春だけど、時差ボケは「夏」のせいにする

 相方からたちの悪い風邪をうつされ、私が寝込んだのが3月最初の月曜日。

 アメリカのドギツイ薬を飲み続け、ほぼ1週間を寝て過ごした、というのが前回のお話し。


『ただの風邪なら2週間もすれば自然に治る』


 アメリカに移住して以来、何度も風邪で寝込んだ体験から学んだ結果だ。人によって違うだろうが、私の場合は2週間。

 ようやく普通の生活に戻ったのが、3月の第3月曜日。きっかり2週間、予定通りだ。やるな、私の免疫力。


 で、翌火曜日。久しぶりに友人とブランチ(breakfast+lunch=brunch)をすることになった。

 ご存知の方も多いと思うが、朝食には遅すぎるが、昼食にしては少しだけ早い午前11時頃の食事を「ブランチ」と呼ぶ。なので、朝食を食べる時間がちょっと遅くなったくらいでは、ブランチとは言わない。

『現在、朝10時。最近オープンしたばかりの人気のカフェに来てまーす。並ばずに席につけて超ラッキー。彼氏と二人、まったりブランチしてまーす』などと言うツイートは大間違いなので、ご注意を。

 

 突然だが、アメリカには子供を守るためのガイドラインが州ごとに設けられている。あくまでも「ガイドライン」であって、「州法」として成立しているわけではないが、それが法律だと信じて疑わない人達も少なくない。

 バージニア州では13歳未満の子供を一人で留守番させたり、外出させたり、車の中に残したりすると「児童虐待/育児放棄」とみなされる。警察に通報されれば、親が逮捕される事さえある。

 子供を手厚く守ろうとするこの国は、言い換えれば、それだけ子供が危険に遭遇する率が高い国でもある。ランドセルを背負った子供が一人で電車に乗って通学する日本と同じ感覚でいると、痛い目に遭う。



 友人は就学中の子供を持つ親なので、子供の送り迎えの時間の合間が「唯一の自由時間」だそうな。そんな彼女に合わせて朝9時頃に待ち合わせ、買い物をしたり、小腹が減ったところでブランチしながらガールズトークで盛り上がる。気づけば、あっという間にお迎えの時間がやって来る……それがいつものパターンだ。

 いつもなら、お迎えの時間に遅れないように、テーブルの上に置きっぱなしにしたiPhoneの画面を気にしながら食事をする彼女が、この日に限って、私の腕時計に目を留めた。

「由海ちゃんが時計してるんだったら、これ、必要ないね」と言って、友人はiPhoneをバッグの中へ……これが間違いだった。


 コーヒーとお茶のお代わりをしながら、私の腕時計をチェックしつつ「まだ時間あるね」と話し込んでいると、突如、友人のバッグの中からけたたましい着信音が流れ始めた。

「あれ? 娘から着信……でも、まだ授業中のはずだなんだけど」

 急に体調でも悪くなったのかしら、と心配そうな顔をしながらiPhoneを取り出す。と、電話の向こうから、今にも泣き出しそうな声が漏れ聞こえた。

『ママ、今、どこ? ずっと待ってるんだけど、何かあったの?』

 え!? と驚いて、私の腕時計を見つめる彼女。私も思わず自分の腕を見つめる。

 時刻は午後1時45分。

 私達がいるカフェから学校までは10分程。授業が終わるのが2時30分だから、2時15分頃に店を出れば十分間に合う。そう思っていたのだが……

『ママ、もう2時45分だよ!』 

 慌ててiPhoneの時刻を確認すると、私の時計が、きっかり1時間、遅れていた。


 朝、友人とは時間通りに待ち合わせたのに。 

 ……なんでやねん? 


 不思議に思いながらも、友人と一緒に電話口の娘ちゃんに平謝りした。



 友人と別れた後、車に戻って気が付いた。

「あれっ? 車の時計、腕時計と同じ時刻やん。あ、でも、iPhoneはやっぱり1時間進んでるなあ……なんでやろ?」


 きっかり、1時間……ん? 

 ?  


