発生する邂逅について
1-1
「ほら、俯いてないでさ、こっち向きなよ」
聞きなれた台詞と聞きなれた声。
鈴井流花。一つ年上。高校三年生。生徒会長。
昼休み、机に突っ伏していると頭上から彼女の声が降ってきた。
「別に俯いてるわけじゃないですよ、眠いだけです」
僕は頭を起こさぬままに答える。
「人と話すときは目を見て話しましょう、って教わらなかった?」
「……記憶にないですね」
初夏。衣替えの前なのに気温は高く、あまり身体を動かす気にはなれないから、こうして机に突っ伏して体力を温存している。
皆考えることは同じで、下手に動けば体力を根こそぎ持っていかれかねないから、教室の空気も普段よりも穏やかだ。
とはいえ、顔を伏せたままで会話をするのも逆になんだか疲れるので、僕はゆるゆると頭を上げる。
まず視界に入ったのは彼女のお腹だった。もちろん、制服の上、ブレザー越しにだが。
「どこ見てんの」
「他意はないですよ」
「見てることは否定しないんだ」
「それで、生徒会長がわざわざ教室まで来て何の御用でしょう」
さらに顔を上げると、こちらを見下ろす彼女と目が合う。
切り揃えた前髪の下から覗く切れ長の目と僕を見下ろす姿勢とが相俟って、威圧感がすさまじい。
「ん?あぁ、別に君の用があったわけじゃないんだけど、たまたま目についたから声かけてみただけ」
そう言って彼女は微笑む。
適当な動きをする人だな。
生徒会長が来るもんだから、クラスの皆が微妙に緊張している。微かに静けさの増した教室の、その空気が伝わってきた。
「それでさ」
「なに?」
「瀬尾さん、どこに行ったか知らない?ここにいると思ってたんだけど、いないみたい」
瀬尾さん。
クラスメイトの瀬尾陶子、きっと彼女のことだろう。
「瀬尾さんに何か用なの」
「んー、ちょっとね。昼休みに生徒会室まで来るよう言っといたんだけど、来なかったから呼びにきたの」
なるほど。
どんな用で呼び出されたかは知らないが、瀬尾さんがそれをすっぽかしたというのは驚くに値しない。多分、大抵の用事で同じ結果になるだろう。
僕は知っている。
どうせ彼女はいつも通り、屋上で空を仰いでいるのだ。
「……知りませんねぇ。どこかふらついてるんじゃないですか」
「学校の中をふらついたって、面白いことなんて特にないと思うんだけどなぁ」
殊更否定するつもりもないが、生徒会長がそれを言うか。
少しだけ間が空いたあと、彼女が口を開く。
「ねぇ、佐倉君」
「なんですか、鈴井先輩」
「……なんでもない。瀬尾さんは適当に探してくるよ。ありがとね」
「いえいえ、何もしてませんから」
「確かにね」
そう言って、彼女は微笑みながら去っていく。
気が咎めなくはないが、わざわざ瀬尾さんがどこに居るのか僕の口から言う必要もあるまい。運さえよければ放課後にでも遭遇できるのではなかろうか。
なんとなく教えたくはなかったのだ、あの場所を。
僕は、瀬尾さんとの邂逅を思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます