嘘偽りなく夫婦です

 アメリカ全土で、超大型の嵐が吹き荒れている。

 事の発端は、今月21日まで5回に渡って全米でライブ中継された『トランプ大統領糾弾の公聴会(=Trump Impeachment Hearings)』だ。

 

 おバカな大統領の不正を暴こうと調査を進める民主党主導のもと、アメリカ議会下院で開かれた公聴会では、12人もの政府高官らが証人として口述審問を受けた。その様子を、主要なニュースメディアはもとより、日頃から我が家で付けっ放しにしているローカルテレビ局までもが、一日中、放映し続けた……5日間に渡って、である。

 現職の大統領を弾劾裁判にかけるには、確固たる証拠とテレビの前の国民の支持が不可欠とあって、民主党も必死なんやね、などと思いつつ。我が家はNetflix、Huluなどの動画配信サービスを契約しているので良いが、そうでない場合、かなり退屈な5日間だったに違いない。


 そんな中、当の本人おバカさんも反撃を開始。支持層の厚い南部州で大規模集会を開き、「ほら、見てよ。ぼくの支持者、こーんなに居るんだよ」とばかりに頑張った。

 そしてまた、新たな『迷言』が生まれる……


 ある日の集会で、公聴会を非難する一場面にて。

「All these people are talking about they heard a conversation of a conversation of another conversation that was had by the president……It’s a whole BIG FAT disgrace.(あいつらみんな、『どこかの誰かが大統領の会話について話しているのを又聞きしちゃってさー』ってな風に、おしゃべりしてるだけさ。ホント、恥さらしだよねー)」


 ……なんですと? 


 元英語教師の習性で、脳内で赤ペン添削しながら、くらくらと目眩めまいを覚えた。

 言葉遊びをする小さな子供さながら、何度も同じ単語を繰り返し、ほとんど意味のない(あるいは、理解不能な)ことを勢いに任せてまくし立てるのは、彼の悪いクセだ。最後の「BIG FAT」に至っては、アメリカ英語で「とにかくヒドイ」を意味する低俗表現スラングだ。公の場で国の代表が使うべきではない。


 英語を第二言語とする国民が多く存在するアメリカでは、大統領は理解しやすく且つ品格のある言葉遣いで話すことが重要視される。専門ライターと綿密に練り上げたスピーチなどは、シンプルながらも格調高く印象的な表現で綴られているので、日本の英語教育の現場では『最高のリスニング素材』として活用されることも多い。

 その全てを見事に裏切ってくれたのが、現大統領だ。

 「はい、今日はトランプさんのスピーチを聴いて、英語のお勉強しましょうねー」なんてことは絶対にあり得ない。そう断言できるほど、彼の英語はとにかくヒドイ。


 そんな大統領を熱狂的に支持するのが、高卒以下の学歴で低所得の白人労働者達だ。

 アメリカの知識階級から『レッドネック日焼けした田舎者(=中南部に住む肉体労働者や農業従事者。現代社会の常識にうとく、人種差別の傾向大)』や『ホワイト・トラッシュ白人のクズ』(=白人低所得者層の中でも特に生活水準が低く、道徳的観念が欠落しているため、犯罪に走りやすい)』と呼ばれさげすまれている彼らが、裕福なぼんぼん育ちの大統領を支える……そんな不可解な構図は、貧困のループに陥り向上心さえ失った彼らを、嘘も方便とばかりに甘い言葉で「洗脳」した結果だ。


 これまた、ある日の集会での一場面。

「キミ達のような肉体労働者ブルーカラーが経済的に苦しいのは、メキシコからの不法移民がアメリカに入り込んでるからなんだよねー。ヤツらがキミ達の仕事を奪ってるんだよー。だから、国境に壁が必要なワケ。どーんと税金使って、どーんと建てちゃおうよ、壁! あ、それから、中国や他の国からの移民、アレもダメだよねー。それに、イスラム教徒と黒人! ヤツらが居るから、キミ達に仕事が回って来ないんだよー。でも一番悪いのは、ヤツらを『マイノリティー』とか呼んで余計な権利を与えちゃった政治家だよねー。キミ達はなーんにも悪くない! ぜーんぶ、ヤツらのせいなんだ! だから、キミ達のために、僕がこの国を、本当のアメリカ国民(=白人のことね)最優先の国にしてあげちゃうよー!」


