2-2

何日か経った後の昼休み、前もってコンビニで買っておいたパンと読みかけの本を持って、いつものように実習棟の屋上へとやってきた。

入口横の梯子を上り、給水塔、その陰にビニール袋を置いて上から座る。

スカートがはみ出てるけど、雨が降ったあとでもなければ気にしない。


この場所は静かでいい。

雑音が全くしないというわけではない。程良い雑音が静けさをより感じさせてくれて気持ちが落ち着く、ということだ。


風が吹き、屋上に転がるガラクタが音を鳴らす。

パンの封を開け、頬張る。どんなパンかを確認せずに買ったので、口にして初めてその正体を知る。

そうか、今日買ったのはカレーパンだったのか。

嫌いな方ではないので、自分のランダムな選択をほんの少し称えつつ、食事を続ける。



最近、佐倉が朝に声をかけてくるようになった。

階段の下で拾われて、そう、あんな風に拾われて以来ずっとだ。


長話をするわけでもなく簡単に挨拶を交わすだけだ。

単なるおはようの一言を無視するのもどうかと思うので返事をしているが、何故彼がそんなことをするようになったのか、私にはわからない。

何か彼に思うところでもあったのだろうか。


といってそんな疑問を口にしようものならなんだか彼との長い会話が始まってしまいそうで、そうなってしまうのがちょっと鬱陶しいなと思って口に出せずにいる。


あまり人と関わりたくない。

これが、私の正直な気持ちだ。

そう思っていたのに。



下からガチャガチャとドアノブを回す音がした。そして、扉の開く音がする。

ここに人が来ることなんて滅多にない。

少し警戒して、息を潜める。


話し声はしない、複数人ではないのだろうか。


そんなことを考えていると、梯子に手をかける音がした。上がってくる?

なんだか嫌な予感がする。

身構えていると、梯子のある場所から男の顔がぬっと這い出てきた。


「あ、瀬尾さんだ」

這い出てきた顔が口を開く。

「なんであんたがここにいるの」

佐倉だった。予感が的中した。


「お昼ご飯、食べようかと思って」

「ここじゃなくても食べれるじゃない」

「前来たとき、いい雰囲気だったからさ、ここ」

言いながら、佐倉は給水塔の近くまで寄ってくる。

彼は立っているので、私が見上げる格好になる。


「邪魔はしないからさ、ここでお昼食べさせてよ」

「……別に、私の場所ってわけじゃないから。好きにすれば」

正直に言えばどこかへ行ってほしかったけど、理由が見つからない。

そもそも、妙に笑顔な表情からは言っても聞かなそうな雰囲気がとても漂っている。

無駄なことはしないに限る。

「そっか、ありがと」

笑顔を崩さずに佐倉は礼を述べるが、なんだか気味が悪い。


しかし、邪魔をしないという本人の言葉通り、私がパンの残りを食べ終え読書に勤しむ間、佐倉は物音をほとんど立てず静かにしていた。

最初の内は気になっていた私の方も、いつの間にか彼の存在を忘れてしまっていたくらいだ。


そんな風にしてのんびりと読書をしていたのだが、集中力が途切れたので本から目を離した。そんなタイミングで佐倉が話しかけてきた。

「ねぇ瀬尾さん」

「なに?」

「瀬尾さんはどうやってこの場所を見つけたの?」

「なんで?」

「なんとなく。普通に過ごしてたらわからないじゃない、こんな場所」

「まぁね……」

ふと、記憶を振り返る。

別に振り返るほど薄れた記憶でもないのだけど、こういう時でもないと反芻する機会がないのだ。

「……放課後、適当に学校の中をふらついてたら見つけたの」

その徘徊には理由があったんだけど、なんだか恥ずかしかったから口にはしなかった。


一年生の終わり頃、近づく春の気配が私には酷く億劫で、重たくて、だから解放感が欲しくて、障害物なく空を見上げられる場所が欲しかった。

誰とも繋がっていないふわふわと浮いている私という存在を、そのまま遠くまで持っていけそうな場所に行きたかった。


だけど、そんなことをわざわざこいつに言う必要はない。


「そうなんだ」

佐倉はそう言って私の方を見る。表情は笑顔なんだけど、目があまり笑っていない気がした。

「鍵は?」

「適当に動かしたら開いた」

「……へぇ」

含みのある返事だ。何かを気取られたのだろうか


「佐倉さ、ここ入るときにやたらとドアノブ回してたけど、あの鍵、そんなにガチャガチャ動かさなくても簡単に開くよ?」

「え、そうなの?」

「ドアノブを少し右に回してから、強めに左に押して、そのまま鍵穴を少し押えてさらにドアノブを回す。それだけだよ」

「田島の説明はやたら雑だなとは思ってたけど……」

「あいつも適当に動かしたら開いちゃったってクチでしょ。ま、最初からわかる人なんていないと思うけどさ」


「そりゃそうだね。でも、助かったよ。今度からは来る時に無駄なことせずに済むね」

しまった。意識を逸らさせようとして、ついつい喋ってしまった。


そんなことを思っていると、予鈴が鳴った。

「あぁ、そろそろ戻らなきゃ」

佐倉は、広げていたノートを閉じて、戻り支度を始める。

「あれ、瀬尾さん、戻らないの?」

「戻るよ。佐倉の後から」

「どうして?」

「どうしてって、一緒に戻ったらどんな目で見られるかわかったもんじゃないでしょ」

こいつ、鈍いのか。

「あぁ、それもそうか。気が利かなくてごめんね。瀬尾さん、先に戻る?」

「いいよ、先に行って」

なんとなく、こいつより先にこの場所を後にしたくない。

それに、いつもぎりぎりに戻ってる。

「わかった。それじゃぁまた教室で」

佐倉はそう言ってこの場所から下りていく。

去り際に手を振っていったが、私は振り返さなかった。


佐倉ってこんなフランクなやつだっただろうか?

記憶を遡ってみるが、当然のように彼に関する記憶はなく、違和感だけがただ残っていた。

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