「……しまった。『サマータイム』やわ。すっかり忘れてた」 


 私が寝込んでいる間に、アメリカはいつの間にか「夏」になっていた。



***


 

 広大なアメリカ本土は、4つのタイムゾーンに分かれている。

 東海岸を標準時として、西に向かって1つのタイムゾーンを越えるごとに1時間時計を戻す必要がある。東海岸にあるバージニア州が朝9時だと、西海岸のロサンゼルスは朝6時だ。国内旅行や遠距離の電話をする際、時差を頭に置いておかないといけない。

 とは言え、日常生活を送る上で時差が関わってくるのは、テレビの生放送(例えば、スーパーボウルの中継など)を見る時くらいだろう。自分がいるタイムゾーンを把握しておかないと、見たい番組を見逃してしまう可能性があるからだ。


 国内なのに時差がある。それだけでも充分ややこしいのに、それをはるかに上回る面倒くさい制度がある。

 それが「夏時間サマータイム」だ。



 「夏時間」とは、『1年のうち日照時間が長くなる時期に、太陽が出ている時間帯を有効に利用する目的で標準時を1時間(地域によっては30分)進める制度』のこと。なんのこっちゃ。

 アメリカでは「デイライト・セービング・タイム(Daylight Saving Time::DST)と呼ばれ、3月の第2日曜日に始まり、11月の第1日曜日に終了する。その名が示す通り、「夏の長い日照時間を利用すれば、節約できるよ」というメリットがあるらしい。

 なんだかよく分からない……と思った方。ご安心あれ。私もアメリカで暮らし始めた頃は「何がどうメリットなん? 時計を1時間進めるってことは、1時間損するワケやんね?」と思っていた。


 では、我が家の愛犬サスケのお散歩時間を例に、説明してみよう。


 3月10日、土曜日。

 サスケとのお散歩は毎日午後4時から1時間と決めている。春とは言え、まだ肌寒い風が吹く中、散歩を終えて午後5時に帰宅。すぐに日が暮れて暗くなったので、屋内の明かりと外灯を点けた。愛猫シュリが「寒いにゃ」と言うので、暖房の設定温度を少し上げた。

 

 3月11日、日曜日。

 「冬時間」が終わるのは、午前2時。その瞬間、アメリカの時間は1時間進んで午前3時となる。

 さて、いつものように、サスケとのお散歩開始。「夏時間」の午後4時は昨日までは午後3時だったので、まだ太陽の位置が高い。午後5時に帰宅しても、あと1時間は明るいはずだ。屋内には太陽の光が差し込んでいるから、明かりを点ける必要もないし、シュリも窓際でぬくぬくと日向ぼっこしながら眠っている。

 日没は午後6時頃だ。

「サスケ、もう1時間、散歩しようか?」



 ……というワケで、「電気代の節約にもなるし、夜の余暇時間を長く持つことが出来る」というメリットがあるらしい。

 起床時間のことを考えると、「本当に節約になってるんやろか?」と疑問に思わないでもないのだが。

 ちなみに、今年の「夏時間」が終了するのは、11月4日の午前2時。この瞬間、アメリカの時間は1時間巻き戻されるので、感覚的には「1時間得したやん」……1年を通してみれば、結局、プラスマイナスゼロ、なんだけど。


 

 友人との待ち合わせの朝。家を出るまでは、腕時計ではなく壁に掛けてある時計やテレビ画面で時刻を確認していたことに、後で気付いた。 

 3月始め。私が風邪で寝込んでいる間に、アメリカは「夏時間」を迎えていた。

 気を利かせた相方が、私に黙って家中の時計を1時間進めてくれた。ただし、私しか使わない腕時計と、私の車の時計を除いて。 

 iPhoneやPCは、自動的に時間を修正してくれる。が、残念ながら、私の腕時計は電波時計ではないし、車内の時刻表示も手動で修正が必要だった。

 


 アメリカで、春から始まる「夏時間」を忘れていると、思わぬ悲劇が起きる。

 以後、気をつけよう。


(2018年3月25日 公開)

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