開催される『サントリー1万人の第九』コンサートの参加者が1万人なので、2.5年分の参加者が一堂に会したことになる。鍛え抜かれたムキムキ・ボディの兵士達が、大阪城ホールの中でひしめき合う……想像しただけで暑苦しい。


 迷彩服姿の彼らの胸元に付けられているのは、「U.S. ARMY(アメリカ合衆国陸軍)」の胸章だ。が、彼らは正規の陸軍兵士ではなく、「州兵」と呼ばれる存在なのだとか。

 ムクムクと疑問がわいてきたので、その分野の専門家である相方に聞いてみた。 

「陸軍兵士やないのに、なんで陸軍の胸章を付けてんの?」

「良い質問だね。キミと同じ疑問を抱く人は、とっても多いんだ」



 ……いや、それ、答えになってへんし。

 


「えーと……じゃあ、あれと同じ迷彩服の集団が目の前にいたとして、『あ、キミは州兵だね。で、キミは陸軍』って仕分けするのは、可能なん?」

「遠目からじゃムリ。腕の記章を見ないと所属が分からないから」

「記章って?」

「腕に付いてるワッペンみたいな、アレ」



 ほお、なるほど。

 この答えは、なかなか専門家っぽい。



「で、陸軍と州兵の違いって、なんやの?」

「分かりやすく言えば、州兵はアメリカ国内で自国民を相手に戦うことが出来るけど、米軍兵士には国民を守る義務があるから、自国民に武器を向けることは出来ない、ってことかな」



 ……なんですと? 



 うっかり忘れていたが、我が家の相方は、説明するのがとってもヘタだったりする。

 なので、州兵については、相方所蔵の資料から適当なモノを抜き出してもらった上で、自力で調べることにした。



 「州兵(United States National Guard)」は、その名の通り、州内における治安維持や災害救援などを担い、州知事の指揮下にある「州の軍隊」だ。

 彼らの起源は古く、植民地時代、ヨーロッパからの入植民が未知の危険から身を守るために武装した「自警団(Militia)」にまでさかのぼる。アメリカ合衆国軍(United States Armed Forces:いわゆる「米軍」)の起源がアメリカ独立戦争時に編成された「大陸軍 (Continental Army)」であることを考えれば、植民地時代から存在する州兵の方が遥かに長い歴史と伝統を持っているのは明らかだ。

 

 合衆国の建国以来、州兵達は愛する故郷を守るために、合衆国軍と共に戦い続けた。独立戦争、南北戦争を経て、第1次世界大戦で合衆国軍に「予備選力」として編入された後も、第2次世界大戦、朝鮮戦争、湾岸戦争、アフガニスタン侵攻、イラク戦争など、アメリカが関与した殆どの戦争で「実戦部隊」として活躍している。


 意外だったのが、州兵達のほとんどが、定期訓練(月1回の週末と、夏期2週間)への参加が義務付けられている「パートタイマー」であり、普段は一般市民としてごく普通の生活を送っている、という事実。アメリカの強さは、ごく普通の隣人が、従軍経験者だったり火器のエキスパートだったりするところにあるのだと実感。

 今回の暴動事件のように、国家の有事に際しては、連邦政府の要請で緊急出動することも多いのだとか。

「そういう時って、普段の勤務先は有給扱いにしてくれるんやろか?」と妙なところが気になるのは、関西人気質のなせる技か。



 さて、肝心の「陸軍と州兵の違い」についてだが……


 国家防衛と国民の安全を担う米軍は、アメリカ国内外で自国民に武器を向けることは許されない。

 対する州兵は、郷土と州民を守るために、自国民に対しても躊躇なく武器を向ける訓練を受けている──と判明。



 結論: 相方が言ったことは正しかった。反省しよう。



***



 最後まで己の非も敗北も認めることなく、妄想世界にどっぷりとつかったままの彼は、「本日正午を過ぎると、大統領専用機が使えなくなる」という理由で、早朝、ホワイトハウスを後にした。


 現在でも、アメリカ国内には、マスク着用を拒否し続け、ソーシャルディスタンスなど知らぬ存ぜぬで、「大統領選挙で不正があった」「票が盗まれた」と声高に叫び、新たな暴動を起こすべく暗躍するやからがウヨウヨしている……


 そんなワケで、新年が始まったばかりなのに、終末感がハンパない。




 第46代アメリカ合衆国大統領就任式 (United States Presidential Inauguration)まで、いよいよ秒読み開始。

 州兵達に守られ要塞と化したアメリカの首都は、澄み切った冬の空の下、異様な静けさに包まれている。



 頑張れ、アメリカ。負けるな、アメリカ。

 新政権と共に、心穏やかな日々が訪れますように。




(注)南部連合旗レベル・フラッグ:南部では「Confederate Flag」の呼び名が一般的


(2021年1月20日 公開)

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