第6話 消えた青年
「……。目を開けて、私は……。」
少女は一気に沈んでいった。声も低くなってしまった。多分、自分の言いたい事が言えなかったんだろう。
「大丈夫だ。いつまでもここで待ってるよ。」
「あ、ありがとうございます……。」
沈黙がまた訪れた。しばらくしたら、少女は気を取り直して、話し始めた。
「手術が終わり、初めて目を開けました。でも……。」
「手術は成功したよね?」
「はい、手術は成功しました……。」
「目を開けたら……見えた?」
「見えるようで……見えませんでした。」
「目を開けても……見えなかったのか?」
「見えるようで……見えませんでした。私は目の前のものが見えました。でも、一番見たいものは、そこに居ませんでした……。」
「少年は見えた?」
「……。」
「うん?」
少女は項垂れた。
「いいえ……見えませんでした。」
「両親は見えた?」
「はい。母も父も、あの時より大分痩せていました……。両親の姿を確認した後、思わず泣いてしまいました。」
少女は少し恥ずかしそうに言った。
「恥じることはない。また両親に会えたんだ、気持ちも相当高ぶるのであろう。」
「はい!」
「目の前の景色は見えた?」
「はい……何年ぶりに。自分の目でものを見たのでしょうか。白いベッド、白い床、白い天井、そして、窓の外の緑。
「医者は見えた?」
「はい。先生は枕元で、心配そうに私を見つめていました。」
「目が見えるのに、少年は見えない?」
「……はい、おかしいですよね。」
私はすぐに理解できた。
少年は約束を果たさなかった。
少女が目を開けた瞬間、彼はその場に居なかった。
「約束だったのに、何で……何で彼が居ないんですかっ?」
少女の声は震え始めた。
「もしかしたら……何か用事でもあるんじゃ…?」
「私もそう思いました。でも……。両親に聞いたんです。でも口を揃えてそんな人は知らないって!」
「知……らない?」
「疑問に満ち溢れているような目で、そんな人は居なかったって。」
「……。」
「そんな訳無いじゃないですか! 両親は……ずっと私に友達が居る事を知ってたじゃないですか? 彼の提案に乗ったじゃないですか? 知らないはずがないじゃないですかっ! 隣に居る先生にも聞きました。でも同じでした。彼は一緒に病院に来てくれていたんですよっ! 先生も絶対、会った事があるはずです!」
「確かに……おかしい。」
私は上の空で答えた。
「そんなの……信じられません……退院して家に戻った後、私は目を閉じ、記憶を辿って、彼の家に来ました。」
「会えたのか?」
「どんなにノックしても、どんなに叩いても、誰も出てきませんでした……。ドアノブも捻ってみました。そしたら、カギが掛かってないことに気付きました。でも、中には空っぽの部屋だけでした……。まるで、最初から誰も居なかったかのように……。」
「そうか……。」
「隣に住んでいる人が教えてくれました。この部屋にはずっと、誰も住んで居ないって。そんなの……ありえませんよ!」
少女は興奮し、声も上擦った。
「どうして皆んなは…いきなり彼を忘れたんですか! あんなに優しい人なのに、あんなに良い声を持っているのに…。私は彼の暖かさにも触れたんですよ……。そんな人が、突然消えるはずがありません! 私の記憶がおかしかったんですか? 信じられません! 彼と居た時間が、幻だったなんて信じられません! 色んな場所に連れて行ってくれました。どこも彼の気配が残っているはずです。消えたはずがありません! いっぱい本を読んでくれました。未だに思い出せます。彼の口調、感情。この記憶が、嘘だなんて信じられません! あの日、彼と交わした約束、まだ覚えてます! なのに……。」
少女は自分を抑えようとした。
「どこにも見つからないんです……。彼が居た痕跡……。長い時間を共に過ごして来たはずなのに、写真一枚すら持って無いんです……。私は怖くなりました……。怖い、自分の記憶は、本当なのか……。一緒に居た事実が、実は、私の妄想だったら……。彼は存在しなかったのかが、怖かったんです……。そんなの信じられません……。それから、私は毎日周りの人に聞き回りました。彼のこと、覚えてますかって……。でも、誰に聞いても、覚えてないって。というよりは、知らないって……。両親に心配される毎日でした……。」
「……。」
少女の訴えに私は何も答えられなかった。
「あの……。」
間を置いて、少女は真剣な表情で、こう問いかけて来た。
「最後の質問、いいでしょうか?」
「何かな?」
「彼はどこへ行ったか……知りませんか?」
「……。」
「彼が消えたなんて、信じられませんよね?」
「……。」
「今まで話したこと、絶対に忘れられませんよね?」
「……。」
「なので、彼はどこへ行った……と思いますか……。」
「……。」
私は答えを知っている。
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