サンクスギビング、ノーサンクス
「ガボガボ、ガボガボ、ガボガボ……」
その朝、不思議な音で目が覚めた。
見れば、おちょぼ口のまま、喉の奥からくぐもった低い声を出す相方の姿が。
「……目覚まし時計のつもりなん?」
「ガボッ! ガボガボ、ガボガボッ」
どうやら、お怒りのご様子。声のトーンが少々キツくなった。
「なんやのよ、ガボガボ言われたって分からへんし」
「
「……は?」
「
今度は両腕を腰に当ててワサワサと揺らしながら、「ガボガボ」と声を上げて歩き回り始めた。どうやら、感謝祭のメインディッシュである七面鳥の鳴き真似をしているらしい。
アメリカンジョークは今ひとつ理解し難い。第一、七面鳥の鳴き声なんて、日本語でも知らへんし。
「そんなに食べられたいんやったら、丸焼きにしてあげよか?」
「ガボーッ!」
あ、これは分かった。「ダメーッ!」やね。
***
11月の第4木曜日は、「
昨今、日本でも「ハロウィン」と共に知られるようになったアメリカ文化の代表格であり、連邦祝日(federal holidays)でもある。日本でいうところの「国民の祝日」だ。ちなみに、州が独自に定める祝日(state holidays)もあったりするので少々ややこしい。
アメリカ人にとっての「サンクスギビング」休暇は、さしずめ、日本の「盆暮れ正月」といったところか。
遠く離れて暮らす家族や親戚が、感謝祭のディナーを主催する御宅を目指して一斉に大移動する。なので、サンクスギビング前後は、空港、高速道路などアメリカ国内のありとあらゆる交通機関が一年で最も混雑・渋滞する時期でもある。
感謝祭の朝は「メイシーズ・サンクスギビング・デイ・パレード」で幕を開ける。テレビの前に座り込んだ子供達が心待ちにするのは、お気に入りのキャラクター達を模した巨大バルーンがニューヨークの街中を行進するライブ中継だ。
午後を回り、ぱらぱらと招待客が集まり始めると、キッチンから食欲をそそる匂いが漂ってくる。この日の主役である
香ばしい香りに誘われて皆が食事の席に着いたのを見計らって、付け合わせの野菜やデザートが所狭しと置かれたテーブルの上にメインディッシュの「
……と言ったところが、典型的なサンクスギビングの過ごし方だ。
感謝祭当日に移動したり外出する人は少なく、空港もハイウェイも閑散としている。
社会的に保守的で、アメリカ国内でも特に敬虔なキリスト教徒が多いと言われる南部州では、どんなに小さな町でも数ブロック毎に教会が建てられている。私達が現在住んでいる街にも「コンビニの数より多いんとちゃうの?」と思う程、あちらこちらに教会が建ち並んでいる。買い物中に見知らぬ人から親しみやすい笑顔で話しかけられ、世間話をしているうちに「今度の日曜日、ウチの教会に来ない?」と勧誘された事など数え切れない。
日曜は、礼装に身を包んで教会で礼拝を行うための日。そんな土地柄では、個人経営の店舗は「日曜休業」を掲げるのが当たり前。キリスト教に関わる祝日ともなると、大型店舗であっても休業、または午前中のみの営業となるので、外出しても虚しくなるだけだ。
アメリカ人にとってもう一つの「盆暮れ正月」であるクリスマス休暇と大きく違うのは、サンクスギビングの食卓には家族以外の友人や知人を招待する習慣がある、という事だ。
両親が何度も離婚・再婚を繰り返し、半分しか血の繋がりのない兄弟姉妹や再婚相手の連れ子と同居するなど複雑な家庭環境が多いアメリカでは、「遠くの親戚より近くの他人」が文字通りの意味を成す。肉親とは縁が薄いが、親友とは家族同然の付き合いをしている、という人も多い。
「神の恵みに感謝し、共にご馳走を頂く」ためのサンクスギビング・ディナーに招かれた場合、
日本人の私としては少々気が引けるので、巻き寿司や餃子など、アメリカ人にも人気の日本料理を持参するようにしている。
***
相方とサンクスギビングを初めて一緒に過ごした時のことは、今でもはっきりと覚えている。あれほど強烈な夜の出来事は、忘れたくても絶対無理……トラウマになる程に。
久しぶりに有給休暇を申請して、11月の第4木曜から日曜日までを相方の家で過ごす事にした。なのに、玄関のチャイムを鳴らしても応答がない。
こんな時のために
私と出逢うまで、出来合いのものや冷凍食品を「普通の食事」と考えていた相方の料理の腕は、それはもう悲惨なものだ。そんな人にキッチンに立たれた日には、後片付けが泣きたくなるほど大変なので、「料理は私がするから、私が居る時は絶対キッチンに入らないで!」とあれほど言ったのに……
私の気配を感じたのか、相方がふと顔を上げた。
「Happy Thanksgiving, Sweetie!」
「……何してんの? 私が居る間はキッチンに入らんとってねってお願いしたやん」
不機嫌な私をよそに、相方が不敵に笑う。
「本格的なサンクスギビング・ディナーを食べたことがないって言ってたから」
そう言うと、苛立ちも露わな私の手を取ってキッチンカウンターまで連れて行き、そこに置かれた深めのオーブン皿を自慢げに指さした。
なんと、そこには……
「七面鳥の丸焼き」が鎮座ましましていた。そのサイズ、優に大人の頭二つ分。
思わず(色んな意味で)驚愕の声を上げた私に、相方はまんざらでもなさそうに満面の笑みを浮かべる。
対する私の頭の中には「
二人やのに、なんでこんなにデッカい七面鳥……?
