年の瀬に、あなたを想う
新年を迎える前の
とは言え、今年のアメリカは11月末からやけにバタバタしていた。
サンクスギビング翌日の「ブラック・フライデー」、その翌週の「サイバー・マンデー」と、この時期はアメリカ最大規模のバーゲンセールが立て続けに開催される。クリスマス・プレゼントや年賀状代わりのグリーティング・カードを大特価で手に入れるチャンスでもある。
当たり前だが、市販のグリーティング・カードに書かれているメッセージは全て英語。これだけでは愛想がないし、以前、叔母から「英語、読めないし分からないから、日本語訳、付けて欲しいのだけど」とのリクエストもあったので、愛猫と愛犬の写真に『今年はこんなことがあったにゃあ。来年もヨロシクだにゃ』的メッセージを添えた小さなカードをエクセルで作って印刷し、一言メッセージを手書きして、市販のグリーティング・カードに挟み込んで封をする。
11月末までにポストに投函しておけば、遅くとも12月中旬までには日本に届くはずだ。
グリーティング・カードの作業が終われば、次は玄関ドアを飾るクリスマス・リース作りだ。
毎年、相方に「今年のテーマ」を決めてもらい、手作りするのが我が家流。クラフト・ショップに出掛け、テーマに合わせて材料を買い揃え、キラキラした物に目がない愛猫に邪魔されながら、直径70センチのリースを半日がかりで一気に作り上げる。
ちなみに、今年のテーマは『南極っぽい』。
実は相方、今年の秋に南極初上陸を果たしている。
南極への出張が決まった時には「私も行きたいっ! 連れてってー!」とゴネてみた。が、さすがに同行するわけにもいかず……「仕事とは言え、南極なんてそう簡単に行けるもんじゃない。キミはラッキーだね、良かったねー」と目一杯持ち上げて送り出したら、南極(&経由地のニュージーランド)土産をどっさり買い込んで帰宅した。本人もかなりテンションが上がっていたらしい。
閑話休題。
カード作りとリース作り。この2つが、毎年恒例、『サンクスギビングが明けて、11月末までにすべき大切なこと』。
で、今年もその感覚でいたら、とんでもないことになった……
アメリカのサンクスギビングは11月の第4木曜日。カレンダーによれば、2019年は28日だ。
「へ? 嘘やん、サイバー・マンデーを待たずして、あっという間に12月に突入してまうやん!」
29日、30日のたった2日間で、二つの作業をこなすなんて絶対に無理だ……そう気付いたのは、サンクスギビング当日だった。
これからはカレンダーをちゃんと確認しよう、と大反省。
で、サンクスギビング当日。ディナー用のハムの下準備をしながら「あ、考えてみたら、私、喪中やったわ。年末年始の挨拶は控えるべきやから、グリーティング・カードも必要ないやん」と思い至り、内心ほっとした。
リース作りだけなら、1日あれば充分だ。
「ねえ、グリーティングカード、何枚必要? リースの材料買いに行く時、ついでに買ってくるわ。私は今年は出さへんけどね」
蜂蜜とブラウンシュガー、オレンジジュースを混ぜ合わせて作ったハニー・グレーズ・ソースをハムの
「カード出さないって、どうして?」
きょとんとした顔をした相方が、不思議そうに首を傾げる。
「だって、喪中やもん……って、よく考えたら、キミもやん! エディ(=相方の継父)が亡くなったのって、確か、今年の春やったよね?」
「そうだけど、もう半年以上前のことだよ」
怪訝な表情を浮かべる相方を横目に、グレーズ・ソースでテカテカになったハムをオーブンに放り込む。
「でも、今年亡くなったんやから、私もキミも喪中やのよ。やったー! カードを買いに行く手間が
「いや、僕はカード送るから。忘れずに買ってきて」
「へ? 喪中やのに、それってアメリカ的にはOKなん?」
「日本的には、どれだけの期間、喪に服したらOKなんだ?」
……あ、なるほど。
久々の家庭内異文化体験に新鮮な驚きを覚えつつ。
日本人同士なら「喪中につき……」で納得してもらえる事柄も、生まれ育った環境が全く違う外国人が相手だと一から説明しなければならず、面倒臭いことこの上ない。
ともあれ、オーブンのタイマーをセットして、ハムが焼けるまでの間、ゆっくりじっくり『ミクロ日米文化交流&研究会』を催すことにした。
***
肉親や身近な人との死別を嘆き悲しみ、その冥福を祈るのは、文化・宗教に関わらず、人間として当然のことだ。
問題は、どのくらいの期間、どのようにして「喪に服す」か、の違いだ。
日本で「喪中」と言えば、「身内が亡くなったんだから、お祝いムードになれないでしょ? だから、この一年は身を慎んで、おめでたいことはしちゃダメよ」というのが基本的な考え方だ。
年末に大掃除はしても、門松やしめ縄は飾り付けず。
年越しそばは食べても、年に一度の御節料理を楽しむこともなく。
友人知人の結婚式に招待されても、「喪中なので……」と欠席を余儀なくされ。
結婚式を上げるはずが、「喪中なので……」と延期せざるを得ず……
