関西人、フロリダを迷走する

国内旅行のはずなんだけど

「有給休暇を消化しないと9月末で消えちゃうんだよなあ……ま、良いか。職場に迷惑かけるのも色々と面倒だし」


 8月のある日、相方がぽつりとつぶやいた。


「……え? いや、良くないやん。有給取る権利あるんやったら、使わないと損するやん! 個人の権利と自由をやたらと振りかざすのがアメリカ人ってもんでしょーが! 『職場に迷惑かける』って……キミは日本のサラリーマンか?」

 我が家の相方は、たまに「本当にアメリカ人ですか?」と疑いたくなるような発言をすることがある。そんな時、ツッコミを……もとい、喝を入れるのが私の役目だと心得ている。

「ごちゃごちゃ言わずに、ちゃっちゃと有給取っちゃって! 海に行きたいっ! バージニアの『え? これを海と呼ぶなんて、沖縄のケラマブルーの海に失礼やん』的な泥水色の海じゃなくて、エメラルドグリーンの海で泳ぎたいっ! 私をサンゴ礁が輝く海に連れてってーっ!」




 そんなわけで、バージニア州から飛行機で3時間40分程の距離にあるフロリダ州にやって来た。フィラデルフィア経由で飛んだので、実際は5時間半程かかったのだが。

 私達のバケーションのスタート地点は、オーランド国際空港。フロリダ州の中で最も発着便が多く、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートやユニバーサル・オーランド・リゾートの最寄り空港でもある。世界最大のテーマパークを有するとあって、空港を降りれば、途端に、あの「黒くてまん丸な耳」を頭につけた人々に行き当たった。

 周辺には豪華なリゾートホテルが林立し、郊外に行けば多くのゴルフ場やショッピングセンター、アウトレットモールが立ち並ぶ。近郊の海岸はオシャレなビーチリゾート。中でも、広大な砂浜を車で走ることが出来るデトナビーチはモータースポーツのメッカでもある。

 全米屈指の観光都市として知られるオーランドには、世界中から観光客が押し寄せる。私達が到着したのは平日午後3時頃だったにも関わらず、空港内はかなりの混雑だった。南部のド田舎バージニア州とは違い、さぞや日本人観光客も多かろうとドキドキしていたのだが……




 いない。


 全く見当たらない。

 アジア人観光客は確かに多いが、聴こえてくるのは中国語と韓国語ばかり……日本人は何処に?



 よくよく考えてみれば、わざわざ東海岸まで来ずとも、テーマパークやショッピング、ビーチリゾートが目当てなら、カリフォルニアに飛べば事足りるワケで。

 日本で働いていた頃を思い出し、給料も休みも少ない「サラリーマン」が上司や同僚に嫌味を言われながら有給を取ったところで、飛行時間だけで16時間以上も費やす必要のある(もちろん、チケット代も余計に掛かる)東海岸には行かんわね……と納得した。

 ちなみに、ご存知の方も多いだろうが「サラリーマン」は和製英語だ。日本語の意味に最も近いのは「Company employee」あたりだが、英語で職業を聞かれたら、ご自身の職種名や職場名を使って具体的に答えるのが無難だろう。「I'm a/an (職種名).」「I work at/for a/an(職場名).」てな感じで。



 さて、予約していたレンタカーをピックアップしようと、空港内のHertzのカウンターに立ち寄った時のこと。

 オンライン予約をしていた旨を伝えた相方に、日焼けした肌に黄色のポロシャツが良く似合うラテン系のイケメンスタッフが「名前は?」と白い歯を輝かせて爽やかな笑顔で応対。その後、保険の勧誘やら車種のアップグレードのオプションなどを早口で説明される場面になると、なぜだか相方が眉をひそめて「Whatえっ、何?」「Huh何だって?」を連発し始めた……

 数分後、なんとか手続きを終えた相方が、カウンターから少し離れた場所でスーツケースの留守番をしていた私の所に苦笑いしながら戻って来た。

「どないしたん? やたら『Huh?』を連発してたけど、何か問題でもあったん?」

「いやあ……なあ、フロリダって、アメリカだよな?」

……Huh?何言うてんの? キミは確か、フロリダ生まれのフロリダ育ちやったよね? で、アメリカ人やんね?」

「英語が聴き取れなくて苦労する日本人の気持ちが分かった気がする……あの受付の英語、スペイン語なまりが酷すぎて、何言ってるのかさっぱり分からなかった」


 そうなのだ。

 周りを見渡せば、圧倒的に多いのがヒスパニック/ラテン系と呼ばれる人々。

 相方の出身地であるタンパでは、白人人口は約63%と多数派の地位を保っているのに対し、オーランドは50%強。残りの殆どはヒスパニック/ラテン系とアフリカ系が占めている。アメリカの空港だと言うのに、カウンターではスペイン語が当たり前のように飛び交っていた。