 貧困層における根本的な問題は、「現状に甘んじることなく、新たな目標に向かって常に努力し、最善を尽くして新たな道を切り開こうとするロールモデル」たるべき存在が身近に居ないことだ。そういった環境で育てば、誰だって悲観的な将来しか描けない。今を生きることに必死で、物事がうまくいかなければ他人を恨み、あらゆる意味で「成功」した人々をねたみ、行政に不満を募らせる。

 そんな彼らが、「品のない、且つあまり賢そうじゃない、でもやたらと親しげなオッサン」口調で語り掛けるトランプに親近感を抱いても、なんら不思議はない。

 曰く、「今までの大統領や政治家って、やたらと気取った態度で難しい専門用語ばかり使って、何を言ってるのかサッパリ分からなかった。『ああ、俺達をバカにしてるんだな』って感じたもんさ。その点、トランプの言ってることは分かりやすいんだよ」

 そりゃそうだ。アメリカ史上初の、政治経験ゼロの大統領だもの。プロの政治家のように振る舞えるワケがない。

 それがかえって共感を呼ぶって、どうよ。


 ついでに言うと、アメリカ大統領は合衆国軍(陸海空軍、海兵隊、沿岸警備隊)の最高司令官(Commander-in-Chief)でもある。従軍経験ゼロの大統領(これまたアメリカ史上初!)が、軍の指揮権を持ち、宣戦布告なしで戦争を開始することも可能なのだ。なんともオソロシイ。

 



 公聴会での証言を通じて、「大統領が個人的な利益のために政権を利用したという明白な証拠を掴んだ! 次は弾劾追訴、そして弾劾裁判するぞーっ!」と民主党側が息巻く中、公聴会終了後に現大統領の支持率がアップする、という皮肉な現象が起きている。

 もう、ワケが分からない。


 果たして、とんでもない「アメリカ史上初」を打ち立てたトランプ大統領の命運は如何に……?


 アメリカの迷走は、まだまだ続く。



***



 先日、移民局から相方にメールが届いた。


『二人が夫婦である明白な証拠として、夫婦名義の銀行口座だけでは足りないので、夫婦である証拠となる書類を追加で2通、迅速に提出してね。じゃないと、グリーンカード発行してあげないよ』


 ……なんですと?

 

 半年以上の待機期間を経て、私のアメリカ永住権更新の申請が『受理』されたのは、昨年(2018年)の夏。それから1年以上を経て、何を今更……と相方と2人、思わず顔を見合わせた。

 そもそも、『受理』とは如何に?


『受理=行政機関が他人の申請を有効な行為として受領する行為のこと』


 何のこっちゃ、と思ったので、受理によってどのような法律効果が生じるか調べてみた。以下、実例。


【婚姻の届け出の受理により、婚姻の効果が発生する】

 日本で結婚した相方と私。市役所に婚姻届を出して受理された瞬間、担当の男性職員さんから「おめでとうございます。これで、お二人は夫婦となりました。あ、ご主人、日本語じゃ分からないですね。えーと(相方に視線を向けて)……キス、プリーズ」との言葉を頂き、「いや、それ、『僕にキスしてちょーだい』って聞こえるし!」とツッコミを入れそうになったのを覚えている。


【永住権更新の申請の受理により、永住権更新の効果が発生する】

 読んで字の如く。実際、申請が受理された後、移民局から『おめでとうございます。これで、あなたの永住権は更新されました』との正式な通知を書面で受け取ってるもんね、私。



 なのに、今になって「夫婦である明白な証拠をもっと出せ! しかも迅速に!」と言われても、とっても困る。

 ええ加減にせーよ、移民局。そして、その影に垣間見える、おバカな大統領の移民政策……ええ加減にせーよ、アメリカ。


 相方も「納得がいかない。もうとっくに更新されたはずじゃなかったのか?」と何度も首を捻っていた。が、政府機関からの要請を無下にして、「じゃあ、永住権、取り消しにしちゃって良い?」なんてことになっては元も子もない、と冷静に思い直したらしく、PCに向かってカタカタとキーボードを打ち始めた。

