1ー3 地獄に仏?いえ、悪魔です。


21時30分。

私は現在the不良の男性3名に囲まれている。

場所は14区中心の十字路。

男性3名は片腕に茶色のスカーフを巻いている。

彼らは自らの事を【茶色ブラウン】のメンバーだと言い私をおどす。

私は【茶色ブラウン】と言う、色の名前を持つグループなんて全く知らない。


「私、【茶色ブラウン】なんて、色のグループは知らない」


と、言った.....のだが。


「アァン!ナンダッテ!お前!オレ達【茶色ブラウン】を知らないだと!?」


「テメェ、ホントにこの島に住んでんのか!

住んでたら知らないわけ無いだろ!!」


「バカかよお前」


そう、私は逆に怒らせてしまったのだ。

私は本当の事を言った。事実を言った。だから、私は知らなかったからしょうがない、と遠回しに言ったのだ。

.....なのに怒られる。

そんな理不尽を受ける私。

とても納得出来ない。


「アァン!聞いてんのかアァン!」


「お前、オレ達【茶色ブラウン】を本気で怒らせる気か!?どうなんだよ!エッ!」


「バカかよお前」


怒らせる気かって、私は一体何をしたらいいのでしょうか。

謝れば良いのでしょうか。

金を払えば良いのでしょうか。

.........ナニは絶対嫌ですけど。

私の思考はこの島に来て、どうやら奇妙な方向へ曲がってしまったようだ。

本来の私なら、彼らに囲まれた時に「ごめんなさい」と謝っているでしょうから。


「(ホントに何をやってるんでしょうか)」


──────────────彼らも私も。


こんな何の意味もない事を.................どうやら私は自分自身をなぐさめていたようだ。

──私、かわいそう。

──私、つらそう。

──私、かなしそう。

と。

愚かな事だ。

意味が無い事だ。

そして、傲慢ごうまんだ。

私と彼らを同格として扱うなど、


私のような『醜悪な害になる』存在など。


私の頭の中で、そのジャンルの言葉の羅列が螺旋階段のように巡りめぐる。

私は拒絶しない。

私は改変しない。

私は言い訳を言わない。

私は──受け入れる。

巡りめぐる言葉の羅列を。


「アアン!聞いてんのか!聞いてんのか!!大事なので2回も言ったぞ!」


「コイツ聞いてねェんじゃねェーか!?」


「バカかよお前」


私が自分自身を慰めている間も、怒声どせいを吐き続ける不良3名。

そろそろ殴りかかってくるんではないかと心配していましたが、まだのようだ。

思ったより手がはやい連中では無かったようだ。

安堵と落胆が同時に浮かび上がる。

殴られなかった.....の安堵。

まだ怒声を吐かれるのか.....の落胆。

これ以上は迷惑以外なにものでもない。

最初から迷惑だが。

今更だが、彼らは一体何をして欲しいのか、最初の疑問にぶち当たる。

これ以上は、進めない。

彼らが要求を提示しないからだ。

ぶつかってしまった私も不注意だった。その責任は取っても良い、と私は思う。

.............ナニは絶対嫌ですけど。

.............それに関係する事も。

結局、私は言うのだ。

この島に来て、少なくはない出逢いをした。

この島に来て、少なくはない異常を視た。

この島に来て、少ない生命の“やさしさ”を感じた。

.....この島でも、私は私だった。

それだけ。本当にそれだけだ。

誰が悪い訳でもない。

単純だ。全て.........私が悪い。それだけだ。


「ご.....ごめんなさい」


私は言った。

言ってしまったのだ。

耐えきれずに。

決定的なひと言を──最悪の結末、それに導く言葉だとも知らずに。


「.....ア、アハハハハハハハハハハハ!!」


「ごっ、ごめんなさい、って.....アハハハハハハハハハハ!オ、オカッカシ!!」


「バカかよお前」


私は頭の中が真っ白になった。

現状に理解が追いつか無い。

笑われてる、私が。

馬鹿にされてる、私が。

何故?