このデカイ鳥を二人で食い尽くせと……?
この休暇中は、朝昼晩と
この大きさで、よくオーブンに入ったね……ホンマにちゃんと火、通ってる? 生焼けとかシャレにならんし。七面鳥ってレアでも食べれるん?
「荷物、また玄関に置きっ放しにして」
混乱する私をキッチンに残して、相方は私のスーツケースを抱え上げると寝室へと姿を消した。
目の前には、デカイ鳥。
こんがりと黄金色に焼き上がり、ぱんぱんに膨れ上がったお腹を天井に向けてオーブン皿の上で仰向けに寝転ぶ様は「さあ、遠慮せず、スパッと切っちゃって下さいな」と言い出しそうな程、貫禄がある。
興味半分、怖いもの見たさ半分で、恐る恐る七面鳥に近づいてみた。
オーブン皿の底にはたっぷりと肉汁が
……七面鳥って、泳げるんやろか?
そんなアホなことを思いながら、ふと肉汁に何かが浮いていることに気がついた。
臭み消しの生姜の
不思議に思いながら、引き出しからトングを取り出して、その白いものをつまみ上げてみた。
これは一体……!?
ぐでぐで、でれーん、と
「ぎゃああああああっ!」
私の絶叫に驚いた相方がキッチンに飛び込んできた。
顔面蒼白(だったらしい)でワナワナと震える私の視線の先には、私が思わず放り出した例のモノが床の上に、ぐでぐで、でれーん、と転がっている。
「
一瞬、気まずそうな表情を浮かべた相方は、何を思ったのか、でれーん、としたソレを手で摘み上げ、私の目の前に差し出して照れ笑いを浮かべた。
「取り出すのをすっかり忘れてたよ、コイツ。この首肉から美味い
……私、卒倒。
七面鳥の名誉のために言っておくが、彼らの肉の味は決して悪くない。しかも、胸肉などは低カロリー高タンパク、ビタミンやミネラルも豊富で、ダイエットにぴったりだ。
それでも、あの、ぐでぐで、でれーん、と茹で上がった「男性の象徴」(茹でたことないけどね……)そっくりな七面鳥の首からにじみ出た
七面鳥肉を丸ごと一羽購入する際、「内臓と首骨付き」を選ぶとこのような悲劇(場合によっては喜劇)が待っている。ちなみに内臓の方は七面鳥のお腹に入れる詰め物として調理するのが一般的。
興味が湧いた方は、日本でもネット通販や輸入食品店で手に入るようなのでぜひお試しあれ。
かくして、相方が丸1日がかりで作ってくれた「生まれて初めて一から自分で作った七面鳥の丸焼き」は、私のお腹に収まることもなく、知人やご近所におすそ分けされ、七面鳥はその年の使命を立派に果たしたのだとか。
あれ以来、相方と私の間では「感謝祭に七面鳥は要らない」が暗黙の了解となったわけで。
***
さて、サンクスギビングの1ヶ月後には、クリスマスがやって来る。
アメリカでは、クリスマスにカーネル・サンダース氏のチキンを予約する習慣はない。この時期、スーパーでは骨付ハムの塊(これまたデカイ)が売られている。これがクリスマス当日、何時間もかけてゆっくりとオーブンで焼き上げられ、ディナーのメインディッシュとなる。
ハムの定義は「豚肉のもも肉の塊を塩漬けにしたもの」なので、内臓も首肉も付いて来ない。骨つき肉は切り分けるのが大変だが、塊のまま焼かれたハムはジューシーでとっても美味しい。日本の皆さんには、七面鳥よりハムをお勧めしたい。
……ごめんなさい、デカイ鳥さん。
(2017年12月23日 公開)
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