1-6

田島がそう切り出した。

いじめ?

……。


「おい、まさかそのいじめがまだ続いてるっていうんじゃないだろうな」

「ちょっ、どうしたんだよ。声が荒いぞ」

「……」

「……んなわけないだろ」

「そうか……」

僕は大きく息を吐いた。

「いじめはとっくに終わってるよ。ていうか、終わらせたんだ、瀬尾自身が」

「それじゃぁなんで今も距離を取られてるんだよ」

「その終わらせ方が問題だった……いや、問題があるわけじゃないんだけどよ、まぁ、それが凄かったんだ」

「どういうことだよ」

僕がそう訊くと、田島は記憶を振り返っているのか、目を瞑って考え込んだ。


しばらくそうしていたが、やがてこちらへ視線を向ける。

「いじめの終わり方がさ、壮絶だったんだ」

「何があったんだ?」

田島が空を仰ぐ。


「これはまぁ、色んなやつから聞いた話がほとんどで、俺が直接見聞きしたことじゃないんだけどさ」

「あぁ」


「瀬尾が暗いっつーか物静かなのは元々でさ、教室の端、どんな時も自分の席で淡々と読書をしてるような、そういうやつだったんだと。で、何がきっかけだったのかわからないんだけど、中二の冬くらいから、いじめが始まったらしい」

冬、か。

「瀬尾は元々メンタルが強かったのか、いじめにもほとんど反応しないで過ごしてたらしいんだ。ただ、運が悪いことに中三になってもいじめの主犯と同じクラスになっちまった。いじめが継続したってわけだ。下手に抵抗もせず、かと言って嘆いたりするわけでもねぇから、クラスの連中も止めに入りづらかったんだと。クソみたいな言い分だけどな」

……。

「で、常に受け流してた瀬尾だったんだけど、それでもやっぱり溜まってるものはあったんだろうな。中三の、夏休みに入る前、何がきっかけだったのか俺にはわからねぇけど、爆発したんだ、瀬尾が」

僕は黙って田島の話を聞く。


「瀬尾をいじめてたのは三人組の、まぁ、イケイケな女子グループだったんだけどな。瀬尾と同じクラスのやつから聞いた話だと、その時も普段通り、その三人組が席を囲んで、本を読んでた瀬尾をからかってたらしいんだ」

「普段通りってことは、クラスで常態化してたのかよ、いじめが」

「そう怖い声だすなって……気持ちはわかるけどよ」

「……」


「まぁとにかく、普段なら何も反応せずにやり過ごす瀬尾が、その日は突然立ち上がったんだ。何事かと目をやったら、いきなり椅子を振りかぶって、三人組の一人の頭に叩き付けた」

「椅子って……」

しかも、頭とは。

「その後、続けざまに他の二人にも、だ」

攻撃的な瀬尾さん。

人当たりが刺々しいのは体験済みだが、直接的な暴力という要素と瀬尾さんのイメージがなかなか結びつかない。


「そいつが言うには、ぶち切れて闇雲に振り回すとかじゃなくて、すごい冷静に三人の頭を狙って椅子を叩き付けてたらしい。逃げ出そうとしたやつもあっさり引き戻されて椅子の餌食。結局、先生が駆け付けてくる頃には既に三人全員が頭から血を流して床に倒れてたってよ」

「誰も止めには入らなかったのか」

「そんなん無理だろ。武器が椅子だぜ、椅子」

「それも、そうだな……」


「しかも倒れたそいつらに何度か追い討ちを叩き込んだあと、瀬尾は血に塗れた椅子に座り直して平然と読書を再開したらしい」

思わず、血の池の真ん中にポツンと佇み本を捲る瀬尾さんの姿が想起された。

恐ろしいことに、僕はそれがなんだか瀬尾さんに似合っているなと感じてしまった。


「正直、それだけでも十分距離を取られるきっかけにはなるだろうけどさ。本当に怖かったのは、その後」

「後?」


「その三人が全員、転校させられた」

「は?」


「しかも、瀬尾の方には一切のお咎めなしだ」

「瀬尾さんの方はいじめに遭ってたんだから、わからなくもないけど」

「まぁな。にしたって、中三の夏だぜ?そんな時期に転校なんて、どこ行ったってワケありだってわかっちまうだろ」

「学校側の判断なんだろ、それが」

「最終的にはな。ただ、どうもこれには瀬尾の親が絡んでるっぽくてな」

「瀬尾さんの?」

「あぁ、なんてーの?地元の権力者?そんな感じの家だったらしくてな、学校に圧力かけたって噂がある」


「……距離を置かれてる一番の理由って、それか?」

「多分な。下手な関わり方をしたら自分に何が起こるかわからない、そんな恐怖が理由だろうよ。この高校もその地元の一部だしな」

確かに、この高校は田島がいた中学と同じく市立だ。市全体に影響力を持つような家柄であれば、ここも影響下に入るのだろう。


「俺の想像だけどな、多分、いじめの原因もそういうところに対するやっかみみたいなものがあったんじゃねぇかな。瀬尾がひけらかすような奴じゃないのはわかってるけどよ、まぁ、いじめてたのがそういう卑屈な奴らだったからさ」

「お前も、瀬尾さんのことを怖いと思ってるのか?」

「俺か?俺はそのあたりどうでもいいって思ってるよ。元々関わりが薄かったし、昔と変わらねぇな」

あまり格好のいい話じゃないけどな、と田島は付け加える。


事の顛末は、結果だけを見れば、いじめの加害者が裁かれ被害者は平穏を取り戻した、そんな構図だ。

しかし、その被害者が解決に使った道具が、暴力と権力。


「ま、瀬尾がうちの中学出身のやつから距離取られてるのはそんな理由だ。で、この噂が多分他のやつらにも広まったんだろうな。それに引き摺られて距離を置くやつが増えて、高校になってもそれは継続、そして今に至るってわけだ」


「……なるほど」

「なぁ、お前、さっきからなんか表情が怖いぞ。どうしたんだよ」

「そう?」

「眉間にめっちゃ皺寄ってるぜ」

「気分の良い話題じゃないからね、これ」

「まぁな」

田島が溜息を漏らす。


「普段こういう話しないせいかな、なんか話し疲れたわ」

確かに、田島はあまり人の噂話をしたがらない。

「よく話す気になったな」

「なんかお前には話しといた方がいい気がしたんだよ」

「どういう意味?」

「俺にもよくわかんね」

風が強く吹く。

お互いが黙ると、遠くから部活の喧騒が響いてくる。


僕らのような帰宅部組には単なる背景音でしかないけれど。

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