お嬢さまにピンク色はいかが?
「『緊急速報。スーパーマーケットの駐車場で発砲事件が発生。犯人は確保』だって。これ、近所だね……って、げっ! このWalmart、私、ここに来る前に立ち寄ったんだけど」
持ち寄りランチパーティーで、iPhone片手にチーズをつまんでいた友人が悲壮な声を上げた。
私が住む街は、バージニア州の中でも比較的安全な方だと言われている。
ご近所の子供たちが夕方暗くなっても外で遊んでいる姿を見かけるし、アジア系、特に日本人は、それ以外の人種からすれば年齢よりも幼く見られる傾向にあるにも関わらず、私一人で愛犬の散歩に出掛けても危ない目にあったことは一度もない。まあ、これについては、「秋田犬の骨格とシェパードの容貌を併せ持つ、近寄っただけで噛みつかれそうなイカツイ(のは見かけだけのヘタレ)大型ミックス犬」を連れて歩く女にちょっかい出すようなおバカさんは、さすがのアメリカにもそうそう居ない、と言う検証でもあるのだが。
とは言え、人種差別が色濃く残る南部らしく、地域によってはご近所はアフリカ系ばかりだったり、ヒスパニック系ばかりだったりと、人種によっての住み分けが行われている感は否めない。貧困層が多く住む地域には絶対に近寄るな、という不文律も存在する。
ポリスカーのサイレンがひっきりなしに鳴り響き、毎日、どこかしらで銃による事件が起きているのも事実だ。つい先日も、日頃から車でよく通る住宅街で、ピザの配達人が真っ昼間にも関わらず銃で撃たれる事件が発生したばかりだ。
それでも、南部州のバージニアの中では「比較的」安全なのだ。どういう状況と「比較」して安全なのか、と疑問に思ったりもするのだが……
***
アメリカ中で「愛が
その日、フロリダ州の高校で17人が犠牲となる凄惨な銃乱射事件が発生した。事件が起きた街は、昨年、「フロリダ州で最も安全な街」に選ばれていた。
容疑者として拘束されたのは、事件が起きた高校を退学処分となった19歳の男性。地元の白人至上主義団体に所属し、団体主催の「軍事訓練」にも参加していたらしい。
犯行に使われたのは、アメリカ陸軍用として設計された小口径自動小銃「M-16」の民間向けモデル「ARー15」。「M-16」は軽量高速で命中率が高いため、アメリカ以外の国でも警察や国境警備隊の制式ライフルとして採用されることも多い。「AR-15」は、弾丸を連射するフルオート機構を削除した以外、基本的に「M-16」と同じ構造なんだとか。アメリカ国内で多発する銃乱射事件の多くで犯人が使用する、危険極まりない武器だ。
19歳の容疑者は、この銃を「合法的」に購入し、犯行に至った。犯罪歴こそなかったものの、YouTubeに「プロの学校銃撃犯になる」と書き込みをしたり、所有している銃を見せびらかすなどの異常な言動を繰り返し、精神科の治療を受けていた時期もある青年が、簡単に銃を購入できる国。それがアメリカだ。
銃の乱射事件が起きるたび、アメリカでは銃規制の改善を求める世論が高まり、多くの抗議行動が行われる。それでも、銃による暴力は後を絶たず、悲劇は繰り返される。というのも、アメリカには銃規制に強固に立ちはだかる「壁」があるからだ。
それが、「NRA」だ。
全米ライフル協会(National Rifle Association of America=NRA)は、アメリカ合衆国の銃愛好家による市民団体で、武器メーカーからの献金や個人からの寄付による豊富な資金を武器に、共和党の保守層を中心に有力な政治家やハリウッドスターなどの著名人を会員として取り込み、間接的に政治に関与するほどの発言力を持つ「アメリカ最強」の圧力団体だ。
1871年、南北戦争の勝利者である北部出身者や銃販売業者、銃愛好家などにより設立された当初は、射撃技術の向上を目指す団体だったそうな。
ご存知の通り、アメリカはヨーロッパ諸国の植民地政策により開拓され、その後、母国からの独立を勝ち取った国。アメリカ独立戦争で活躍したのが、植民地の住民で編成された「民兵(=正規の軍人ではない、民間人を軍事要員として編成した武装組織)」の軍隊だった。
およそ240年前、母国からの搾取に対して「自衛のために銃を持つ必要がある」と立ち上がり、自由を手にした人々の手で作られた世界最古の成文憲法(1788年発効)である「アメリカ合衆国憲法」の中に、現在に至るまでアメリカ人の精神に大きな影響を及ぼしている条項がある。
「アメリカ合衆国憲法修正第2条(The Second Amendment to the United States Constitution:Amendment Ⅱ)」だ。
『A well regulated militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear arms, shall not be infringed.(規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない)』
独立戦争で活躍した「民兵」の働きを反映させた条項だが、現在のアメリカ英語で「民兵(militia)」の意味するところは、国家・政府から完全に独立した「市民の市民による市民のための軍隊」だ。