どうして?

疑問しか浮かばない。

私は最悪の結末にならないよう、謝った。自分が悪いと。貴方達には非は無いと。どうか許して欲しいと。

なのに.........笑われてる。

気付けば、私は小刻みに震えていた。

びくびくと喰われる寸前の兎のように。


「アハハハハ.........ッ!.........フゥー。笑った笑った。.....この娘が可愛らしい言葉を言うから腹抱えて笑ったぜ。今、気付いたけど、この娘可愛くね?」


「.....フゥー。そうだな。今まで、怒鳴ってばっかで、顔を良く見てなかったからなー。さっきのこの娘の言葉のおかげで、顔をよーく見れるぜェ」


「バカかよお前」


「あっ」と私は気付いた。

疑問の答え。

自分の犯したあやまち。

私が気付かなかった、私の欠点。

それが何か.....。


私は──可愛かったのだ。


私が思っているよりも更に。

先程まで私は、頭を下げ、俯いていた状態だった。私の髪は長い。腰まであり、前髪は俯く体勢だと目元まで隠されてしまう。

「ごめんなさい」と謝った時、私は顔を上げ、顔全体が暗い夜でもハッキリと認識できる体勢になってしまったのだ。

つまり私の過ちは──可愛かった事だ。

私はなんて罪な女なのか、と馬鹿な考えがよぎった。


「どうするよ沢村。この娘、思ったより可愛かったし.....持ち帰るかッ?」


「.....イイね。髪もキレイだし、肉つきも肌もイイ。胸もデカくは無いが、小さくも無い。身体全体もでるところはでてる。今夜のデザートとしちゃァ最高じゃねェか!」


「バカかよお前」


彼らの黒い感情が“視える”。

最後の理解不能の男性以外は私を性的な意味で食べる事に決定したようだ。

私が最も嫌な結末へと、私がみちびいた。

彼らに構わずに逃げれば良かった。追いかけてきても、叫びながら逃走すれば人通りの多いこの付近で彼らも手荒な事ができず、逃げおおせれたかもしれないのに。

──おろかだった。

その言葉しか出てこない。

冷静に考えればわかる事だ。

いつもの私なら.........必ず。

しかし、そうでは無かった。

.....もしかすると、私はもう疲れ果てたのかもしれない。肉体的にも精神的にも。

肉体表面は綺麗だが、足は動かず進めない。明日への1歩も踏み出せず、コンクリートの冷たさだけが足に伝わる。

精神もボロボロだ。ひとつの事しか思考が回らなくなってきている。私の望む結末以外。

今にでも崩れないか心配だ。

私の身体にはガタがきている。

私の身体は平穏を望んでいる。

私の身体は悲鳴を上げている。

私は──────諦めたいと思っている。


「ん、じゃま、持ち帰りますか。叫んでも無駄だぜ!この【茶色ブラウン】の印がある限り周りの連中、近寄ってこねェしな!」


「まったくだぜ!【茶色ブラウン】の印を巻いてるからった、女の子ひとりも助けようとしねェ腰抜け連中バカリだぜ!恥ずかしくねェのかなー?エッ!!」


「バカかよお前」


私は諦めた。

周りの通行人も視線を逸らして、通り過ぎるだけ。

.........彼らは悪くない。

当たり前の事をしているだけだ。

人間、何でも自分が可愛い。

自分が一番だ。

危ない、怪我しそうな件には関わりを持とうとしないのは、人間としてごく普通の事なのだ。

だから、私は彼らを責めない。

悪いのは私だと認識しているから。


「お嬢ちゃんや、これからキモチー事してあげるから、大声出さないでね」