 スペイン語の次に多く聴いたのがドイツ語。ドイツ人は数ヶ月の長期休暇を楽しむ国民だと聞いたことがあるので、そのせいだろうか。


 何はともあれ、車を選ぶため駐車場へ。

 アメリカの空港で車を借りる際は、(お高いランクの車種でない限り)自分が予約した車のランクごとに指定される駐車場まで行き、そこに置かれた数台から自分の好みに合った一台を選ぶ。カギはついたままなので、自分で運転してレンタカー会社のゲートを通って「借り出す(Check out)」仕組みになっている。ちなみに、「返却」はCheck inだ。この言葉、図書館やレンタルビデオ店で本やDVD を借りる際にも応用できるので、是非とも覚えておいて頂きたい。


 レンタカー会社によっては指定された車のカギを手渡しされる場合もあるが、気に入らなければ無償で交換してもらえる。街中でレンタカーを借りる場合は車を指定されることが多く、その場で車の傷や汚れの有無を係り員と一緒に確認するのだが、空港では車を選び次第、ゲートで簡単な手続きを行うだけ。そのまま目的地に向かうことになるので、ライトやワイパー、エアコンなどに支障がないかしっかりと確認しておくことが必要だ。

 アメリカは自己責任の国。始めに自己申請しておかないと、返却時に妙な言い掛かりをつけられて高い修理代を請求されたりしかねない。

 一例を挙げると、以前、レンタカーを借りた際、返却時に「車のキーは二つ渡してあるはず。一つ紛失したなら弁償しろ」とイチャモンをつけられたことがある。カギはつけっぱなしの状態で、駐車場でエンジンのかかった車を受け渡されたにも関わらず、だ。「あの時、車には絶対に一つしか付いてなかった!」と相方と私の二人で猛反撃すると、店員は「店内の防犯カメラの記録を見れば直ぐにわかることだ!」と逆ギレ。

 いや、店内でカギもらってへんし……

 結局、店員の思い違いだったと判明したが、謝罪の言葉など一切なかった。顧客の話を聞こうともせず、非礼も詫びないアメリカ人店員の典型だ。


 アメリカでは、言葉を覚え始めた子供に「Thank you 」と「Please」を熱心に教え込む。自分の要求を通すために必要な表現はすんなりと口にする彼らも、自分の過ちを認める言葉は赤の他人の前では絶対に言わない。そういう教育を受けているからだ。

 そんなワケで、日本の皆様、アメリカでは軽々しく「Sorry」を口にしないで頂きたい。誰かにぶつかった時は「Excuse me」で十分だ。



 さて、オフの時は相方が運転するのが我が家のルール。真剣な表情で車選びをしている相方の後ろで「日本車が良いな~。日本車にして~」とささやく私の声が届いたらしく、相方が選んだのはダークシルバーのトヨタ・カムリ。実はアメリカでは大人気のカムリ。相方曰く、「スポーツカータイプの乗用車の中で、外装も内装も文句なしにカッコイイし、値段の割に装備がスゴイ」らしい。

 車のことはよく分からない私は「ほお、そーなんですか」としか言いようがない。



***



 オーランド空港からホテルに向かう途中、ペットボトルの水とスナックを購入するためドラッグストアに立ち寄った。


 ここはフロリダ。

 フロリダと言えばワニ。

 フロリダでは、ちっちゃなワニがそこら辺を走り回っている。


 ……と言うのは真っ赤なウソだが、ワニの代わりに、小さなトカゲが所構わず走り回っていた。体長5センチにも満たない彼らは、人間や車を全く恐れず、突然、歩道の草陰や建物の壁から路上に飛び出しては、足元をうろちょろと走り回る。なので、人間の方が「おおっと……! 今のはかなりヤバかった」と恐る恐る足を踏み出すことになる。下手すれば、彼らはワニよりも危険な動物かもしれない。


「で、ワニはどこよ?」

「淡水の水辺。天気の良い日は水から上がって路上で日光浴したり、木陰で昼寝してるよ」

「この辺やと見れへんの?」

「水辺のない都会の、しかもアスファルトだらけの街中じゃあ、さすがに無理だな」

 そりゃそうだ。人間でも干物になりそうな程の日差しと暑さだもの……のんびり、ぷかぷか、湿地スワンプで浮いている方が良いに決まっている。



 ドラッグストアの店内で、ご臨終されてカラカラに干からびたトカゲが床の上に放置されているのを発見。思わず「アメリカ人、大雑把おおざっぱなのも、えーかげんにせーよ」と日本語で心の声が漏れてしまった。

 店内には常夏のフロリダらしく、ビーチサンダルや水着、日焼け止めローションに混じって、お土産用らしきパームツリーの置物や「I ♡ Florida」と書かれたTシャツ姿のワニのぬいぐるみなども売られていた。

 アメリカのドラッグストアの品揃えは日本の比ではない。生鮮食品以外なら、日常品はほとんど手に入る。インフルエンザの時期になれば予防接種だって受けることが出来るのだ。アメリカ旅行で困ったら、道路を走れば必ず数軒あるドラッグストアに駆け込もう。



 必要なものを手に取ってレジへ。もちろん、足元に注意しながら。フロリダには「トカゲ横断中。注意」の黄色い交通標識が絶対に必要だと思う。

 レジ待ちをしている間、買物客や従業員たちのおしゃべりに耳をかたむける。首も一緒に傾けながら。 



 ……あれ、ここってアメリカだっけ?


(2018年9月18日 公開)

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