1-5

放課後、帰る準備をしていると慌てた様子で田島がやってきた。

「おい、なに帰ろうとしてんだよ。約束、忘れたのか?」

「約束?」

「昼に話したろ。瀬尾のことだよ」


「……あぁ」

すまない。すっかり忘れていた。

「まぁ、お前らしいけどさ」

田島はそう言って溜息を吐く。誉め言葉ではないだろう。


教室にはまだまだ人が残っているが、当然のように瀬尾さんの姿はない。

昼休み同様、どこかへ消えたのか、さっさと帰ってしまったのか。

多分、後者だろう。

「とりあえず、人気のないところ行こうぜ」

「そんなに話しづらい内容なの?」

「それもあるけどよ、話してること自体を周りに聞かれたくないっつーか」

「はぁ」

「同じ中学のやつ多いしな、この高校」

確かに、こいつの出身中学からこの高校に上がってくる人数はかなりいる。立地が近いせいだろう。


「瀬尾さん、中学でなにかやらかしたわけ?」

「そういうのも含めてさ、まずは移動してからにしようぜ」

「いいけど、人気のないところっていってもどこ行くんだよ」

「いやーそれがさ、いいところ見つけたんだわ」

「は?」

「ま、ついてこいよ」

なんだかニヤニヤとする田島のあとを僕は追っていった。歩く間くらいは普通の表情でいてほしい。一緒にいる僕の方までおかしなやつだと思われる。


田島は実習棟の方へと進んでいく。

実習棟には、ほとんどの文化部の部室がある。確かに廊下には人気はないが、壁一枚隔てれば人はたくさんだ。さすがに廊下で話すというわけではあるまい。それならばわざわざここまで来る必要もない。

「なぁ、どこまで行くんだ?」

「いいから、こっちこっち」

実習棟の奥の方まで進み、階段を上る。どこまで行くのかと思ったら、とうとう屋上入口の扉まで辿り着いた。

確かに屋上入口の前はデッドスペースだ。人が来ることなんて滅多にないだろうから、隠れて話をするにはうってつけだろう。

「なんだよ、ここか?それなら実習棟まで来なくてもよかったんじゃない?」

屋上入口はここだけではない。教室棟にだってある。

「いやいや、ここじゃなきゃぁダメなんだよ」

田島は何故かニヤニヤとしている。

「見てろよ」

そう言ってから、田島は入口のドアノブに手をかける。

「どうせ鍵締まってるでしょ」

そういう僕を尻目に、田島はドアノブをがちゃがちゃと言わせる。

「そんなことしたって開かないって……」


「ふんぬ!!」

「うわっ」


いきなり田島が力んだので、少し驚いてしまった。

すると、ドアからガチャリという音がして、扉が開き始めた。

「……鍵でも持ってきてたのか?」

「いやいや違うんだな、これが」

ニヤつきっぱなしの田島が扉を開け放つ。

「ささ、とりあえずこちらへどうぞ」

ふざけ半分のその台詞に導かれ、僕は屋上に足を踏み入れた。


そういえば、この学校の屋上に来るのは初めてだ。

今日は快晴で、空を見上げると小さな雲が置き忘れられたかの如く点在している。風が少し吹いていて、春の暖かさが心地よい。


「実はこの扉な、ちょっとこう、いい角度で捻りながらグイッと押し込みつつちょっとガッと引くとな、なんと鍵が開くんだわ」

田島がさっきの挙動の解説をしてくれたが、何を言っているのかさっぱりわからない。これは、僕の理解力の問題ではないだろう。

「よくそんな仕組み見つけたな」

「いやー……この前追われてた時にな」

「は?追われてた?なんだそりゃ」

「いや、これはなんでもない。気にすんな、うん」

慌てた様子で田島が扉を閉める。ガチャリ、と音がした。

「わざわざ鍵締めたのか?」

「いや、扉閉じると勝手に締まるんだよ、これ」

「いいのか、それ、また開けるときにめんどくさいんじゃ」

「こっちから開けるときは普通に鍵回せるから」

「あぁ、そうなんだ」


僕はフェンスの近くまで歩いていく。田島もそれについてきた。

「いい天気だよなぁ。こういう時にこんな場所でのんびりすんのは最高だよなぁ。部活とかやってらんねぇぜ」

フェンスに寄りかかるなり、田島が言う。

「そうか、お互い帰宅部だったっけ」

「だな」

「中学の時は陸上やってたんだろ?なんで高校ではやらないんだ?」

「んー、まぁな、色々思うところありってやつだよ」

「色々ねぇ……」

珍しく田島が意味深な表情をしている。


「お前だって、昔は美術部だったんだろ?」

「……僕にも色々ね」

色々と、ある。


「あまり詮索しても意味ないよな、お互い」

田島が言う。その通りだ。

それから、二人ともしばらく黙ったまま空を眺めていた。


「それよりもさ、ほら、瀬尾の話だよ」

眺めている間に気持ちを切り替えたのか、田島がそう口にした。

その瞬間、ガタッ、と微かに音が鳴る。一瞬、風が強く吹いた。

「あぁ」

「とはいえ、どっから話したらいいのかちょっと難しいんだよな」

「おい」

「いや、なんつーのかな、瀬尾が周りの人間、特にうちの中学出身のやつらから距離を置かれてる理由、ちゃんと話そうとすると長くなるんだよ」

「……距離置かれてたのか、瀬尾さん」

「そうか。お前、その認識すらなかったのか」

田島はそう言ってなにやら考えあぐねている。

「うーん、まぁ、ざっくり言っちまうのがいいのかなぁ……」

「好きなようにしてくれよ、話が進まない」

「それもそうだな」

それじゃぁよ、っと田島は姿勢を変える。腕をかけてフェンスに寄りかかっていたのが、背中を押し付ける格好になった。


「瀬尾さ、中学ん時、いじめに遭ってたんだよ」

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