「オレ、車取ってくるわ!さっさと連れ込んで、オレん家でおっぱじめようぜ!」


「オレもオレも」


これもひとつの結末。

コイツらの玩具されて、人間としての尊厳そんげんを奪われて人生の幕を閉じる。

想像しただけで、吐き気がする。

嫌だと体が拒絶する。

冷や汗が噴き出して唇が震える。

目の前が朦朧とし、これは現実では無い、夢幻ゆめまぼろしなのだとそう思いたい衝動に駆られる。

その自分の有様にほとほと呆れる。

私が探していたモノは、周りに害をなすモノだ。それを求めてここまで来た。害をなそうと周りを巻き込もうと構わないと。

あぁ.....でも、探し物は結局。見つからなかった。

それだけは後悔です。

この島に来た理由のひとつ。

この島に来るまで、幾ら探しても出逢え無かったモノ。

勝手に世界に絶望して、勝手に人を決めつけ、勝手に自分の人生を見限っても欲しかったモノがこの島なら見つかると.....思っていたけど、結局見つからなかった。

無いのか、起きないのか、私が.....私が小さな頃から夢見た──は見つからないのか────。


「──何やってんだ!このクソ野郎!」


世界は必然だ。

運命は流れだ。

ランダムに決められた流れに意思は無い。

そこに神は無く、『みえない』流れは宇宙を概念を覆う。

何度も言うが、世界は必然だ。

──偶然など無い。

ならば、私と彼の出逢いも必然.....なのでしょうか?



今日──〈7月26日〉

必然ある世界──その地平線・水平線の彼方で“私”と“境零士”は交差する。





私はあるモノを探していた。

小さな頃から願っていたモノ。

目が人よりだと気付いた頃から、欲しかったモノ。

幾ら願っても、祈っても、泣きわめいても、手に入れれなかったモノ。

率直に言うと──私を殺してくれるモノだ。



「この街は本当に騒がしいですね」


この島に来て、2日が経つ。

私は今、14区を徘徊はいかいしている。

ぶらぶらと目的も無く。

この島を繋ぐ4つの橋のひとつ、南に位置する橋からこの14区まで来るのに色々と大変だった。

1日目は宿泊先を探すのに1日かかった。

2日目はこの島の何処な何があるのかを調べるのにも1日がかり。

3日目の今日、この14区が最も人通りが多いと知り、やって来た。

周りを見渡す。

様々な店舗が建ち並ぶ。

服屋。飲食店。宝石店。遊園地。水族館。動物園。ショッピングモールなど。

お金さえあればこの地区だけで生活が出来るのだと、知った時は驚いたものだ。

この地区以外にも繁華街はある。

地区ごとに専門する分野は違う。

調べたところ、1〜12区は未開発。14区〜16区は繁華街。18区や27区や28区は何かの研究施設。

と、いった具合に地区ごとに色が違う。

その中で14区は言わば別地区が寄せ集まった1個の集合体グループなのだ。


「まぁ、ひとり言を呟いても進まない。とりあえず、お腹も空いたので昼食でも摂りましょう」


そう言って、私は飲食店が多く並ぶ通りにお腹を空かせて歩き出す。




何処どこの店からも空腹を刺激する匂いがただよう。

──香ばしい肉の匂い。

肉が焼かれ、油が漁で獲れた漁網に入った魚のようにピチピチとフライパンの上で跳ねる。聞いているだけで心地い。

その音は、さながら一流音楽家達が奏でる、荒々しくも何処か聞き覚えがある音色が人の足踏みを止め、ブラックホールが放つ引力に引き寄せるられるかのように人を集める、それに似ていた。