「えっ? 結婚式まで?」
相方が、理解に苦しむ、と言いたげな声を上げた。
「結婚式って、アメリカでもそうだけど、日本でも随分前に式場を押さえて、招待状を送るだろ? 招待される側も、その日のためにわざわざ日程を調整してくれるはずだよ。なのに延期するって……そっちの方が、よっぽど失礼じゃないか」
「それはそうなんやけど、『喪中』って、日本人にとっては社会生活を送る上でのマナーみたいなもんやのよ。『え? あのカップル、喪が明けてないのに結婚式するの? 非常識ねー』って考える人もいるし」
「思うんだけどさ……日本の慣習って、色々とややこしいルールが多過ぎないか?」
ええ、仰る通り。否定はしない。
かく言う私も、父が亡くなって以来、色々とややこしいルールに悩まされた一人ですから。
日本の慣習をややこしくしている原因は、土着信仰や神話、神道、仏教などの「教え」が、ちゃんぷるー状態となったまま、生活の中にどっかりと根を下ろしてしまったからだ。
『喪中』などはその代表例。元々、日本古来の宗教である神道が、「死=
仏教では『喪中』の概念を持たない宗派もある、と知って、ちょっと驚いた。
「で、グリーティング・カードのことなんやけど」
日本のややこしい慣習について色々と調べている内に、二人ともゲッソリしてきたので、話を元に戻すことにした。
「アメリカ的には、どれだけの期間、喪に服すのが普通なん?」
「うーん……亡くなった人を想って悲しむ期間って、人によって違うだろ? だから、『喪に服す』ってのは個人の気持ちの問題であって、義務でも慣習でもないんだよなあ」
分かるような、分からないような……
「キリスト教の基本的な考え方としては、亡くなった人は天国へ旅立ったことになる。だから、遺された家族は『神の御許に召されて安息を得たんだね。また、天国で会おうね』と再会を夢見ながら、故人を
相方は私と同じく不可知論者だが、両親は敬虔なキリスト教徒だ。子供の頃からキリストの教えをみっちりと押し付けられたため、こういった内容には不快感を示すことも多いのだが、今回は意外にも自分から色々と説明してくれた。
「すぐって、どれくらい?」
「告別式が終わって、埋葬が済んだら、それで終わりって感じかな」
早っ! それって、いくら何でも早過ぎやし!
「……という事は、アメリカでは身内が亡くなった年でも、新年のグリーティングカードを送るのは失礼やないのね」
「新年のお祝いは、全く別モノだからね。お世話になった人達に『今年も一年、ありがとう』って感謝の気持ちを伝えるのに、『喪中』とかって関係ある?」
「ない、ね。確かに」
「クリスマスってさ、イエス・キリストの誕生を祝う日だけど、大切な人達を思いやる日でもあるんだよ。『今年一年、ありがとう』って気持ちをカードに込めて、想いを受け渡す時期でもあるんだ」
この言葉に、ドキッとした。
確かにそうだ。
『この一年、大変お世話になりました。ありがとう』の気持ちを伝えるのに、「私、喪中ですから……」なんて慎みは必要ない。
Happyだとか、Merryだとか、お祝いムードたっぷりの言葉の代わりに、「Thinking of You. (あなたのことを想っています)」と伝えればいい。
一年に一度くらい、「ありがとう」と伝えるべきだ。
アメリカには、喜びも悲しみもカードに託して想いを送り合うステキな習慣がある。この国に暮らしているのだから、この国のステキなところは見習うべきだ……そう思い立って、クリスマス・リースの材料を買い揃えた後、グリーティング・カード専門店に足を向けた。
***
平成から令和へと時代が動いた今年。春から夏の終わりにかけて鬱々と過ごしていた私を、見守ってくれた人が大勢いる。
彼らから「クリスマス・カード、届いたよ。ありがとう」「元気そうで良かった」「次はいつ帰国するの?」「アメリカの大晦日、楽しいだろうなあ」などと言うメッセージが、次々と送られてくる。
毎年、年賀状をエアメールで送ってくれる友人からは、和風の素敵なクリスマス・カードが届いた。
一年に一度、遠く離れた人を想う。
それだけで、心がほっこりする。
一時帰国した私を温かく迎えてくれた姉夫婦に、感謝。
多忙な中、色々と予定を組んで私を連れ出してくれた友人達に、感謝。
遠方から父の葬儀に参列してくれた叔母といとこ達に、感謝。
そして、画面の向こう側から私を支えてくれた皆さまに、感謝。
応援のハートをそっと届けて下さった方々。
このサイトやツイッターに心温まるコメントを書き込んで下さった方々。
「もう少しだけ、時間を下さい」と書いて沈黙した私を、静かに見守って下さった方々。
皆さまに、感謝。
そして……ずっと私の味方で居てくれた亡き父にも、感謝。
この1年、本当にありがとう。
新しい年が、あなたにとって良きものでありますように。
(2019年12月31日 公開)
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