3-2


彼の話によれば、楓ちゃんと出会ったのは、中学二年の終わり頃、美術部で製作した作品を出展した小さな展示会。

他の中学校で同じく美術部だった彼女が、彼の作品を気に入って話しかけてきたのがきっかけだと言っていた。

その時に連絡先を交換して、何度か会って話をする内に付き合い始めるようになったらしい。

どちらかといえば内向的で人と関わることにそれほど積極的ではなかった彼が、私に対して彼女ができたと教えてくれた時、とても驚いた。

それまで、私は全くその気配に気付かなかったから。


それからすぐ、彼は彼女を連れてきて、直接私に紹介もしてくれた。

普段は物静かだけど話す時には目を大きく輝かせるとても可愛い子で、彼との相性も良さそうに見えた。

性格も良い子で、私とも気軽に接してくれて、彼抜きで楓ちゃんと二人で遊びに行くこともあったくらいだ。

彼女は時々、彼に対する小さな愚痴をこぼしたりして、彼と幼馴染だった私は、それに共感することも多かった。

出会ってそんなに経っていないし、私とは一つ歳が違ったけれど、昔からの友達みたいな感覚だった。

次第に関係を深めていく二人の間に割り込むのが気まずいこともあったけど、二人はお構いなしに私を誘ってくる。

それは嬉しかったけど、ちょっと辛くもあった。


だけど、そんな関係も数ヶ月しか続かず、突然途絶えてしまった。



中学三年の冬、高校受験を間近に控えたその季節。

彼は、彼女と連絡が取れなくなったと私に相談しに来た。

電話もメールも通じなくて、彼は酷く狼狽してた。

だけど、当然のように私では何の力にもなれなくて、ただただ時間は過ぎていくだけ。

受験と重なって、傍から見てもわかるくらいにやつれている彼を見るのが、私にはとても辛かった。

励まそうにもどんな言葉を並べればいいのかわからなくて、彼と連絡を取る機会も減ってしまっていた。

何かをしてあげたかったけど、何もできない自分がそこにいた。


そして、彼女が自殺したことを知ったのは、春の気配が近づいてきたころのことだった。



私の話を聞き終えたあとも、瀬尾さんはずっと黙ったままだった。

それでもなんとか力を振り絞るかのように、彼女は口を開く。

「自殺、したんですか」

「……うん」

「……なんで、その、楓、さんは」

彼女が聞きたいのは、その理由。

そして、彼と私はそれを知っている。知ってしまった。

だけど、そのことを瀬尾さんに話すのは、勇気が要る。

心の準備が必要だった。

でも、もう話すしかないと心を決めて、大きく深呼吸をする。


「いじめ」

その言葉を口にした。

「……」

「楓ちゃん、いじめに遭ってたの。中学三年になってすぐの頃から、ずっと」

瀬尾さんに話すには、重過ぎる話。

「ちょっとだけニュースにもなったの。聞き覚え、ないかもしれないけど」

私の言葉を聞いて、瀬尾さんは少しだけ考え込み、そして口を開いた。

「……飛び降り」

「うん、そう」

多分、耳にしたことがあったのだろう。


瀬尾さんと楓ちゃん、同じ時期にいじめに遭っていた二人。

一人は感情を周囲に向けて解き放ち、一人は何もかもを抱え込んだままいなくなってしまった。


「先輩や佐倉に、いじめのこと、相談したりはしなかったんですか」

「ううん。楓ちゃんはそんな気配、これっぽっちも見せなかった」

今となっては、その理由はわからない。

私たちに心配をかけたくなかったのか、それとも、そんなことを相談できるような相手に、私たちがなれていなかったのか。

考えてみたところで、もう答えを知ることはできない。

「本当なら、気付いてあげるべきだったんだろうけど」

「……本人が隠してたのなら、そんなの無理ですよ」

言葉が、重い。

本当に、そうなのだろうか。

たとえそうだとして、もう、その言葉が救いになるには時間が経ち過ぎてしまった。

あれから一年以上が経つ。

正直に言えば、心の整理がついたとはとてもじゃないけど言い難い。いなくなってしまった人の隙間は、そう簡単に埋めれるものではない。

ましてや、恋人を失くした彼にとっては。


「鈴井先輩。話してくれて、ありがとうございました」

黙りこくってしまった私に向けて瀬尾さんが言う。

「ううん、いいの。あなたには話さなきゃいけないって思ったから」

話さずにいることは、できないと思ったから。

「どういうことですか?」

「私にもよくわからない。けど、気のせいじゃないと思う」

彼のことを知りたいのであれば、楓ちゃんのことはいつか知ることになる。

それならば黙ったままでいる意味がないし、瀬尾さんの気持ちを考えたら、私には話さないという選択肢を取ることはできなかった。


今、彼女は多分彼に一番近い場所にいる。

だから、彼女には知っていてほしい。

私は、そう考えることが正しいと感じたのだ。


きっとそのはずだ。


「じゃぁ私、もう行きますね」

瀬尾さんは席を立つ。

お茶には結局手をつけなかった。

「ねぇ、瀬尾さん」

私は、扉に向かおうとする彼女を呼び止めた。

「なんですか?」

言おうと思っていた言葉が、喉に引っかかる。

私は、この台詞を口にしていいのだろうか。

「私からお願いするのは、ちょっと変かもしれないんだけど」

心はその言葉の続きを口にするのを拒んでいるような気がする。だけど、私は強引に蓋を閉じて抑え込んだ。


「佐倉くんってああ見えてナイーブだから」

飄々としているように見えて、その実、周りの何も見ていない、そんな人だから。

「瀬尾さんが、ちゃんと見ていてあげてほしいの」

彼女はこちらを見つめたまま、黙って立っている。

私の言葉の意味を、どう捉えただろうか。


「……わかりました」

瀬尾さんはただ一言だけ発した。

以前のような適当な返事ではなくて、そこには真剣さが伴っていた。

真っ直ぐにこちらを捉えている彼女の視線が私には辛い。

理由は、自分でもわからない。


「それじゃぁ、失礼します」

瀬尾さんはそう言って部屋を出て行った。


扉が閉められ、部屋は再び一人きりの空間に戻る。

冷房の音、部活の喧騒、蝉の鳴き声。

背景音がどんどんと大きくなっていくような錯覚を覚え、私は頭を強く振る。

それを決断するまでにどれくらいの時間を要したのか、時計を見ていなかったからわからない。

意を決し、私は携帯を取り出した。

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