第10話『列車』さん

「私……。」

「気持ちは分かるよ。でも、少年は君がここに残ることを望んでいるのだろうか?   君に沢山の事をして来た。なのに、結果はこれでいいのか?」

「……私って、馬鹿ですかね?」

「違う。少年のことが好きだろ?」

「はい……とても、とても会いたいです……。」

「ふーん、分かるよ。」

「でも、少年の言う通り。君の周りには、今も、これからも、愛してくれる人がたくさんいるんだ。彼のことはただの行きずりの人だと思ってやってくれ。」

「……。」

「もし、少年が今の君を目の前にしたら、きっと凄く後悔するだろうな。君は、たった一人の好きな人、もしくは愛されてた人の為に、他の愛してくれてる人を傷付けるわけにはいかない、だろう?」

「はい……。」

「じゃ、そろそろ終点だから、準備して。じゃないと間に合わないから。」

「分かりました……。」

少女は席を立った。

私は列車を止め、扉を開いた。

「ここで降りなさい。駅員が元の場所へ連れて行ってくれるから。心配しなくても良い。」

「はい。」

少女はすっきりした顔で私を見つめる。

「でも……。」

少女は降りる前にこう言った。

「私は、絶対に彼のこと、ただの行きずりの人だと思いませんからっ!

 声しか覚えてなくても、絶対に忘れません!

 目の前の光だけでも、一生覚えるのに値します!」


「あの馬鹿……勝手に私の世界から逃げられると思わないでっ!

 きっと……永遠に覚え続けるから!」

涙はまた流れ出した。

「ふーん。分かった。あと、帰ったら手首、気を付けろよ。」

「……。」

「治るまでは凄く痛いからな。」

「……。」


「……ありがとうございます。」

少女は私に向かって、この度の中で飛びっきりの笑顔を見せた。それから、ゆっくりと、扉へと向かった。


そして……。彼女の姿は風と共に消えた。

私は扉を閉め、列車を動かした。この車両は空となった。まるで最初から誰も居なかったかのように。


「もう行ったよ。」

私は車両の隅に向かってそう言った。それから、車両と車両を繋ぐ扉が開き、一人の少年は別の車両から入ってきた。

「ありがとう。」

「ああ…別に。元々、自分を諦めた人は、この列車に乗る資格は無いんだ。私はただ自分の仕事をしたまでだ。」

「うんうん、分かってるよ。でも、あの子を見た時はビックリしたな。六十年以上待つ、覚悟をしたのに。本当に迷惑掛けたよ。」

「これでいいのか? あの少女は、本当に君のことを愛してる。会いたがってたんだぞ。資格が無いのに、この列車に乗ったんだ。君に対する思いが、凄く深いと見たよ。」

「これでいいんだ。僕の願いは……彼女の元気な姿を見ることだけだから。僕みたいな奴は、端から愛する資格も、愛される資格も無いんだ。」

「悲観的になってはいけないぞ。君の知らない間に愛されてるかも知れないからな。」

「例えば……車掌さんに?」

「……。」

「あまりにも真剣な顔をしてるから、ちょっと冗談を言ってみただけだよ。」

「そういえば……君を隠すこと、少女を帰すこと。既に二回職権乱用してしまった。君がここで百年働いても足りないぐらいだ。」

「いつでも手伝いますよ。」

「……。」

やはり少女の言う通りだ。怒れない。


「それと、車掌さんなんて人間の呼び方で呼ぶな。……私は君達のような感情に左右される生物じゃない。この姿にしたのは、君達と話しやすからだ。」

「分かったよ。『列車』さん。」

「……不愉快だ。」

「そうだ。もうすぐ終点でしょ? アナウンスは良いの……。」

「えっ!」

し、しまったっ。遅れるとまずいぞっ……。


私は走り出した。

「こけないように気を付けてよー。」

背後から少年の声が聞こえた。

「うるさいぞ。」


でも、人間のように、感情を持つことも悪くないかも?

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