多用な人種と様々な文化圏からの思想が入り混じり、日本の約25倍と言われる広大な国土を持つアメリカでは、「隣人の家まで車で5分」という単純な地理的問題から「隣人とは宗教が違う」「人種が違う」など倫理的に相互理解が著しく困難な現状まで、乗り越えなければならない関門が多過ぎる。だからこそ、必然的に「自分の身は自分で守る」という考えが浸透しているワケで。
この国では、「自己の武器を保有し携帯する権利」は何ものによっても侵害されてはならない当然の権利なのだ。NRAが銃規制に強硬に反対するのも、この憲法を根拠としているためだ。
さて、ここ、バージニア州には全米ライフル協会の本部がある。そのため、銃の規制が「比較的ゆるい」州なのだとか。
では、民間人が銃を購入しようとする場合を例に挙げて、どれくらい「ゆるい」のか確認してみよう。【】で括られている部分がバージニア州における規制事項だ。ちなみに「規制」の定義は「規律を保つために制限すること」である、と念頭に置いた上でお読み頂きたい。
【州の許可無しに、銃の購入が可能】
「嫁の許可無しに、新車の購入は可能」的な。その後に起きるであろう悲劇を考えもしない。
【火器登録の必要なし】
「火器(Firearms)」の定義とは、火薬などのエネルギーを利用して飛翔体(=空中を飛んで移動する物体。すなわち「弾丸」)を射出する装置のこと。「拳銃やライフル持ってても、登録する必要なし」という事だ。ただし、マシンガンを所有する場合のみ、登録の必要があるらしい。
一般家庭でマシンガンが必要なのか、というツッコミはなしで。
【銃を所有する際、適切な免許や資格は必要なし。ただし、攻撃用武器(大型ライフルなど殺傷能力が高いもの)を所有する場合、購入可能な年齢であることの証明と市民権/永住権の提示は必要】
そんな武器で夫婦喧嘩などすれば、当然、離婚だけでは済まない。
【銃身の短い拳銃(殺傷能力の高いものを除く)をホルスターあるいは他人に見える状態で携帯する際、18歳以上であれば許可証は必要なし。ただし、ライフル銃など銃身の長いものは必要】
「さすがに、携帯するにはライフル銃は長すぎて不便でしょ」と思うなかれ。ここはアメリカ。移動手段は公共の電車やバスではなく、自家用車である事をお忘れなく。
【州政府は、一部の火器を除き、銃の販売数や流通量などに干渉できない】
「夫は、一部のセール品を除き、妻の高級ブランド品の購入数や使用頻度に干渉できない」的な。そりゃ、大変やね。
【軍や政府で使用される高性能武器に関しては、1986年以前に登録されたフルオートウェポン(=マシンガン)およびサイレンサーは民間人の間で流通、所持が許可されている。ただし、税金と指紋捺印などの手続きが必要。それ以降のものは、州ライセンス保有者(銃砲店等)のみが所持できる】
一般家庭でサイレンサーが必要なのか? 考えただけで恐ろしい。
***
ある日、ショッピングモールを歩いていた時のこと。
目の前を、ちょっと白髪混じりの金髪の、どこでも見かけるような普通のオジさんが歩いていた。フランネルのシャツをサラリと羽織った背中からチラリと覗くジーンズの腰に、何か黒いものが挟み込まれているのが妙に気になった。
長財布? でも、普通はお尻のポケットに入れるやん? オジさん、それ、ちょっとカッコ悪い……などと思いながら見つめていて、ふと気がついた。
うわっ、ヤバイ、あれって拳銃やん!
思わず立ち止まって固まる私を見て、相方が苦笑する。
「本物、だと思う。
気にするな、近寄らなきゃ良いんだよ、と言って、私の手を引っ張った。
以前住んでいたシアトルでは勿論、旅行で訪れたサンフランシスコやニューヨーク、果ては
カルチャーショックもはなはだしい。心臓がバクバクしたのを覚えている。
アメリカで民間人がアウトドアスポーツとしての魚釣りを楽しむためには、「免許」の購入が必要で、年齢制限さえ設けられている。
対して、アウトドアスポーツとしてのハンティングを楽しむために銃が欲しいと思えば、銃器専門店やアウトドアショップ、身近なところでは大手スーパーマーケット(冒頭のWalmart )の店頭またはオンラインショップで簡単にオーダー出来る。『可愛いお嬢さまのために、ピンク色のライフルはいかが?』などと書かれた商品広告さえ目にするほどだ。
生活必需品や食品、ベビー用品やおもちゃが並べられた陳列棚の間を、好奇心旺盛な子供達が瞳を輝かせながら歩き回る。その同じ店内で、当たり前のようにライフルや拳銃が展示・販売されている光景は実に異様だ。矛盾に満ちた問題を抱え込む大国アメリカの常識は、日本人からすれば「非常に非常識」なのだ。
フロリダ州の高校で発生した銃乱射事件は、その後、生存者の高校生達が犠牲となった友人達の無念を晴らすべく銃規制の強化を訴え、授業をボイコットして抗議デモを行う、という画期的な状況を生み出した。
自然の中で「
レストランやショッピングモールの入り口で『No Firearms(火器は厳禁)』『No Guns(銃の持ち込み禁止)』の表示を見かけるたびに、「確かに『No Smoking』より、こっちの方がアメリカに居るんだっていう現実味があるワ」と苦笑する。
『No More Guns(銃は要らない)』と書かれたプラカードを持って銃規制を声高に叫ぶ高校生達の姿は、笑い事では済まされないアメリカの闇を示唆している。
それはもう、切ないほどに。
(2018年2月27日 公開)
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