特に肉など空腹の私には、グゥ~と可愛らしい音を思わず出でしまうほど、肉が焼けて漂う甘美な香りは強烈なものだった。

私は匂いの本体へと足の向きを変える。



歩いて1分。辿り着いた先には強烈な肉が焼ける香ばしい匂いで充満していた。

右も左も上も下も。この通り全体が肉を扱う店だと知って、ごくりと息を飲む。

はしたないとは思いながらも足の歩幅は店に近づくに連れて徐々に広がっていき、終には店の方へと気付けば走り出していた。

1歩、2歩、一番近いケバブの店まで後5歩。

間近まで迫ったケバブの放つ何とも言えない濃厚で香ばしい匂いが、私の視界と脳を占めた。

私は懐に入れていた財布を我慢出来ずに取り出した。一刻も早くこの空腹を満たしたい一心だった。

しかし私は──周りを良くいなかった。

ドンッ!と誰かとぶつかる音がした。


「──ッ!?」


「イッテ!?」


ぶつかった衝撃でその場に座り込み、すぐさま相手の方に視線を向ける。

いたのは、金髪に鼻にピアス、右目は眼帯で右腕には刺青を彫り頬が青っぽくれたヤグザ風の男性だった。


「テ、テンメェ痛てーじゃねェーか!?」


「ッ!?」


いきなりの怒声にビクッと身体が縮こまる。

不意打ちだった。

私が何かを言う前に相手の方が先に怒声を浴びせた。

私は自分の言い分を言うタイミングを逃した事に気付いた。

私から先に謝罪の言葉を発していたなら、もう少し穏便に話しを進めれていたかもしれない。

ところが、相手が先に──それも荒々しい怒声を私に浴びせた。

この手の相手は、一度自分の言い分を通すとズカズカと詰め寄って、更にキツイ要求を相手に提示してくる。

今ではもう日本で言う、後の祭りだ。

私を自分より下だと彼は直感したでしょう彼は、想像通り私に詰め寄り顔を近づけ、


「ドウ落とし前つけてくれんのかネ?お嬢ちゃんや?」


「え.....えっ.........えっと」


私は不意打ちをくらい、スタンガングレネードをサングラス無しに受けた時のように未だ現実の出来事を脳が処理しきれていない状態で、上手く言葉を話せなかった。

私が話せないの対し相手は私の姿をおびえてると誤解したのか、


「イヤー、お兄さんさ最近不幸な目に遭ってさ。ココ、見えるよね?」


腫れた頬と右の眼帯を指さす。

ニヤニヤと欲を顔に出しながら言う。

私はひっぱたいてやろうか.....と考えたが、振り上げるそうになっている右手を沈める。


「(落ち着け私。ここで手を上げたら余計に話しが拗れる。今は黙って、隙を見て逃げよう)」


私は呼吸を整え、相手を見据える。

私の雰囲気が変わった事に気付いたのか、相手の男性は少したじろぐ。


「(な、ナンダこのガキ。さっきの怯えたような雰囲気と違う。この目はと同じ、何かを決意した時の目だ!)」


男性は思い出す。

下手な事を言った自分をこんな顔にしたの事を

男性の靴と地面がジリッと摩擦で擦れる。

私と男性との距離が少し開く。

私はその瞬間を逃さず、ダッと地面を思いっ切り蹴る。


「な.........!」


相手の男性は意表をつかれ、一瞬だが動きが止まる。

私はおもいっきりぶつかり、相手の後方へ逃げ去る。

後ろを振り向かず、前だけを視て全力で走る。あの男性が怒りをあらわわにして私を追ってくると考えると身体が萎縮して全力で走れないと思った私は、決して後ろを振り向かないでおこうと心の中で決心する。


無我夢中で逃げた私は、一度振り返り男性が追って来ていないか確認する。

男性は追って来ておらず、仲間らしき人も見当たらないところから、逃げ切ったのだと確信した。

危機的状況から脱した事に安堵しそっと胸を撫で下ろす。


「……しかし、これからどうしましょうか……。いつの間にか全くの別方向へ来てしまいましたが、私には目的地など元から無いので関係無いのですが……」


すると、グゥ~と可愛らしい音が再び鳴る。

公共の場で鳴らしてしまい顔が赤くなる。

昨日は徹夜で調べ寝不足で、起きたのは午前の11時だった。貴重な時間を無駄にしてしまい朝ご飯も済ませずに来てしまった……が、それがあだになったと今更ながら後悔する。

