聖夜の誘惑

 6.5ポンド(=約3キログラム)のかたまりにナイフを滑らせ、不要な皮を切り落とし、表面にダイヤ型の切り込みを入れる下処理に15分。

 蜂蜜とブラウンシュガー、バター、オレンジジュースを合わせて煮詰めたグレーズを表面の切り込みに沿って刷毛ハケで塗り込む作業を30分毎に繰り返しながら、低温のオーブンでこんがりと飴色あめいろの焦げ目がつくまで焼き上げること、およそ4時間。

 オーブンから取り出し、慎重に切り分け、骨を外して皿に盛り付けるまでに20分。

 オーブン皿の底に溜まった肉汁を掬い取り、用意しておいたパイナップルのソテーと合わせて煮詰めること10分。


 ようやくクリスマスディナーのメインディッシュであるハニーベイクドハムがテーブルを飾る。

 柔らかくジューシーでスパイスの効いた厚めのハムステーキに、濃厚で甘酸っぱいパイナップルソースがよく似合う。クリーミーなマッシュポテトと、ガーリックオイルでさっと炒めた色鮮やかなニンジンとアスパラガスの付け合わせが肉の旨味を絶妙に引き立たせてくれる。

 


 そして、クリスマスの翌日。

 残ったハムを朝昼晩と食べ続ける悪夢の日々が、静かに幕を開ける――




 分かってる。分かってるってば。

 我が家は人間二人と犬猫二匹だけ。大きなハムの塊を買っても、クリスマスの夜に食べ切れなくて、その後、ハムを消費するためのレシピを延々と考え続けなきゃならない日々が来ることくらい、ちゃんと分かってるんやけどね。

 それでも、あの肉汁したたる柔らかなハムステーキを一度でも味わってしまったら……


 山積みにされたクリスマスディナー用ハムの前を何度も行ったり来たりしながら、今年も誘惑に負け、とりあえず一番小さそうな塊を探し出し、ショッピングカートに入れた。



 神様、せめてもう少し小さな骨付きハムをお与え下さい。アメリカの食材はデカ過ぎます。


(2017年12月27日 公開)

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