3-5

夕御飯を食べたあと、私はすぐに自分の部屋に閉じ籠もって机に向かう。

勉強をすることで嫌な気持ちをどこかに追いやってしまいたかったのだけど、頭の中ではさっきまでの光景がずっと蠢いていて、ちっとも集中できなかった。

しばらく頑張ってはみたけれど、どうにも上手くいかず、鉛筆を放り出して机に突っ伏す。

喫茶店で私が最後に放った言葉がリフレインする。


ちゃんと見てあげてよ。


そんな傲慢な台詞を吐きだした自分が嫌になった。

その言葉に嘘があると、自分でも気付き始めていた。

見てほしかったのは、本当に瀬尾さんのことだったのか?

本当は、自分のことを見てほしかったんじゃないのか?

瀬尾さんに仮託して、自分の卑しい感情を覆い隠して、それでいて彼の心を動かそうとしてたんじゃないのか?


それは、正しい行いだったのか?

誠実さを伴っていたのか?

皆が幸せになれるような判断だったのか?


黒く染まっていく感情が、自問する声が、私の中を渦巻いている。

その流れに、私の心は飲まれていく。


正しいって、誰にとっての正しさなんだ?

皆って、いったい誰のことなんだ?


私がしなければならないこと。

私がしたいこと。


その二つが混ざりあって、何もかもわからなくなる。

視界はどんどん濁っていく。

結局、私も自分の周りが見えていないんじゃないか。

彼にあんなことを言っておいて、自分のことを棚上げにしているだけの、ただ気持ちをぶつけたかっただけの、我侭な人間じゃないか。


ベッドに潜り込み、暗い空間に身を委ねる。

心を硬い殻で覆い、これ以上傷が付かないようにと感情を遮断する。

少しでもいいから安心感を得たくて、目を瞑った。

寝ている間は、何も考えずに済むから。

だけど眠気は一向にやって来なくて、結局、その日の夜は一睡もできなかった。


翌日、朝日が重くのしかかる中、学校へと向かう。

こうして否応なしに時間は流れていくのに、私の心は硬い殻の中に取り残されたままだ。

殻を破るために必要な道具を、今の私は持っていない。


ねぇ、おっくん。

私、どうしたらいいんだろう。

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