私は周りに聞かれてないか心配になり、男性の時とは別の緊張感を胸に再び周囲を確認する。


「(──えッ!?)」


人が殺される瞬間や自殺する瞬間、首を落とされる瞬間などの目を瞑りたくなるよう“光景”とは一段と劣っていたが、私はその“光景”に僅かに目を見開く。

私が“視た”もの──“さまざまな色彩しきさいの目”で無数の視線が私を貫く。


「うッ…………!」


強烈な吐き気が襲う。

口に手を当て、その場に倒れこむように蹲る。

強烈な吐き気を和らげるため目を見開く。

それでも彼女を襲う吐き気、悪寒──生命への嫌悪感。


「(色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色色が……色色……い、色が……生命が生命の色がががががっがっがが…………!)」


発狂した。

心の中で。

それは少女が残した唯一の抵抗だったのかもしれない。

単純明快な残酷な事実だけが少女をむしばむ。


「(色……色?色?…………あぁ色が、生命の色彩が……黒、青、黒、紫?……どれが紫?紫はどこ、どこどこどこッ……!)」


少女は探す。『紫』を。

自分を今苦しめている原因の大半を担っている『紫』を。

『紫』を探せ。『紫』を殺せ。


──少女の生存本能が警報を鳴らす。


『紫』を探さなければこの嫌悪感は消えない。

『紫』を殺さなければこの命は後少ない。

少女はしばし葛藤する。

探してどうする?殺すのか?殺した私はどうなる。探しモノは?まだ見つかっていないのに。しかし殺さなければ私は──。

少女は答えの無い迷宮にはまる。決して出ないと知りながらも少女は、それしか選べ無かった。

探すのか、探さないのか。殺すのか、殺さないのか。それに葛藤する事でしか、少女は自分自身の自覚を保てなかった。


────誰かが言葉を掛けなければ、だが。


「(探す探す探す。探さない探さない。殺す殺す殺す。殺さない殺さない。どうする?どうして?どうやって?私は探す探す色が生命が殺す……見つかるのみつからないよ。私は生きたいよ────)」



「オヤオヤ?どうしたのかな、お嬢ちゃん?何か嫌なことでもあった?お兄さんが聞いて上げよう。なに!お金取らないさ!僕みたいな純粋無垢で御心真っ白な平和主義の善良なただの一般人が可愛い女の子からお金を騙し取ろうなんて悪い事をするはずがないじゃないかっ!」



少女は後に知る。


「あ、アナタは…………?」


目の前の黒髪短髪の男がどんな“生命”なのか。


「ん?僕かい?」


どんな“色”をしているのか。


「ではでは、自己紹介といこうか。お嬢さん」


男は嗤う。


「僕の名前は、とう


単純な自己紹介だった。







私が発狂して蹲っていると、あるひとりの黒髪短髪の男性が声を掛けてきた。

名前は「とう」。

「名無氏」と名乗る男性は私に自己紹介をした後、私の手を握り14区の待ち合わせ場所に良く使われる“噴水広場”に連れて行く。

最初は戸惑い、振りほどいたが、「ここに居ても、余計に注目の的にされるんじゃないかな?動物園のパンダのように♪」とおちゃらけた様子で言っていたが、事実その通りで私がこの場にいても“さまざまな色彩の目”を向けられるのわかりきっていた。私は再び手を握られて半ば連行される感じで連れてか行かれた。

そして、現在へと至る。


「ここまで来れば大丈夫じゃないかな.....?」


」と名乗る男性の「大丈夫」が何に対してのモノなのか、私にはわからず、「そうですね」と生返事で返した。


「なんだなんだ??元気がないじゃないか?危機的状況を乗り越えた時に見せる顔じゃないよ〜。もっと笑顔にならなきゃ!嬉しがらなきゃ!自分は助かったと自覚しなきゃ!もちろん♪僕に対する感謝も忘れずに♪」


