第9話 少女の決意
「あの日、私は彼女にそう伝えた。もちろん、自分の角膜を渡すという部分は伏せた。その日は、彼女はなぜ手術のことを話さない原因を知った日にもなった。すぐに後悔した……自己満足なお節介は、きっと彼女を傷つけたんだ。それから、私はその事を話題に出さなかった。でも、彼女はずっと落ち込んでた。彼女はきっと、内心で私を責めてたんだ。嫌な思い出を思い出させてしまったからな。」
「そ、そんなはずありません! 何があっても、彼女はきっと、あなたを責めたりはしません。」
「へー。そう思う?」
「あ……はい……。」
ちらりと彼女を見て、話を続けた。
「もうその事は話さないけど、ずっと引っかかってた。数日後、私は彼女と列車に乗った。まだ余裕がある時に、好きな人と一緒に列車に乗りたかったから。」
「……。」
「それに、彼女を今までよりずっと遠い場所に連れて行ってやりたかった。私は、列車で、それとなく自分の願いを彼女に告げた……。」
「……。」
「もしかしたら、私は本当に鬱陶しい奴かもしれないな。」
私は苦笑した。
「いいえ、全然鬱陶しくありません。」
「そうか……。でも、予想外なことに、彼女は手術すると言った。最初は聞き間違いかと思った。でも、それと同時に、私は彼女に、最初で最後の嘘を吐いた。彼女はこう聞いてきた。手術が成功したら、あなたのことが見える? って。」
「……。」
「ドキッとした。こう聞かれると思わなかったから。」
「それはきっと、彼女も……とてもあなたのことが好きだと思います。」
「……本当に?」
「……はい。」
「内心ではどうしようか考える時、口は既に彼女に肯定した。気付いたら、私は既に、永遠に果たせない約束を交わしてしまった。」
「……。」
「だが、それで良かった。彼女が手術をするなら、私はもう満足だ。彼女の両親とは既に話した。同時に、一つの願いを聞いてもらった。」
「……。」
「どんな願いか知りたい?」
「……。」
「じゃあ、質問を変えよう。どうすれば、人の思いを弱くすることが出来るか、知ってる?」
「……。」
「もし、彼女が突然、私の側から離れたら、私は絶対に納得できない……。きっと、ずっと彼女のことを思い、深い悲しみに陥って、抜け出せなくなる……。例えそれはたった一年だけの友達でも。自惚れてたかも知れないな。私が居なくなったら、彼女にそうであって欲しいと思った……。」
「……自惚れじゃないと思いますよ。」
「ふーん。でも、思ったんだ。ずっと悲しみに暮れるよりも、最初から、こんな人は居なかった方が良いんだって。私の両親、彼女の両親、主治医、隣人……。私は、周りの人に協力してもらった。最初から、こんな人は居なかったかのように。彼女は私の顔を見たことが無い。だから、きっとすぐ忘れる。そう思った。それから、私は本当に倒れ、入院した。入院と言っても、ただ足掻ける時間が少し増えただけだ。その時の私は、ただ嘘が上手くいくことを願う他無かった。それに、彼女が光を取り戻した後、違う生活が待ち受けているんだ。とは言うものの、実は凄く心配だったんだ……。これは、私からの最後のプレゼント、どうか拒絶反応が起こりませんように。彼女を失望させないように。そう神に願うしか無かった……。」
「最後まで、……そう思ってたんですか?」
「うん? 最後? 私も考えたことがある。嘘がばれ、彼女に全部を知られたらどうなるか。」
「彼女はきっと、とても、とてもあなたに会いたいと思うはずです……。あなたは彼女の気持ちを考えたことがありますかっ?」
「うーん……それは割と重要じゃないな。私のことを彼女の人生の中で、ただの行きずりの人だと思って貰いたい。だって、私以外にも、彼女のことを愛してくれる人はいっぱいいる。彼女はこれからも、たくさんの人と出会うんだ。違うか?」
「……。」
「これで、私の話は終わりだ。」
「……。」
「……うん?」
「……これは、あなた自身の話ですか?」
「ふーん、他人から聞いたのかも知れないし、私が作った話なのかも知れないな。」
「……。」
「……。」
「……。」
「どうした。何か言いたい事でもあるのか?」
「……馬鹿。」
「うん?」
「ばかっ……。」
「ばか?」
「あなたは……もしくはこの話を教えてくれた人は、つまり、話の中に出てきた少年は……絶対馬鹿ですっ!」
彼女は沈黙の後、大声を挙げ、泣き始めた。
「そんな嘘……そんな優しいうそっ! 何で、何でこんなにも少女に優しくするのよ! その心の底から、少女を思う気持ちは何なのよ! もうちょっと、我儘でもいいじゃない!少なくとも……少女は少年に何か残して欲しかったのよ! 最後まで会えないなんて! 残酷すぎるよ! 少女は……少女の唯一覚えてるのは、少年の声だけなのよ!? 何が顔は見たことないから、すぐ忘れるのよ……。忘れられるはずないじゃない! だって、少女も……少年のこと、愛してるんだからっ……。私も……彼のこと、愛してるから……。」
少女は言い終わり、防波堤が崩れるように泣き出した。こうなるのは、目に見えていた。たっぷり泣く時間をあげよう。少女は体を抑えることが出来ず、ずっと震えていた。涙もボロボロと止まることなく溢れ出していた。私は少女を慰めつつ、涙を拭いてあげた。そのまましたら、少女は落ち着いて来た。もう泣いてはいないが、まだ涙の痕が付いている。
「じゃあ、決まった?」
「……。」
「自分で降りるか……それとも、降りさせられるか?」
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