第8話 "私"の話
「旅はとっくに半分を超えたんだ。話の途中だから言わなかったけど。今、切符いいかな?」
「……え?」
「どうした?」
「あのっ……さっき、車掌じゃないって。」
「ああ、そうだね。でも、だからと言って、切符確認が出来ないような立場でもない。」
「……ええっ…。」
「では、切符を。」
「……。」
「……。」
「私……。」
少女は凄く不安そうに腕を見つめた。
「まさか、切符が無いのか?」
「あ、いえ……あの……。」
「まさか……無賃乗車なのか?」
「あ、えっと……。」
「これは困ったな。知っての通り、ここの切符は非常に高いからな。君の話を聞いて、とてもそこまで経済力のある子とは思えないのだが。」
少女の体は、恐怖のせいで震え始めた。
「これは、降りてもらうしか……。」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
『降りてもらう』と聞いて、少女はすぐ大声を出した。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……。でも……お、お願いします、今回だけでいいから……。み、見逃してもらえませんか……。どうしても、この列車に乗りたいんです。終点まで行きたいんですっ。」
「見逃すか……出来なくはないが、理由は?」
「気分転換がしたいんです……じゃないと、私はいつまでも、彼との記憶に囚われたままです……。」
「本当か?」
「そ、そうです……。」
少女は左手で右腕を強く握り締めた。
「し、信じてください……。」
「うーん……。」
どうしようか……。私は考えてみた。
《断る》
……切符がないと乗車は許されないことである。どうやってこの列車に乗ったかは分からないけど、ここまでだ。
「待ってください! 私は……。」
少女は自分が悪いことをしたと知って、言い淀んだ。
「うん、何が言いたい?」
「ご、ごめんなさい……。私は、本当に……うぅっ……。」
望が薄いのを知って、少女は何も言えなかった。
「……じゃあ、私から話そうか。次いでに気分転換になるかも知れないな?」
「え?」
少女はまだ状況を把握していないが、私がまだ寛いでいる姿を見て、安心したようだ。
「私はあまり自分の話を他人に教えないんだよ。」
「……あなた自身のお話ですか?」
「ふーん……さあね。じゃあ、始めるよ。」
「はい……。」
少女は姿勢を直した。
「んー。じゃあ、第一人称で話そうか。私は小さい頃から、先天性の病気を患っていた。その病気のせいで、あまり外には出られなかった。それに、他人に迷惑をかけたくないから、家族以外の人とあまり話さなかった。だから、小さい頃から、あまり友達が居なかったんだ。病気は年を重ねて行くと共に、酷くなっていた。十八歳になったあの年は、本当に無理だと思った。両親はより一層、私の面倒を見るため、仕事を辞めた。家でずっと側に居てくれた。だが、私は時間が過ぎるのを、待つしかできなかった。自分の最期を……。」
「……。」
「そんな時だった、意外にも、一人の少女と出会った。彼女は階段から落ち、私の腕の中に倒れこんできた。突然すぎて、びっくりした。」
「えっ……。」
「相手は女の子だった。私はすぐに彼女の体を支えた。彼女は慌てて謝ってくれた。彼女が顔を上げた瞬間、まるで、温かな風が目の前をよぎったような気がした。」
そんな風に見られたくないに決まってる。
「多分、最初に出会った時に、芽生えたあの感情だろう……。ぼんやりとした好きという気持ち……。」
私は頭を掻いた。自分でも良く分からないから。でも向かいに座っている少女は、少し照れた。
「私の好きは、きっと友情を超えた感情だ。でも、友情までに抑えなければならないんだ。だって、私みたいなのが、人を好きになる資格が無いんだ。」
「そ、そんなこと……。」
「ふーん、自分の体は自分が良く知ってるよ。いつか、ポックリ逝ってしまうような体じゃあ、人を好きになったら、相手が可哀想だ。」
「……そんなことないと思います。」
少女はこう言うが、私は話題を逸らした。
「この一年、本当に幸せだったな。他の人にとっては、短い間かも知れないが、私にとっては、一生と言っていいほどの時間だった。体も段々良くなって来て、長い時間の外出も、そんなに辛くなくなって来た。」
「でも、あまり体に負担を掛けない方が……。」
「構わないさ。どうせ残り少ない時間だ。やりたいことをやった方が良いんだ。彼女は私と一緒に出かけるのが好きだった。一緒に出かける時、いつも笑顔だった。そうだ。私の体のことは、彼女に教えていない。」
「……。」
「心配させたくないんだ。楽しいことは分け合うが、辛いことは、自分一人抱えた方が良い。体は良くなってる。でも、晴れやかな気持ちで病気に勝てるなら、世の中に医者という職業はいらない。私の病気は、突然悪化した。こりゃ、本当にそろそろだな。私は……最後に、彼女の為に何かしたかった。」
「……。」
「心配だった。彼女が一人になったら、また前の彼女になるんじゃないかって。勇気がなく、どこにも行けず、何もできず。また、孤独な生活になるんじゃないかって。もし、彼女がこの世界を見ることが出来たら、強くなるのだろうか。一人でもちゃんと生きていけるだろうか。一人がダメでも、友達を作る勇気は持てるのだろう。そう…思った。だから……死んだ後……自分の角膜を渡そうと思った。」
「……。」
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