「は、ハァ.........」


「名無氏」と名乗る男性のテンションについていけない私は、またもや生返事で返した。

私は怪訝けげんな顔で「名無氏」と名乗る男性に、


「『名無し』とは、本当の名前なのでしょうか?」


と、私は“彼”に訊ねる。

“彼”は最初はポカンとした表情だったが、すぐに一変し、ニヤニヤと口元を歪ませる。

私はその表情こそが彼の本来の姿ではないのか、と確信に似たものを感じた。


「アハハハハハ!ま、まさか『本当の名前ですか?』なんて質問がくるとは驚いたな〜」


「そうでしょうか?」


「ああ.....そこは『どうして私を助けたのか』ってテンプレな質問を訊ねるところじゃないの?」


「確かには私にとってとても重要な事です。しかし、それなら、アナタを訊ねるための名前が必要ではないでしょうか」


「そっかそっか〜。お嬢ちゃんがとても変わった娘なのは良くわかったよっ」


「心外です。私は単純な事を訊いただけですが?」


それが何か?と顔に出す私に彼は、


「.....自覚が無いのか、わざと天然のフリをしているのか、そんなのは後でイイ。.....お嬢ちゃんに対しての質問はOKかな?」


「先に私の質問です。その後なら、一度だけならOKです」


「ふっ、答えはYesだよ。嘘偽り無くね♪名前の『名』に無しの『無』に敬意を表す時に使う『氏』でだ」


私は彼を“視る”。

先の返答に、彼の心は最初と同じまま。

つまり、彼は嘘をついていない。

しかし、どこかスッキリしないのは何故か。

私は新たにできた疑問をそっと胸にしまう。


「さてっ。これでお嬢ちゃんは僕の事を『名無氏』でも『名無氏さん』でも『名無氏君』とか好きに呼ぶとイイよ。ま、僕は『名無氏様♡』がオススメだけどね」


「却下で。単純に『名無氏』と呼ばせて頂きます。.....それと、お嬢ちゃんと呼ばないで下さい。子供扱いされてる気分でとても不愉快です」


私はムスッとした顔で、名無氏に言う。

お嬢ちゃん、と呼ばれると昔、施設にいた時に居たカッコつけたがりの男性を思い出すからすぐ止めてほしい。

名無氏は「わかったわかった」と言い、


「次はコッチから質問するよ。お嬢.....君の名前を僕に教えてくるかな.....?」


「えっ.....?」


私は思わぬ質問に唖然とする。

てっきり、「何者か」とかれると思っていた私は戸惑いを隠せない。

同時に思う。

そんな事で良いのだろうか、と。

少なくとも助けてくれたのは事実だ。名無氏がもし居なかったら私は、どうなっていたか想像できない。

私は名無氏を“視る”ことで、単純に私の名前が知りたいだけだとわかった。

私は少ない名無氏との時間を思い返す。

相手の色を視ることが出来る私は目は今まで発した名無氏の言葉一つ一つを確認してきた。そして、気付いた。

信じ難いが.....この男性は口から出る言葉は全てが本音だ。嘘偽りは無く。


色は生命の本質だ。

悪なのか善なのか。嘘か真か。

私はそれを色と形で判別できる。

色──『みえない』本質を立体化、形造り、私でも“視れる”よう単純化させる。

色や形は私のイメージ、記憶に依存し、必ず私の知る色と形となる。

一見何でも見通す目と誤解されがちだが、もちろん、私でもわからないこともある。

私は形のない色を立体化をし、形造る。

それを“視る”。

けれど、私にはその生命の本質がどのような過程で成りなったのかはわからない。

この目は全てを見通す目では無く、人が、生命が境界線に立った時、どちらに堕ちるのかを“視る”目だ、と私は考察した。


「私の名前を知ってどうするのですか?」


「べつに理由は無いけど。そうだな〜『アナタに訊ねるためには名前が必要でしょう?』ってのは理由にはならないかな?」


「──なるわけねぇーだろ、ゴミ虫が」


「へ〜。そっちが素かな?」


チッと舌打ちする。

私は名無氏に乗せられたのだとすぐにわかった。

みえみえの挑発だったが、私は体力を疲労させる出来事の連続で思考能力がおろそかになっていた。