「とにかく、どんなものが『現在まで引き続き、嘘偽りのない夫婦である明白な証拠』になるのか、調べてみないと」

 くじけそうになってもあきらめず、開き直って挑戦し続ける姿勢って、とっても大事。


 そんなわけで、あーでもない、こーでもない、と言いながら、二人で色々と調べてみた。


 結果、「夫婦共同名義の財産を増やせば良い」と判明。


 当然と言えば当然だが、「そんな簡単に財産増えるんやったら、苦労せーへん」とツッコミを入れるのも、大阪の女としては当然かと。

 ともあれ、住宅ローン返済中の持ち家と、相方名義で購入した私の愛車FITちゃんの名義を夫婦共同に変更し、それを証拠書類として移民局に提出した。



 それから一週間後。

 普通郵便でポストにぽーんと放り込まれていた移民局からの封書を発見! 中には、新しいグリーンカードと『おめでとうございます。これであなたの永住権は(以下省略)』と書かれた書面が入っていた。

「こんな重要なモノを、普通郵便って……盗まれたらどーすんねん! ええ加減にせーよ、移民局」


 最後の最後までツッコミどころが満載の移民局との戦いも、ようやく終わりを告げた。が、今回のことで「『夫婦であること』って、どういうことよ」と改めて考えさせられた。



***



 アメリカでは、夫婦は同じ寝室で、同じベッドで眠るのが当然だ。

 なので、アメリカ人配偶者に「あなたのイビキが酷くて眠れないのよ。だから、寝室は別にしましょう」なんてことを言えば、「え? もしや、ボク達、離婚の危機!?」と思われる可能性大である。ホテルを予約する時でさえ、「ツインルームしか空いてないから、それで良いよね?」などと言えば、迷子の子犬のような瞳で悲しそうに見つめられる。面倒くさいことこの上ない。


 「子供と添い寝して川の字で寝る」という日本の子育て文化も、アメリカでは狂気の沙汰らしい。「子供の自立のために、子供部屋で一人で寝かせるべき。第一、夫婦のベッドに子供が入り込んでくるなんて考えられない!」との思想が定着しているからだ。

 いつの日か自立して家を出る子供より、ずっと傍に居る(はず……離婚しなければ、の話だが)配偶者との距離を優先するのがアメリカ流。

 とは言え、国際結婚カップルにとっては、夫婦喧嘩のタネとなる案件でもある。



 アメリカでは、一般家庭の家屋にもセントラル・ヒーティングが普及している。いわゆる『トイレから廊下の隅々に至るまで、年中無休で冷暖房完備』状態で、室内は一年中、快適な温度で保たれている。アメリカ人が一年中、半袖半パンで過ごすのも、このためだ。

 白人種の平均体温は37.5度と、日本人よりかなり高い。我が家の相方など、平温でも38度ある。まさに、歩く湯たんぽ。人間温感パッド。

 平温36度ちょっとの私と相方とでは、当然、「快適な温度」にも違いが生じる。真夏は冷凍庫の如く、真冬はサウナの如く室温を設定する傾向にあるアメリカ人と暮らすのは、なかなか大変なのだ。

 寝室が同じだと、余計にツライ。室温が高いと眠れない相方と、寒いと眠れない私が同じ寝室で、同じベッドで寝ること自体に無理がある。「夫婦が別々の寝室で寝る=離婚間近の冷めた関係」と取られるこの国で、ホッキョクグマのような配偶者と同じベッドで眠るためには、「同じベッドの上で、寝具は別々にする」必要に迫られる。これまた面倒くさい。


 轟々と冷風吹きすさむ真夏の寝室で、相方がシーツ一枚でぐーすかぴーと眠る横で、私はミノムシの如く分厚い毛布に包まって眠る。

 相方が寝汗をかかない程度に室温を下げた真冬の寝室で、私の上にだけ何枚もの毛布が重ね掛けされる。寝ている間に、相方に毛布の山をベッドの下に蹴り落とされて、あまりの寒さに眼を覚ます……なんてことは日常茶飯事だ。

 せめて、同じ寝室でベッドだけでも別けようよ、と叫びたくなる時もある。



 

 相方は仕事柄、長期で家を空けることも多い。


 相方の居ない夜。

 ベッドの上で大の字に寝転びながら、「はて? このベッドって、こんなに大きかったっけ?」と、首を傾げる。

 わずらしいはずのイビキが、妙に恋しくて。

 横で眠っているはずの温もりがないことに、寂しさが募り。


 証拠品としては形にならないけれど、それが、彼と私が『嘘偽りのない夫婦である確かな証拠』なのだと思う。



 まあ、そんなことを素直に口にすれば、「キミは僕にベタ惚れなんだよね」と付け上がるに決まっている。

 だから、相方には内緒にしておこう。


(2019年11月25日 公開)

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