もしくは、ここまでの会話の全てが名無氏に操作されたのかもしれない……。

生命の色は変わらず、『白』。

『白』は真実の色だというイメージが強く持っている私は、この色の時は嘘を言っていないと判断している。

実際にその通りだったので、私はこの認識を信頼している。

とう自身は信頼してないが。

私はため息をつき、


Horizonホライゾン=crossクロス=parallellineパラレルライン。それが、私の名前です」


名無氏は一度驚いた顔をしたが、すぐにニヤニヤとした元の顔に戻った。

名無氏は手を大きく広げ、


「じゃあ改めて、握手しようじゃないか。名無氏透也とHorizon=cross=parallellineの偶然の出逢いを祝して!」


Horizon=cross=parallellineの右手と名無氏透也の右手が同時に出される。

二人は握手し、方やこの偶然の出逢いに不満を、もう方やこの偶然の出逢いに歓喜する。

ともかくとも、二人は交差した。

それが後にこれから始まる、必然ばかりの物語にどのように影響を与えるのか、どのように運命の歯車を捻じ曲げるのか、二人はまだ知らない。

この時点で物語に変更点が打たれているという事を────。



「ま、積もる話しはあるだろうけど.....まずは昼飯にしない。僕、お腹空いてるんだ。朝から何も食えてないんだよ。.....そうだ!あそこに行こう!そうだそうだ!あそこなら上手い? 飯は食えるし、なってたって僕には白髪美少女が居るんだから!アハハハハハ!では行こう!すぐ行こう!時間は待ってはくれないゾ☆」


「キモイ。最後の星マークは必要ですか?」


「星マークって何のことだい?」


「いえ、アナタのキャラがわからないだけです」


「ひ、ひっどーい!僕のキャラは黒髪短髪のイケメンで主人公補正バリバリで物語の真の黒幕資質を持ちつつ本当は誰よりも生命が大好きな正統派清純派最強系主人公だよ!」


「.....清純派は違うと思いますが。アナタに言っても仕方ない事だと、少ない時間でしたが理解しました。.........アナタの色が本当に“みにくい”のかは.....わかりませんが」


わかりたくも無い、と付け加える。


「それって、『醜い』と『視にくい』を掛けてる?なら、は案外ギャグキャラにも向いてるかもね」


私は名無氏が何気に放った言葉に若干惚ける。

Horizonホライゾン」と名無氏はそう言った。


Horizonホライゾン.....ですか?」


「ん?そうだよ。長い名前だからね、crossクロスは名前としちゃ少し可笑しいし、parallellineパラレルラインは名前って感じじゃない。んで、Horizonホライゾン。ああ、英語のHorizonホライゾンじゃないよ。日本語で片仮名で呼ぶ、ねっ」


他人の男性に名前で呼ばれるのは、初めてだった私は少しだが反応に困る。


「おや?嫌だったかな。なら、他の候補の名前で呼ぶけど?」


名無氏は私の顔を覗き込むように言う。

嫌じゃない。

私は素直にそう思った。

──ただ、


「.....自分勝手の傲慢な理由で危害に遭うかもしれない、他の人に何やってんだろって、我に返った.....みたいな。ごめんなさい。上手く説明出来なくて.....」


私が弱々しいく言うと名無氏が、


「──感じんなよ。考えるなよ。現実を視ろよ


と、意味不明な言葉を私に掛けた名無氏は身体を翻し、人混みが多い街道へと歩き出す。

私はポケーと ほうけていたが、我に帰り、名無氏を見失わないよう追いかけた。







「あのお嬢ちゃん、どうしてあんな胡散臭い男の後を追ってんだよ?」


人混みに溶け込む一人の男。

彼女をよく知る男もこの島に居たことを彼女は知らない。























 



































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